第七十七話:行動指針
クリス達と宿で合流し、俺達は荷物を片付けて全員が一つの部屋に集まっていた。
「よし、早速だけど情報の整理から始めよう。クリス、そっちはどうだった?」
「はい、まずサルディアの方に龍の素材を扱うマクニールと言う行商が滞在していたと。兄様の方はそちらはどうだったんですか?」
やはり名のある商人か。確かに龍の素材を扱う商人などそうはいない、ドルムにも商品を卸しているだけあってクリス達も彼の話は耳にしていたようだ、
「実はマクニールとはサルディアに到着した時、食事の為に寄った酒場で偶然会ったんだ。だが彼もこっちでは龍の胆は扱ってないらしい。船で運ぶにも保たないんだとか。その代わり、ニーナって言う人を紹介してもらって彼女から赤龍って言う魔物がドルマニア山に向けて飛び去るのを見たって話を聞いた。他にも同様の話を聞いたからある程度信じていいとは思うんだけど…」
話をしているとクリスとフォルクの口から「ああ、やっぱり」と言う声が漏れる。どうやらこちらの情報も被ってしまったようだ。
「どうやら、赤龍の討伐しかなさそうですね」
「ああ、これしか方法が無いなら仕方ないね。…実はこっちのギルドじゃ既に手配が始まってるんだ。討伐作戦はサルディアの街のギルドの冒険者を交えた大掛かりなものになると思う。それだけ赤龍の討伐は困難だ。だから今回の討伐作戦もSー未満の冒険者は対象から外されてある」
フォルクの話を聞いて驚く者と胸を撫で下ろしている者がいた。ソフィーとミハイルだ。
「サヴィオラの時はミハイルは見せ場あったのに今回も私、いいとこ無しじゃない!私も早く階級上げたいのに!」
「ソフィー、今回ばかりは諦めよう。僕達じゃ足手まといになる」
子供のように駄々を捏ねるソフィーをミハイルが窘める。今回の討伐依頼は相手が相手だ。この二人では一瞬で消し炭だろう。勿論俺達もそうならない保証はない。
「ソフィー、今の君じゃ僕達には遠く及ばないし、ましてや赤龍の討伐なんて万に一つも勝ち目は無いよ。もし行けたとしても君がいたからと言って、マイナスにはなるにしてもプラスには一切成り得ないだろう。ギルドがなぜ依頼受注の制限を設けているかわかるかい?」
フォルクが今までに無いような低い声でゆっくりとソフィーに問いかける。その表情は普段の大らかで飄々とした態度のフォルクからは全く想像できない程厳しいものだった。
これにはソフィーも驚き、恐る恐る、唇を震わせながらフォルクの質問に答える。
「え…えっと…無茶な受注で…冒険者から怪我人や死人を出さない為…?」
「それだと半分だけ正解だ。もう半分はわかるかい?」
半分と言われた点数にソフィーは真剣な顔で考え込み、そして首を横に振る。
「…その答えが出ない内はまだA級冒険者にすらまだ遠いね。その答えはきっとその内出てくる筈だ。」
「わかりました…でも聞けば師匠やクリスちゃんは最初からA級でたった一年足らずでS級まで行ったと聞いています。やっぱり『流星』の血筋で力や才能を持ってるから…っ!」
アンリエッタが話の途中でソフィーの頰に平手打ちを食らわせる。それも優しい平手打ちなどでは無く、部屋全体に音が響く程の快音が鳴る力のこもった平手打ちだ。その威力でソフィーは壁際へと吹き飛ばされていた。
「くだらない事を言うものではありませんわ!貴女があの時、船上で師匠、師匠とセオ様に着いていってセオ様が稽古をつけてくれたのは何の為か、私やアリーシャさんとの模擬戦で何を見せたのか、…もう一度考えてご覧なさい。…もし私達が無事、赤龍を討って生きて帰れたならもう一度同じ問いをしますわ、その時にはちゃんと答えられるようになっておきなさいな」
アンリエッタは厳しい口調で叩かれた頰を押さえているソフィーを叱咤する。
「ソフィーさん、確かに俺にはある程度、剣や魔術の才能、それに加護を持って生まれてきたかも知れません、自分で言うのも難ですが、俺やクリスは少なくともこの世界で恵まれた環境で生きてきた。ですが少なくともその環境の上で胡座をかいて生きてきたつもりはありません。それだけは言わせてください」
そう言い切ると全員が沈黙し、部屋が重い空気に包まれる。その時、沈黙を破り、クローディアが口を開く。
「…まぁ助けて貰った私が言うのも変な話だけど、二人ともまだまだ道半ばでしょ? それにまだまだ若いんだから焦らずじっくりと力を身につけていきなさいって事。ね、ソフィー、焦って死んじゃったら意味ないじゃない?」
クローディアが最後にソフィーを窘める。その口調はまるで子供に言い聞かせるように、優しく、ゆっくりと。
「…わかりました」
ソフィーはクローディアに窘められ、怒られて反省を促された子供の様に肩を落として小さく零す。
何とか場が収まったのを確認し、俺は柏手を打ち、脱線していた話を元に戻す。
「よし、まずはギルドで受注を済ませて、その後は武具店で装備を整えよう。実はマクニールからこんな物を貰ってるんだ」
荷物からマクニールから貰った紹介状を取り出して見せるとクローディアが紹介状を手に取り、驚きの表情を見せて興奮を隠しきれずに話しだした。
「ウソ、これバーバデール武具店の紹介状じゃない!?」
「えっと…そんな驚く程の店なんですか? ドルム一とは聞いてましたけど…」
「この店の店主のバーバデールは元々鉱山種の里でもかなり名の通った職人でね、三流の素材でもこの男が扱えばたちまち一流の武具に仕上がるって話よ。…なんでも素材の声が聞こえるんだとか」
指を立ててクローディアはバーバデールについて話し始める。
「彼の店で売ってる武具は工房で量産された様な武具とは違って、一本一本が彼自ら打ったものでね、それぞれが二つと無い逸品なのよ。手を出せる冒険者はそうはいないわ。…それにしてもこんな紹介状を書けるマクニールって商人、バーバデールとどんな関係なの?」
「龍種の素材をバーバデールさんに卸していると言ってましたね。で、俺達には自分の卸した素材を使った武具を使って広告塔になって欲しいんだとか。お互いにメリットがある、と言ってましたよ」
俺がクローディアの問いに答えると彼女は成る程、と納得の様子だ。
実際、元の世界の様にインターネットやそんな技術はこの世界にはない。俺からすればアナクロなやり方ではあるが、力ある冒険者が実際に扱って強力な相手に打ち勝つ、いわば実演販売だ。そう考えれば確かにこの世界ではまさに合理的だろう。
「まぁクローディアの話を聞く限り、龍の素材を正しく加工できるのはそのバーバデールぐらいかもね。龍の素材は確かにそのまま素材として使っても十分に強力な武具になり得るけど、加工の技術次第でそれこそ迷宮で見つかる魔導器を凌ぐ武具にもなり得るのさ」
そう言ってフォルクは椅子から立ち上がる。それに続いて俺達も一同腰を上げる。
「ミハイルさん達はどうします?」
「僕達もとりあえずギルドに向かおうかな。久しぶりにソフィーと二人で何か依頼を受けてみるよ。このまま置いてけぼりと言う訳にもいかないしね」
直近の行動指針が確定し、早速全員で宿を後にしてドルムのギルドへ向かうと、入口の開き戸越しに、多くの冒険者達が詰め掛けているのがわかる。その中には見覚えのある赤髪の獣人の女性の姿があり、俺は中に入り早速声をかける。
「やっぱりシェリーさんも来てたんですね」
「おや、セオドア、アンタ達も来てたのかい。それにあの時見てない顔が数人…いや、一人は顔見知りか。なぁ『宵闇』の?」
シェリーは俺に反応し、返事をすると一緒にいた仲間達の顔を見回す。一通り見た後、その視線はクローディアに向けられていた。
「シェリー、久しぶりね。バリオンとサントスの二人は元気?」
「『久しぶり』じゃないよ。…ったく、連絡も寄越さないで。サヴィオラと一緒に居なくなってすぐアイツがお尋ね者になったからアンタも一緒になって悪さをしてるかと思ったじゃないか。まぁ息災そうで何よりだけどさ。あの馬鹿二人は別口の依頼で先に火山に入ってる。何でも火龍が現れるようになって火山の魔物の気が立ってるらしくてね坑夫達の護衛だってさ」
シェリーはやれやれ、と言った様子でクローディアと話す。二人とも元々顔見知りで親しげな様子で会話を交わしていた。
「連絡が取れなかったのはしょうがないじゃない、私捕まってたんだから」
「知ってるよ、サヴィオラを連れてきた冒険者達に聞いたからね。セオドア、アタシの友達を助けてくれてありがとうよ。…で、そっちの四人ははじめましてだね。アタシはシェリス、シェリス・キャトリニア。シェリーでいいよ。見ての通り、猫人種の獣人でサルディアの方で活動してるS級冒険者だ。宜しくな」
シェリーはクローディアとの会話の中で俺達に感謝の意を示す。その上で自身の胸に手を当て初対面となる仲間達に自己紹介をする。
「僕はフォルクハルト、半長耳種の弓闘士だ。よろしく、シェリー」
「私はクリスティンと申します。セオドア兄様の妹で魔術師を担っています。宜しくお願いします」
「私はソフィー、隣がミハイルよ。私達は階級が低いから今回の赤龍討伐には参加出来ないけどね」
シェリーと仲間達が自己紹介を交わすと彼女は俺達の顔を一通り見回して納得したように鼻で溜息をつく。
「成る程、アリーシャだったかい。いない理由は聞いてた通りまだ毒の治療が済んでないってトコロだね? で、その素材が足りてなくて今回の赤龍討伐に参戦ってワケかい」
こちらから話さずともシェリーはこちらの事情を把握していた。恐らくこれも大半はサヴィオラを連れて行った冒険者から聞いていたのだろう。
「素材の件も知ってたんですね」
「まぁね。ギルドや市場で子供の冒険者が龍の胆について聞いて回ってたって聞いたからすぐにピンと来たのさ。少なくともアタシが知ってる中で龍の素材を求めるような子供の冒険者なんてアンタ以外、他に思い当たらないからね。…それはそうと、アンタ達は龍の胆目的で赤龍討伐の依頼を受けに来たんだろ? アタシも協力させとくれよ」
俺達が龍の胆を探している事を先んじて知った事を得意気に話すシェリーは、突如として俺達に協力する事を申し出てきた。何かの意図があっての事と察したが、俺が尋ねるより先にフォルクがその件について彼女に尋ねる。
「どうにも何か条件がありそうだね。タダで力になってくれる、そんな風には見えないけれど、話してもらってもいいかい?」
「ああ、無事討伐出来たら赤龍の牙と爪を譲って欲しいのさ。勿論龍の胆はアンタ達に譲るとも。それさえ約束してくれればアタシは全力でアンタ達に協力するよ。どうだい、悪い話じゃないと思うけど?」
彼女は腰に手を当ててフォルクの質問に対して堂々と答える。そこでフォルクは俺の耳元で小さな声で確認する。
「セオ、彼女は信用できるのかい?」
「…完全に、とは言えませんがS級の冒険者なら実力としては充分でしょうし、彼女の性格を考えたらそう嘘をつくようにも見えないですし、乗っても悪くはなさそうですね」
俺とフォルクが小声で話していると、シェリーは即断しない俺達に業を煮やし始めているのか、腰に手を当てて足を鳴らし始める。そして、彼女は痺れを切らして口を開く。
「どうするんだい、アタシはそんなに気の長い質じゃなくてね。まぁいきなりこんな話をしてるんだ、信用出来ないだろう? なんならアトラシアの言い回しで誓いを立ててもいいよ? 『アタシはアンタ達に嘘をつかないと誓う、この爪にかけて』ってね」
シェリーがそう言うとすかさずアンリエッタが彼女の言った言葉に反応する。シェリーの目を見つめる彼女の目は鋭い。シェリーもアンリエッタから視線を逸らす事無く、真っ直ぐに彼女を見つめ返していた。
「その言葉、二言はありませんわね?」
「ああ、勿論さ。この言葉の意味だって理解してる」
シェリーの返事にアンリエッタは少し沈黙したままシェリーを見つめ続ける。そして、アンリエッタは俺の方に向き直った。
「セオドア様、彼女と協力しましょう。彼女の言葉とその目、少なくとも私には信頼に値します。彼女の今の台詞、ブリュンヒルデの騎士の誓いに相違ありません。だとすれば、彼女は自らの言葉に命を賭す覚悟をもって誓いを立てたという事ですわ」
アンリエッタの言う、騎士の誓い。吐いた唾は飲めないと言った所か、任侠道とかそういった話に似ているが、所謂封建制の残るこの世界では言葉通り命を賭す事とは割とよくある話なのだろう。
「わかった、アンリエッタがそこまで言うなら俺も腹を括ろう。シェリーさん、俺達は協力を受け入れます。お互い力を合わせましょう」
「そうこなくっちゃね。じゃあアタシはもう受注は済ませてるからここで待ってるよ」
そう言ってシェリーに見送られ、俺達はギルドのカウンターへと足を向ける。それに気付いたギルドマスターが依頼書を取り出して俺達を待ち受ける。
「おお、クローディア、待っとったよ。そっちの二人は先日見たばかりだが…そっちの若いの達がこの間言ってた仲間かい」
「ええ、コビィおじさん、ただこっちの二人はまだ階級が低いから赤龍討伐には参加できないけどね」
クローディアはソフィーとミハイルの二人をギルドマスターに目線で促す。
「ははは、まぁまだまだ若いし、これからだ。しっかりと任務をこなして力をつけていきゃあいずれ追いつける。時には失敗することもあるだろうが、やばい時ゃ死ぬ気で逃げりゃいい。命さえ、体一つさえありゃあ冒険者は食っていけるもんだ。さて、とりあえずは赤龍討伐だろう。この依頼書にサインとギルド証を出してくれい。それで受注完了だ」
俺達はギルドマスターのコビィに言われるまま依頼書に目を通し、署名を済ませてギルド証を見せる。
「ほぉ…この若さでSーたぁ、驚いた。確かにこれにて受注完了だ。一応念を押しとくけどよ、相手は赤龍、油断すれば一瞬で消し炭だ。しっかり準備を整えてやばいと思ったらとにかく逃げるんだな。命あっての物種だ、無理はするんじゃあねぇぞ。じゃあ討伐作戦は明日陽の四刻だ、遅れんようにな」
そう言うコビィに見送られながら、俺達はギルドカウンターを後にする。ソフィーとミハイルはそのままギルドカウンターに残り、受けられる依頼を探すそうだ。
シェリーを探していると既に酒場のテーブルで葡萄酒を喉に流し込むシェリーの姿があった。
「お、受注は済んだみたいだね。ギルドマスターから時間は聞いてるね?」
「はい、陽の四刻からですね」
シェリーは俺の返答を聞きながら、フォークを突き立てた分厚い肉を取り上げて豪快に喰い千切ると、頬張った肉を咀嚼しながら彼女はうんうん、と頷いていた。
「んん、上出来。さて、こっちはこっちで準備しとくさね。アンタ達もしっかり準備を整えておくんだよ。明日は文字通り命懸けだ、お互い失敗は許されない…だろう?」
「ええ、じゃあまた明日ですね。お互い頑張りましょう」
そう言って俺達はシェリーに別れを告げ、ギルドを後にする。
「…さて、若くしてSーの剣士と魔術師の兄妹に半長耳種のS+弓闘士、確か桃色の髪の細い女は重戦士だったか。それに闇魔術師の『宵闇』クローディアか。なかなか骨のありそうな連中だねぇ…」
投稿が遅れて申し訳ありません。現在進めている第六章ですが、予定通りに進めるとこれまでの章に比べてかなりの長さとなる為、現在この第六章をサヴィオラ一味掃討編と赤龍討伐編とで第六章と第七章とに分割しようと考えております。
とりあえずは一旦、赤龍討伐編までを全て終わらせた後、分割の為に改稿を行う予定で考えております。




