第七十八話:島一の武具職人
ギルドで赤龍討伐依頼の受注を済ませた俺達は、当初の予定通り、ドルム最大の武具店であるバーバデール武具店へと足を運んでいた。
「改めて見ると本当に大きいな…!」
「店と工房が一体になっている所為もあるわね。確かに他にも店と工房が一体になっている武具店はあるけれどこの店程大きい武具店はないわね」
実はエフゲニーの魔獣車に乗っている最中に店の前を通り過ぎていたがあの時はそれどころではなかった。その為、これまで見た武具店との規模の違いに驚きを隠せなかった。
「さぁ早速中に入りましょう」
クローディアが先導し、巨大な店舗の中へと俺達は足を踏み入れる。
中に入ると早速、二人の甲冑姿の男が手に持った槍を交差させて行く手を阻む。
「待て、この店はS級以上の冒険者か騎士、王族関係者以外は受け入れておらん」
「入りたくば、証を示せ」
俺達は全員で彼等にギルド証を見せる。すると二人の男は即座に槍を納め、直立する。
「失礼した、これは確かにS級の冒険者証。通られるがよい」
「バーバデール殿の作品の数々、ごゆるりと見て回るがよい」
甲冑の二人は互いに向かい合う形で店内への道を開け、中へ入るように顎で促している。
店内に入ると壁や棚にずらりと美術品と見紛うような武具の数々が並んでいる。剣、槍、斧、弓、杖、爪、鎧、兜、盾が金属製、皮革製と一通り揃っており、中には変わった形状の武具もある。そして店内の奥からは金属を打つ小気味の良い音が響いてくる。
「…んん、らっしゃい!初めての客だな!俺が店主のバーバデールだ、何が入り用だ? それとも打ち直しか? 武具の事ならなんでも言ってくんな!ただし、オイラァ超一流の職人だからな、ちいっとばっかし高くつくぜ? まぁそこは我慢してくんな、その代わり絶対満足させてみせるぜ!」
バーバデールと名乗ったけむくじゃらでずんぐりむっくりとした姿の男は遠くからでも耳に響く大声で俺達を出迎える。余程腕に自信があるのだろう、自らを超一流と称し、必ず満足させてみせると豪語する。
「ええと、マクニールという商人からこういう物を受け取ったんですが…」
そう言って俺はマクニールから貰った紹介状をバーバデールに見せる。
「ふんふん…成る程な…龍の素材を使ったオイラの作品を二割であんたらに譲れ、と…よぉーっし、お前達好きな奴選んでいいぞぉ…ってなるかぁーー!!」
一瞬紹介状の文章通りになるかと思ったがそうは問屋が卸さない。それもその筈だ。八割引きで売れと言われ、はいそうですかとなるわけもない。
バーバデールは憤慨し、カウンターの上に置いた紹介状に手を叩きつけて怒りを叫ぶ。
だがバーバデールの手の下をよく見ると、彼が読み上げた文章からまだ続きがあった。
「バーバデールさん、まだ続きがあるみたいです」
「んん、本当だな!どれどれ…」
ーーー
紹介状
バーバデールへ、この紹介状を持ってきた子供の冒険者に私の卸した龍素材を使った武具を二割の額で譲ってやってくれ。と、言うのも、恐らく近々、ドルムの方のギルドで強力な魔物の討伐任務が発生すると見ている。私は直に見てはいないが、どうもこの所、行商達の間で、ドルマニア山周辺を赤龍が飛び回っているという噂をよく耳にする。もしそれが本当だとすれば鉱山経営者のドナテロが黙ってはいないだろう。
彼等は若くしてS級冒険者に名を連ねる勢いのある冒険者で、君の作った優れた武具を扱う資格は十分ある筈だ。彼等に君の作った作品を使ってもらってこの島の冒険者達に証明して貰う絶好の機会だとは思わないか?
割引いた分の代金は私の方で立て替えるから、後日、改めて請求して欲しい。
ーマクニール・フォンブライトー
ーーー
「あの野郎、勝手な事ばかり言いやがって…わかった、わかった、まぁあいつが立て替えるってんならまぁ構わねぇや。龍の素材を使った武具はそっちの棚に並べてあるから、気に入った奴を持ってきな」
バーバデールが顎で促した先には翡翠の様な鱗や皮を用いた武具の数々が並べられている。剣や槍、鎧や盾と明らかに武具とされるものからローブやグローブ等もあった。
「耐熱・耐寒性を備えてる龍の防具だ。赤龍を相手にするってんならまず防具から揃えときな」
バーバデールにそう勧められ、俺達は防具から先に手に取る。俺とフォルクは龍鱗を用いた翡翠色の鱗鎧を、アンリエッタは深緑の甲殻を加工した全身鎧と龍鱗を大胆に用いた巨大な塔盾を、クリスとクローディアはそれぞれ龍の鬣を編み、魔石を散りばめたローブとドレスを手に取った。
「あとは武器だな…んん? 坊主、その背中に下げてるのは何だ?」
バーバデールが見ているのは以前、帰らずの迷宮で生ける鎧を撃破した際に手に入れた騎士剣で、今は俺が愛用している。
「ああ、これですか? 前に迷宮で手に入れた剣なんですけど…」
「…その剣、呪いがかかってるな?」
直感だろうか、バーバデールは俺の持つ剣がただの騎士剣ではないと看破した。実際にこの剣は何故か俺とクリス以外の人間には扱えないような呪いがかけられており、俺達二人が持つ場合は羽の様に軽いが、それ以外の人間が持つと拒む様に巨石の様に重くなってしまい、持つことすらままならない。
俺は剣を背中から抜き、バーバデールに見せる。
彼も剣を持とうとするが、やはり呪いのせいでぴくりとも動きはしない。
「成る程な。こいつは何かの加護を持つ奴に反応して呪いが発動してるんだろう。…にしても、もしかして迷宮で手に入れてからそんままずっと使ってんじゃねぇだろうな?」
呪いの発動条件を聞き、納得しているとバーバデールに全く手入れがされてない事を指摘されてぎくりとしてしまう。
「図星みてえだな。…ったく、剣士が得物の手入れも出来てねえなんて聞いて呆れるぜ。買い物が済んだら奥の工房に入んな。せっかくの業物だ、オイラがしっかりと磨いてやらぁ」
「すいません、お願いします」
バーバデールは呆れながら俺の騎士剣の手入れを提案してきた。勿論、俺もいつ作られ、手入れもされていたかわからない剣をいつまでも使う訳にもいかない為、素直に彼の提案を聞き入れ、剣の手入れを頼んだ。
バーバデールの話を聞いている間に既に仲間達は武器を見ていた様で、フォルクが声をかけてくる。
「セオ、武器はどうするんだい?僕はせっかくの機会だし新調しようと思ってるけど」
「俺はせっかくバーバデールさんに手入れして貰えるって事なのでこのままですかね」
「私もこのままですわね。私の槍も結構な業物ですので変える必要はないかと」
「私はこの短杖にしようかしら。長いと取り回しが悪いのよね」
「私はずっと武器を使ってませんので必要ありません、兄様」
武器の新調はどうやらフォルクとクローディアの二人か。そうするとバーバデールは含み笑いをしながらクリスに声をかける。
「フッフッフ、嬢ちゃんは見たところ魔術師だな? 騙されたと思って黙ってそこの手袋をつけてみな」
バーバデールがクリスに勧めた手袋は龍の皮で作られており、手の甲の部分には翠玉の様な球体が埋め込まれている。
クリスは首を傾げながらバーバデールが勧めた手袋に手を通す。
「…こ、これは!」
クリスは手を握っては開き、魔素を手袋に流し込んでみたらしく、手の甲に埋め込まれた翠玉が様々な光を放つ。
「どうだい、そいつは希少な龍の眼を使った魔導手袋でな、人は手か、手に持った武器を介して魔術を使うもんだが龍ってヤツぁ、口や眼から魔術を使う奴もいるんだ。で、眼から魔術を放つ奴から取れる眼は『魔眼』って言う人工魔導器の材料になんだ。そいつはオイラの最高傑作…のつもりだったんだが…まぁ、使いこなせる奴がいなくてな、買い手が見つかんねぇのよ。嬢ちゃんが使いこなせるかはわかんねぇが、一旦貸しといてやるから使ってみな」
話を聞きながらもクリスはずっと手袋に様々な属性の魔素を流し込んでおり、次から次に翠玉は放つ光の色を変える。
「…兄様、クローディアさんも使ってみますか?」
魔術を使えるのはクリスだけではない。クローディアは本職だし、俺自身も本職では無いにしろその辺の魔術師よりも魔術を扱えると言う自覚はある。故にその魔導器の力に興味を持ち、クリスの手に見惚れていたのをクリスは察したらしい。
クリスに勧められて早速クローディアは手袋に手を
通す。
「…こんな感じかしら。で、魔素を込める、と…あっ、駄目っ!」
クローディアが手袋に魔素を込めると翠玉が突如として紫の強い光を放つ。
クローディアは手袋で練った魔力の制御に失敗したらしく、慌てて魔素の供給を止めた。
「危ない危ない、危うくとんでもない量の魔素を消費する所だったわ…。と言うか、あなた本当にこれ扱えるの?」
クローディアは手袋を外してクリスに渡しながら問いかける。
「そんなに凄いんですか?」
「とんでもない、意識ごと持ってかれるかと思ったわ」
俺がクローディアに問いかけると彼女は溜息を吐きながらその問いに答えた。その返答は紛れもなく偽りない言葉だと言うのがわかる。
再び手袋を身につけたクリスは気に入ったのか、また確かめるように手袋に魔素を流し込んでいる。
「扱いこなしてみせますよ。バーバデールさん、お借りしますね」
「おう、返す時に色々聞かせてくれや。今後の参考にしてぇからよ」
その後、フォルクも龍の翼骨を切り出して髭を弦として張った弓と龍の牙を鏃に使った矢を、クローディアは一角龍と呼ばれる龍の角を用いた短杖を選択したらしい。
俺達は聖銀貨二枚と白金貨五枚をバーバデールに支払い、大幅に装備のアップグレードができた。安い買い物ではないが、マクニールの紹介状無しではこれほどの装備の新調はできなかっただろう。
買い物を済ませた俺達はそのままバーバデールの工房の中へと入っていった。
「さぁて坊主、この作業台の上にその剣を置いてくれっか?」
「はい、ここでいいですか?」
バーバデールは作業道具を取りながら後ろ向きでこちらを向き、親指を立てる。
「まずはどんな金属が使われてるかだな…」
バーバデールは片眼鏡を目に取り付け、手に取った小さな金槌で剣の腹を軽く叩く。
全体を叩き、金属の手触りを確かめ、更に軽く刃に指を滑らせる。作業を進めるに連れ、バーバデールの顔は興奮の色を浮かばせていくのが分かる。
「こりゃあ凄えや。坊主、こいつはとんでもねえ業物だぞ!まず使われてる金属、間違いねえ、こいつは暗黒銀って言う希少な金属だ!そんで、この剣に彫られた彫刻、こりゃあ竜人族に伝わる紋様に間違いないな。で、こいつが恐らく呪いの元だろうな。ただこの呪い、坊主には効果が無いどころか、坊主の力になってるんじゃねぇか?」
竜人族の呪いの彫刻、それを聞いて何故この剣が俺とクリスにだけ扱えるのかに理解が及ぶ。
そうしているうちに、バーバデールは研磨の道具の用意を済ませていた。
「何にしても、こんな業物に手をつけられるなんてなぁ、同じ職人でもそうはいねぇ、オイラだって暗黒銀の武器の研磨なんて経験は数える程度だが…」
バーバデールは自分からこちらが不安になるような事を言い出すが、それとは裏腹にその表情は自信に溢れた笑顔を覗かせている。
「…坊主は幸運だぜ? オイラの手にかかりゃあどんなにボロボロになっちまった武器や防具も新品同然に元通りよ!」
バーバデールはそう豪語して胸を叩く。この男は話を聞いた限りではどんな素材の声も聞き分けると聞く。それは職人として技術に裏打ちされた自信からくるものなのだろう。
「さって、坊主もしっかり持っててくれよ。何しろ呪いのせいで俺一人じゃ手入れできたもんじゃねぇしな!」
「はい!お願いします!」
バーバデールは龍の角を手に暗黒銀の刃を研ぎ始める。
俺はバーバデールの指示に従いながら剣を持ち上げたり、向きを変えて剣が動かない様に支え続ける。バーバデール自身も額に汗を流し、研磨を始める前は綻ばせていた表情も当に真剣そのものの表情に変わり、作業が終わるまでずっとそのまま変わる事は無かった。
二刻程の時間が経っただろうか。バーバデールは最後に龍の皮を手に、暗黒銀の刀身を磨き続けていた。
その間、一切休む事なく作業を続けており、側でずっと剣を支えていた俺もすっかり汗塗れになっていた。
「よぉし、こいつで研磨完了だ!どうだ坊主、見違えただろう?」
バーバデールは肩で息をしながら、磨き上げた騎士剣の刀身を指差している。
そこにはくすんで鈍い光を反射させていた刀身は無く、美しくしなやかな黒い刀身を輝かせていた。
生まれ変わった騎士剣を手にして見つめているとバーバデールは顔の汗を拭い、腕を組むと静かに話を始めた。
「暗黒銀ってなぁ…まぁ気持ちのいい話じゃねぇが、魔導銀が多くの血を吸うことで生まれ変わった金属って話がある。勿論、天然のものがごく僅かに見つかる事もあるんだが、見つかるのはかつての大きな戦争の跡地って相場が決まってる。…ただし一見曰く付きの金属の様に思えるが、大事に扱う持ち主を守護してくれるって話もあんだ。そもそもいい仕事の業物ってのもあらぁな、大事にしろよ?」
「はい、またお願いします!」
俺が返事をすると、バーバデールは神妙な顔を緩ませ、すかさずにかっと満面の笑みを浮かべる。作業のせいで少しばかり薄汚れているが、その笑みは仕事人が見せる一仕事を終えた後の笑顔だった。
バーバデールの武具店を後にし、俺達は宿への道を歩く。明日はいよいよ島のギルドを挙げての赤龍の討伐作戦だ。俺達にとっては仲間の命がかかった運命の戦いになる。決して楽な戦いにはならないだろう。
全員の表情が歩みを進める度に硬くなるのが分かる。
アリーシャを救う、全員が同じ気持ちを胸に夕焼けの大通りを歩んでいた。




