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第五十二話:別れの宴

 それぞれの行動を終え、エルダを離れる前の最後の用事を済ませる為、俺達はギルドへとやってきていた。街を出ないジャックとマリオンも「折角だから」と付いてきていた。


 「あらぁ、今日はお揃いねぇ、今日はどうしたのかしらぁ? あらぁ…今日はなんだか様子が違うみたいねぇ…」


 いつもの様に応対しようとするギルドマスターのカリサだが、様子の違う俺達に気がついたようだ。

 

 「…はい。俺達、明日エルダを立ちます。ですので…」


 カリサは「成程」、と納得した表情を見せた後、少し嘆息しながら俺の言葉を制した。


 「皆まで言わなくていいわぁ、そもそも旅は冒険者には付き物ですものぉ。それを止める権利は誰にもないわねぇ。強いて言うなら、この冒険者ギルドの有望株がいなくなるのはちょっと寂しいかしらぁ」


 カリサはそう言いながらギルドのカウンターの中から出て来ると、指先で俺の鼻につける。


 「でも私は湿っぽい別れはあまり好きじゃないのよねぇ。どうせなら盛大に送り出さなきゃ」


 カリサは酒場部分へと動くと頭の上で酒場で酒を飲む冒険者達全員に聞こえる様に手を鳴らした。

 冒険者は何事か、とカリサの方へと視線をむける。


 「みんな聞いてぇ!明日でセオドア君達がエルダを立つみたいなのぉ!今日が最後の夜みたいだから皆で盛大に送り出してあげてねぇ!」

 「ウオオオオォォォォ!」


 酒場にいた冒険者達はカリサの呼びかけに応じる様に歓声をあげる。

 気がつけば俺はカリサに背中を押され、既に酔っ払っている冒険者達の群れに囲まれている。慌てて後ろを振り返るとカリサは笑顔で手を振りながらカウンターの中へと消えていくのが目に映った。


 「ったく、いきなり来たかと思ったらいきなり『明日から旅に出ます』かよ!」

 「お前らの活躍見てAランクやSランク目指すってヤツらも結構いるんだぜ?旅先でしょうもない事で死んだりしたらタダじゃおかねえからな?」

 「もう、セオ君がいなくなるなんて聞いて無かったわよ!」


 俺達を囲む冒険者達は思い思いの言葉で俺達の門出を祝福する。

 さらに冒険者達がさらに冒険者を呼び、宴に参加している冒険者達も段々と増えていっていた。

 俺達は冒険者達の中で揉みくちゃになっていたが徐々に奥へ奥へと押され、気がつけばテーブルの前に座らされている。ジャックとマリオンも俺達には付いてこないがパーティーという事で一緒に座らされていた。そして葡萄酒がなみなみと注がれたジョッキが俺達の前に置かれていた。


 「ほら、せっかくの宴だ。ちっと気の利いた事言って盛り上げてみな、パーティーリーダーさんよ」


 ジャックがそう言って俺の背中を叩く。周囲からも囃し立てる様な声が聞こえていた。

 ジャックに促されるまま立ち上がった途端、今まで騒いでいたのが嘘の様に静まりかえる。

 辺りを見回すと全ての目線が俺を注目している。この場にいる全員が俺の言動に耳を傾けているのを見て意を決し、俺は大きく息を吸い込んだ。


 「今日はみんなにお別れを言いに来ました!突然ではありますが、明日、俺とクリス、アンリエッタ、アリーシャの四人でドルマニアン諸島に向け、出発します!…思えば、初めてこのギルドの扉を開けた時、このジャックを始め、何人かの冒険者達に因縁を付けられましたが今ではA+ランクの冒険者です!」


 ここまで言った後、ジャックを見るとジャックは顔を逸らしていた。


 「あっちに行っても俺達の名がここまで届くくらい活躍して見せますので期待して待っていてください!」


 大きな歓声が上がり、酒場の中が熱気に包まれる。そんな中、群衆を割りながらギルドマスターのカリサがエールが注がれたジョッキを片手にやってくる。


 「じゃあ、主役の挨拶が終わった事だし私が乾杯の音頭を取らせてもらうわねぇ。みんな飲み物は持ったかしらぁ?」


 カリサが確認するまでも無く、酒場にいる全員がジョッキを片手に今か今かと待ち侘びている。


 「みんな大丈夫そうねぇ。じゃあ、若い冒険者の旅立ち、そして別れに、乾杯!」

 「乾杯!」


 木製のジョッキがぶつかり合う音が響き、ジョッキから飛び出した酒の飛沫が酒場内を舞う。

 俺も目の前のジョッキを取り上げ、葡萄酒を一気に飲み干した。

 笑い声や歌声、談笑する声が酒場内全体を包み、酒宴はなおも熱気に包まれていた。


 ---


 いつしか俺達は男女に別れ、それぞれに冒険者達に囲まれて宴を楽しんでいた。

 俺はジャックと共に若い女性冒険者に囲まれている。


 「セオドア君ってホントすごいわねぇ~。まだこんな若いのにもうすぐSランクなんでしょお?」

 「あぁん、こんなことなら先に唾付けておくべきだったわ!」

 「ちょっ、胸っ!当たってますってば!」

 「もー、何言ってんのぉ?あててんのよ」


 女性冒険者達は既に酔っ払っているせいかやけに積極的に体を押し当ててくる。その度に体が反応してしまうが頑なに俺は拒否していた。

 一方、ジャックはと言うとこちらはその場の空気に体を委ね、むしろ自ら女性冒険者達の体に触れて回っていた。


 「セオ~、いっその事、このまま一足先に大人になってきたらどうだ?あぁ?」

 「ジャックさんじゃあるまいし、次から次に女性をとっかえひっかえする様な大人にはなりたくないですね」

 「おーおー、えれぇ言われようだ」


 両脇に女性冒険者を侍らせ、それぞれの手で尻を撫でまわすジャックが絡んでくるが、それも拒否していた。


 「やれやれ、相変わらずかてぇなぁ。硬くするのはここだけでいいのによぉ」

 「ねー」

 

 ジャックが股間を指差して中年特有の下ネタギャグをぶっ放し、女性冒険者達も恥ずかしげもなくそれに乗ってくる。全く以って鬱陶しいことこの上ない。そんな中、女性陣のテーブルから叫び声が響く。


 「兄様、助けてぇ!」


 クリスの声だ。宴のどさくさに暴漢でも現れたのだろうか、慌てて席を立ち、クリスの元に飛び出した。

 辺りを見回すが暴漢らしき人物はいない。そこには酒樽を横に置き、吸い込む様に酒を飲むアリーシャとマリオン、紅茶を飲むかの様に優雅に酒を口にするアンリエッタ。そしてクリスの前には酒が注がれたジョッキが並んでいた。


 「やっと来ましたね、兄様」


 先程の叫び声とは異なり、低い声でクリスが口を開く。その表情は何かを企んでいたかのような邪悪な笑みを湛えていた。

 そう、俺は嵌められたのだ。妹であるクリスに。


 「兄様、私だけでは飲みきれませんので兄様も一緒に飲んでくださいねっ」


 今度は年頃の女の子、そんな可愛らしい声でクリスは酒を勧めてくる。

 周囲を見渡すも既に冒険者達によって囲まれていた。助け舟も退路もない。


 「クッ…やるしかないのかっ…!」

 「心配なさらず。私も一緒に飲みますので」

 

 心配するなとクリスは言うが俺が一番心配しているのはクリスの酒癖の方だ。

 俺とクリスは同時にジョッキを手に取り、そのまま一気に葡萄酒を飲み干すと、周囲から歓声が上がる。

 しかし並べられたジョッキはまだまだ大量に残っている。乗りかかった、否、乗せられた舟だ。途中下船はありえない。意を決して次のジョッキの処理に取り掛かる。酒の味にはまだ慣れないがこの場を乗り切るならば飲む以外に選択肢はないだろう。

 俺とクリスは次から次にジョッキに注がれた葡萄酒を喉に流しこむ。その度に歓声は大きさを増していった。


 ---


 十五杯目、漸くテーブルに並んでいたジョッキが全て空になる。もはや意識は朦朧としていた。

 ふとクリスを見ると顔を真っ赤に火照らせフラフラしている俺を見てケラケラと笑っていた。


 「ク…クリス…。俺はもうダメら…。もう…飲めない…」

 「兄様ー、だらしないですよぉー?」


 意識が飛ぶ寸前で今にも倒れそうな状態である俺をここぞとばかりに先程の女性冒険者達が取り囲む。その場で服を掴まれ剥かれそうになるが最早頭が回らず為すがままだ。

 相変わらずクリスは笑うばかり。このまま女性冒険者達に文字通り喰われてしまうのか、と思っていた所に木製のジョッキをテーブルに叩きつける大きな音が響いた。


 「…貴女達、セオドア様を連れ帰るならば私を倒す覚悟があって?」


 アンリエッタが聖母のような優しい笑みを浮かべながら女性冒険者達に柔らかな声で問いかける。但しその背中には(おぞ)ましい殺気を纏っていた。


 「あ、いえ…そんなつもりは…。…い、命だけはー!」


 俺を取り合う女性冒険者達はその殺気を感じ、すぐに手を離し俺の周囲から蜘蛛の子を散らすかのように逃げていった。

 女性冒険者達が逃げ去ってできたスペースにジャックがやってくる。


 「あーあー、みんな帰っちまった…。…と、セオは…こりゃあもうダメだな。俺も今日は誰も捕まりそうにねぇし、このままセオを屋敷まで連れて帰るがお前達はどうするんだ?」


 ジャックはつまらなさそうな顔をしながら俺を背負い、クリス達にどうするか確認する。


 「私もそろそろ帰りますわ。明日の出発は…遅くなりそうですが、深酒はやめておきますわ」

 「私も帰りますー!今夜は兄様と一緒に寝ますー!」


 底抜けに笑っているクリスを見てアンリエッタはため息をつく。

 ジャックは飲み比べを続けるマリオンとアリーシャを見て同様にため息をついた。


 「あっちは…放っといて良さそうだな…」

 「ええ…、彼女たちは…大丈夫だと思いますわ…」

 「とりあえず…帰るか」

 「ええ…」


 ジャックの背中で一定のリズムで揺られ段々と気持ち良くなっていく。朦朧とした意識は徐々に薄れていった。

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