ダンウィッチ攻防戦始末記、もしくは真っ白になった人達 ハスタァ編
マージョリーとノーデンスが真っ白になって固まっていたその頃、白騎士教団ミスカトニック管区サイクラノーシュ教会の地下牢から、一人の囚人が引き出されていた。
「たった今、新任の枢機卿が赴任されました。早速聴取を行いたいとのご意向です、お出になって下さい」
「うむ、承知した」
獄吏が跪いて、恭しく告げると、牢内の囚人は鷹揚に応えて立ち上がった。
開かれた監獄の扉から囚人が出ると、獄吏と護送役の僧兵が三歩下がって囚人に拝跪する。この礼は、ルルイエ世界では、最上級の敬意を表す礼である。
囚人は軽く苦笑いをし、彼等の礼を受けた。
「よい、今の私は只のの囚人だ、君達がその様な礼をしてはいけない」
「しかし、我等にとって貴方様は……」
いわれなき屈辱を耐える様に、涙ながらに言葉を吐き出す僧兵達に、これ以上話させてはいけないと感じた囚人は、爽やかな笑みを浮かべて彼等の言を遮った。
「では、新任の枢機卿の下へ参ろうか。連れて行ってくれ給え」
護送役の僧兵達は、囚人の心情を察し、なお一層深い礼をした。
「はい、かしこまりました、ハスタァ僧正」
汚らしい囚人服を身に纏い、手枷に腰縄姿のハスタァを、断腸の念でビヤーキー隊隊員が引率して行った。
ハスタァは、ダンウィッチ攻防戦の事後処理を終えると、自ら地下牢に赴き、囚人服に着替え腰縄を打ち、手枷をはめて縛めの身となっていた。理由はダンウィッチ攻防戦において、アーミティッジ枢機卿と野盗共の奸計にはまり、崩壊寸前となった自警団とビヤーキー隊の士気を鼓舞する為に飛ばした激の内容である。
如何なる理由があろうと、白騎士教団に籍を置く身でありながら、不倶戴天のネオンナイトを頼り、賞賛すると取られても反論の出来ない発言をした事。
そして、いくらアーミティッジ枢機卿に非は有れど、これをかのネオンナイトと共に討ち果たした事。
この二つの事実は、ネオンナイトと共謀し、白騎士教団に弓を引く背教行為に当たる。
よって、ハスタァは自らを背教の囚人と裁き、新たに赴任する枢機卿の裁下を仰ぐべく、進んで獄中の人となった。ビヤーキー隊の面々も、ハスタァに倣い自らに縄を打とうとしたが、命令を下された者には責任を負う義務は無く、命令を下した者のみが責任を負わなければならないという原則を基に、これを許さなかった。どうしても共に縄目を頂戴したいと申し出た者も多数存在したが、彼等にハスタァはこう言って諭していた。
「良き指揮官は、部下に明瞭な指示を与え、如何なる結果になろうとも、責任は自身が取るものである。成果ならば部下と共に分かち合うが、道連れに責任を負わせる事は決してしない。諸君、私は諸君等にとって、どのような指揮官だっただろうか?」
敬愛するハスタァに、この上指揮官失格の汚名を着せる事は出来ない。彼等は涙を飲んで、ハスタァの言葉に従った。
「うっ……」
ビヤーキー隊は真っ暗な地下牢から、急に明るい陽の光の下に出て目が眩むハスタァを労りながら、新たな枢機卿の執務室に向かい、ゆっくりと歩を進める。途中、噴水のある中庭にさしかかった所で、彼等を異変が襲った。季節外れのブリザードが彼等の足下に吹き荒れ、瞬時に凍りつかせて地面に縫いつけ、行動の自由を奪う。
「これは一体……!?」
「みんな、周りに注意するんだ!」
「ハスタァ僧正、無事ですか!? ハスタァ僧正をお守りするんだ!」
突然の魔導攻撃に、ビヤーキー隊は、弱っているハスタァを守る為に、周囲を警戒して見回した。
「わはははははははは……」
警戒するビヤーキー隊の頭上から、いきなり高笑いの声が響きわたる、一同が目を向けると、塀の上に僧衣の怪人物が太陽光を背にし、腰に手を当てて胸を反らして笑っている。風貌は逆光のため、かなり大柄だという事以確認出来ない。
「とうっ!!」
怪人物は掛け声と共に塀の上からジャンプする。そして巨体とは思えない軽やかな動きで空中前転を決め、さらに二回半捻りを入れると、ハスタァに見事な空中飛び蹴りを浴びせていた。
「なんとっ!!」
「ハスタァ僧正!!」
怪人物の蹴りをまともに受けたハスタァは、腰縄と手枷のせいで受け身を取れず、為すすべもなく噴水の中へと飛ばされる。身を拘束する縛めのせいで自由の利かないハスタァは、水の中でもがきながらも、やっとの思いで噴水の外縁に手を掛けて立ち上がり、なんとか噴水の外に這い出る事に成功する。
「全く、何なんだ……、一体……。おわっ!」
ずぶ濡れのハスタァの前に、壁の様に怪人物が立ちふさがる。
「わはははははははは!! どうだね、私のオーバーヘッドキック二回半捻り蹴りの威力は、それっ!!」
「どわっ!!」
怪人物は高笑いしながら、再びハスタァを噴水の中に叩き込んだ。再び必死に噴水から這い出るハスタァ。更に再び高笑いしながらハスタァを噴水に突き落とす怪人物、そして更に再び這い出るハスタァ。
怪人物とハスタァの、この一連の攻防は一ハウア(我々の時間に換算して約一時間)に渡り続けられ、最後は本気で笑い転げ始めた怪人物の隙を突き、ハスタァが噴水の外に脱出する事に成功した。
「あーっはっはっは、いぃーっひっひっひ、ひぃーっ、ひぃーっ、可笑し〜い」
「一体何なんだ!? あんたは!?」
ハスタァが、笑い転げる怪人物に、声を荒らげて問い詰める。すると怪人物は、今までの態度とは打って変わって、真剣な表情でハスタァに聞き返す。
「私かね?」
「そうだ、あんただ」
憮然として聞き返すハスタァに、怪人物はすまし顔で答えた。
「私はアーミティッジ元枢機卿の後任で、本日付でこのサイクラノーシュ教会の責任者を拝命した、オズ・ボーン枢機卿です。以後、お見知りおきを、ハスタァ君」
目の前の怪人物が新任の枢機卿と知り、腰を抜かして言葉を失うハスタァ及び、ビヤーキー隊一同。
そんな彼等を睥睨しながら、オズ・ボーン枢機卿は顔をしかめて話しを続ける。
「しかし……、君達一体そんな格好で何をやっているのですか? 特にハスタァ君、これから新任の上司と面会するというというのに、そんな汚らしいずぶ濡れの格好で………、常識を弁えているのですか?」
汚らしい格好は兎も角、ずぶ濡れにしたのはあんたでしょう。という一言を辛うじて飲み下し、事の経緯を説明する。ハスタァの説明を聞いたオズ・ボーン枢機卿は、ありありと呆れた表情を浮かべ、大きなため息をついた。
「なんとまぁ……。兎に角風呂に入って身を清め、正装をして来なさい。話しはそれからです、ハスタァ君。君、臭いますよ」
「しかし、オズ・ボーン枢機卿、私は罪人です、正式な裁きを受けなければ、示しがつきません」
食い下がるハスタァに、オズ・ボーン枢機卿は煩さそうに顔をしかめると、「ていっ!」という掛け声をあげて、ハスタァの眉間にデコピンを食らわせた。
デコピンを食らったハスタァは、その場で一回転して倒れ伏すと、急にガタガタと震えだした。急激に体温が下がり、猛烈な寒気がハスタァを襲う。
「さて、ビヤーキー隊諸君、すまんが、この分からず屋を風呂に入れて、正装させて来てはくれまいか。ああ、そうそう、香を焚くのも忘れないでくれたまえ。ちなみに今彼を襲っている寒気は、風呂で充分温めれば消えるので心配無用。では、私は執務室で待っています、以上。」
オズ・ボーン枢機卿がそう言って立ち去ると、ビヤーキー隊の足を地面に縫いつけていた氷が一瞬で昇華する。行動の自由を回復したビヤーキー隊一同は、喜び勇んでハスタァを担ぎ上げ、浴室に向かって駆け出した。
そうだ、思い出した。オズ・ボーン枢機卿、ブリザード・オブ・オズの異名を持つ、氷系魔導戦のスペシャリスト。精霊機甲パラノイドで、数々の野盗を屠り、武勲をあげた最強クラスの戦闘僧伽。その一方で自らを破戒僧と名乗り、奇行による伝説は数知れず。そのために実力は有るのに、白騎士教団近衛十二騎衆の選に漏れたという逸話を持つ変わり者。この人の下で、私は上手くやっていけるのだろうか? それよりも、前任のアーミティッジ枢機卿の様に、ロクでもない無理難題を押し付けるのではなかろうな?
ビヤーキー隊の軽い足取りとは対照的に、彼等の肩の上で以上の事を考えていたハスタァの気持ちは、名状しがたい未来への不安で重く沈んでいった。




