元日のコーヒー
元日の午後、SOLITAIREは静かに開いた。
王都は祭りの後の静けさに包まれていた。大通りでは昨夜の賑わいの名残が石畳に散らばり、人の往来は少なかった。
カインはいつもより一時間遅く豆を挽いた。
大晦日は休んでいた。一年で唯一の休みだった。何をするともなく部屋にいて、窓から王都の夜空を見ていた。花火が上がった。遠くで歓声が聞こえた。カインはコーヒーを一杯淹れて、それを飲んだ。
それだけで、十分な大晦日だった。
元日の午後、最初に来たのはアレンだった。
「開いてると思ってた」
「元日は午後から開けます」
「お前らしい」
アレンはコーヒーを頼んで、窓際の席に座った。
「引っ越しは来週だ」
「そうですか」
「新しい部屋、少し広い。机も置ける」
「良いですね」
「相談役の仕事で、書き物が増えてきたから。書ける場所が欲しかった」
「書き物、というのは」
「若い冒険者が持ってくる依頼書の整理とか、ギルドに出す報告書とか。あとは……少し、自分のことを書いてみようかと思って」
カインは少し間を置いた。
「自分のことを、というのは」
「魔王討伐のこと。パーティのみんなのこと。ちゃんと書いておきたくなった。新聞や歌になったものじゃなくて、俺が見ていたものを」
「それは良いことだと思います」
アレンはコーヒーを飲んだ。
「書けるかどうかわからないけどな。でも、やってみる」
「うまくいかなくても、書き続けることに意味があると思います」
「ゼファーみたいなことを言うな」
「似ていましたか」
「あいつも同じようなことを言ってた。続けることに意味があると」
カインはカウンターで布巾を折りながら言った。
「それは正しいことなので、同じ言葉になるのだと思います」
アレンは少し笑った。
「そうかもしれないな」
しばらくして、ミレイアが来た。
「あけましておめでとう」とアレンに声をかけた。
「おう」とアレンが返した。
二人は別々の席で、別々の飲み物を飲んだ。
でも、元日のSOLITAIREに、二人の常連がいた。
カインはその光景を見ながら、今年も始まったと思った。
特別なことは何もない。
ただ、続いていく。
それで十分だった。




