後編 「……金持ちの道楽、かなぁ」
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「君たち以外の姿があったら、それは間違いなく不法侵入者だから、問答無用で処分してくれ」
貴族の男は最後にそう言って、遺跡に入る二人を見送った。
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大きく傾いた建造物が、灰色の岩山と地中に半分以上めり込んでいる。等間隔に並んだ太い石柱の隙間、はるか頭上から日差しが差し込んでいるが、足元は薄暗い。
かつては壁だったものの上を進みながら、青年が周囲を見回しーー燭台に引っ掛けられていた明かりとり用の長杖を手に取ったところで、青年の頬をかすめていきなり飛び出た何かが、ガツンと重い音を立てて石に突き刺さった。錆びた鉄槍が三本。ぱらぱらと剥がれているのは、塗装かそれとも錆止め剤か。
「……うわぁ」
その前に尻餅をつく青年。とっさにその襟首を引いた鎧の男が、ぱっと手を離すなりさっさと先へ進んでいく。
その背に「ありがと」と声を投げてから、青年は、うーん、とうめきながら鉄槍に顔をちかづける。遺跡に良くあるトラップに似せてはいるが、この遺跡とは年代が違いすぎる様式、そして新しすぎる素材。
「オーパーツなら大喜びするところなんだけど」
唇を尖らせ、つまらなそうな顔をして、手袋をはめた指で鉄槍の発射機構をつつく。「……金持ちの道楽、かなぁ」
その小さな呟きに、前方の男がぴたりと足を止める。「戻るか?」
問いに青年が答える前、さっと顔を斜め前に向けた鎧の男が、軽く重心を下げて腰の剣を抜くーーその瞬間、前方から気合の声。曲がり角から飛び込んできた見知らぬバンダナ頭の青年が、鎧の男目掛けて大剣を振り下ろす。鋭い剣戟音。
間合いをとって睨み合う二人がそれぞれの武器を構え直して、再び踏み込もうとする寸前。
二人の間、ちょうど顔の高さに真っ赤な炎の球が通り抜けた。やや遅れてぶわりと周囲に広がる熱風。
とっさに動きを止めた二人が視線を横に向ける。通路の先、見るからに非戦闘要員のーー細身で軽装の青年が立っている。構えているのは、明かりとり用の杖。
「やっぱり火炎形式かぁ」とのんびり呟いて杖を叩いてから、敵意剥き出しのバンダナの青年に向かって口を開こうとしたところでーー
錆びた扉の隙間から、ゴトン、と鈍い音がした。
全員の視線がそちらに集まる。
扉が開く。膝から血を滲ませて、息を乱して、真っ青な顔の少年が飛び込んできた。「ごめんなさいっ」
大剣を構えたままの青年が、その小さな姿を見てギョッとなる。「ま、末弟さま」
頬の泥を拭って、少年が皆に向かって深く頭を下げる。「さっき、兄さまたちの召使いに聞いて……まさか剣奴遊びをしてるなんて、知らなくて」
小さな肩がぶるぶると震えている。少年の手が、バンダナの青年を指さす。「その人は、僕の上の兄ーー公爵家の長兄から、探索と討伐の依頼をうけた冒険者」
鎧の男と細身の青年は、黙って顔を見合わせた。
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噴水のある庭園を見下ろしながら、カウチに座る貴族の男二人がティーカップを傾ける。手元には、細かく数字の書かれたいくつかの羊皮紙。金刺繍のあしらわれた分厚い絨毯を、磨き抜かれた革靴が何度か打ち鳴らす。
青御影の柱が美しい、大邸宅の一室。
ノックの音。扉を開けた召使いが一礼して告げる。「長兄さま、いらっしゃいました」
上座側に座る男が勝ち誇った顔をしてカップを置き、労いの言葉をかけた。対面の男ーー次兄が悔しそうに舌打ち。
緊張気味に部屋に入ってきたバンダナの青年が、かついでいた大きな荷袋を絨毯の上に置いた。呪術用のポット。木製のブレスレット。次々と取り出される発掘品。土埃のにおいが部屋に広がる。
鑑定人らしき小太りの老人が、それらをつぶさに観察しながら、ぱちぱちと円筒型の小型計算機を弾いていく。
「こちらも見ていただけますか」廊下からそんな穏やかな声が聞こえて、柔和な笑みを浮かべた細身の青年が顔を出した。その後ろ、鎧をまとった巨体の男が、錆びた式典用の短剣や石造りの手斧を抱えている。
おや、と軽装の青年が大剣の青年を見、ひどくわざとらしい声音で問う。「遺跡で取り逃した人がーーどうして盗賊が、ここに?」
貴族の男二人は、二組の冒険者たちをちらちらと見比べながら言葉を濁す。
気まずい沈黙の中、黙々と鑑定を進めていた老人が、さて、と顔を上げたところでーー冒険者たちの後ろ、所在なさげに立っていた子どもに気づく。彼が抱えている長杖に目をみはる。「そ、それは火炎の長杖?!」
足をもつれさせながら駆け寄り、間違いない、と呟いて。
「あの、こちらも今回の発掘品で?」
細身の青年がへらりと笑いながらうなずいた。「もちろん」
鑑定人はおろおろと視線を彷徨わせたあと、額の汗をハンカチでぬぐってから、意を決したような顔をして貴族二人に告げた。「今回の最高額の品は、こちらになります」
「は?! これら全て合わせてもか?」長兄が冒険者たちの戦利品を指さすも、鑑定人ははっきりとうなずく。
「待て、なんでお前が……」と次兄が震える声で言い募る。先日、鎧の男の対面で食事をしていたときと同じ、綺麗な皮靴が、所在なさげに半歩下がる。
そこへ歩み寄ってきた細身の青年が朗らかに答える。「彼は私の店の常連でね。心配して迎えにきてくれたんです」子どもの薄い肩を、励ますように叩いた。
ぐっと押し黙ったあと、長兄が低い声で言う。「正直に言え、どっちの冒険者が発掘したものだ?」
「いえいえ、末弟さまが自ら手に取ったものです」と細身の青年。
「あんたに『そこの壁にある明かり持ってて』って言われて、な」と大剣の青年がごく小さくつぶやく。
すっかり蒼白な顔になった長兄と次兄が、唇をぶるぶるふるわせて顔を見合わせる。
「それじゃ、新しく買い付けた漁港の経営権は……」
さわかやな笑みを浮かべて大きくうなずいた青年が、公爵家の末弟の肩に両手を置く。
権益書を持った召使いたちが戸惑いながらも少年の前に差し出す。
「そんな大層なもん賭けるからだっての」
その光景を眺めながら大剣の青年がぼやくのに、鎧の男が黙ったまま深くうなずいた。
作業BGM:go!go!vanillas「鏡」