第五十八話:船上の『魔剣』と『剛壁』
ヘイミルを出港してから七日が経つ。初日の夜以来、朝・昼・夜と毎日俺はソフィーの特訓に付き合っていた。勿論ミハイルもクリスがついて魔術の特訓だ。
昼食の時間が終わり、再びソフィーの特訓の時間
「お昼も特訓よろしくお願いします!師匠!」
「えっと、とりあえず特訓はいいとして師匠ってのは勘弁して欲しいんだけど…と言うか見学者多くなってますよね?」
連日ソフィーの特訓をやっている内、気がつけば船乗りや他の冒険者達がソフィーとミハイルの特訓風景を見に、甲板までやってくるようになっていた。
「まぁ少し視線が気になるけどまぁいいか。じゃあいつもの素振りから行きますよ。素振り百本、始め!」
朝と昼のソフィーの稽古はかつて俺がカルマン村で行っていた稽古を少しアレンジしたものだ。さすがに船上で走り回るわけにはいかないのでランニングは省き、その代わり素振り関係に割いた。夜は俺との実戦練習だ。と言ってもかなり手加減して相手をしており、時折アリーシャやアンリエッタにも相手をしてもらっている。
また、五日目あたりから他の冒険者で剣士を志す者も参加するようになった。
逆に魔術師を目指す者はクリスとミハイルの方につき、無詠唱魔術を身につけようと必死だった。
「一ッ!二ィ!三ッ!四ッ!…」
ソフィーを始め、冒険者達は声を揃え素振りに励んでいる。
俺はふとクリス達の魔術師特訓の方を向いたその時だった。
手から火が出るだけだったミハイルの手から小さな火球が放たれる瞬間を目撃する。
放たれた火球はおよそ二十メートル程飛び燃え尽きた。ミハイルは火矢の無詠唱魔術を遂に習得したのだ。
「クリスティンさん!出来ました!遂に出来ましたよ!僕でも!無詠唱魔術が!」
普段弱気だったミハイルが別人のようにはしゃいでいる。それもそのはずだ。クリスの特訓はとんでもないスパルタだった。連日連夜、ミハイルが本当に限界を迎えるまで無詠唱で火矢の魔術が撃てるようにさせていた。五日目あたりからミハイルも意識が朦朧としている場面が目立つようにもなった程だ。
さらにクリスは膨大な魔素総量を持つのをいいことに隣で無尽蔵に無詠唱の中級魔術を左右の手から次々と放つのだからタチが悪い。恐らく並みの魔術師達なら一日で自信を無くす程だろう。
「おめでとうございます、ミハイルさん。遂に無詠唱で火矢の魔術を使えるようになりましたね!」
クリスは女神の様な微笑みでミハイルの無詠唱魔術の習得を褒め称える。あれだけ付きっ切りでミハイルに魔術を教え込んでいたのだ本人と同様に喜びもひとしおだろう。ところがクリスの女神の微笑みが豹変する。
「さて、ようやくスタートラインですよ、ミハイルさん。今度は無詠唱で使える魔術の種類とミハイルさん自身の魔素総量を増やさないと。じゃあ張り切っていきましょうねっ!あ、勿論皆さんも無詠唱魔術、身に付けたいんですよね?」
クリスの女神の微笑みはいつの間にか鬼の微笑みと化していた。ミハイルも先程まで喜んでいたのが嘘の様に目が虚ろになっていた。
魔術特訓側から聞こえる呻き声をBGMに俺も素振りに参加していると野牛種の獣人エリウッドから声を掛けられる。
「精が出るな、セオドア。私は斧使いだが、参加してもいいか?」
『わざわざ人語で話さなくても、僕とクリスには獣人語で話しかけて大丈夫ですよ』
『ふむ、そうか。己れも参加しても構わんか?皆がこうやって武の鍛錬に励んでいるのを見ていると我も少し燃えてきてな』
『勿論です!エリウッドさんも…どうせならエリウッドさんはもう少し重い物で素振りしますか?』
『無論だ。己れにはこの木剣ではいささか小さすぎる』
そう言ってエリウッドは船乗りに頼んで船乗りの武器のハンマーで素振りを始めていた。
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特訓にエリウッドや手の空いた船乗り達も加わる様になり、いつしか毎夜の特訓が終わると一刻程の間、剣士の特訓を行っている者も魔術師の特訓を行っている者も大の字で甲板に寝転がる様になっていた。
俺は大の字になるまでは行かないが、船の縁にもたれかかって座るようにしていた。
「兄様、お疲れ様です。厨房から飲み物をもらってきました」
「ああ、悪いなクリス。クリスもお疲れ様」
俺はクリスから飲み物を受け取ると一気にそれを飲み干す。
「なんだかんだで皆強くなってるな」
「はい。ただやはり私達のパーティーやフォルクハルトさん、エリウッドさんを除いては皆一回り、ふた回り程戦力に差があります」
クリスは真剣な面持ちだ。実際にクリスの挙げたメンバー以外の冒険者は皆C〜B級の冒険者で、そのB級の冒険者もまだA級の冒険者に追いつくレベルの冒険者はいない。むしろ一部の腕っぷしに自信のある船乗り達の方が強かったりする始末だ。
そんな折り、いつも俺達の特訓風景を横で眺めているばかりのフォルクハルトがやってくる。
「まぁ実際こんなものさ。冒険者と言ってもA級以上の冒険者は大抵それぞれの土地に生活基盤を置く様になるからね。慣れ親しんだ地こそ一番戦いやすい。故に生活基盤を置いてそこでずっと冒険者生活を続けていく。旅を繰り返すのは迷宮探索メインの冒険者や武者修行中の発展途上の冒険者ばかりさ。あとは僕みたいな物好きくらいかな」
そう言ってフォルクハルトは俺とクリスの横に座り込む。そこでフォルクハルトは指を立て、その指先から小さな旋風を発生させる。
「フォルクハルトさんも無詠唱魔術使えたんですか?」
フォルクハルトが突然発生させた旋風にクリスが驚く。
「ははっまさか!見よう見まねで覚えただけさ。『魔術はイメージ』か。君達の師匠は凄いね。僕が育った里でもそんな事教えてくれた人は居なかったなぁ」
「ええ、私達の魔術の師匠は竜人族でしたので」
「なるほどね。そういえばセオも無詠唱魔術使えるんだって?せっかくだから見せて欲しいな!それに『魔剣』って二つ名がつくくらいだ。魔剣士の戦い方、見せて欲しいな!」
突然のフォルクハルトの話に驚いていると休憩していたエリウッドも此方にやってくる。
『己れも魔剣士の戦い方、興味がある。是非見せて欲しい所だ』
「ちょっとエリウッドさんまで!?」
俺達の話を寝転がったまま聞いていた冒険者達も続々と起き上がりいつしか皆が俺に注目しており、実演のムードが高まっていた。
その時、群衆の後ろから俺の騎士剣と直剣が飛んでくる。俺が両方の剣を手に取り、剣が飛んできた方を向くと、久々に白銀の全身鎧に身を包んだアンリエッタが立っていた。
「折角ですのでセオドア様、久しぶりに私とお手合わせ願えますか?」
「えっ、本気かアンリ!?」
アンリエッタが全身鎧を着込んでいると言う事は本気の勝負と言う現れだ。つまりアンリエッタは以前エルダの練兵場での決闘の第二ラウンドをやろうという事だ。
「どうせ嫌と言っても無駄なんだろ!わかったよ!やればいいんだろう!」
俺は立ち上がり、直剣を腰に挿し、騎士剣を構えるとアンリエッタも魔導器の槍と白銀の大楯を構えだす。戦闘態勢に入った俺達を見て観衆の冒険者や船乗り達が沸き立つ。
そして俺とアンリエッタの間にフォルクハルトが入り込んだ。
「ちょっと待って二人とも、折角だから僕が立会人をさせてもらうよ?ルールを決めよう。とりあえず勝敗はどちらかが行動不能あるいは戦闘不能、そして船から落ちた時、そして致命的な攻撃に反応できなかった時。あと船を破壊するような攻撃はナシ。だから見れないのは残念だけど炎属性の魔術は禁止。それでいこう」
そう言ってフォルクハルトは俺達に風の魔術を施す。
「いま二人にかけたのは浮上の魔術さ。鎧を着ていようが、カナヅチだろうが水に沈まず浮くようになる魔術だから、万が一船から落ちても問題ないよ。じゃあ準備も整ったしそろそろ始めようか」
フォルクハルトが対戦を始めようとするところにクリスが手を挙げて制止する。
「ちょっと待ってください。そういえば物に鋼鉄化の魔術って効果あるんでしょうか?」
そう言ってクリスは船全体に鋼鉄化の魔術を施す。
「兄様、ちょっと床を突いてもらっていいですか?」
俺はクリスに言われた通り、騎士剣で床を軽く突く。すると床を突いた切っ先から鋼鉄を突いたかのような硬い手応えが返ってくる。
「大丈夫みたいだ」
「じゃあ少々無茶しても大丈夫そうだね。それじゃあ気を取り直して始めようか」
騎士剣を両手で構える。アンリエッタも大楯を横に構え、槍を突き出している。
実はフォルクハルトが話している間に自らに自己強化魔術を無詠唱で施していた。勿論アンリエッタも使っているのだ文句はないだろう。
「じゃあ、始め!」
「はぁっ!」
フォルクハルトの合図と共に動き出したのはアンリエッタだ。大きく踏みこんで槍を突き出してくるが射程外。つまりこの攻撃は魔導器での攻撃だ。
俺は空歩法の魔術の効果でノーモーションで真上に飛び上がる。アンリエッタの魔導器から放たれる衝撃波が俺の真下を突き抜けた。
「卑怯ですわよセオドア様!」
「何言ってる!そっちこそ自己強化魔術積みまくってるくせに!」
俺はそう言いながら左手に放電撃の準備をする。
対空能力に乏しいアンリエッタは防御の構えだが、アンリエッタの装備は全て金属製だ。雷属性の攻撃ならば防御は関係ない。
「喰らえっ!放電撃!」
俺の左手から電撃が迸り、アンリエッタの構える大楯目掛け、放たれる。
「ーー捉えた」
アンリエッタの大楯に電撃が直撃する。アンリエッタは微動だにしない。立ったまま動けなくなったのか、俺は空歩法で落下の勢いを殺し着地する。その瞬間、アンリエッタの大楯はいつの間にか俺の目の前に迫っていた。
俺は慌てて後ろに飛び退くもアンリエッタの突撃の方が早く回避は間にあわず、顔面から吹き飛ばされる。
「くっそ、口切った…!というかなんで効いてない!」
アンリエッタの表情はわからないが、小刻みに揺れているのを見る限り、笑っているようだ。
「ふふふっ、セオドア様、私が雷属性の魔術に弱い事など自分でわかっていますわ。ならば私がその対策を取らないはずがありませんわ!」
「…ごもっとも!」
アンリエッタには弱点であるはずの雷魔術は通用しなかった。それが分かった以上、他の属性も効果は期待できないだろう。
「つまり剣術で破ってみせろって事かっ!」
空歩法で多角的な攻撃を仕掛けるがこの攻撃は以前もアンリエッタの盾捌きの前に防がれている以上、有効打とはならないだろう。以前の様に足元を動かしてアンリエッタを無理矢理動かす方法も取れない。とにかくこの攻撃をアンリエッタが防いでいる間にこれを破る方法を模索する必要がある。
「はー、こりゃすごい。あんな風に前後左右縦横無尽に動き回られたらアンリちゃんの槍じゃ反撃のしようがないね!でもあれを受け切れるアンリちゃんも流石『剛壁』って呼ばれるだけはあるね!」
フォルクハルトは目の前の攻防にただただ興奮しているばかりだ。
「魔法障壁の一種でしょうか…。でもアンリエッタさんは無詠唱魔術は使えなかったはず…。どういうこと…?どこかでこんな経験があったような…」
クリスはアンリエッタが放電撃を盾で防御した事に疑問を感じ、独り呟いていた。




