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第六十二話:加護の力

 海賊の襲撃から五日が経った。俺の怪我は完治し、既に船内を歩き回ることも出来る程に回復した。船医も輸血が必要な程の大量出血の後でこの短期間にここまで回復を見せた俺に驚いていた。

 俺は完治した後、世話を焼かせてしまった船乗り達や冒険者達に挨拶して回っていた。やはり彼らも俺の回復力に驚いていた様子だった。これも魂の世界で出会ったシャルディンの言っていた加護のお陰だろう。


 甲板に出て見るとソフィーとミハイルは相変わらず訓練を続けていた。

 ソフィーとミハイルは俺に気付くと訓練をやめて俺の元に駆け出してきた。


 「師匠、もう動き回って大丈夫なんですか!?」

 「ソフィー、船医さんの話だともう殆ど完治してるって聞いたけどセオドア君もさすがに病み上がりだし…」


 話を聞いていると二人は海賊の襲撃の後も毎日欠かす事無く訓練を続けていたらしい。


 「師匠、一本だけお願いします!」

 「ソ、ソフィー!?さっき病み上がりって言ってたよね!?」


 ソフィーはいつものように稽古をつけてくれと頼んでくるがミハイルはソフィーを制止しようと必死だった。


 「ミハイルさん、気遣ってくれてありがとうございます。でももう大丈夫ですよ。甲板に来たのも身体の調子を確認するためですので」

 「ほら、ソフィー、セオドア君もそう言ってるし…ってええっ!? 大丈夫なのかい!?」

 「やたっ!じゃあよろしくお願いします!」


 俺がすんなりソフィーからの稽古の申し出を受けるとミハイルはまさか俺がすんなりと稽古の相手を受けるとは思わず驚いているばかりだった。

 ミハイルから木剣を受け取り、木剣を右手に持ち。半身に構えるソフィーに対して正眼の構えで迎え討つ。


 「じゃあどこからでも…」

 「やぁっ!」


 有無を言わさずソフィーは遠間から大きく跳び木剣を振りかぶる。

 しかし遠間からの大振りだ。剣筋は限られる。切っ先でソフィーの大振りをいなして反撃に出る。

 ソフィーも反撃を読んでいたのか、着地と同時に地面を蹴り距離を取ろうとした。


 「これならっ!」


 ソフィーは後退しながら懐に隠し持っていた木の短剣を投げ追撃を遮ろうとする。アリーシャにでも習ったのだろうか。


 「甘いっ!」


 ソフィーの投げた短剣を木剣の切っ先でそっと向きを変え、そのままソフィー目掛けて打ち返す。


 「嘘っ!?」


 投げつけたはずの短剣が打ち返されソフィーが思わず声を漏らした。


 「あうっ!」


 打ち返した短剣はソフィーの顎を捉える。完全に退避の体勢をとっていたソフィーは対応する間もなかったようだ。

 顎に直撃を受け、体勢を崩した上に足が止まったソフィーを組み伏せる。胸を膝で抑え、剣を持った右手首を掴む。


 「し、師匠、苦しい苦しい!参りました、参りましたから離してっ!」


 膝で抑えられた胸をさすりながらソフィーは咳込んでいる。そして攻撃が全く通用しなかったのを悔しがっている様子だ。


 「けほっ、けほっ。せっかくアリーシャさんから教えてもらったのに通用しないどころか打ち返されるなんて…うーん…」

 「まだまだ物真似のレベルですね。格上相手に実戦で通用するレベルじゃない。もし実戦なら打ち返されて顎に直撃した時点で終わりです」


 俺はソフィーに率直な意見を突きつける。


 「とは言え、狙いは悪くない。投げたところで反転して追撃に変わっていればまた違った結果だったかも知れません。それに一本だけだったからこちらも落ち着いて対応できましたけどこれが三本四本ぐらい纏めて、あるいは立て続けに投げられたりしたら流石に避けていたかも知れません。あとまだまだ踏み込みも剣の振りも遅い。素振りが足りてませんね」


 そう言って締め括るとソフィーは納得したように頷き再び木剣を握って素振りを始める。実際のところソフィーの剣の腕は乗船時に比べると大きく、と言う程ではないにしろ確実に上がっている。当時はまさにC級に成りたての剣士程度だったが今ならB級戦士相手でも純粋な剣だけの腕ならいい勝負をするだろう。彼女に足りないのは経験だけだ。

 ミハイルはというと既に扱える属性の無詠唱初級魔術は一通り扱えるようになり、現在は中級魔術の習得に奮闘している。中級魔術も既に火球(ファイアーボール)なら詠唱は必要だが扱えるようになっている。二人共ドルマニアンに到着する頃には間違いなくB級冒険者として遜色ない程度の実力にはなるだろう。


 「おう、坊主。もう体はいいのか?」

 

 そう言って話しかけてきたのはラルゴだ。聞けば失血で死にかけている時に輸血に応じてくれたのがクリスとこのラルゴだったらしい。クリスはラルゴの血液を輸血するのを嫌がったらしいが、クリスの血液だけでは足りなかったため渋々受け入れたらしい。まぁ確かにクリスとしてはこんな筋肉ヒゲ親父の血液を自分の兄に輸血するというのはあまり気持ちのいい物ではないのだろう。


 「ええ、十分とは行かないまでも八分ぐらいは」

 「そうか、まぁあんまり無理しねぇようにな。治りが早いのは結構だがまた傷口が開いて倒れられても困るしな…」


 どうやらクリスには酷く嫌われているのか、ラルゴは嫌にうんざりとした顔をしている。


 「あ!セオ、起きてたのかい!? おーい!」


 爽やかな男が呼ぶ声がするが周りを見回しても誰も見当たらない。


 「上、上!おーいセオー!」


 上を見上げるとマストの上にある物見台から金髪の青年が顔を出して手を振っている。フォルクハルトはこちらが気付いたのを確認するとふわりと物見台から飛び降り、静かに甲板へと着地する。まるで猫のようだ。


 「やぁ、もうケガは大丈夫そうだね。いやー、一時はどうなることかと思ったよ。でも無事で何よりだね」

 「そう言えばそちらも非戦闘員の人たちは無事だったんですか?」

 「うん。ちょっと船室で震えてたりはしてたけど全部上で片付いちゃったからね」


 フォルクハルトは薄く笑いながら護衛中の様子について語る。何にせよ、本当の重傷を負ったのは結局俺だけだったようだ。その俺もほぼ傷は完治している為、結果的には誰も被害者がいなかったのは幸いというべきだろう。


 「まぁ彼らもかなりの痛手の筈だし、しばらくはまともに動けないだろうから暫くはこの付近の海も穏やかなんじゃないかな? ラルゴに聞いてみたけど彼ら、ドルマニアン周辺の海域じゃ最大級の海賊団らしいからね。彼らが襲撃に失敗したうえに大打撃を受けたっていうならそう簡単にこの船は手を出せないだろうしさ」


 飄々と話すフォルクハルトの船室から矢が大量に詰まった樽を運び弓闘士に惜しみなく矢を与え、態度とは裏腹に俺は複雑な心境だった。もしあの時道化師の二人を問答無用で倒していたなら俺も重傷を負うことはなかっただろうしクリスの魔術で追撃した後に沈めきれたかもしれない。

 しかしあそこで瀕死の重傷を負ったからこそ、セオドアとシャルディンの魂と対話できたのもまた事実だ。


 「ええ、でも油断はしないようにしましょう。実際油断したお陰で俺も刺されましたし」

 「うん、でも今度は僕も見張りに着くし、そんな事はさせないよ」


 俺はやや自嘲気味に話していたが、フォルクハルトは「冗談じゃない」とでも言わんばかりに普段のにこやかな表情を引き締めていた。


 甲板を後にして船室に戻るとエリウッドが一人、寝台に座っていた。


 『セオドアよ、己れがいながらお前に重傷を負わせてしまった。面目無い』


 開口一番、謝罪を行うエリウッドに俺は目を丸くする。


 『いえ、あれは俺の油断です。エリウッドさんが責任に感じる必要はありませんよ。寧ろ俺自身、教訓になりました』


 エリウッドは「そうか」と目を閉じて腕を組む。どうにもエリウッドは納得がいっていないようだが、あの場面ではエリウッド自身何もしようがないし、全員がアインとニアの演技に騙されていた。誰にも非は問えない。


 『そう言えば先刻、お前の仲間から伝言を頼まれていた。アンリエッタと言ったか、「女部屋で待っている」、との事だ。確かに伝えたぞ』

 『ありがとうございます。じゃあ早速行ってきますね』


 男部屋を出て、アンリエッタの待つ女部屋へと向かう。扉に手をかけるが女性の部屋だ。扉にかけていた手を離し、ノックを鳴らす。


 「はい。…セオドア様、ですわね?」


 扉の奥からアンリエッタが返事をし、扉が開かれる。女部屋も男部屋と同様に四つの寝台が置かれており、それぞれの寝台に仲間達が座って待っていた。


 「セオドア様、そちらの寝台にどうぞ。ソフィーより許可は得ています」


 俺はアリーシャに促されるまま、ソフィーの寝台に腰掛ける。全員の顔を見るとその表情は真剣そのものだ。若干の沈黙を破りアリーシャが口を開く。


 「セオドア様、あくまで私の推測ですが貴方は恐らく、〔加護〕を得ています」


 シャルディンの言っていた〔加護〕だが、再びアリーシャの口からその単語が飛び出した。

 恐らくではあるがこの〔加護〕とは恐らくゲームなどで言うところの『スキル』だとか『特殊能力』と言った所だろう。


 「そう言えばマリオンも生まれつき力が強かったと言ってましたわね。アリーシャさん、あれも〔加護〕の力かしら?」

 「ええ、〔魔人の加護〕ですね。加護の中ではかなり一般的な部類で、常人を遥かに上回る膂力と強靭さが得られるという話で魔族の一万人に一人程度で持つ者が生まれるという話です」


 アリーシャは長い冒険者の経験もあり旅の中で様々な人々との出会いもあった為かこういった話にはかなり明るい。

 しかし、アリーシャは一旦俺を向くと、直ぐに目を閉じてゆっくりと口を開く。


 「セオドア様の加護は恐らくですが〔治癒の加護〕…、なのですが、加護とは普通生まれ付いて得られるものであって後天的に得られるものではないのですが…」


 アリーシャはそこまで言い言葉を詰まらせる。


 「俺とクリスの生い立ち、か」

 「ええ…」


 アリーシャは考え込んでいた。確かに俺達は両親から生まれた時の事について話されてはいない。クリスも恐らくは知らないだろう。しかしアリーシャはその一部始終に立ち会っている。恐らくはそれを自分の口から話すべきか迷っているのだろう。


 「アリーシャ、いい。俺もあらかたの話は知ってる。一部始終って訳じゃないけどなんでこんな加護の力があるのかも心当たりがある」

 

 俺がそう言うとアリーシャは「ならばセオドア様からお願いします」と一言だけ言い、俺の話に耳を傾けた。


 「クリス、ガスターは覚えてるよな?」

 「はい、忘れる筈もありません。私達の魔術の師ですから」

 「俺達が生まれた日、ガスターは屋敷を訪れた。どうやら酷い傷を負ってカルマン村の屋敷を訪れたらしいが父さんと母さんのお陰で助かった。その時にガスターは持っていた宝珠を御礼として父さんに渡したんだ。アリーシャ、そこまでは合ってるな?」


 俺がアリーシャに確認すると、口を閉じたまま静かに頷く。それを確認し、更に話を続けた。


 「その宝珠には魂の様なものが封じ込められていた。ガスターはその宝珠を俺達にそれぞれ与える様に父さんに言い、父さんもまた言われた通りにその宝珠を俺達に与えた。宝珠は白と黒の二つ、俺には白、クリス、お前には黒の宝珠が与えられた」


 三人とも俺の話を静かに聞いている。特にクリスは今まで話されなかった生まれた時の話である為、食い入る様に俺をまっすぐ見据えたまま話を聞いていた。


 「俺達に宝珠が与えられた時、宝珠に封じ込められていた魂が飛び出し、俺達の体にそれぞれ入り込む。恐らくそれが俺達(・・)に加護が与えられた原因だろう」

 「兄様、俺達、という事は私にも?」


 クリスも話の中から自分も加護を持っていると気付く。我が妹ながら察しがいい。


 「お前の魔素総量に関してだけど、自分自身、魔術師として既に規格外の魔素総量を持ってるのはわかってるよな?」

 「はい、確かに私自身、魔術士としてはそれなり使い手とは自負していますが…それはガスターさんのお陰と考えていました」


 どうやら自覚は無いらしい。実際クリスは先頭の度に上級魔術を次から次に投入する。並みの魔術師ではあっと言う間に魔素欠乏を引き起こす程の勢いだ。

 しかしクリスは息一つ荒げる事なく上級魔術を撃ち続ける。それも普通より魔素消費の激しい無詠唱でだ。


 「この前の海賊の襲撃の時、後衛にはお前以外にもB級冒険者の魔術師が数人いたけど彼らは初級魔術を使っていた。お前が教えた無詠唱の初級魔術をだ。だが結局半刻するかしないかの内に魔素欠乏を引き起こして戦線離脱。恐らくあれが普通の魔術師の姿だろう。でもお前は大魔術を使った後も中級・上級の魔術を撃ち続けていた。幾ら俺達がガスターに魔術を鍛えて貰ったとはいえ、それだけでそんな差が開くとは考えにくいんだ」


 説明するとクリスも表情を「なるほど」と言わんばかりに目を丸くして頷いていた。


 「現に俺も流石に大魔術を扱える程の魔素総量は無い。同じ教えを受けていた以上、流石に資質だけじゃ語れない範疇にまで差が開いてる。だからこそ加護の力が働いているんだと思ってる」


 そこまで説明するとクリスも納得がいったのか表情は落ち着いた表情となっていた。しかし未だ実感は湧かないらしく、手を開いたり閉じたりを繰り返す。


 「今までの事から考えられるクリスの持つ加護の効果について俺なりに考えを纏めてみた。まず一つ目、魔素の回復量あるいは回復速度の向上。回復速度は一般的には一晩休めば完全に回復するって言われてるけど俺は魔素欠乏した翌日は完全回復はしない。恐らく回復できる量に対して魔素総量が多いからだ。だが以前お前が大魔術を使って魔素欠乏を起こした時は翌日には完全に回復してる。この事からこの効果は間違いないだろう。二つ目、これはさっき話した通り。魔素総量の大幅向上でこれも概ね間違いはないと思う。付け加えるならば本人の成長に比例するような形だ。そして三つ目、魔素の扱いの最適化。異なる属性の魔術を扱うのは実はかなり神経を使う。実際俺も扱えなくは無いけど剣無しじゃコントロールに難がある。上級魔術の同時使用なんか俺には出来ないしな。但し、これは個人の資質に左右されるという可能性もある以上、確定とは言えない。恐らく先に言った二つはほぼ間違いない。それに最後の一つを加えて三つの効果を持ってると見てる」


 俺の長い考察を話し終えると三人は視線を上に向け、思案を巡らせていた。

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