第七十五話:サルディア再訪
結局、密林では魔物に襲われる事は無く、ノンストップでサルディアの街まで戻ることが出来た。
魔獣車の激しい揺れにより俺は少々尻が痛む程度で済んだが、重症なのはミハイルとソフィーだ。
乗り物酔いでとても直視出来ない程に酷い有様になっている。
「これでは今日一日は使い物になりそうにありませんわね」
「しょうがない、どうせ数日滞在することになるし、先に宿をとって二人は休ませておこうか」
早速、俺達は三泊分の宿を取り、二人を運び込んで着替えさせ、ベッドに寝かせる。
一通りの滞在の準備が整った頃、思わず腹の虫が鳴り始めた。
「…とりあえず昼食にしようか。もう陽の八刻、さすがに腹が減ってきた」
「ええ、そう致しましょう。ついでに龍の胆の情報が無いかも客に聞いてみたいですわね」
今日の目標はまず千年樹の実の確保だが、流石にまだ市場が終わるまでには時間がある。腹が減っては何とやらだ。俺達二人は市場からそう遠くない港近くの酒場に入り、情報収集を兼ね、昼食を摂ることにした。
「マスター、何か適当に食べる物をお願いしますわ。あと葡萄酒と…セオ様は飲み物はどうします?」
「じゃあ俺は紅茶で」
店主は注文を受けると「あいよ」と一言、飲み物を取り出しカウンターに置くと料理に取り掛かる。
俺達は出された飲み物に口をつけ、息を吐くと、店内を見回す。
もう昼食時を過ぎ、客も疎らな特別狭くも広くもない店内の一番奥に商人風の男が二人談笑しているのを発見する。片方はでっぷりとした傲慢そうな男、もう片方は痩せぎすでいかにもお調子者といった様子で
俺達は話しかける前に二人の会話に聞き耳を立てていた。
「いやァー…、それにしてもォ、今日は儲かってェ儲かってェ…」
「よかねぇ〜、でも龍の…なんてどっから仕入れてきようとね? ウチも乗らせて貰いたかねぇ」
「実はァ…、…にいるゥ…ってェ龍種を…でな…」
「は? あの山ね!?」
「シッ!声がでかァい!…だがァー…、間ァ違いなく実績は出ェているゥ…。こいつは儲けになァるぞ、ブルァッハッハァッ…」
二人の男はやはり商人らしく取引で儲けた話で大いに盛り上がっていた。
「セオ様、どうもあの二人、詳しくは聞こえませんでしたが龍の素材で儲けた様な話をしている様ですわね。もしかしたら何か手がかりになるかも知れませんわ」
龍の素材を扱う商人、ならば間違い無くかなり龍の胆の情報に近しい筈だ。俺は席を立ち、二人の商人に話しかける。
「失礼します。今立ち聞きさせて貰ったのですが、龍の素材を扱っているようでお話を聞かせて貰いたいのですが…」
「んん? なんだ子供じゃないかァ。お金は持ってるのかい? そんな子供の小遣いで足ァりるような物はァ…私の店では取り扱ってなァいんだがねェ…」
「こりゃまた可愛かお客さんやないね、最低でも白金貨からかかるモンやけ、諦めた方がよかよ?」
二人の男に尋ねてきたのはまだ十三歳の少年だ。一瞬驚くも、冷やかしと思ったのかまるで相手にする気が感じられない。
「セオ様、彼らのようなタイプの人間には直接お金を見せるのが何よりの身分証明ですわ。何でしたらギルド証も見せれば間違いないかと」
「ああ、成る程」
アンリの助言通りに懐から聖銀貨とS級冒険者のギルド証を取り出し、彼らのテーブルの上に置くと、二人の商人は「うぅむ」と唸る。
「どうやら効果アリ、みたいだな」
振り返りそう言うと、アンリは静かに笑顔を見せていた。
「確かにィ、これは聖銀貨とォ、S級のギルド証…。ふゥむ…成る程成る程ォー…。冒険者殿ォ、非礼を、詫びさせていただきます。私の名はマクニール・フォンブライトォ…、大魔大陸はァ、ァルミネシア魔導連邦、ルゥミネスより、はるばる来ておォります。どうぞォ、以後お見知り置きを。手前も扱っている商品が商品だけにィ、相手が信頼できるかと言う点を重視している事を理解して頂きたい」
「はえー、こげなちっさいS級冒険者もおったもんなんやねぇ。ホント反省しとうけん、許しちゃってん?」
でっぷりとしたマクニールと名乗る商人と痩せぎすの商人はそれぞれ頭を下げて俺達に対する非礼を詫び、その上で話を切り出してきた。
「さァてェ、手前が扱う龍の素材について話が聞きたいとォ? まァずは何を御所望かお聞かせ願いたい」
「仲間が毒に倒れていまして、その解毒薬の材料となる龍の胆、それを扱っていれば譲っていただきたいんです」
マクニールは「ふむ」と一言、肉付きのいい顎を撫でている。
「龍の胆ォ…。確かに手前でも扱っている商品ですが…。成る程、では…すぐに用意致しましょう…と、言いたいところォー、ですが…うぅむ…」
「何か問題が?」
マクニールは目を細め、悔しそうに歯噛みをし、静かにその理由を話し始める。
「あの素材はですなァ、保存が利かずゥ、仕入れ先からドルマニアンまで鮮度を保てんのです。故にドルマニアンで扱ってはおらんのですな。まァー…もしこちらまで持ってこれていたのならばァ…無論、お譲りできましたのでェ、こちらとしてもォ商機を逃し悔しい限りでしてなァ」
「そんな!どうにもならないんですか!」
「セオドア様」
マクニールの言葉に机を叩いて立ち上がると、アンリは落ち着く様に俺の名を呼んだ。
アンリに諌められ再び席に着くと、店主が先程注文した料理を静かにテーブルに置き、カウンターの内側へと戻っていく。
「そうですなァ…お詫びィー…というわけではありませんがァ、最近、はぐれ龍を見た、と言うー…話を仲間の商人がしていたのを覚えておりましてなァ。市場にいるニーナと言う行商を訪ねてみるとよいでしょう。…それと」
「それと?」
マクニールは懐より羊皮紙と羽ペンを取り出すと、何かを書き始め、最後に自分の署名を入れて丸めるとリボンで封をする。
「これをドルム随一の武具店の店主に見せるとよいでしょう。私がァ懇意にしてもらっているゥ店舗の紹介状です。先日手前の商品を卸したばかり、もし龍種の討伐に向かわれるならばきっとォ…入り用となるかと」
そう言ってマクニールは紹介状を渡してくる。その表情は何か腹に一物あると言った表情だ。
「何か見返りでも?」
「そうですなァー…強いて言うならば宣伝、でしょうかァ? 私はセオドア殿に私の卸した素材を用いて作られた強力な武具を格安で扱って貰い、セオドア殿がァ、それを用いて龍種を討伐して頂くだけェ…。悪い話ではないかと思いますがァ…いかがですかなァ?」
「…その素材とは?」
「勿論、龍の素材ですともォ。剣や鎧、盾、槍、斧、爪、杖、なんでもございます。お気に召したものを選んでくださって結構です」
俺はマクニールから差し出された紹介状を受け取る事を決める。ただ一つだけ気になる点があり、俺はマクニールに尋ねてみる。
「一つだけいいですか?」
「何でしょうかァ?」
「なぜ僕にそうまで? 僕とマクニールさんは今日初対面の筈。そこまでする必要はないと思いますが」
マクニールは大きく出た腹をさすりながら薄ら笑いを浮かべ、俺の質問に対して回答し始める。
「そうですなァ…強いて言うならば…先行投資、と言った所ですかな。私のカン、当たるんですよ、割と。失礼かと思いますがねェ、最初見た時は駆け出し冒険者の子供かとォ、そう思っておりましたがァー…あー、なかなかどうして、旅装や内に着ている防具のくたびれ方ァ…、その所作、背中に背負う騎士剣。とてもじゃないですが駆け出し冒険者のそれとは全く異なる。そして決め手となったのがS級冒険者の証ですなァー…。その時に確信したのですよォ。きっとこの子は将来、何か大きな事を為すとねェ。私はそれに少しだけ相乗りさせて頂きたいィ…、それだけですとも」
満足気に語るマクニールにやや胡散臭さを感じるが、現状マクニールの話すはぐれ龍の話のみが唯一、龍の胆に繋がる手掛かりだ。
「さァてェ…、我々はこの辺りで失礼させていただきますよォ。せっかくの料理が冷めてしまいますしなァ。ああ、せっかくの縁だ、お食事の代金は、こちらでお支払い致しますのでェー…それではまたァ、お会い致しましょう」
そう言って店から出るマクニール達を見送り、アンリと顔を合わせる。
「はぐれ龍、か」
「信憑性はともかく、調べてみる必要はありそうですわね。ニーナさん、でしたかしら。市場を訪ねた時にでも探して見ましょう」
不確かな情報ではあるが手掛かりを見つけた俺達は出された食事を早々に平らげ、目的となる市場へと足を運ぶ。
サルディアの市場は相変わらずの盛況であり、行き交う人でごった返していた。
往来の激しい市場で人並みに流されながら市場の商人達に千年樹の実のこととマクニールの話していたニーナと言う行商について尋ねて回る。
気がつけば、俺とアンリは逸れない様、自然とお互いに手を繋いでいた。
「あら、手なんか繋いで仲のいいお二人さんね。いらっしゃい、何かご用?」
とある屋台を訪ねると、そこは珍しく女性が店主を務める屋台であり、棚の中には様々な瓶に詰められた干された木の根や果実が並んでいる。女性店主は短い金髪の蒼眼で整った顔をしており、背中からは純白の翼を生やしており天使を思わせる。
女性店主に手を繋いだ様を指摘され、俺達はお互いに繋いだ手を見て驚き、アンリは手を離して明後日を向いて赤面していた。
「え、えっと、千年樹の実とニーナって言う行商人を探しているんですが…」
動揺しながら店主にそう尋ねると、店主は何故か笑いを堪えている。
「ぷっ…フフッ、アハハハッ、ニーナはアタシよ。そして千年樹の実も私の店で扱ってるわ。あなた達、多分エフゲニーのお爺ちゃんの使いの人でしょ? ドルムからわざわざ買いに来るなんてあの人ぐらいしかいないからね」
女性店主は自らをニーナと名乗り、また千年樹の実も扱っていると告げる。さらにどうやらエフゲニーとも既知の仲の様で一眼で旅装の俺達とエフゲニーの繋がりを言い当てた。
「もう、エフゲニーさんったら、昨日来るって言ってたからなかなか来ないから心配してたのに…まぁいいわ、これが用意するように頼まれてた薬の材料ね。千年樹の実も一緒に入ってるから、確かに渡したわね」
「あれ、代金はいいんですか?」
「どうせあのお爺ちゃん、また来るし、ツケとくから大丈夫よ」
ニーナから様々な薬の材料が詰められた皮袋を受け取り、改めてマクニールから聞いたはぐれ龍の事についてニーナに尋ねてみた。
「マクニールって言う商人から聞いたんですがはぐれ龍の事について話を伺いたいんですが…」
「…全くあの豚男、いつの間に耳に入れたのかしら。ホント地獄耳なんだから…。そうねぇ…確か三、四日程前だったかしら、ドルマニアン大密林の街道の分岐点は知ってる?」
「えっと…ドルムへ向かう街道の分岐点で休憩場所になってる開けたところですかね?」
一瞬、ニーナの険悪な表情が浮かんだが直ぐに彼女は表情を戻し、目撃したとされる場所について話す。
俺も心あたりのある場所なので彼女に確認すると彼女はさらに続けた。
「そうそう、そこね、多分合ってるわ。あの日、密林の中で薬草探しをしてて、お昼に休憩してる時、ふと空を見上げてたら、真っ赤な龍が火山の方に向けて飛んでたのよね」
「火山…ドルマニア山ですわね?」
「ええ、そうよ。きっと赤龍だと思うわ。普通は群れて行動する魔物の筈なんだけれど、あの時は一匹だけで行動してたから不思議に思ってたのよ」
ニーナは時折、思い出す様に天を仰ぎながら話を続けていた、しかし突然、目を細めて俺達の顔を凝視する。
「もしかして、あなた達、あの龍を討伐しようなんて考えてない? やめた方がいいわ。子供の龍でも十分恐ろしいのに…成体の龍の強さはそこらの魔物とは文字通り桁違いよ。赤龍なんて単独でも手配されれば最低でもSSー級はくだらないわ、たった二人で何とかなるとは到底思えないわね」
ニーナは釘を刺すように俺達を睨みながらそう忠告してきたが、俺達には彼女の話す龍を討伐しなければならない理由がある。
「俺達の仲間が死神蛇の毒で今、生死の境を彷徨っています。救うにはその解毒薬の材料となる龍の胆がどうしても必要なんです。市場でそれが手に入らないとなればその赤龍を討つしかない!それに…他にも仲間がいます!」
ニーナはそう言い放つ俺の顔を見て完全に呆れ果て、ため息を吐く。
「…はぁ、これは何がどうあっても討伐に向かうって顔ね…。いい? あくまでも私は見たってだけで実際この島にいるとは限らないんだからね?」
「わかってます。ただ俺達はニーナさんからすれば不確かな情報でも、今はそれに縋るしかありません。勿論他に確実性の高い情報があればそちらを頼りますよ。龍種と戦うのがリスキーなのは戦わなくてもわかってますから」
ニーナは俺の言葉を聞くと再び呆れ顔を浮かべ肩を竦めてみせる。そして、静かに赤龍の情報について話し始めた。
「…いい?赤龍、別名『火龍』。灼熱の吐息と炎の魔術を操る魔物よ。全身が強固な鱗と皮で覆われていて、生半可な攻撃は通らないわ。そして個体そのものの能力も異常そのものね。かつて大魔大陸のとある魔族の村がたった一体の腹を空かせたはぐれ赤龍によって消し炭にされたなんて話もあるわ。本来ならドラグネイアの山々を縄張りにしてるみたいだからもしこの島だったらドルマニア山を寝ぐらにしてるかもね。ただドルマニア山は普段鉱山関係者しか立ち入りを許可されてないから何か有事の時ぐらいしか入れないわ。…あなた達に情報はあげるけど、もし鉱山に勝手に入って捕まっても絶対に私の名前を出さないで頂戴ね。面倒はごめんだわ」
ニーナは説明の締め括りに悪態をついてそっぽを向く。こんな態度を取ってはいるが根は親切な人間なのだろう。そうでなければエフゲニーの使いとは言え、わざわざこんな事まで教えはしない。当然マクニールの様に打算的な厚意でもないだろう。
「ありがとうございます。もし本当に赤龍を討つ事になったら参考にさせて貰います」
そう言って受け取った荷物を担いで俺達は宿に引き返した。
その後サルディア滞在予定の三日間、俺達は四人で手分けして冒険者ギルドや市場など人の集まる場所で龍の胆の情報収集に当たったものの、結局これといった情報はなく、ニーナと同様のはぐれ龍の目撃情報だけであり、逆にこちらの情報についてはある程度の共通点があり、より信憑性の高い情報となっていった。
また、話は変わるが、冒険者ギルドに立ち寄った際にサヴィオラの件の報告も済ませ、ちょっとした報酬を得る事もできた。
当時救出した冒険者達には回収されたサヴィオラの蓄えから若干支給があったらしく、装備を整え、幾人かが既に現場復帰を果たしており、こちらの件はこれで一通りの決着が着いたようだ。
「さて、赤龍の件以外は龍の胆に繋がる情報は特にナシ、か。向こうで別の情報が見つかっていればいいんだが…」
龍の胆を入手するにあたり、赤龍討伐による入手は最終手段だ。下手に挑めば返り討ちの可能性も十分考えられる以上、他に選択肢が無かった場合に取る手段として考えている。
これ以外の情報を掴めなかった俺達はドルムに戻る魔獣車に揺られながらフォルク達が別の情報を得ている事を願っていた。




