第六十七話:密林の街道
サルディアの街の外にはすぐ密林が広がっている。俺達は現在、密林へ出発する準備が整い、今まさに密林の中へ向かわんとしている所だ。
「シアン、道は覚えてるんだね?」
「うん!おにいちゃん、おねえちゃん、よろしくね!」
シアンは一晩眠り元気を取り戻した様だ。シアンの元気な姿を見て全員とりあえずは一安心と言った所か、不思議と笑みが零れていた。
「みんな、解ってると思うけどシアンは戦えないからね。見通しの悪い密林の中じゃお互い見失いやすいから逸れない様に注意して、もし逸れたならお互い急を要す場合を除いてその場に待機すること。賊のアジトはシアンの記憶だけが頼りになる。くれぐれもシアンを中心に離れ過ぎないように気をつけてね」
実際に密林への入り口となる道のすぐ傍はもう鬱蒼とした茂みと樹木が生い茂っており、背の低いシアンの頭の半分くらいまで届く程だ。
「あの時とは違って今回は本物の密林ですね」
「ええ、今度は茂みからも魔物が出ますので気を付けないといけませんわね」
「帰らずの迷宮、ですか…。あちらの幻影の密林と比べるとかなり暗いですね…」
「向こうは幻影の密林だから視界が開けてたけど、こっちは本物だしな。特に夜は本当に気を付けないと、夜行性の大型四肢獣種なんかもいるらしい」
密林の中は広い葉を持つ樹木が立ち並んで幾重にも重なっており、僅かに木漏れ日が差し込むのみ。その為日中であってもかなりの暗さだ。シアンは両親に連れられて何度もサルディアとドルムを行き来していた為、道はわかるという。
「じゃあ出発しよう!」
俺達はフォルクの声で一斉に密林の街道に足を踏み入れた。
ーーー
「セオ、正面右脇の茂みに密林飛蝗が待ち伏せしてるよ、気を付けて」
俺達は一箇所に固まって密林の中の街道を進む。フォルクは木の上を飛び移りながら俺達の周囲の警戒に当たっていた。
剣を抜いてゆっくりと前に進むとフォルクの言葉通り、全長一メートルはあるであろう巨大な飛蝗が警戒を向けていた茂みの中から飛びかかってきた。
「はあっ!」
飛びかかってきた密林飛蝗に対して縦一文字に木漏れ日に黒光りする騎士剣を振り下ろす。
騎士剣は飛蝗の頭から腹にかけて正中をまっすぐに通り抜け、飛蝗を綺麗に真っ二つにして絶命させた。
「おお、お見事」
上から見ていたフォルクが感心するように唸っていた。
「フォルクおにいちゃんってすごいんだね!きのうえからぴょんぴょんって、まるでおさるさんみたい!そういえば、なんでまものがいるってすぐにわかるの? おとうさんもおかあさんもまちぶせしてるまものにはなかなかきづけないっていってたけどフォルクおにいちゃんってなんでもみえてるみたい!」
「フフッ、僕は半長耳種っていって、森で生きている種族なんだ。だから木や草とは仲が良くて、森が教えてくれるんだよ」
フォルクがそう言うとシアンは素直に信じ込んで笑顔を見せていた。
「フォルクおにいちゃんはもりさんとなかよしさんなんだね!」
「フフッ、そうだよ…おっと、セオ、今度は前に亜小鬼の集団だ。数は五十ぐらい、こっちには気づいてないみたいだ。左の茂みから街道を横切ってくるよ、どうする?」
「やり過ごしましょう。数が多過ぎる」
俺達はすぐに茂みの中に入り街道の様子を伺う。すると亜小鬼達の集団がぞろぞろと茂みから街道を横切っていく。
前にカルマン村の周辺に住み着いていた小鬼達とは違い、亜小鬼達はその全てが石製の武器を身につけており、体格も一回り程大きい。
酒場で聞いた話では、それ程好戦的な種ではないらしく、数は多いものの、集団の移動を妨げたり、こちらから襲いかかったりしない限りは攻撃を仕掛けてくる事もないとの事だ。
俺達はその話の通りに亜小鬼達の集団が通り過ぎるのを大人しく待つ事にした。
亜小鬼達は大きなものから小さなものまでが混在しており、少数民族の移動の様だった。中にはこちらに気づいた様な素ぶりを見せる個体もいたが、こちらに敵意がないと悟ると何事も無かったかの様に去っていった。
「今ので最後みたいだね。そろそろ先に進もう」
フォルクが木の上から頭を出しこちらを手招きする。それに合わせて俺達は茂みの中から街道に戻り、再び街道を進んでいった。
ーーー
しばらく進むと街道の分岐点にたどり着く。この一帯は少し開けており、光が射し込んでいた。中央を横切る形で小さな小川が静かに流れており、そこには鹿型の草食の四肢獣種の魔物である三角鹿の親子が水を飲みに来ていた。人に慣れているのか俺達を見ても逃げ出す様な様子もない。
「そろそろ昼だし、ここで休憩にしよう。この辺りは特に危険な魔物の気配も無いみたいだ」
フォルクがそう言うのだから、間違いは無いだろう。
道中でも密林の暗殺者と言われる無音蜂や、以前帰らずの迷宮にも現れた毒変色竜にすらも気付く程、フォルクの索敵能力は高かった。
「シアン、ここからおとうさん達が捕らえられているアジトまではどのくらいかかるのかわかるかしら?」
「うーん…おひるにわるいおじさんたちにつれられてサルディアのまちについたのがおひさまがしずむくらいだったから…ええと…」
「でしたら、あと二、三刻もすれば着きそうですわね。夕刻前には着くでしょうし、場合によっては今夜にでも救出にいけるかもしれませんわね」
「アンリエッタ様、シアン様が心配なのはやまやまですが先ずは下見を済ませませんと。捕らえられているご両親もですが、シアン様以外に他の子供達もいますので人質にされてはこちらも手が出せなくなります」
「勿論解っておりますわ。ただ急げるならばその方がいいかと思いまして」
「アンリ、急いては事を仕損じる、って言う。事態が事態だし、ここは慎重に行こう」
「そう聞こえたのでしたら申し訳ありませんわ」
昼食を摂り、一休みを終えた俺達は再び街道を進む。
ーーー
二刻程、街道を進むとシアンが声をあげる。
「あっ、こっちだよ!」
シアンが指差した先には大岩がある。
「こっちって言われても…岩?」
「成る程ね。ソフィー、岩の裏を見てごらん」
「…これはっ!」
ソフィーが岩の裏を覗き込むとそこには生い茂った草を踏み分けた獣道が続いていた。
フォルクも木の上から飛び降りて獣道へ入り、俺達を先導する。特に見張りの様な者もおらず、半刻程獣道を進むと密林を抜けた。
密林を抜けた先には切り立った崖があり、古びた遺跡がその下に建っている。
崖の上から頭を出して遺跡を眺めていると数人の男たちが歩いているのが見えた。
「あっ!あそこだ…ムグッ」
アリーシャが大声を出そうとするシアンの口を塞ぐ。危ないところだ。
「シアン様、お静かに。これからご両親をお助けする方法を考えますので大人しくしていてくださいね」
アリーシャが小声でシアンの耳元に囁くとシアンは「ごめんなさい」と言うように手を合わせて頷いた。
「アリーシャさん、隠密行動は得意かい?」
「多少の心得は」
「じゃあ僕とアリーシャさんで偵察に行ってくるから皆は待ってて」
「じゃあ昼に休憩した場所まで戻った方がよさそうですね。ここで彼らの一味と鉢合わせするのもまずいでしょうし」
「了解セオ。じゃあ行ってくるね!」
そう言ってフォルクはアリーシャを連れて崖の脇の急傾斜の道を下っていく。
崖を下りきり、小さく映るフォルクとアリーシャは茂みの陰で少し話したあと、二手に別れ、遺跡の両脇へと滑り込む。
「じゃあ俺達は引き返して大人しく二人の報せを待つか」
本当はシアンの為に今すぐにでも踏み込みたい気持ちを抑え、俺達は元来た獣道を引き返す。
覚えた道を引き返す足は早く、一刻と少しの時間で昼に休憩をした分岐点までたどり着く。当然道中で魔物も現れるが、ここまでにあらかたの魔物と戦っている為、対処方はある程度確立されている為、フォルクなしでも魔物達を蹴散らしていった。
時間は陽の十一刻を過ぎ、密林の街道は既に真っ暗になっていた。分岐点の場所も既に薄暗くなっており、俺達は以前に通った冒険者などが使っていたであろう焚き火の跡に火を焚べる。
「さて、とりあえずはフォルクさんとアリーシャの帰りを待ってそれからだな」
「それまでは休憩、ですね」
俺達は焚き火を囲み、偵察中の二人の帰りを待った。
ーーー
キャンプを開始して三刻強が経ち、フォルクとアリーシャの二人が戻ってくる。
「ただいま戻りました」
「みんなただいまー!とりあえず食事を摂らせてもらうよ。偵察の結果はその後にするね」
簡単に二人の食事の準備を済ませると二人とも直ぐに食事を始める。どうやらかなり腹を空かせていたのだろう。
「まず人数だけど、ざっと三十人はいそうかな」
「思っていたより多いですね…」
「警備については正面の入り口が四人、半数程が遺跡の内外を巡回していました」
アリーシャが遺跡の塀の内側の構造を地面に書き起こしていく。
「正面の警備と遺跡の外の警備をなんとかしなければこの人数では侵入は難しいかと」
「僕は身軽だから塀からの侵入は簡単だけど流石に全く見つからずに塀の内側を全滅させるのは難しいかな。一応中には入れたけれど捕らえられてる人達を見つける所まではいかなかったね。シアン、どこか心あたりはあるかい?」
フォルクがシアンに尋ねるとシアンは頭を抱えていた。必死に思い出しているのだろう。
「なかではめかくしされてたからどこかはわかんないんだ…。あ、でもうえのほうからわらいごえがしてたのはおぼえてるよ!」
「成る程、地下室、ですか」
「構造上、二階があるようには見えないし間違い無いだろうね。あとはここだけど…」
フォルクが指差した先、そこは大きなフロアだ。まさにいかにもといったところか
「あいつらの首領はおそらくここ。賊の半数もここにいるはずだ。もし地下室の入り口がここにあるとしたらかなり厄介だね」
「何にせよ、まずは正面の警備だね、騒ぎを起こさずにどうにかする策は思いつくかい?」
騒ぎを起こさないようにするには三つの要素が必要だ。まずは見つからない事、次に逃げられない事、そして声を出させない事だ。
「うーん…魔術で何とかできないでしょうか…」
クリスは魔術でどうにかする方法を考えているようだ。その時俺の中で一つの方法が思い浮かんだ。
「ソフィーさん、ちょっといいですか?」
「はい?」
「今から何か違和感を感じたら手を上げて声を上げてください」
「えっ? 何かするんですか師匠、ちょっ…」
「凪の領域!」
俺が魔術を発動させると同時にソフィーの声が途切れる。さらにソフィーは苦しそうな顔で何かを訴えようとするが俺達の耳には何も届かない。
(ちょっと!師匠!? 声が出ない!? 息も…苦し…そうだ、手、手を…!)
ソフィーが手をあげるのを見て魔術を解除する。
「プハッ…ハァ…ハァ…ちょっと師匠、わたしに何かするなら一言いってからにしてくださいっ!死ぬかと思った…」
「兄様、今のは?」
「ソフィーの周りの空気を無くしてみたんだ。空気がなければ音は響かないし、窒息すればすぐには動け無いはずだ」
「成る程、こうですか?」
(ちょっとクリスさんまで!? 苦しい!苦しい!)
呼吸ができずソフィーが喉を抑えたのを見るとクリスも凪の領域を解除する。
「ぜぇ…ぜぇ…もうやだ…」
「ソフィー、大丈夫?」
窒息で泣きそうなソフィーをミハイルが心配そうに声をかける。
「流石に上級クラスの魔素消費か…。要所要所なら俺も問題無いだろうけど広域となると魔素の枯渇の心配もあるし…。クリス、正面の警備は任せていいか?」
「お任せください、兄様」
「遺跡の外は各個撃破の方がよさそうかな。恐らく単独で行動したほうが見つかりにくいと思うよ。僕も遺跡の上から援護するね」
遺跡に踏み込む手立てが決まった俺達は最後に全員がシアンに視線を向ける。
「あとはシアン、か。シアン、俺達がお父さんとお母さんを助けるの、待ってられるか?」
「…うん!おにいちゃんたちがもどってくるのぼくまってる!」
「よしよし、いい子だ。ただ独りにする訳には…」
「ならば私が残りますわ」
シアンのお守り役を買って出たのはアンリエッタだった。
「アンリ、いいのか?」
「ええ。隠密行動でしたら私は不適当かと思いますわ。全身鎧では目立ち過ぎますし、何より何をするにも音が立ちます。脱いでしまえば戦力としても足手まといになるやも知れませんわ。ですから残るならば私が残るのが適当かと」
「わかった。シアンはアンリに任せる。シアン、アンリの言う事をちゃんと聞いて待っててくれ。きっとお父さんとお母さんを連れ帰ってくる」
「うん、アンリエッタおねえちゃん、よろしくね!」
「ふふ。セオ様もお気をつけて…」
その後、細かい部分を詰めて作戦会議を終えた。
「今が陰の四刻…俺達だけなら一刻もあればあそこまでは行けるだろう…じゃあ八刻に出発、それまでは仮眠をとって万全を期して救出作戦開始だ」




