第五十七話:船の上稽古会
船が出港して暫くすると俺達冒険者達は船乗り達に甲板へと呼び出される。
「…じゃあ半刻後に甲板に集合してくれ。ただどうしても行けない場合は部屋の仲間に言伝を頼むようにしてくれよ。冒険者にとって大切な話を伝えることになる。無断の拒否は許されねぇからそのつもりでな」
船乗りは俺達に集合の旨を伝えて部屋を後にした。
「さぁーて…甲板に行く準備が出来たらすぐに行こう。遅れると大変なことになるよ」
俺達は特に準備も要らなかった為にすぐ様甲板へと向かう。そこには筋骨隆々の巨体、褐色の肌に三本の三つ編みにした髭面の男が腕を組んで待っていた。その特徴的な姿に驚いていると他の冒険者達も続々と甲板にやってきてはその姿に驚いていた。
「ひい、ふう、みい…二十人か…。よぉし揃ったな冒険者共ォ!俺様がこの船の船長、ラルゴ様だ。この船に乗り込んだ冒険者共をドルマニアンまで格安かつ必ず届けてやる代わりにやってもらうことがあるからしっかり聞いてもらうぞ!よぉく耳をかっぽじって聞いとけ!」
大声で叫ぶように話す船長のラルゴの声に俺達冒険者一同はほぼ全員が怯んでいた。涼しい顔をしているのはフォルクハルトとエリウッドの二人ぐらいだ。
「まず、船の護衛だ!船の長旅ではまぁ必ずと言っていいほど魔物の襲撃に遭う!勿論俺達船員も死にたかねぇから戦うが、お前達の力なしじゃあ強大な魔物が出た時ゃ沈むのを待つばかりだ。有事の時はお前たちにも働いてもらうからそのつもりでな!次にその時戦力にならねぇ奴だ!そいつらは乗船客の避難誘導や場合によっては船の修繕を頼むことになる!船旅の間は遭難したり沈むような事でもなけりゃちゃんと届けてやっから安心しろ!以上だ!解散!」
ラルゴはそう言って締めくくると何人かの船員達を引き連れ船長室へと消えていった。
解散した後俺達はフォルクハルトとミハイル、そしてミハイルの仲間である少女を含む七人で甲板に残っていた。
少女は銀のセミロングヘアーで両方のもみあげから伸びる髪を銀の髪留めで纏めており、服の上から軽鎧を来ており、青いスカートを履いている。腰に剣を挿していることから軽戦士といったところだろうか。
「あたしはソフィーっていいます!ミハイルと一緒に旅をしている冒険者で、剣士をやってます!」
ソフィーはミハイルとは異なり、俺達S級冒険者に囲まれても全く物怖じしている気配はない。聞けばミハイルは十五歳、ソフィーは十六歳で王都での幼馴染ということらしい。
二人共まだ駆け出しの冒険者のようで、ソフィーはB級に上がりたて、ミハイルは弱気な性格が災いしてか未だC級の魔術師に甘んじているとのことだ。
「セオドア君ってS級の剣士なんだよね?もしよかったら折角だし稽古を付けてもらえないかな?」
突然のソフィーからの稽古の依頼が俺に飛んでくる。俺が未だに状況が飲み込めず仲間達の顔を首を左右に振りながら戸惑っていた。
「ほらセオ、ご指名だよ? 可愛い女の子から頼まれてるんだ、断る理由もないだろう?」
フォルクハルトはそう言って俺の背中を押すと、どこからともなく取り出した二振りの木剣を俺とソフィーに渡す。
木剣を受け取ったソフィーはもじもじと落ち着かない様子のミハイルを肘で促す。
「ほら、ミハイルもクリスティンちゃんに魔術教えてもらいなよ?魔術もっとうまく使えるようになりたいって言ってたじゃん?」
ミハイルもソフィーに背中を押され遂に意を決したようだ。
「ククククリスティンさんっ!ボボ、僕にも魔術を教えてもらえましぇんかっ!」
ミハイルは緊張のせいか言葉を噛みながら土下座の姿勢でクリスに魔術の指導を頼み込む。クリスは結構乗り気なようでミハイルの申し出を快諾する。かくして船の甲板は駆け出し冒険者二人の稽古場となった。
「やぁっ!はっ!ええいっ!」
ソフィーは果敢に俺に木剣を振ってくる。だがしかしまだ駆け出し冒険者に毛が生えたといった所か、剣筋は甘く、その目線で何処を狙ってくるかも容易に読めてしまう。特に甘い攻撃には俺も時折反撃を加えソフィーを吹き飛ばす。
「…うあぁっ!…くっ、まだまだっ!」
吹き飛ばされ体に痣を作りながらもソフィーは立ち上がり再び木剣を構える。俺は常にソフィーの喉元に向けて木剣を向け構えていた。
「ソフィーさん、まだ動きに無駄があります。それに目線も、攻撃する場所を目で追っていては私はこれからそこを攻撃しますと言っているようなものです。ですからセオドア様の攻撃を避けられないんですよ」
「それに攻めも単調過ぎますわ。いろんな攻撃を試してはいかがかしら?」
「は、はいっ!」
アリーシャのアドバイスを受けながらソフィーは少しずつ剣筋を改善していく。俺も手加減しながらソフィーの相手をしているが徐々にヒヤリとする場面が現れる。
一方、船首の方ではクリスによる魔術講座をミハイルが受けていた。
「えっと、まずミハイルさんはどこまで魔術を使えるんですか?」
「は、はい。僕が使えるのは炎・水・風の三属性の初級魔術と光属性の中級の治癒魔術までは使えます…」
「なるほど。ところでミハイルさんはその使える魔術を放つ為のイメージはできますか?」
クリスの質問にミハイルが動揺する。恐らく意味がわかってないようだ。
「例えば炎の初級魔術の火矢だったら、こう」
クリスが左手を添えた右手を海の方に向け、炎の矢を形成して放つ。
「へぇ、無詠唱魔術!クリスちゃんもすごいな!」
「フォルクさん、茶々を入れないでください。ミハイルさん、火矢の魔術であれば魔素を魔力の炎にして矢のように放つ、という単純なものです。イメージできますか?」
横で見ているフォルクハルトの茶々をピシャリと止め、ミハイルに無詠唱魔術の方法を教えこんでいるようだ。確かに中級クラスの魔術ならまだしも初級クラスの魔術は無詠唱で撃てるようにはなっていたほうがいいだろう。
「イメージ、ですか…?」
「はい、私の場合は本当に炎の矢を形成して撃ち出していますが、本来なら小さな火球を放つだけの魔術です」
ミハイルは目を閉じてクリスと同様に左手を添えて右手を海に向ける。
ミハイルの右の掌から赤い光が放たれる。その瞬間ミハイルの右の掌からわずかに真っ赤な炎が滲み出るように現れるがそのまま炎はゆっくりと消えていった。
「はぁ…はぁ…すごく…疲れる…。クリスティンさんはこんなのを毎回やっているんですか…?」
「上級までなら無詠唱で使えますよ。尤も、兄様も使える魔術は私より少し少ないですが同じように上級魔術を無詠唱で使えます。『魔術はイメージ』。私と兄様の魔術の師匠の言葉です」
クリスはその言葉通り、離れた海に無詠唱で上級魔術の紅炎を放ち実演する。
「すごい…あれだけの魔術を無詠唱で使えるなんて…僕じゃ到底…」
「諦めますか?私は別に構いませんが…いざという時にソフィーさんを守れなくなったら…ソフィーさんを見殺しにしてもいいんですか?」
「…!」
クリスはあえてミハイルを突き放すような態度を取り、弱気なミハイルの感情を煽る。すると奮い立ったミハイルは自分から無詠唱魔術の練習を始める。
「僕が…ソフィーを守るんだっ…!」
ミハイルはそう呟きながら手に炎を滲ませる。しかしやはりまだ火矢を放つまでには至らずすぐに炎は消えてしまう。だが奮起したミハイルは何度も何度も炎を手に宿す。
「隙ありっ!」
クリスの魔術指導を横目に見ていた俺にソフィーが飛びかかる。隙と見ての動きだろうが俺はソフィーの動きを完全に捉えていた。振り下ろしてきた剣を打ちはらい、そのまま軽鎧の上から蹴り飛ばす。
「うぅっ、年下と言ってもやっぱりS級の剣士…。強い…!」
「…ここまでですね。もう剣が鈍い。あとはそこで休んでてください。アリーシャ、村の自警団に入って以来だし久しぶりにやらないか?」
俺が声をかけると船の縁に腰掛けてソフィーの稽古を見ていたアリーシャは、縁から降り、全員に言って二本の木剣を受け取る。
「そろそろセオドア様の剣を受け切れるか怪しいですけどわかりました、やりましょう」
そう言ってアリーシャは両手に持った剣を構える。
「当時は剣だけの純粋な打ち合いだったし、今回もそれでいこう」
アリーシャがコクンと一度だけ頷く瞬間、既に俺の足は前に出ていた。一瞬で間合いに入り、アリーシャの頭を目掛け木剣を振り下ろす。
しかしアリーシャは両手の剣を交差させ受け止めている。
不意打ちを狙ってみたが流石に熟練のS級冒険者の剣士。この程度の不意打ちは読んでいて当たり前だ。
「随分お行儀の悪い剣になりましたね…!」
「よく言うよ。自分だってあの頃やってたくせに!」
お互いに後ろに飛び退き間合いを切る。とは言え二人とも飛び込めば十分に届く距離だ。俺はすぐ様再び間合いを詰め、連続攻撃を仕掛ける。だがアリーシャの華麗な二刀捌きの前に全て往なされていた。
アリーシャは防御の合間に左手に持つ木剣を逆手に持ち替え、大きく後ろに飛び退き深く体勢を沈める。来る、アリーシャの得意技だ。
アリーシャは強く甲板を蹴り、身を翻しながら跳び上がる。回転を伴いながらの連続攻撃だ。
俺は防御の構えを取り反撃の機会を伺う。しかしアリーシャは目前で失速、目の前に低い姿勢で着地する。
「しまっ…!」
俺の体が宙に舞う。アリーシャはフェイントを仕掛けていた。大技を放つと見せかけ、直前でブレーキをかけた上で足払いに移行していた。
すぐさま甲板に仰向けで叩きつけられ、さらにアリーシャは追い討ちを掛けてくる。
だが俺も体を捻って空中からの突きおろしを回避、そのまま転がって間合いを離し起き上がる。アリーシャはその間に再び先程の飛び込む体勢を取っており、起き上がりに合わせて再び飛び込んでくる。
後ろはもう船の縁、横も回避が間に合わない。防御の体勢も取れない。俺は意を決した。
「覚悟アリ、ですか!」
高速回転を伴い剣を旋風の様に振りながら飛び込んでくるアリーシャの真下へ足から滑り込んだ。俺はアリーシャの連続攻撃を木剣と身のこなしで切り抜ける。
滑り込みに際して伸ばした足で今度は甲板を蹴り、アリーシャの背中に追い縋る。
アリーシャは苦し紛れに逆手に持った剣を突き立てて来るが、低い姿勢で掻い潜り、背後からアリーシャの肩に木剣を当てがう。
「勝負あり、ですわね」
船の縁に体を預け、潮風に揺れる桃色の長髪を抑えながらアンリエッタが呟く。
ソフィーは目の前で繰り広げられた僅かな時間に起こった攻防に閉口していた。
「ソフィーさん、先程の最後の攻防は見えていまして?見えた所までで結構ですわ、可能な限り具体的に説明できますかしら?」
アンリエッタがソフィーに問う。
「えっと、アリーシャさんが飛び込んでからですよね…。アリーシャさんの連続攻撃にセオドア君が足から滑り込んで攻撃を躱した、潜り抜けた所からすぐにセオドア君が体を入れ替えて着地したアリーシャさんの背後を取り、最後の攻撃を躱して勝負あり。…こんな感じですか?」
ソフィーが先程の一瞬のやり取りを説明する。しかし離れた場所で見ていたフォルクハルトは人差し指を立て左右に振り、「違うよ」という身振りを見せながら近づいてくる。
「いまアンリちゃんが聞いているのはそんな分かりきったやり取りの話じゃないよ。そうでしょアンリちゃん?」
「そう、あの一瞬、アリーシャさんがセオドア様に何回斬りかかって、それをセオドア様がそれをどの様に捌いたのか、それを尋ねてましてよ?」
アンリエッタの問いの真意を聞き、ソフィーは深く考え込む。
「ええー…っと…一振り目と二振り目は木剣で受けて、後三振りは避けていたのでアリーシャさんの攻撃は五回、その内二回は木剣で防御、あとの三回は避けていた…。すみません、そこまでしか分かりませんでした」
アンリエッタは目を閉じて深く溜息をつく。ソフィーの回答は間違いだ。
「まず一振り目と二振り目、これはセオドア様が姿勢を低くした時に回避、そこからアリーシャさんは六度斬りかかっていますが、その内四度は木剣で受けるものの次で弾かれると判断し、体を捻って最後の二振りは剣を掻い潜って回避した。そうですわね、セオドア様、アリーシャさん?」
アンリエッタがあのやり取りを事細かに解説し、俺とアリーシャに確認する。勿論アンリエッタの解説はまさに模範解答である為、俺たちは首を一度縦に振る。
「ソフィーさん、今のアンリの解説が模範解答です。俺達のクラスで戦う魔物は無防備で攻撃を受ける事は即ち死を意味します。ゆえに一つの攻撃も見逃す事は出来ません。攻めるにしても俺を完全な防御体勢や回避行動を取らせる事も出来ない現状、厳しい現実かも知れませんが、もしソフィーさんが今ここでA級の魔物と一人で出会ったならば、この逃げ場のない船の上じゃまず死にます。それだけは肝に銘じておいて下さい」
少々酷ではあるが俺は駆け出しの冒険者であるソフィーに厳しい現実を突きつける。
「残念だけど今のセオの言葉は本当さ。紛れも無い事実。素直に受け入れるべきだ」
フォルクハルトが追い討ちをかけるように厳しい言葉を投げかけるとソフィーは俯き、両方の目から一筋の涙が零れ落ちた。
しかしソフィーは右腕で目元を擦り、涙の跡を拭い去ると顔を上げる。その瞳は自分の無力を知った失意と絶望に染まった瞳ではなく、これから強くなると言う決意と希望に満ち溢れていた。
「セオドア君、いや、師匠!あたしに剣術を教えて下さい!お願いします!」
突然の師匠扱いに戸惑う俺は周りを見渡す。皆に目線を合わせると、全員がそれぞれに首を縦に振る。
「えっとミハイルさんは…?」
「ミハイルさんは私が責任持って見ますので兄様、ソフィーさんをお願いします」
俺は少々納得いかなかったがこうしてソフィーの師匠となることになった。




