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精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第二部第一章 セラエノへ
50/60

ダンウィッチ攻防戦始末記、もしくは真っ白になった人達 ハスタァ編②

 無理矢理の入浴を終え、身なりを整えたハスタァは、オズ・ボーン枢機卿の執務室を訪ね、中に入って驚愕する。そこには、溢れんばかりの邪神法具の山が存在していた、ちょっとしたザバトの宴なら、すぐにも開けそうな感じである。だが、それ以上に驚いたのは、部屋の主の姿である。


「ようこそ、私の執務室へ。ハスタァ君」


 そう言って、フレンドリーに右手を差し出したオズ・ボーン枢機卿の手のひら、甲には魔法陣を描いたタトゥーがびっしりと彫られている。

 手だけではない、マントを脱いで、ノースリーブの戦闘法衣姿となった彼の、皮膚の露出した部分全てにタトゥーが彫られている、恐らく顔以外の全身に彫られているのだろう。


 初対面での事もあり、どう対応すべきか戸惑うハスタァが、躊躇いがちにその手を握る。

 オズ・ボーン枢機卿は、その手を上下に大きく揺らしながら自己紹介を続けた。


「改めて、私が新任のオズ・ボーン、破戒僧だ。以後、宜しく頼むよ、ああ、かけてくれたまえ」


 ハスタァは言われるままに、執務机の対面に置かれた木の椅子に座ろうとした。


「そっちじゃない、こちらに」


 オズ・ボーン枢機卿は、自らも豪奢というよりは不気味な応接用のソファーに腰を下ろし、ハスタァにはテーブル越しの対面に設置されたソファーに座るように勧める。


「では、失礼します」

「何か飲むかね? 遠慮はいらんよ」


 ハスタァが座ると、オズ・ボーン枢機卿は相好を崩して飲み物を勧めながら、グラスを二つ用意して立ち上がり、ソファーのクッションを取り外す、そして中に隠してあった大きな酒瓶をテーブルに置くと、クッションを元に戻し座り直す。


「今巷で騒がれている、何とかいう孤児院で採れた黄金の蜂蜜から作った、黄金(ゴールデン)蜂蜜酒(ミード)だ。まだまだ若い酒だが、それだけに軽い飲み口で、スッキリしたのどごしを楽しめる、君もどうだね?」

「いえ、まだ陽が高いので、私は」


 白騎士教団は飲酒自体を禁じてはいない。だが、戒律で日中及び日をまたいで、そして連日の飲酒、更に教団施設内での飲酒を禁じていた。戒律通りの反応を示したハスタァに、オズ・ボーン枢機卿は心の底から残念そうな顔を向け、大きなため息をついてから従卒に声をかける。


「なんだ、残念だな。ランディ君、ハスタァ君にこの部屋の中に有る、水と酒と毒以外の液体を出してくれたまえ」

「枢機卿、枢機卿の持つ液体で、この部屋の中に有る水と酒と毒以外の物といえば、ミサで使う毒霧用のツァトゥグアの生き血しか存在しませんが?」


 目の前の怪人の従卒には全く似つかわしくない、貴公子然とした男、ランディが典雅な物腰でそう答えた。

 すると、一瞬思案顔を浮かべたオズ・ボーン枢機卿と、その表情に危険以上の災厄を読み取ったハスタァが同時に口を開く。


「では、ツァトゥグアの……」

「水で結構です!!」


 睨める様に見下ろすオズ・ボーン枢機卿の視線と、守るべき一線を背に、必死に見上げるハスタァの視線がぶつかり、激しく火花を散らした。


「……だそうだ」

「かしこまりました」


 ランディは典雅な動作でグラスに水を注いだ後、優雅に頭を下げて退出する。それを見送ったオズ・ボーン枢機卿は、自分のグラスを一口舐めてから話を切り出す。


「ハスタァ君、君は資料に書いてある通りの堅物だねぇ。つまらない、実につまらない。君は生真面目だ、生真面目過ぎるほどに生真面目だ、個人の資質ならば立派なものだが、人の上に立つ者は、それだけではいけない。むしろ、過ぎた生真面目さは、それだけで害悪というものです」

「それは、どういう事でしょうか?」


 ハスタァは、自分の取り柄は生真面目さだと思っていた、時折キョウやディオの親爺から揶揄される事はあっても、非難された事は無い。しかし、目の前に座る男は、真っ向から否定してきた。こんな事は初めてである、ハスタァは気分を害するよりも、好奇心が先にたった。


「部下を危険に晒すからだよ。考えてもみたまえ、君は今回の一件で、どれほど部下を傷つけ、悲しませたのかを。君は地下牢になんか籠らずに、普通に執務を行いながら私を待っていれば良かったのさ。まぁ、どうしてもというなら、謹慎程度で済ませるべきだったな」


 オズ・ボーン枢機卿は一旦言葉を区切り、黄金の蜂蜜酒で唇を湿らせて喉を潤す。そして、ハスタァの目を見据えて話を再開した、その目は破戒僧と自嘲する者のそれでは無かった。


「戦闘記録を見たよ、アーミティッジの奸計にしてやられ、士気回復の為に飛ばした檄が、ネオンナイトを称賛して当てにするものだったそうだね?」

「はい、その通りです」

「そして、それを罪として地下牢に籠った。その際、部下を不問にし、全ての責任を背負った、間違い無いね?」

「はい、間違いありません」


 ハスタァの返事を聞いたオズ・ボーン枢機卿は、大きなため息をついて天を仰いだ。


「君、それは最悪の悪手だよ、部下の立場で考えてみたまえ、自分達の不甲斐なさで、敬愛する隊長を牢に送った事になるんだぜ。その上その罪を償う機会すら取り上げられたら、ビヤーキー隊の諸君は立つ瀬がないだろう、違うかね? 」


 ハスタァの顔色が変わった、オズ・ボーン枢機卿は話を続ける。


「ビヤーキー隊の諸君は、次の任務では、君に失敗させまいと、今まで以上の精励ぶりを見せるだろう、命も惜しまずにね。果たして、これは正しい事だろうか? 否、我々は上司の名誉の為に任務を果たすのではない、救いを必要とする者の為に任務を果たすのだ。仮に命を落とした場合、間違った目的の為に命を落とした事になります、浮かばれませんね」


 ハスタァは悔恨の表情を浮かべ、身を震わせながら、オズ・ボーン枢機卿の話に聞き入っていた。


「行き過ぎた生真面目さは、組織や部下の道を誤らせる原因になりかねない。組織を束ねる立場の者は、締める所、抜く所をしっかり見極めて、清濁あわせ飲む度量が求められるのです。分かりますか?」

「私が浅はかでした……」


 オズ・ボーン枢機卿は、忸怩たる想いにがっくりと項垂れるハスタァに厳かな口調で提案する。


「破戒するかね?」


 ハスタァが顔を上げると、その鼻先に黄金の蜂蜜酒をなみなみと注いだグラスを掲げ、会心の悪戯を決めた子供の様な目で含み笑いをする、オズ・ボーン枢機卿の顔が自らの眼前にあった、至近距離で。


「いえ! 結構です!」


 驚いて飛び退くハスタァを、オズ・ボーン枢機卿は笑いながら見下ろす。


「なんだ、残念だな、君は立派な破戒僧になれる素質があるのに。さて、話は変わるがハスタァ君、実はアーミティッジ元枢機卿の事だがね、君の報告にあった通り、完全に邪法に染まっていたね」


 オズ・ボーン枢機卿は話題を変え、アーミティッジ元枢機卿について話し始めた。


「狂気山脈の教団施設を根城にして、好き放題やっていた様子でね、施設の一部を隠れ家として野盗に貸し与えたり、娘狩りを指示して、狩り集めた娘達を、マリア病克服の為といって人体実験もしていたよ。調査隊が被害者の生き残りを数名発見してね、保護したそうだよ」


 ハスタァは話しを聞いて、顔をしかめる。


「その他にも、君の報告を裏付ける証拠が、狂気山脈からゾロゾロ見つかってね、アーミティッジは破門が決定したよ。ま、酌量の余地も無い、当然の処置だ。そんな訳で、君には何の落ち度は無い、地下牢には籠り損だったな。所でハスタァ司祭、折り入って、君に相談があるのだが……」

「あの、自分は僧正ですが、枢機卿……」


 相談の内容も気になる所だが、注意されたとて、生来の生真面目さは急には直らない、ハスタァは律儀にも間違いを正すが、オズ・ボーン枢機卿は無視して話しを続ける。


「君の懇意にしている女性騎士の、マージョリー・リュミエール・アイオミ嬢の事なんだが……、彼女はこの度、マリア病から世界を救う旅に出るそうだね?」

「はい、まずはセラエノに向かう様ですが…… 」


 何だろう、まさかアーミティッジ枢機卿の様に、殺せと言うのでは無かろうな!?


「君、同行して、彼女を守ってあげては貰えんだろうか? 」


 予想外の言葉に、ハスタァは目を丸くしてオズ・ボーン枢機卿を見つめる。


「実は彼女は私の盟友の、今は亡きトニー・リュミエール・アイオミの忘れ形見なんだ、彼女にもしもの事が有ったら、私は彼に顔向けできん。今回の娘狩りも、気が気じゃなかったのだよ」


 その言葉に安堵したハスタァは、彼にしか浮かべる事の出来ない爽やかな笑みをオズ・ボーン枢機卿に向けて、胸を張る。


「お安い御用です、お任せ下さい、オズ・ボーン枢機卿」

「おおっ! 有難い! マージ子ちゃんは、私にとって姪っ子同然なんだ! いや、良かった! 断られたら、どうしようと思っていたんだ。おや、グラスが空じゃないか!? おーい、ランディ君、ハスタァ司祭にツァトゥグアの生き血を……」

「水で結構です!!」


 再びランディが現れ、典雅な動作で空いたグラスに水を注ぐ、その傍らでオズ・ボーン枢機卿は、もう一つの頼み事をハスタァに切り出した。


「ハスタァ司祭、頼まれついでに、もう一つ頼まれて欲しいのだか……」

「何でしょうか、枢機卿?」

「マージ子ちゃんの所に、男が一人居座っているだろう、名前は確か……アイ……、アイ……ザ、アイ~ン……」

「キョウ殿の事でしょうか?」

「そう、それ、そいつ。いや、異世界人の名前は発音がしにくくて困る」


 ハスタァの心の中に、再び警鐘が鳴り響く。


「キョウ殿が、何か?」

「彼を、我等が白騎士教団に入信させなさい」


 常に自分の予想の斜め上を行く、オズ・ボーン枢機卿の顔を、ハスタァは驚きの表情でまじまじと見つめた。


「彼は四代目ネオンナイトを名乗り、この世界に闇と渾沌をもたらすと言いながら、やっている事は野盗の退治、我が教団に弓引くといっても、実際は膿出しに協力してくれた様な物だ。お陰でンガイの森周辺の治安は、飛躍的に上昇している」


 確かにその通り、アザトースと契約する時、彼は「世界を敵に回さなければならない」と言っていたが、実際にはその後そんな気配は全く無い。


「その為、周辺住民の人気も高く、そして君が心の師と仰ぐネオンナイトが、白騎士教団に帰依し、マージ子ちゃんと一緒にマリア病から世界を解放したら、教団は更なる発展を遂げられる、どうだね?」


 ハスタァが求めていた、ネオンナイトと白騎士教団の間の上手い落としどころ。

 それを示されたハスタァは、気色ばんで答えた。


「はい、その役目、是非このハスタァにお任せ下さい」

「では、ハスタァ君、君は今から僧正から司祭に昇進する。そして機動司祭として最も危険な場所での布教活動へと、その職務の移動を命じる」

「確かに、承りました」


 跪いて答えるハスタァに、オズ・ボーン枢機卿は、古びた革製の大きなアタッシュケースを差し出す。


「私からの昇進祝いと餞別だ、精霊機甲の完全手動操縦の方法を刻んだ陶片が入っている、役に立てると良い」


 白騎士教団戦闘僧伽最終奥義、近衛十二騎衆以外門外不出の秘伝書を渡されたハスタァは、新たな使命の重さと、それに伴うオズ・ボーン枢機卿の期待の大きさに気を引き締めた。


「では私は、直ちに出立の準備を……」


 腰を上げようとしたハスタァを、オズ・ボーン枢機卿が引き止めた。


「まぁ、待ちなさい、もう少し付き合って行きたまえ。我々は今後の職務を全うするにあたり、単なる上司と部下といった枠を越えて理解し合う必要がある、もう少し位話しをしようではないか」


 その提案を、無下に断る理由の無いハスタァはそれを受け入れ、再びソファーに腰を落ち着けた。


 話は他愛ない世間話から始まったが、互いに腕の立つ戦闘僧伽同士、話題はすぐに精霊機甲の操縦及び戦闘の事に変わる。

 ハスタァは前のダンウィッチ攻防戦での自分自身の立ち回りや、狂戦士(バーサーカー)化したノーデンスへの対処法等反省点を、どう対応すべきだったのかアドバイスを求めた。

 オズ・ボーン枢機卿はそれに対し、自分の過去の体験談や失敗談を元に、事細かに話して聞かせる。

 ハスタァにとっては、痒いところに手が届く回答に、オズ・ボーン枢機卿にとっては、打てば響く理解力に、互いに引き込まれ、二人の話は段々と熱を帯びていった。

 額と膝を突き合わせて、身振り手振りを交え、熱く語り合う二人は、いつしか時が経つのを忘れていた、そして……。


 夜が更けて、さらに時が経ち、東の空が白むのを窓の外に眺めながら、ハスタァはどうして自分はここにいるのだろうと、自問自答していた。


「聞いてくれたまえ、ハスタァ君、最近娘が冷たいんだ。先日私がリビングで寛いでいたら、『お父さん、私タトゥー入れたから。』って……。私がたしなめたら、『お父さんだって、全身に入れているんだから、別にちょっと位いいじゃない。』と言って、話の途中で出て行ってしまったんだよ……。私が昔、初めてのミサに箔をつけるためにタトゥーを入れた時、金と時間が無くて、怪しげな店で入れたら感染症で死ぬ思いをしたというのに、あの子ときたら……。やはり前のミサの時、祭壇に投げ込まれたコウモリの首を噛みちぎったのがいけなかったのだろうか……。どう思う、ハスタァ君……」


 これで何回目だろうか?


 へべれけになったオズ・ボーン枢機卿は、壊れたオルゴールの様に、何度も同じ家族の愚痴を、涙ながらに話していた。


 燃え尽きた様に、真っ白になって佇むハスタァの前で……。

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