第五十九話:大海原の戦い、開幕
俺は依然、アンリエッタの周りを動き回りながら斬りかかっている。しかしアンリエッタにこの戦法は通じないのは以前の戦いで実証済みだ。幾ら高速で背後に回り込んでもアンリエッタの大楯は常に此方を捉えている。
「そろそろ目が慣れて来ましたわね。ではこちらも反撃に出させて頂きますわ!」
アンリエッタは槍を短く持って真上に突き上げ衝撃波を放つ。アンリエッタの背後に回る為、彼女を飛び越えようとしていた俺は直撃こそ躱したものの、横に吹き飛ばされ船の縁に叩きつけられる。
「クソッ!流石に見切られたか!」
船の縁から床へ転がる様に体勢を立て直し歯噛みするが、どうやらそんな暇もないようだ。
起き上がりを狙い、アンリエッタが猛追してくる。細身の体躯に全身鎧と言うとてもこんな重装備からは想像もつかない速さだ。
アンリエッタは槍と盾を巧みに操り攻撃を仕掛けてくる。
連続突き、盾殴り、薙ぎ払い。息をつかせぬ連続攻撃を剣と身のこなしでギリギリを躱わしていた。
アンリエッタの強烈な盾殴りを剣で受け、体勢を崩したところに大振りの突きが繰り出される。どうにか剣を振り抜き、切っ先でそれを逸らすとアンリエッタは再び衝撃波を発生させる。穂先を逸らし直撃は避けたが俺の小柄な体を吹き飛ばすには十分な威力であり、余剰の威力だけで床に叩きつけられる。アンリエッタは今にも飛びかかり追い討ちの体勢だ。
「濃霧!」
地面に伏せた瞬間に魔術で霧を発生させその場から転がるように離脱する。アンリエッタが追撃した先には白い霧が残っていただけだ。アンリエッタは自ら霧の中に飲み込まれた。
アンリエッタは完全に俺を見失い一瞬握られた戦闘の主導権を失った。
「目眩し…これでは何も見えませんわね」
アンリエッタは構えを一旦解き、周囲を見渡すが一面を霧で覆われ、俺の姿を見失ったままだ。
「氷造形・氷像」
霧の中に俺は魔術で幾つかの氷像を発生させる。どれも適当な人の形を成しているが精巧さとしては今ひとつ。しかしこの霧の中では背格好さえ似ていれば十分な擬態能力を発揮できるだろう。
アンリエッタは未だに霧の中をゆっくりと歩きながら俺を探しているらしく、鎧同士が触れ合う音が微かに聞こえる。だがその音はアンリエッタの位置を特定するには十分だった。
氷像を押し、アンリエッタの鎧の音が鳴る方に向けて滑らせると霧の奥で氷が砕かれる音が響いた。アンリエッタが滑りくる氷像に攻撃を仕掛けたのだろう。
「氷像!?小賢しいですわね」
そこから俺は立て続けに氷像をアンリエッタの方向へ緩急をつけて滑らせる。その間も俺は足音を消しながら移動を繰り返し、アンリエッタを撹乱し続けていた。
「無駄ですわよ!セオドア様、時間稼ぎもそろそろ終わりにしてはいかがかしら!」
アンリエッタが叫ぶ。遂にアンリエッタも痺れを切らしたようだ。
「そうだな」
俺はそう言いながら再び氷像をアンリエッタに向けて押し出す。それに合わせて足音を消して同時に間合いを詰め始める。
アンリエッタが再び氷像を槍で破壊すると同時に辺りを覆っていた霧が遂に晴れ始める。
アンリエッタの死角、背後に俺は立っていた。氷像が破壊される寸前に氷離れ、アンリエッタの背後に回りこみ、その隙に左手に魔力を練り、雷の魔術、放電撃の準備と騎士剣への雷属性の属性付与を済ませていた。
「放電撃!」
アンリエッタが振り向き様に左手の大楯で放電撃を払いのける。やはりアンリエッタの大楯に電気は通らない。
「無駄ですわ!」
「じゃあこれならどうだ!属性斬・雷牙・解放!」
一文字に薙いだ剣から放たれた電撃がアンリエッタの大楯を直撃、電撃は大楯を伝播しアンリエッタを痺れさせる。
「 ア゛ア゛ァ゛ッ!」
放電撃と属性斬・雷牙の二段攻撃。放電撃の方は弾かれたが立て続けに放った属性斬の方は効果があった。
強烈な電撃を浴びたアンリエッタはショックで槍と盾をその場に取り落とし、片膝をつく。
「勝負有り、かな」
フォルクハルトから決着が宣言されるとすぐにクリスがアンリエッタの介抱に入った。
「一撃目を防いで上手く誤魔化せたつもりでしたけど気付かれてしまいましたわね…」
アンリエッタが一撃目を防いだ時、実際にアンリエッタに魔術は通用しないとものと思わされていた。
「前に教えられていた事を思い出したんだ。魔術を使えなくても魔力が扱える者がいるってね」
かつてカルマン村にいたガスターに教えて貰った技術だ。
魔力は武具に纏わせる事ができ、攻撃能力や防御力を底上げすることができる。そして魔術に対抗も可能となる。
しかし防具の魔力はあくまで溜め込んだ魔力量までしか防御性能を発揮しない上に、魔導銀などの魔素との親和性の高い金属以外はある程度までしか魔力を溜め込める事は出来ないらしい。
アンリエッタも多少の魔術は扱えるがそれは無属性の自己強化系ばかり、魔素総量もクリスは当然ながら、俺にも遠く及ばない。しかし、その事を思い出すまでは俺自身、アンリエッタの戦術に嵌っていたのだ。白兵戦に於いてだけ言えば、アンリエッタの防御能力は耐久力や技術において、俺の攻撃能力を凌駕している。事実、今回も剣術ではアンリエッタを動かす事は出来なかった。
「アンリエッタも魔術が使えるなら武具に魔力を纏わせる事が出来るのは不思議じゃない。最初は焦ったけど霧の中に隠れている間に思い出しただけだ」
俺の言葉を聞きアンリエッタは溜息をつく。
「またもや完敗、ですわね」
アンリエッタがそう言うと同時に周囲から歓声と拍手が響き始める。
「いやぁ二人ともお疲れ様!なかなか見応えがあったよ!セオ、空中で跳ね回ってたけどアレも魔術かい!?魔術だったとしたらあんな魔術初めて見たよ!風属性の魔術みたいだったけど今度僕にも教えてくれないかい?それからそれから、殆どの人は霧で見えてなかったみたいだけど氷の像を作ってカモフラージュって方法もなかなか斬新だったね!やっぱりただの剣士じゃ真似出来ない戦い方だったよ!それとアンリちゃん!アンリちゃんもよくあれだけのセオの攻撃を捌けたね!大抵の重戦士じゃ背後の攻撃までは捌けないよ!」
フォルクハルトは興奮しきりでまるで子供の様に次から次に俺たちの戦いの感想を話す。
「アンリエッタ殿。貴殿の盾捌き、見事だった。同じ重戦士として、学ぶべき点があった」
獣人の重戦士であるエリウッドもアンリエッタの細い体躯で繰り出される流麗な盾捌きは驚くべきものだったようだ。
「す、凄すぎて何が何やら…」
「セオドアさんも剣士としても凄いのに魔術まであれだけ使いこなせるなんて…」
ソフィーとミハイルに至ってはもはやレベルの違いがありすぎる為か「凄い」以外の感想が出てこない。
最後に現れたのは船長のラルゴだ。
「おう、坊主に嬢ちゃん、連れの奴も強えみたいだな!これなら今回の船旅は安心できそうで良かったぜ!さて、今夜はもう遅えからお前ら冒険者達ははそろそろ部屋に戻んな!」
ラルゴはそう言って手を叩き冒険者達を部屋に帰るように促した。
部屋に戻った俺達は先程の模擬戦を話のタネに談笑する。一頻り盛り上がり見せた後、二人のS級冒険者を下した俺は疲れが溜まっていたのか話の途中でいつの間にか眠りについてしまっていた。
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「敵襲、敵襲ー!!」
まだ日も上らぬ陰の十一刻、船乗りの大声に俺達は起こされる。船乗り達に甲板に出るように指示され、戦闘の準備をして甲板に飛び出した。
船の進路上にはこちらの船よりもふた回り程大きい大型の船が待ち受けており、その帆には骸骨の模様がある。海賊船だ。
「船長、あの海賊旗間違いありやせん!ドルマニアン周辺海域を縄張りにしてやがるバルドルの海賊団でさぁ!」
「さて、野郎ども。奴らはドルマニアン周辺海域でも一二を争う大海賊団だ。船も速力じゃ勝ち目はねえ。つまり避けられねぇ戦闘だ、覚悟を決めろよ」
普段は豪快に笑っているラルゴも流石に真剣な表情だ。そして集まっている船乗りと冒険者に覚悟を促している。
そこにクリスが歩み出る。
「ラルゴさん、今こちらから先制攻撃を仕掛けるのはどうですか?私ならできますよ?」
そう、クリスには大魔術がある。先制攻撃で大魔術をぶつければ一気に戦力を削れるだろう。
「悪くねえ、だが炎属性や雷属性はダメだ。燃えちまったら俺達の船にも燃え移っちまう。あと規模次第じゃ水属性と氷属性もだ。前者はこの船がひっくり返っちまうし、後者は敵に足場を与えちまう。嬢ちゃん、どのくらい時間がかかりそうだ?」
「四十数えるくらいには」
クリスはそう答えると早速大魔術の準備に入る。
「よしやるぞ野郎ども!帆をたたんで錨を下ろせ!この船にゃ幸いにもS級冒険者達が五人も乗り込んでる!戦力としちゃ上等だ!乗組員達はいつも通り、S級冒険者達を軸にA級と腕に自信のあるB級は甲板で戦闘だ!弓や魔術で戦う奴はその援護!腕に自信のねえB級とC級以下の冒険者達は非戦闘員の防衛と支援に回れ!以上だ!」
船長のラルゴが指示を飛ばすと船乗り達はすぐに行動を開始する。戦力にならない冒険者や船乗りはすぐに船室から矢や武器が大量に詰まった樽を甲板に運びだし、非戦闘員の誘導指示と防衛に向かう。ソフィーやミハイルはこちらに参加した。
「セオドアさん、クリスさん、ご武運を!」
「こっちはしっかりやるわ!気をつけてね!」
ソフィーとミハイルはそう言って船乗りや他の駆け出し冒険者達と船室へと向かう。
「前衛はセオドア様と私、それにエリウッドさんとアリーシャさん。船長も戦力に含めてよろしいのかしら?」
アンリエッタが大振りのカトラスを片手に鼻息を荒くするラルゴに尋ねると「たりめえだ」と威勢のいい返事が返ってきた。
「さて、敵の戦力はいか程か」
「全て斬り伏せるのみです」
「海賊ごときに私達の旅路の邪魔はさせませんわ」
「援護は僕らに任せてよ!みんな、攻撃準備だ!」
「後衛はあいつに任せてよさそうだな。よっしゃ、やるぞおめえら!」
皆開戦を前に意気込んでいる。他の冒険者や船乗り達の士気も高いようだ。恐らく俺達の戦力を昨日の模擬戦で知っており、全幅の信頼を向けている為だろう。ならば俺達の誰一人として倒れるわけにはいかない。
「そろそろクリスの大魔術の詠唱が始まります。全員、戦闘準備!」
俺の号令と共に甲板に立つ全戦闘員が身構える。そしてクリスの方も大魔術の準備が整ったようだ。それと同時にバルドルの海賊船より大型の鳥種の魔物の脚に掴まった海賊達が続々と飛び立ち始める。
「ー無為なる争いに嘆きし女神の溜息は 争いに終焉を齎す一陣の剛風!出でよ!女神の溜息!」
クリスの大魔術の詠唱が終わると同時に空を覆う雲が速く流れ始める。
風はすぐに勢いを強め、やがて突然止まる。
「皆さん、伏せてください!吹き飛ばされますよ!」
クリスの声を聞いて全員が甲板に伏せる。その瞬間、凄まじい突風が吹き荒れる。その突風の威力たるや、まるで空が動いたかの様な錯覚を覚える程だ。
海賊船のマストは突風と共に一瞬で倒壊。大量の海賊達が突風で海に投げ出され海の藻屑と散っていくのが見える。し全ての海賊達が吹き飛ばされたわけではないだろうが大幅に敵の戦力を削ったのは言うまでもない。
「なんてえ威力だ…。やるな嬢ちゃん!後は退がって援護を頼むぜ!野郎ども、嬢ちゃんに続くぞ!戦闘開始だァ!」
船長のラルゴは驚嘆も程々に後続の海賊達が飛び立ち始めるのを確認すると甲板上にいる全戦闘員を鼓舞する様に大声で号令をかける。
クリスの大魔術を開戦の合図に大海原での戦いの幕が今、切って落とされた。




