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第六十一話:歪な魂

 (クリス視点)


 「完全治癒(リザレクション)!兄様!起きてください兄様!」


 私は道化師の罠にかかり、倒れた兄様に私が扱える最高位の治癒魔術を施した。しかし兄様の傷自体は塞がったものの、血を流し過ぎている。


 「無駄だぜ?この出血量じゃ助かりゃしねえさ!ヒャッヒャッヒャ!」

 「俺達の仕事は終わりだ。お頭にこのガキの命を取れって言われた時は成功できるか確信が持てなかったけどよ。終わっちまえば楽な仕事だったぜ、なぁアニキ?」


 治癒魔術は衰弱や骨折、その他外傷、つまりその身一つで治りうるようなもの治療には効果的だが失血のような場合はどうしようもない。止血は出来ても流れた血は戻らないのだ。事実、兄様は傷こそ塞がったものの顔面は蒼白、気は失ったままだった。


 「…そのお頭と呼ばれる者は何故セオドア様を殺せと貴方達に命令を?」


 アンリエッタさんは肩を震わせながら二人に問い質す。歯を剥き、怒りに震えながらも彼女は冷静を保っている。


 「ンな事より輸血だ!嬢ちゃん、坊主の止血は済んだんだろ!? なら急いで輸血しねぇと!まだ生きちゃいるが衰弱しきっちまってる!ボサっとしてる場合じゃねえだろうが!とにかく坊主を船医のトコに連れてくぞ!?」


 ラルゴさんは兄様を抱え船内に飛び込み、船医の元へ走っていった。


 「…もう一度尋ねます。貴方方の船長は何故セオドア様を殺せと?」


 実際にこの道化師の男二人が話すとは思っていなかったがそれは思いの外、あっさりと返事が返ってくる。


 「詳しい事情は知らねえが…何つったかなぁ…」

 「あぁ、『得体が知れねぇ魂の持ち主』だよ、アニキ」

 「おお、そうだそうだ、よく覚えてたなニア。そう、お頭は『気持ち悪りぃガキが二人いる。女の方はまだしも、男の方はこの世のものとは思えねぇ、歪な魂を持つ男のガキは必ず殺せ』ってな、俺達にゃてんでさっぱりだがお頭が言うんだ、間違いねぇ」


 自分達の処遇について既に悟っている為か二人は何もかもをあっさりと吐いた。私の隣ではアリーシャが顎に手を当て考え込んでいる。


 「アリーシャ、何か心当たりが?」


 声をかけてみると、アリーシャはハッとした表情を返す。だが返ってきた返事は「いえ、知りません」と言う返事だけだった。

 アリーシャは私達兄妹の出生に立ち会っている。もしかすれば何かを知っているのかも知れない。


 「俺達が知ってんのはここまでだ。もう用済みだろ?」

 「さぁ殺しな。覚悟は出来てる。女ばかりとはいえS級冒険者が三人じゃ抵抗する気も起きやしねえ」


 アリーシャが剣を抜き、私達に目配せをする。皆が揃って頷くと二人の道化師の首が宙を舞った。


 ---

 (セオドア視点)


 「…ここは…あの時の…。俺、また死んだのか…?」


 俺はかつてこの場所を訪れたことがある。無機質な真っ白な空間。しかし、以前と違い、そこには先客がいた。壁か床かの区別もつかない何も無い場所にもたれかかって座っているのは見覚えのある姿をしている。やや薄めの茶髪の少年、それは紛れもなくセオドア・ホワイトロック。俺自身だった。

 彼はこちらに気付き立ち上がると伸びながら小さく欠伸をこぼし、こちらに歩み寄る。


 「はじめまして、と言うべきかな? ご存知の通り、僕はセオドア、セオドア・ホワイトロックだ。よろしく、カムイくん」


 話しかけてきた俺自身は自らをセオドアと名乗り、俺の事を『カムイ』とそう呼んだ。俺は自然と体が身構えてしまっていた。


 「何で俺の名前を知ってる!? それにお前はこの世界の俺のはずだ!」


 セオドアと名乗るこの少年はクスクスと笑い、口を開いた。


 「まぁそう身構えなくていいよ。僕は僕で君は君、でもそうでありながら君は僕でもあるってことさ。但し、僕は君では無いけどね」


 俺にはセオドアの言葉の意味がよく分からなかった。


 「理解できない、そんな顔だね。言葉の通りさ。ここはセオドア・ホワイトロックの魂の世界。複数の魂が同時に存在し結びついている歪な魂さ。そして今までその表層には君がいた。そう言う事だよ」


 荒唐無稽な話でセオドアの言葉はにわかに信じ難いが、疑った所でどうしようもないだろう甘くなかったから。取り敢えずはセオドアの言葉を信じる上で納得する。


 「正直、疑問点は幾つかあるけど取り敢えずはそれで納得するしかなさそうだ。で、俺は死んだのか? 思い出したくはないけど背中から刺されてかなりの血を流してた筈だよな?」

 「結論から言えば今は死にかけていたと言った状況かな。幸い、クリスが直ぐに傷を塞いでくれたから今はショックで気絶している状態だね。少し遅れていたら本当に死んでいた所さ。妹に感謝しないとね」


 セオドアはやけにあっさりとしている。自分が死んでいたかも知れないというのにかなり落ち着いた素ぶりだ。


 「さて、カムイくん。さっき幾つか疑問点があると言っていたけど今の内に君の疑問に答えよう。わかる範囲で、だけどね。おっと、立ち話と言うのも何だし座ろうか」


 セオドアが指を弾くとその場に白い丸テーブルと椅子が現れる。俺はセオドアに言われるまま椅子に腰掛け、セオドアも向かい合うように椅子に腰を下ろした。


 「じゃあ早速質問させてくれ。何故今まで出てこなかった?」

 「必要が無かったから、かな。君は賢かったからね。実を言えば今までにも出てくる機会は一度だけあったんだけどね、君が思い出に耽っていたから出てくるタイミングを逃しただけさ」


 褒められているのか貶されているのかはわからないが彼自身、悪意は無いようだ。俺はさらに質問を続ける。


 「さっきお前はお前、俺は俺でありながらお前でもあるがお前は俺では無いって言っていたけどその意味を詳しく聞きたい」


 セオドアは「ふむ」と一言呟いて、説明を始めた。


 「いいかい? ここにいる君と僕はこの魂の世界における仮初めの姿だ。僕という魂とカムイくん、君という魂がセオドア・ホワイトロックという家の中に同居しているようなものさ。そしてこの家の持ち主は僕だけれど、君が僕に代わって管理している。そんな所だね。ただ代わろうと思えば僕も代われなくはない。一応、これでも君のしてきた事は僕も共有している。仕草なんかの細部では異なる点はあるだろうけど、約十三年間、ずっと内側から君を見てきたからね。父上や母上、あと仲間達はともかく他の人を欺くくらいは訳はないと思うよ」

 「なるほど、ちょっと話が逸れるけどお前がやけに大人びているのは?」

 「間違い無く君の影響だろうね。カムイくんは僕の体に入る前は十六歳、だったかな?つまり君は実質二十九年程の人生経験があるという事だしね」


 俺とセオドアとは十六年の人生経験の乖離がある。しかし十三年間ずっと精神や知識、経験を共有し続けた結果、現在のようなやや大人びた性格になってしまったと彼は述べる。


 「先程から何やら騒がしいな…?」


 何もない空間から突如声が聞こえる。声が聞こえた方向に目を向けるとうっすらと輪郭が浮かび上がる。薄っすらとした輪郭は徐々に実体を帯びていき、白銀の鱗に覆われた巨龍が姿を現す。俺は突如現れた龍にただただ驚くばかりだった。


 「お帰りなさい、聖龍神様。問題ありませんでしたか?」

 「ああ、概ね問題はなかろう。直に起きるだろうて」


 聖龍神とセオドアに呼ばれていた巨龍はそう言って俺の目前に顔を迫らせる。


 「(うぬ)がカムイ、カムイ・ヒツギザカか。今代の我が魂を導く者よ。我はシャルディン・シルバーホーン。今は滅びし竜人族の銀竜種の末裔だ。そして世界では聖龍神と呼ばれている」


 シャルディンはそう言いながら龍から人の姿へと形を変える。

 その名の通り、額には白銀に輝く角があり、スラリとした長身に神々しく輝く絹糸のような白銀の長髪と男性とも女性ともつかぬ中性的な顔立ちは何とも形容し難い美しさだった。


 「我は輪廻の神の片割れ、創造を司っている。先程まで倒れたこの者の体を見ておった」


 シャルディンはそう言ってセオドアの頭を撫でる。


 「我が魂が転生するにあたり、自が魂をこの世に呼び寄せた。だが、転生の儀は完全な成功を遂げる事なく終わり、我が魂は二つに別れてしまった。我が魂ともう一人の魂、破壊を司る黒龍神の魂とにな。ここまで話せば黒龍神の魂の器となっておるのが誰か察せよう?」


 俺は覚えている。俺は魂の炎の中でセオドアの体に入る前、黒い魂の炎がクリスの体に吸い込まれて行ったのを。


 「…クリスか」

 「如何にも。セオドアの妹、クリスティンの魂の奥、そこに黒龍神の魂はある。クリスティンの持つ膨大な魔素(エーテル)、その源はそれだ」


 俺は破壊神の魂がクリスの魂と共にある事を知り、眉間に皺を寄せる。少なくとも破壊神と聞いて安堵する人間などいないだろう。


 「破壊の神と聞いて動揺しておるのだろう?案ずるな、輪廻とは創造と破壊の繰り返しよ。ただ無闇なる破壊とは破壊神の業ではない。我々は世の理の中にある創造と破壊の繰り返しを見届け、管理しておるまで。だが自の思う破壊神、其れこそ人間の業、そのものなのかも知れぬな…」


 シャルディンはそっと目を閉じ、痛ましい記憶を思い出すかのように声を落とす。だが直ぐにその記憶を振り払うように左右に頭を振り、凛とした眼差しを此方に再び向け直す。


 「カムイよ、先程倒れたセオドアの肉体の状態を確かめる時分に漸くセオドアの肉体に我が加護を施し終えた」

 「遂に終わったんですね!」


 シャルディンの加護を施したと言う事を聞き、セオドアは喜ぶが、シャルディンはセオドアを制して真剣な眼差しを向けたまま話を続けた。


 「カムイよ、よく聞くがいい。自の魂と我が魂については結び付きが深い、だが我とセオドアとは肉体とも魂とも結び付きが浅い。故に我が加護も力を十全に発揮できぬ。今働いておる加護はセオドアの体が傷ついた時、魔素と引き換えに瞬時に傷を癒す力を有している」

 「つまり、魔素が続く限りは即死で無ければ傷が直ぐに癒される、と?」


 それが本当ならばとんでもない能力だろう。しかしそうは甘くなかった。シャルディンは自らの加護についての説明を続けた。


 「話を急くな。先程加護が十全に機能していないと言ったであろう?今の状態ならば仮に今回の様な傷を負ったとすれば全く処置をしなかったとして、完治までに最低でも四日は要するだろう。常人と比肩すれば確かに治りは早かろうが過信はせぬようにな。それにー」


 シャルディンが説明をしている最中、周囲の雰囲気が変わるのに気付く。


 「カムイ、時間がない。後の説明はセオドアに任せるぞ」

 「僕と話したい時は自分の心に耳を傾けて。そうしたらきっと僕の声が届くはずだ」


 二人の言葉に聞き返す間も無く、俺は何かに吸い寄せられるかのように意識を失った。


 ---


 再び目を覚ました時、視界に映ったのは船室の天井、そしてクリスとアンリエッタの心配そうな表情だった。


 「兄様っ!」

 「セオドア様っ!」


 目を覚ました俺を見て二人は抱きついてくる。二人の顔を見ると、二人とも目を腫らし、隈を作っていた。体を起こしてみようとするが力が入らない。


 「兄様、兄様っ…!よかった…ふぇ…うえぇぇ…」

 「…セオドア様、既に傷は塞がっているはずですがまだ無理をなさらないでくださいまし」


 アンリエッタは直ぐに俺の胸から離れ、俺の身体を気遣っている。少し涙を流したようで瞼を赤く腫らしながらも笑顔を見せてくれた。

 クリスは俺の胸の中でまだ泣き続けている。普段の整った綺麗な顔は今日ばかりは涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 とはいえ二人とアリーシャ、船にいた人達に世話を焼かせてしまった。


 「クリス、アンリ。ありがとう。助かった」


 この時、船室からクリスが大声で泣く声が木霊した。

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