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第六十三話:もう一人の自分

 俺のクリスが持つ加護の考察を聴き終え、最初に口を開いたのはずっと静かに聞いていたアンリエッタだ。


 「聞けば聞く程、これ以上魔術師にとってうってつけの加護もありませんわね」


 そう言ってアンリエッタの口から溜息が溢れる。


 「ええ、身内にいるからこそ強力な加護の力ですが、仮に対峙する相手として現れたらと思うとゾッとしますね…」


 アリーシャも少し顔を青くしながらアンリエッタの言葉に被せた。


 「複数の加護を持っているという可能性はないんですか?」

 「無いとは言い切れませんがただでさえ少ない加護持ちの者で二つどころか三つとなるとまずあり得ないかと。恐らくその全てで一つの加護の効果でしょう」


 確かに一万人に一人いる程度加護持ちではアリーシャの話で当然だろう。


 「ところでセオドア様の加護は治癒能力の向上だけでしょうか?」

 「ああ、今のところはそれしかわからない。ただそれも制約があるみたいだ。アリーシャ、短剣とぼろ切れはあるか?」

 「どうぞ」


 アリーシャから短剣とぼろ切れを受け取り、俺は指の先を短剣で傷付ける。血が滲み出した指先をぼろ切れで拭い去ると指先の傷は既に塞がり始めており、既に血は止まっていた。


 「効果はこの通り、傷を負った瞬間から再生が始まってる。ただしさっき話した制約があって、俺自身の魔素と引き換えに効果を発揮するらしい」

 「ならば治癒の加護とはまた違った加護、ですか…。とはいえどちらも始めて聞く効果ですので何か呼び名が欲しいところですね…」


 俺は魂の世界で聖龍神(シャルディン)から話を聞いていたから名前を知っているが…。


 「竜人からもたらされた宝珠から得た加護ならばせっかくですので創世記に擬えてセオドア様の加護は聖龍神の加護、クリスさんの加護を黒龍神の加護ということにしてはいかがでしょうか?」


 ーー創世記。俺とクリスがまだ字の読み書きを覚えた頃、母の書庫で絵本代わりに読んだ伝記。

 アンリエッタの名付けた加護の名前に全員異論は無かった。


 「さて、加護についての話はここまでだな。俺も俺自身の加護について今後も色々調べてみる。そろそろソフィーも素振りを終えて帰ってくる頃だろうし、退散するよ」

 「はい、セオドア様、わざわざご足労頂き申し訳ありません。それと船長のラルゴ様の話ではもう数日でドルマニアン諸島の港へ到着するとの事です」

 「わかった。見知らぬ土地だし、気は抜かないようにしよう」


 女部屋を後にし、誰もいない貨物室に入る。


 「…ええと、セオ。聞こえるか…?」


 誰もいない貨物室で俺は自分自身に問いかける。傍目から見れば不思議な光景に映っただろう。


 〈勿論だとも。というか漸く話しかけてくれたね。待ちくたびれたよ〉


 魂の世界で聞いたこの身体の持ち主の声が脳内に直接響く。


 「悪い、ホントはもっと早く話を聞くつもりだったけど色々あったもんで」

 〈気にしてないさ。あの時話した様に君を通して僕も一部始終を見聞きしていたからね〉


 まずセオドアに語りかけるのが遅れた事を謝罪するがセオドアは言葉通り、全く気にもしていない様子だ。


 〈さて、本題に移ろう。聖龍神様が君に施した加護についてだ〉

 「ああ、頼む」

 〈まず一つ目、これは先日話した自身の魔素(エーテル)を引き換えにした自己再生能力の飛躍的上昇。だけど本来は現在の倍以上の速度で再生が進む筈らしい。今のところはおよそ四割程しか力を発揮していないとの事だ〉


 十全じゃないどころか半分も力を発揮していないだけでこの効果という事を知り、俺は加護の力の強大さを改めて実感する。


 〈次に二つ目、一時的な身体能力の向上だ。尤もこちらはまだ効果を発揮できないし、リスクとして相応に身体を酷使することになる。もし完全な形で機能する様になったらただの人間じゃ素手で相手をしてもそれこそ太刀打ちできない程になるみたいだよ?〉

 「…人間やめられる程かよ」

 〈ふふふっ、まぁまだどんなものか、どれ程のものかは分からないからなんとも言えないね〉


 セオドアは微笑するかのように声を漏らす。


 〈さて、三つ目だけど。魔術に対する耐性だ。勿論魔術で攻撃を受ければただじゃ済まないけれど生身の身体で受けるよりはかなりマシになるみたいだ。これも完全に機能は果たしてない。駆け出し魔術師の初級魔術程度なら殆ど効かないくらいかな。そして最後の四つ目。呪いを打ち破る力だ。これは最初から機能していたみたいだね〉

 「どうして四つ目が機能してるってわかるんだ?」

 〈君の剣さ。君の持っている剣には呪いがかけてある。心当たりはあるはずだ〉


 たしかにあの騎士剣は俺とクリスにしか扱えない。仲間たちが持とうとしても持ち上がらず、マリオンですらあまりの重さに匙を投げた程だ。そしてその剣は俺とクリスだけが持ち上げることができた。


 「つまり…クリスの加護も、四つ目の効果は持ち合わせているってことか」

 〈その通り。持ち物は勿論、魔物や呪術師からの呪いも受け付けない。君とクリスは呪いに対しては絶対的な耐性を備えていると言っても過言じゃない。呪術師にとってはまさに天敵だね〉

 「ふーん…呪い、ねぇ」


 実際に俺自身呪いというものの実感はない。元の世界でもそう言ったものは囁かれてはいたがそう言ったスピリチュアルなものについては信じていなかった。故に呪いというものの恐ろしさがよく分からない。その上、自分自身、呪いの脅威に晒される事もない為、実感のしようもない。


 「えーと…とりあえず俺自身の加護の恩恵についてはわかった。で、一番聞きたい事なんだけど、加護の恩恵をもっと得るにはどうしたらいいのかってのは話してたのか?」

 〈うーん…それについてなんだけど…聖龍神様の言葉通りに言うと曖昧過ぎてね。要約すると色々な経験を積めって事になるのかな…。君が経験を積めば君の魂の器が育つ。僕と君は魂の繋がりが強いから君が成長すれば僕もそれに応じて成長できる。それに伴って僕の魂の器も大きくなれる。そうすれば今は僕と聖龍神様との魂の繋がりは弱くても後から強い繋がりになれる。そうすれば僕も君も聖龍神様の加護の力をより受けられるようになる筈だ」


 セオドアは『要約すると』、という言葉を用いていたが何をすればいいのかと言う点については具体性を欠いており、曖昧な答えだった。

 経験という曖昧な回答。それは戦闘だけとはかぎら無いらしく、ありとあらゆる経験が魂の器を成長させるという話だろう。

 

 「そういえばセオ、中身代われるって言ってたけど、お前は戦えるのか?可能ならお前にも戦闘の経験を積ませた方がいいと思うんだ」

 〈勿論君自身が鍛えた身体だから、あとは僕自身がうまく動かせるかになる。ただ実戦経験はないから君のようにはまだいかないだろうね。見ているだけじゃ流石になんとも言えないよ。でも確かに僕の魂の器が育たないと加護の力は得られないし、余裕のありそうな相手なら賛成だね〉

 「なるほど、じゃあちょうど慣らすのにちょうどいい相手もいるし戦ってみるか?ただ加減はして欲しいけどな」

 〈となると…相手はソフィーだね?あまり女の子と戦う趣味は無いけど…うーん、でも確かに自分の身体を試すにはちょうどいいかな?〉


 俺はセオドアにも戦闘の経験を積ませる事を提案すると彼も乗り気の様だ。相手が女性だという点にやや不満を示すがいきなりエリウッドにぶつけるのは流石に厳しいだろう。


 「じゃあ明日やれる様に手配するから準備をしといてくれ」


 そうして俺はセオドアとの密談を終える。部屋に戻る途中で水浴びを終えたソフィーと出くわした為、明日甲板で稽古をつける約束を取り付けて部屋に戻った。


 夜が明けて身支度を済ませる。戦闘時の装備を身につけ、甲板へ向かう前に便所に立ち寄る。


 「セオ、起きてるか」

 〈ああ、起きてる。いつでも準備はいいよ〉

 「じゃあ代わるぞ」


 目を閉じて魂に意識を向ける。魂の世界をイメージするとセオドアがこちらに向かって歩いて来ていた。


 「じゃあ交代だ。しっかりな」

 「ああ、大丈夫」


 目を開けると視線はやはり元の身体の視線だ。しかし自分の意思には従って動く事はない。今この身体を動かしているのはセオドア本人だ。


 〈よく考えたら、初めての自分の身体だっけな〉

 「そうだね、でもイメージ通りに動いてる」


 セオドアはそう言いながら、手を握っては開いたり、軽く跳躍をして自身の身体の感覚を確認していた。


 甲板に出ると既にソフィーは素振りを始めており、額から汗を流している。それ以外にはエリウッドとフォルクハルト、ミハイルは魔術の練習中か、それに何人かの船乗りや冒険者がいた。

 ソフィーがこちらに気付くと素振りを止めてこちらに一礼する。


 「師匠!今日もよろしくお願いしまっす!」

 「…ええ、じゃあ早速始めますか?」

 「はいっ!」


 セオドアは船乗りから木剣を受け取ると木剣の重さを確かめるように何度か振りまわす。


 〈じゃあ任せたぞ〉

 「ああ」


 小声で短いやり取りを済ませる。

 ソフィーと対峙するとセオドアは左半身に構え、右手に木剣を持ちソフィーを見据える。


 「今日は構えが違いますね?」


 普段とは違う構えにソフィーは不思議そうな目でこちらを見ていた。実際、普段ソフィーとの稽古では俺は正眼の構えをとっている。


 「今日は少し動きを変えようと思いまして。さぁ行きますよ!」


 右足で地面を蹴り一気に間合いを詰める。剣の出所を隠す為、まだ右手は後ろのまま、体を陰にして剣を隠している。


 「はあっ!」


 しかしソフィーは怯まなかった。ソフィーは身を屈め、肩からの体当たりを敢行。十三歳を迎えようとするセオドアの小柄な体は体勢を崩されてしまう。

 体勢が崩せたのを確認したソフィーはここぞとばかりに攻撃を畳み掛ける。


 「はぁっ!やっ!とうっ!せいっ!たあっ!」


 ソフィーの怒濤の攻撃にセオドアは防戦一方だ。


 〈苦戦してるな、大丈夫か?〉

 「身体の感覚にまだ慣れないね…うわっと!」


 ソフィーの連撃はまだ続く。押されっぱなしの背中に船の縁が迫り始める。セオドアの足が船の縁に触れた瞬間、ついにセオドアが動き始めた。


 「追い詰めましたよ!…ってあれっ?」


 ソフィーが船の縁へとセオドアを追い詰めとどめとばかりに諸手に握った剣を振り下ろすが空を切った。忽然と姿を消したセオドアに気付き、声を裏返らせて驚いていた。


 俺の視界に映ったのは純白の逆三角形…もとい、ソフィーの背中だった。

 セオドアは押されながらも船の縁との距離を正確に測っていた。船の縁に足が掛かり、ソフィーが剣を振り上げた瞬間、身体を落として縁を蹴り、身体を捻らせながらソフィーの股下を潜り抜けたのだ。


 「一本目、勝負あり、です」


 セオドアは満足げに木剣の切っ先をソフィーの背中にあてがう。


 〈セオ、お前ワザと仰向けに滑り込んだだろ〉

 「滅相も無い。彼女にはミハイルさんがいるからね」


 セオドアはそう言い張るが身体を捻らせる必要はなかった。明らかに狙ってやったとしか言いようが無い。


 「ん、でも身体を動かす感覚は掴めたよ。次は押される事もなさそうだね」

 〈じゃあ交代だ交代。このエロガキめ〉

 「全く、十三歳の純粋な好奇心じゃないか」


 この後、俺達は交代しながら十本程ソフィーの相手を務めた。

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