第七十六話:情報収集
フォルクさんとクローディアさんと共にドルムに残り、アリーシャを蝕む死神蛇の毒の解毒薬の材料の無音蜂の毒嚢の収集と龍の胆の情報収集を行う事になった私達はサルディア行きの兄様達の魔獣車に途中まで同乗し、街道の密林部の入口で下車していた。
「さて、早速取り掛かろう。クリス、僕が無音蜂の巣を見つけるから、その後は任せるよ」
「ええと、どうすれば…」
フォルクさんに唐突に無音蜂の捕獲を任され戸惑っていると、その方法について教え始めた。
「簡単さ。巣を見つけたら土魔術で巣穴を囲んで、煙で燻り出すだけだよ。彼らは煙に弱いんだ。だから、少し囲んであげて煙にかける、それだけで無力化できるのさ。じゃ、巣を見つけてくるからちょっと待ってて」
そう言ってフォルクさんはあっという間に密林の奥へと消えていった。
「さすが半長耳種ってトコね」
クローディアさんは腕を組みフォルクさんが密林に消えていくのを呆れたようにため息を吐きながら見送りぽつりと呟いていた。
「長耳種も半長耳種も『森の住民』と言われてるんでしたっけ?」
「そうね、両方とも基本的には森に生きる種族で普通に共生する関係でもあるけれど、大きな違いとしては長耳種はほぼ全員が魔術を使えてそれが生活の基盤になっている事、半長耳種は人間の血が混ざっている関係かしら、全員が魔術を使えるわけじゃないみたいでそれを補う為に弓術を身につけたって言われてるわね」
「加えて長寿だからあの見た目でも技術は熟練の域、というわけですか」
私達二人は密林の中、談笑を交えながらフォルクさんの帰りを待つ。
「そう言えば淫魔種の人達は生きる為に他人の精を取り込む必要があると言うのを本で読みましたけど、あれって本当なんですか?」
「んー…本当と言えば本当だけど、実際は思っているのと違って軽いものよ。男の淫魔種は女から、女の淫魔種は男から精を取り込む必要があるのだけれど、やり方は簡単、ただキスをするだけ。しかもほんの少しでいいの。魔物の雄淫魔や雌淫魔に比べたら可愛いものよ。あっちは貞操どころか精まで根こそぎ持って行ってしまうから…おかげでハルモニア教徒からは目の敵にされてるわ、私達淫魔種ごと、ね…」
そう言ってクローディアさんは密林の奥の闇をじっと見つめていた。
「知らなかったとは言え、もし嫌な事を聞いたのならすみません」
「いいのよ、知らない事を知ろうとするのは悪いことじゃないわ。知らずにただ先入観で決める人達よりはずっとマシよ。かと言って別にどうしようってつもりも無いわ。まぁ…確かに私達淫魔種は他の種族に比べて性に対して寛容すぎる部分があるのは否めない所だしね」
彼女ははにかみながらそう言って舌を出しおどけて見せる。とは言え、彼女達淫魔種が迫害を受ける理由の一端であるならば彼女の笑顔は彼女なりの強がりだろう。
そんな話をしていると、木の上からフォルクさんの頭が飛び出してくる。
「無音蜂の巣を見つけてきたよ!案内するから付いてきて!」
そう言って木から飛び降り、密林の中に入って行くフォルクさんに私達は付いて行く。
道の無い密林の茂みの中には小さな四肢獣種や王虫種が生息しており、私達が近づくと道を開けるように逃げて行く。
四半刻程進むとフォルクさんが右手を広げて立ち止まる。止まれの合図だ。
私達が止まったのを確認したフォルクさんが無言で指を指した先、そこには中程で折れ、朽ちた大木の切り株があり、その周囲には大きな蜂が無音で飛び回っている。間違いない、無音蜂の巣だ。
「じゃあクリス、頼んだよ」
「了解です、土壁!」
「漏れは私が落すわ。毒雲!
フォルクさんの合図で土魔術の壁を生成し、無音蜂の周囲を囲んだ。数匹が囲いから漏れたがクローディアさんが囲いの周囲に闇魔術で紫色の雲を発生させると、その雲にまき無音蜂達が次々と墜ちていく。
「じゃあすぐ済ませるから待ってて」
フォルクさんは周囲の茂みから草を引きちぎると、火を起こして草に火を点ける。そのまま土壁の隙間から火が点いて白煙をあげる草を放り込むと、円筒状にした土壁の天辺からもうもうと白煙が吹き上がる。
普段は全く音もなく飛び回る無音蜂もこれには堪らず、低い羽音と衝突音をあげ、土壁に囲まれた巣の周囲を暴れ回っているようだ。
そのまま暫く放置していると、やがて無音蜂の暴れる音は止み、再び密林の茂みを風が吹き抜け、草木が触れ合う音のみが響き始める。
「クリス、そろそろ土壁を引っ込めていいよ。多分もう巣の蜂達は伸びてる筈だ」
「はいっ!土壁解除…!」
「…へぇ、なるほどね」
土壁を解くと、そこには煙に巻かれて仰向けで痙攣している無音蜂の大群がいた。そこには最早動ける個体はおらず、毒化もしていない。
「さって…それじゃあすぐに終わらせるからちょっと待ってて」
フォルクさんは短剣を取り出すと、手際良く無音蜂の腹を裂いて毒腺を針ごと取り出していく。
墜ちていた無音蜂は約四、五十と言った所か。その内の三十程から針と繋がった毒嚢を摘出し、皮袋にしまい込む。
「あれ、フォルクさん。ちょっと多くないですか?」
「うん、勿論予備も兼ねて多めにね。毒嚢はこれでいいとして…あともう少しで終わるからちょっと待ってて」
フォルクさんが短剣で切り株を抉り出す。すると切り株の中から六角形を敷き詰め、幾重にも重なった無音蜂の巣が現れる。どうやら巣の中にも煙は回っていたらしく、巣の中にも痙攣し蹲った無音蜂がいるのが見える。
フォルクさんは巣に残っていた無音蜂とその巣板を抜いて行く。すると一つだけ、大きな巣板の塊が切り株の中の最奥にあるのが見える。その塊の大きさたるや、人間の頭大程の大きさだ。それに再び短剣をねじ入れて切り開くと他の無音蜂と異なり、腹部が極端に成長した個体がやはり痙攣しながら蹲っていた。
「いたいた、これが無音蜂の女王だね。見た目はちょっとアレだけど、この腹から採れる蜜が滋養にいいんだ。せっかくだからこれも持って帰ろう」
そう言ってフォルクさんは痙攣する女王蜂の腹に刃を入れて腹部を切り離し、そのまま巣板と一緒に皮袋の中に放り込んだ。
「これで一つ目の目標達成ですね」
「存外早く片付いたわね。さて、あとは…」
「龍の胆の情報収集、だね。セオ達が戻って来るまでに出来る限り有力な情報が手に入るといいけど…」
無音蜂の毒腺の収集が終わり、私達は街道を通って再びドルムに戻る。
ドルムの街に到着すると、往来する人々の足音や話し声、魔獣車の車輪や、それを引く苔水牛の蹄の音、それとは別に甲高い金属音が街のあちらこちらから聞こえてくるのに気付く。
初めて訪れた時は急ぎだった為、気にも止めなかったが、ドルムの街は所謂、鉱山の街であり、ドルマニア山の鉱山から得られる豊富で品質の高い鉄資源によって栄えている。
普通、鉱山からの鉄の輸送にはどうしても時間もお金も消費してしまうけれど、この街に拠点を構えてしまえばその心配はない。その為、この街には鍛冶屋が多く、それだけ職人も多い。そしてその良質な素材と高い技術を用いて作られた製品を求めて商人達も集まってくるのだ。
「この島の入植地になってるドルムとサルディアの街ではウィンズの功績もあって、冒険者達は歓迎される象徴だけど、ことこのドルムについては富をもたらす坑夫達と鍛冶屋達も同じくらいか、それ以上に重宝されてるわ」
「へぇ…じゃあ装備の新調には持ってこい、かな?」
「兄様やアンリさん、ソフィーさんは利用するかも知れませんね」
そんな話をしながら大通りを進み、クローディアさんの案内で冒険者ギルドに着く。カウンターの前には貴族風の出で立ちをした男が取り巻き数人を連れてギルドマスターと何かを話している。
「…とりあえず、まず現状は調査と警戒をお願いします」
「承りました、ドナテロ様。それでは有事の際には直ぐに動ける様にサルディアのギルドの方にも手を回しておきましょう」
「そうして頂けると助かります。何せあの火山とそこで働く坑夫達はこの街のみならず、島にとっての財産です。失うわけにはいきません。それではギルドマスター・コビィ殿、我々は行きますので、冒険者の手配の方、宜しくお願いします」
そう言ってドナテロと呼ばれていた男は一礼し、取り巻きを連れてギルドを後にする。
私達ともすれ違い様に一礼をしていったことから貴族などではない様だが、その所作にはどこか気品を漂わせている。
「おお、クローディアじゃないか。サヴィオラと手を切ったと聞いてたが、こっちに顔も出さないから心配しとったよ。まぁ無事そうで何よりだ。…と、その二人はお前さんの新しい仲間かね?」
「まぁサヴィオラとは色々あってね。コビィおじさん、紹介するわ。半長耳種の弓使いがフォルクハルト、それとこっちの魔術師の女の子がクリスティン。あと他に五人いるんだけど、ちょっと訳あって今は別行動を取ってるわ」
私達はクローディアさんの紹介に合わせてコビィと呼ばれるギルドマスターに小さく頭を下げる。
おおらかそうな鉱山種のギルドマスターはこちらを見てしわだらけの顔を優しく綻ばせて微笑んでいた。
「それよりコビィおじさん、もし知ってたらでいいんだけど何か龍の胆に繋がる話とか聞いたりしてない? ちょっと入り用になって探してるのよ。何か情報があれば教えてくれると嬉しいんだけれど」
クローディアさんが早速話を切り出すと、コビィは眉間にしわを寄せ、難しい顔を浮かべる。
「うーむ、龍の胆自体の話は聞いとらんが…ただ、さっき話してたドナテロ様の依頼が繋がるといえば繋がるのう…」
「龍の胆に繋がる話ならどんな情報でもいいんです!お願いします、教えて下さい!」
コビィは口を濁していたが、私はコビィに情報を話す様に捲し立てた。
「…お嬢ちゃん、何をそんなに焦ってるかは分からんが、別に情報を渋っとるわけじゃあない。かなり危険な依頼になるからの、この依頼、S級以上の冒険者に限定しようと思うてな…」
「だったら、これでいいですか?」
有無を言わさず私は懐からSー級のギルド証を取り出しコビィの前に突き出す。もう言い逃れはさせない。
「ほっほ、よもやこんなお嬢ちゃんがS級の冒険者とは思わなんだ。こりゃあアトラシアのギルド証か、良かろう、実はな、最近ドルマニア山でよく赤龍が飛び回っておるのが見つかっておってな」
「赤龍ですって?」
クローディアさんが赤龍の名を聞いて驚くが、コビィは一瞥し、更に話を続ける。
「まぁまだ襲いかかって来たと言う報告はあっとらんが、いつ襲われやしないかと坑夫達が不安を募らせとるらしい。そこで鉱山の所有者のドナテロ様が直々に依頼に来た、と言うわけだのう」
「それで、その赤龍を討伐せよ、と言う依頼が?」
そう尋ねるとコビィは私の顔の前に皺だらけの手を広げて否定する。
「そう急くでない。まだ討伐の依頼は出とらんよ。現状は監視せよ、と言っておられる。勿論、何かあった場合は即座に討伐に切り替わるだろうが、今はこっちのギルドの冒険者だけじゃ赤龍を止めきれん。サルディアにも優秀な冒険者達がおるからの、何も無ければ討伐はサルディアの冒険者達も募ってそれから、になるかの」
コビィは目を細め、今後の展望を予想するかの様に話す。
「だとすれば何時頃になるんですか? 私達は赤龍を討伐しなければ…」
「クリス、少し落ち着こうか。アリーシャさんを一刻も早く助けたい気持ちは解るけど、赤龍はそんな簡単に倒せる相手じゃない。僕達だけで挑めば仮に倒せたとしてもただじゃ済まないよ?」
コビィを捲し立てる私をずっと静観していたフォルクさんが遂に口を開き制止する。
私を制止するフォルクさんの声は普段に比べ、かなり低く、話を急く私に対する怒気すら感じる程だった。
「コビィさん、サルディアへの要請が済んであちらのギルドの冒険者が到着するとしたら何時頃になりますか?」
「これからサルディアに伝達を寄越したとして、明日にはもう通達できるだろうて、四〜五日後にはそれなりの面子が揃うだろうの」
「だってさ、クリス。セオ達も五日後には戻ってくる。高位の魔物相手なら戦力はあるだけ集めた方が被害は少なくなる。アリーシャさんも気になるだろうけど、きっと誰かが死んでしまってもセオは良しとしない筈だよ。今は大人しくセオ達が戻ってくるのを待とう」
私はフォルクさんにそう言われ、それ以上返す言葉も無く、黙って頷くしか無かった。
「さて、クローディアや。お前さんに渡し忘れていたものがあってな、ほれ受け取れ」
コビィはカウンターの中から何かを取り出すと、それをクローディアさんに投げ渡す。蛇を象った白金の地金、その口には蒼い宝石が咥えられている。私の持っているギルド証とはデザインは異なるが間違いなくSー級のギルド証だ。
「サヴィオラと一緒に蒸発したお陰で渡しそびれてな。これまでの実績を考えればお前さんも充分に資格はあるだろうて」
クローディアさんは暫くそのギルド証をじっと見つめ、手の中に握り込む。
「…勿論私も手伝うわよ? どれだけ力になれるかわからないけれど助けられた恩はちゃんと返さなきゃね」
「こちらこそ!よろしくお願いします!」
サヴィオラに捕らえられていた所を救われ、その恩に報いる為、クローディアさんは協力を申し出てくれた。私は彼女の手を取り、アリーシャの救出を誓い合う。
「…意気込むのはいいけどとりあえずは引き続き情報収集だ。戦えば危険な魔物なのには間違いない。実際に挑むかどうかはセオ達が戻ってきて、情報を整理してからだ。向こうのギルドからも冒険者を募るって話だし、戦力は多いに越したことはない。」
龍種の魔物が別格だと言うことは子供の頃から父に、ガスターさんに教えてもらっている。あの二人がそう言うのであれば間違いはないだろう。
それでも、もし他に龍の胆を手に入れる当てが無ければ挑む他ない。私達にとって家族も同然であるアリーシャをこのまま見殺しになんて出来はしない。恐らく兄様も同じ意見を示すだろう。
それから私達は兄様達が帰るまでの間、街中で龍の胆の情報を聞いて回ったが、得られた情報は現在サルディアの街に龍の素材を扱うマクニールと言う行商が滞在していると言う話だけだった。
龍の胆の情報収集を開始して五日目の昼、私達は宿で待っていると、外から魔獣車の車輪が転がる音が聞こえてくる。その音は宿の前で止まり、今度は御者と話す、聞き慣れた声が聞こえてきた。間違いない、兄様の声だ。
「兄様!」
窓から顔を出し一言、兄様を呼ぶ。それに気が付いた兄様は顔を見上げ、私の顔を見た。その表情はやや険しく、真剣な表情そのものだった。




