第八十四話:全滅
「みんな…クソッ…!」
次々に仲間達が倒され、怒り、悲しみ、焦り、様々な感情が入り混じった言葉を漏らしていた。
「セオ、落ち着くんだ。怒りに任せて戦っても勝ち目はないよ!」
フォルクが俺を諭すが全く頭に入ってこない。だが間違いなく、至極当たり前の事を言われている事は理解していた。
「でも考えている暇もありませんわ。セオ様、フォルク、お二人は攻撃を。私が赤龍の攻撃を捌きます。その隙を狙ってくださいまし」
「待てっ、アンリッ!」
俺の制止を振り切って重装備のアンリが盾を構え、赤龍へと突っ込む。
フォルクと顔を合わせると彼は小さく頷き、赤龍に向けて弓を引く。どうやら俺も覚悟を決める必要がありそうだ。
俺は剣を構え、赤龍を睨む。本来ならばまるで重さを感じない剣がこの一瞬だけ、今まで握ったどんな剣よりも重く感じる。嫌な予感しかしない。
特にアンリとはアトラシアからの仲もある。付き合いが長い分、尚更情が湧く。
そんな事を考えている間に前方からアンリが盾で赤龍の爪を弾く音が聞こえ始める。
「…オ、…セオッ!」
「は、はいっ!」
「しっかりするんだ。アンリを犬死にさせるつもりかい?」
フォルクにそう言われ俺は気付く、俺達が仕留めなければアンリもいずれは赤龍に倒されてしまうのだ。
「フォルクさん、前に言ってましたよね。空歩法を教えてくれって」
「ああ、そうだね」
「今、教えます。足に風を纏わせるイメージと、空中に…何か、踏めば跳ねられるものを足元に作るイメージがあれば、できるはずです。それを空中で色んな角度から踏むだけです。俺が勝手に思いついた魔術なんで詠唱もお任せします」
フォルクは構えを解き、今の俺の言葉をイメージしている。そして此方を向いて頷いた。イメージはついたようだ。
「よし…、我が纏いし 遊なる風よ 我が道を指し示せ 空歩法!」
フォルクの詠唱が終わると同時に、彼の足が緑の風を帯びる。そして右足で地面を蹴り飛び上がると、今度は何も無い空中で左足を蹴る。
ただでさえ健脚を誇る半長耳種のフォルクは俺以上の速さで空中へと駆け上がっていった。
「はは、こりゃすごいや。これならパワーで圧倒されてる赤龍も翻弄出来るかも知れないね!」
フォルクは滑る様に空中を走り、赤龍の周りを動き回る。
しかし未だに赤龍はアンリに狙いを絞って攻撃を繰り返している。
アンリはというと、強力ではあるものの単調かつ、鈍重な赤龍の攻撃を上手く捌き続けていた。
俺とフォルクは赤龍の周囲を駆け回りながら、攻撃を加えては離脱を繰り返す。
その中でフォルクは大きく弓を引き絞っていた。
「鱗の鎧はもう無い、的はこれだけ大きければ外しはしないだろう…くらえっ!貫通射!」
フォルクが空中から次々と矢を放つ。放った矢は赤龍に命中すると、身体の表面に刺さって止まらず、赤龍の身体を貫いていった。
「グオオオオオォォォォ…!」
「よし、効いてる!」
「俺もっ!」
赤龍がフォルクの矢で怯むと、俺もそれに合わせて剣で胴体を斬りつける。その度に赤龍は青い血を吹き出しては苦しんでいる。
赤龍はムキになってその豪腕や火炎の吐息で俺達を攻撃するがただの一発も当たる事はない。
「このまま押し切りましょう!」
「ああ、勿論!」
攻撃を重ねる度に赤龍が弱るのがわかる。恐らく奴は血を流しすぎたのだ。クリスの大魔術、ロロの砲撃、ライの獣化による攻撃、シェリーの目潰し、ティータとグラントの策略による尻尾の両断、
吹き出した血液は身体中の傷口から吹き出しており、既に地面は暗く青い血で染め上げられている。間違いない、もう一押しだ。
アンリが槍で牽制し、盾で攻撃を捌いては、生じた隙に合わせてフォルクが射撃、その戦術を展開し続けている。
フォルクはアンリに攻撃を受け流され、体勢を崩した赤龍に龍牙の矢を放ち、赤龍を怯ませる。そしてその隙を突いて遂に俺は赤龍の右腕を斬り飛ばした。
「まだ数本龍牙の矢は残ってる、フォルクさん、やれますよ!」
「ああ、これでアンリも少しは攻撃を受け流し易くなった筈だ」
足元で戦うアンリも槍を掲げ、此方にエールを送っている様だ。
右腕を失った赤龍は息を吸い、次の攻撃の体勢を取る。目線はアンリ、上手く攻撃を惹きつけている。
それを見たフォルクは再び龍牙の矢を番えていた。
「アンリ、気を付けろ!またブレスが来る!」
聞こえているかはわからないが、アンリは盾を前にして、既に防御の体勢を取っている。怒りだして火力を増したブレスもアンリの鉄壁の守りの前には全く効果を為していない。既に左腕も肩から何度も斬りつけている為、左腕を刎ねるのも時間の問題だ。
赤龍の激しい炎がアンリに吹き付けられる。だが、やはりアンリには通用しない。そして、姿勢を低くした赤龍に合わせてフォルクが地面近くに移動し、赤龍の胴体に狙いを定め、龍牙の矢を放つ。
しかし、その瞬間、赤龍は巨大な翼を打った。
赤龍が巨大な翼を打った瞬間、フォルクは殴られでもしたかの様に吹き飛ばされ、地面に叩き落とされる。俺も少し吹き飛ばされかけたが、高さがあった為、空中を蹴って立て直すことが出来た。
アンリはと言うと、どうにか耐えはしたものの、此方も暴風の壁が直撃したらしく、大きく体勢を崩していた。
赤龍はただの一度のチャンスを見逃さなかった。
赤龍は残っていた左腕でアンリではなく地面を殴り付ける。外したのではない、狙って地面を殴り付けたのだ。
赤龍が鶴橋の様に鋭い爪で、更に強靭な力で地面を殴りつける事によって、冷え固まった溶岩が砕け、飛び散った。そう、赤龍の狙いは石飛礫だ。
「くっ…足が…。…セオ、後は任せたよ…」
地面に叩きつけられた時にフォルクは足を痛めてしまっていた。そしてそこに赤龍は巨石の石飛礫を重ねている。もう俺もアンリも間に合わない。大粒の石飛礫がフォルクを襲う。
「うわあああぁぁっ!」
「フォルクッ!…ハッ!?」
フォルクが攻撃を受けたところに気を取られたアンリが背後に気付く。そこには赤龍の巨大な後脚が迫っていた。
アンリの重装備では素早い旋回は不可能だ。どうにか盾を構えて赤龍の後脚の蹴りを受けるが、アンリにはそれが精一杯だった。
アンリは攻撃を受け流し切れず、防御の上から無理矢理蹴り飛ばされてしまう。
「アンリィィッ!」
岩壁に背中から叩き付けられるアンリに俺は彼女の名前を叫びながら降り立ち、彼女を抱き起こす。
「アンリ、大丈夫か、アンリ!?」
アンリは弱々しい動きで兜のバイザーを開く。
兜から覗かせた顔を見ると、叩きつけられた際に血を吐いたらしく、彼女の口元は血に塗れていた。そして、俺の顔を見て安堵したのか、口元を綻ばせる。
「…フフ…、私とした事が、敵に背後を見せてしまうとは…」
「アンリ、もう喋るな…」
「セオ…様、もう…一押しです…。必…ず…勝って…アリー…シャさん…を…助……」
「アンリエッタッ!」
掠れた声でアンリは力を失い、笑顔のままで意識を絶った。
「兄様、ライさんの治療が済みました…。…っ!?」
ライの治療が済み、クリスが戻ってきた。そして力無く手をぶら下げたアンリを抱く俺を見て言葉を失っていた。
「…クリス、俺はパーティーリーダー失格だ。ほんの一瞬、それを見逃して全員倒れた、皆がやられるのを指を咥えて見ていることしか出来無かった。アリーシャを救う為だとか息を撒いといてこれだ。誰も救えやしない…」
クリスは黙って俺の言葉を聞いていた。
「アンリに言われたよ。もう一押しだ、必ず勝て、ってさ。でも皆やられた。生き残ってるのは俺とお前、それと治療が済んだライだけ。これで赤龍に勝ってもそこに意味はあるんだろうか」
クリスに問う。この戦いに勝つ意味はあるのかと。しかし、クリスは黙ったまま何も答えない。
「…クリス、お前は逃げろ。俺は皆を巻き込んだ責任がある。俺は赤龍を倒して…。いや、その先はよそう。とにかくお前だけは…逃げてくれ…お前まで俺は失いたくない…」
本当は泣きたかった。泣いてしまえばどれだけ楽だったろうか。クリスは俺に歩み寄って頰に手を当てる。慰めももう今は辛いだけだ。
「…っ!?」
目の前に星が散る。突然受けた衝撃に俺は何が起こったのか理解が遅れた。理解が及んだ頃には激しい痛みが頰を走る。
「兄様、見損ないました」
地面に倒れた俺をクリスは軽蔑の目で見下ろしていた。クリスは慰めの為に手を当てたのでは無く、全力で俺の頰を引っ叩く為に手を添えただけだった。
俺が立ち上がると、クリスは鎧の胸当てを掴み、怒りの言葉を訴える。
「何故ここで私に逃げろなんて言うんですか? 私の兄様はそんな不甲斐ない男だったんですか? 違います。私の兄様は強くて、賢くて、勇敢な自慢の兄様だった。なのに…」
クリスの手が緩み、握り拳を作って力無く俺の胸にもたれかかる。
「クリス…」
「たった一度の失敗で挫折ですか? ここまでが上手く行き過ぎた!そうでしょう? ここで諦めたら倒れた皆が浮かばれない!やりましょう、兄様。やると言ってください!私と、兄様で、あの赤龍を倒すんです!私は兄様となら死んでも構わない!兄様の側でなら一人で死んでも構わない!…私が…兄様を守ります。だから…兄様も私を守って下さい!」
クリスの瞳から涙が落ちる。思った事を思っただけ叫んだクリスは肩を震わせながら俺を見ていたのだ。
「…わかった。今のビンタで目が覚めたよ…もう諦めるなんて言わない。皆の分も…戦い抜こう」
「…はい!」
再び俺は剣を取り、力強く握り締める。先程までの重みはいつの間にか霧散していた。
「クリス、残りの魔素はどんくらい残ってる?」
「大魔術を使って、ライさんの治療に使って…ざっと残り三割あるかって所です」
「俺も三割とちょっと。お互い全く余裕は無い、か。…でも何故か負ける気がしなくなってきた」
そう言うとクリスは吹き出していた。
「…ふっふふっ…兄様、さっきまで弱気になってた人の言葉じゃありませんよ?」
「…ほっとけ。…クリス、合わせろ!」
「はいっ!」
ガス欠寸前の兄妹、相対するは右腕を失い満身創痍の赤龍。皆がいなければ赤龍をここまで追い詰める事は出来なかっただろう。
ここから俺の後ろに着くのは十三年間、常に一緒にいた妹であり、俺の最大の相棒だ。
今はもう力尽きた仲間達からは力を借りた。今度は妹から勇気を貰った。
仲間達が力を合わせても退けてきた強大な赤龍を前にしても、最早恐れは無い。
力強く地面を蹴り、虚空を駆け、赤龍の懐を目掛けて一直線に走り出す。対して、赤龍は大きく息を吸い込む。ブレスが来る。
「爆炎!」
赤龍が火炎の吐息を吐きつける寸前にクリスの魔術が赤龍の顎下で炸裂する。炎属性の魔術は赤龍には効かないが、その衝撃で赤龍はあらぬ方向へと火炎を吐き出していた。
赤龍はそれでも迎撃を諦めない。身体を仰け反らせながらも、左腕は正確に俺を狙っており、怯んだままの体勢でも俺を目掛けて振り下ろされる。だが、俺の狙いこそがその左腕だ。
「させるかっ!放電撃!」
放電撃を放ち、左腕の動きを鈍らせる。電撃を与えて振り下ろされる左腕の動きを一瞬止めた事で直撃していた筈の攻撃を紙一重で躱し、遂に赤龍の懐へと潜り込む事に成功した。
「おおおおぉぉォォッ!」
「ギャアアアアアァァァァッ!」
何度も斬りつけた赤龍の左腕、そこに再び、俺の騎士剣が食い込む。そして左腕は大きな地響きと共に地面に落ちた。両腕を失った赤龍は叫び声をあげている。
「まだだっ、反撃の余地を奪ってやるっ!」
「動きを止めます!絶対零度!」
クリスの放つ絶対零度が赤龍の身体を凍らせていく。赤龍は身体の随所を氷で覆われるも、その氷はすぐに砕かれていく。しかし、完全な凍結には至らない迄も、一瞬の足止めにはなり、赤龍は完全に迎撃の初動が遅れていた。
「うおおおぉぉぉっ!」
騎士剣が赤龍を一閃、刃を受けた片翼が地に落ちる。両腕を落とし、片翼も捥がれた。もう反撃の術はブレスと魔術のみ。両方ともクリスが対処できる。詰みだ。遂に俺達は赤龍を追い込んだのだ。
赤龍が息を吸い込み始める。もはや悪足掻きだ。
「クリス、対処の準備を頼む。仕留めるぞ」
「任せて下さい。どちらが来ても私が何とかします」
息を吸い込み切った赤龍に向けて俺は走り出す。クリスは既に魔力を貯めて赤龍の攻撃を対処する準備が整っている。
赤龍の口が開くとその中には赤色の強い光、魔術だ。
「はあああぁぁっ!」
「アレは…!? 兄様、待っ…」
ーーー
…ーー。
クリスの声が途絶える。いや、クリスの魔術での対処が間に合わなかったのか。赤龍の口から放たれた光に俺は呑み込まれた。その光が広がり、俺を呑み込む瞬間、世界から音が消えた。
目の前には真っ白な世界が広がる。またあの時、船で刺された時と同じく、魂の世界にやってきたのだろうか。周りを見回してもセオドアも聖龍神も見当たらない。
しばらくすると辺りが真っ暗になる。魂の世界に於いてこんなことは初めてだ。そして突然目の前に先程まで戦っていた火山の冷え固まった溶岩で覆われた火口が映る。先程赤龍が放った魔術の影響か、所々で炎が燃え盛っているが。
目に映った景色が俺の意思に反してゆっくりと左右に動く。そして下を向くとそこには俺の剣が転がっていた。そして相変わらず自らの意思に関係なく開いていた両手を見た後、剣を手に取っていた。
「なんだ…夢…?」
再び視界が動く。今度は大きく左右に視点が動き、最後に後ろを向いた。
「あれはクリス…!?」
最後に後ろを向いた時に映ったのは煤まみれとなり、横たわっていたクリスだった。
夢か、それとも現か、何故自分が立っているのか、そして何故自分の意識を他所に動いているのか、全く理解が追いつかない。
辺りを見回す視界の中で俺自身を除く、横たわる全員の姿を確認した。
ただ一つだけ、はっきりと分かった事、それは少なくとも、俺以外が『全滅』したーー。それだけだった。
本来の更新周期よりもやや早めになりますが今回で2017年最後の更新となります。次回の更新ですが2018年1月3日の深夜以降になるかと思われます。
それでは皆さん、よいお年を〜。




