第五十一話:別れの挨拶
魔石商のベルゲンとの交渉が終わり、同行していたジャックは大きなため息を吐いていた。
「…セオ、お前アレで受けそうになってたろ?」
図星だ。最初聖銀貨二〜三枚とカリサから聞いていた所に四枚とベルゲンに言われ舞い上がっていた。ジャックが止めなければ半額で売り払っていた所だ。ジャックの叱責は当然である。
「覚えとけセオ、交渉の場に於いて情報は武器だ。情報がありゃ切れるカードもそれだけ増える。まぁそんなこったろうと思って調べてたし、付いてきたんだけどな」
ジャックは苦笑いで両手を広げておどけて見せる。
「そう言えばジャックは昔盗賊ギルドにもいたんだったわねぇ」
「まぁな。あんまり思い出したかねぇがその頃のギリギリの交渉に比べりゃ今回のは恋人同士の痴話喧嘩より安全だ」
ジャックは軽口の様に話すが浮かない表情だ。カリサもジャックの表情を見て察したか、それ以上は話を掘り返す事は無かった。
聖銀貨を財布にしまってギルドを後にし、屋敷に戻る途中、聖銀貨を白金貨十枚と交換しておいた。
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交渉を終え、屋敷へ戻ると全員が揃っていた。
「で、結果はどうだったの?」
開口一番、マリオンが単刀直入に結果について尋ねてくる。
「上々だ。聖銀貨八枚だった」
ジャックも勿体付ける事無く、率直に質問に答える。俺も財布から聖銀貨七枚と白銀貨十枚を机に置いた。
「随分いい額になりましたわね?うまく行き過ぎにも感じますわね」
アンリエッタは紅茶を啜りながら交渉の結果があまりに出来過ぎていると疑問視する。
「まぁ俺が同席してたから上手くいった所もあるな、セオだけだったらこの半分だ。足元を見られたんだろうが昨日一昨日でしっかり調べてたお陰だな」
俺達が見ていたジャックは昼間から酒瓶片手にふらふらと屋敷を出る酔っ払いの姿にしか見えていなかったが、水面下ではこうして俺達の為に何かと動いてくれている。この男、直接的な戦闘以外はほぼなんでも出来るいい男なのだ。
「さてとりあえず分け前についてだが、リーダーのセオが先ず聖銀貨二枚、あとは全員に一枚ずつ。ここまでで不満はないか?」
報酬の分配についてジャックが仕切り進行する。最初の聖銀貨七枚の分配に関しては全員が納得の様子だ。
「まぁ妥当ですね」
「迷宮守護者攻略はセオドア様抜きでは不可能でしたし私は異論ありませんわ」
「流石に文句の付け様が無いし、私もそれでいいわ」
クリスは何も言わずに座っているがそもそも意見する立場でも無い。ここまでは全く揉める事無く話が進んだ。
「さて、問題はこの白金貨だ」
机に積まれた十枚の白金貨、これの分配でジャックは頭を抱える。
「俺以外全員二枚ずつじゃいけないんですか?」
俺がジャックに尋ねるとマリオンがジャックの代わりに理由を話す。
「アンタね、それだとジャックが納得いかないでしょう?アンタ一人で交渉してこれだったらそれでよかったかも知れないけれど、本来聖銀貨四枚で終わる所が八枚に増えたのは紛れもなくジャックのおかげ。つまりジャックは私達より多く貰う権利があるの」
マリオンの説明に合わせてアリーシャ、アンリエッタの二人も頷く。
全員が頭を抱えて悩む中、アリーシャが手を挙げる。
「私の分をジャック様に入れて、ジャック様が白金貨四枚、皆様は二枚でどうでしょうか?私は迷宮守護者との戦いに参加出来ませんでしたのでそれが妥当かと思いますが如何でしょうか?」
反論や意見はなく、あったのはジャックから「それでいいのか?」という確認のみ。アリーシャが身を引く形でこの件は幕を引いた。
そしてここからが一番の問題となる議題、アトラシア大陸を離れ、海へ出る俺達に同行するかどうかの意思確認だ。
「皆聞いて欲しい。俺とクリスは近い内に、海を渡る。最終的には大魔大陸を目指すつもりだ。長い旅になるだろう。まずはドルマニアン諸島を目指す。この中でついてくる人は手を挙げて欲しい」
手を挙げていたのはアンリエッタ、そしてアリーシャの二人、マリオンとジャックは腕を組んだままだ。
「あら、ジャックも行かないのね。アンタはてっきり行くものと思ってたけど」
「まぁ、俺も年だしな、引退はまだのつもりだが、流石にエルダの外まではちっとな」
マリオンの言葉にジャックは頭を掻きながら答える。
「逆に聞くが、マリオン、お前はどうしてだ?」
ジャックが質問を返すとマリオンがそれに答える。
「アタシは暫くはまだエルダにいるつもりだけど、ゆくゆくは王都にでも行こうかと思ってるわ。アタシ、職人にはなれないから里にも帰れないしね」
自嘲気味に薄ら笑いを浮かべマリオンは目を伏せる。
「ああ、ならジャック。これをあげますわ」
そう言ってアンリエッタが羊皮紙のスクロールをジャックに投げ渡す。
ジャックはアンリエッタから受け取ったスクロールを広げ、内容を確認すると、アンリエッタの方を向く。
「いいのか?」
「ええ、暫く戻る事はないでしょうから、それでしたらジャックに譲った方が意味はあると思いまして」
アンリエッタがジャックに渡したものはこの屋敷の権利書だった。
アンリエッタは俺達についてくると決意した。大陸を離れての旅となる以上、帰ってくるにもそれなりの期間を必要とする。ならば必要とするであろう相手に譲ろう、という事だろう。
「じゃあありがたく使わせて貰うとするか。マリオンはどうする?暫くエルダに残るってんなら部屋と食事は都合するが?」
「せっかくだし、お言葉に甘えるわ。宿を探すのも結構手間だしね。それに変な気を起こしてもジャックなら簡単に叩きのめせるしね」
マリオンはジャックの申し出を受け入れた上で朗らかに毒を吐いて白い歯を見せる。
「悪いが俺はお前みたいなちんちくりんに欲情する様な趣味はねえよ」
そう言ってジャックがマリオンの額を小突くとマリオンは腹を立てるが本気で怒っている素振りではないようで、むしろじゃれ合う親子の様にさえ見える。
そんな光景を前に俺達渡航組は若干呆れながらも、旅の準備についての打ち合わせを始める。
「まずは挨拶回りとか、か?」
装備の新調などは迷宮探索の前に済ませている為現在はそこまで必要にはならないだろう。強いて言うなら消耗品や食料の補充程度で事足りる。
「ブルームーン夫妻とアーリアル伯、それにギルド、そのくらいですかね?」
クリスが挙げた所はこの街に来てから特にお世話になった人々だ。
「ああ、俺達はそんな所かな。アンリとアリーシャは?」
俺達兄妹で世話になった人達だ、二人揃って向かうべきだろう。
「私も知り合いに挨拶回りですわね」
「私はギルドくらいでしょうか。なので皆さんが挨拶回りをしている内に旅に必要な物の買い出しを済ませておきます」
アンリエッタもこの街で長い間暮らしていた為、挨拶しておくべき人がいるのだろう。逆にアリーシャはこの街に来てから日が浅い為、それ程訪ねる相手は多くないようで、俺達が挨拶回りをしている間に買い出しに行ってくれると申し出てくれた。
「じゃあ明日はそんな感じで一通り終わったら、一度ここに集まって皆でギルドに向かう感じでいこう。出発は明後日の朝だ」
こうして、明日の予定が決まる。
「という事は明後日でいよいよお前らともお別れになるな」
そう、旅立ちの予定が決まるという事はジャックとマリオンとの別れも決まるという事だ。
「ジャックさん、マリオンさ…ムグッ…!?」
二人に別れを告げようとするとアンリエッタに口を塞がれた。
「ったく…、デリカシーがないですわよ。二人への別れは明後日にするべきですわ」
アンリエッタの言葉によって止められた俺の言動で全員が思わず噴き出して笑いだす。
「ぷっ…ホントセオってこういう時に限ってアタシ以上にせっかちよね」
「ブハハハハ!まぁ行動指針が決まったらすぐ行動に移すってのは悪い事じゃあねぇけどよ」
「クッ…フフッ、そういう所はアルフレッド様とよく似ていますね」
「ププッ…兄様、そんなにジャックさん達と別れたいんですか?…プフーッ!」
その日、騎士区にある冒険者の屋敷から笑い声が絶える事は無かった。
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「そうか、明日エルダを立つか」
「寂しくなりますわね」
俺とクリスはブルームーン家の屋敷を訪れていた。エルダで最も世話になった人物だ。
「はい、バレンティンさん、グラディスさんの二人にはお世話になりっぱなしで何も返せていませんので申し訳ありませんが」
街に入る為の許可の申請やギルドへの口利き、それ以外にも色々と世話を焼いてくれた。彼がいなければ今回のように海を渡る旅に出るのにもかなり骨を折ることになっただろう。
「フッ、そんな事は無いさ。私も妻も君がこの街に来てから君の噂話を聞かない日は無かったからね。毎日新しい噂話が聞けないかと楽しみにしていたおかげで退屈しない日は無かったよ。そういう意味では君達兄妹には十分楽しませてもらったさ。なぁ、グラディス」
「ええ、私達にはまだ子供がいないから、まるで自分達の子供の成長を見ているようで楽しかったですわ」
言葉通り、夫妻は俺達兄妹を自分の子供の成長を見守る両親のような柔らかい笑顔で見つめている。
「本当は引き止めたい所ではあるが、それでは君達の為にはならないだろう。それに君達はこれまでも幾多の困難を乗り越えてきた。なにせ、君達は『流星』のアルフレッドの子供達だ。時には重荷になるかもしれないだろうがその血筋は君達にも受け継がれている」
「旅をしていれば辛いことも沢山あるかもしれないけれど、あなた達兄妹ならきっとどんな困難も乗り越えていけるはずだわ」
夫妻は旅に出ると言う俺達を強く励ましてくれる。それはまるで巣立ちの時を迎えた我が子を送り出す両親のような優しくも厳しい愛を以て。
「はい、バレンティンさん、グラディスさんもきっとお元気で」
「では俺達そろそろ行きます。いつかまた会いましょう!」
俺達は席を立ち、ブルームーン夫妻に送り出され屋敷を後にする。
「さて、海を越えた先、彼らにはどんな運命が待ち受けているかな」
「ふふ、それこそ神のみぞ知るというものではないかしら?」
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ブルームーン家の屋敷を後にした俺達は貴族街の最東端にある大きな屋敷を訪れていた。相変わらず眠そうな目をした衛兵が一人、屋敷の門の前に立っていた。
「アーリアル伯爵は生憎、今王都にいるよぉ~…ふぁあ…。あぁでもそうだ。二人で来る子供にって伝言があったねぇ~…。ええと…そうだそうだ。『改めて私に用があるとすれば恐らく…この街を去るということかしらね…。今私は訳あって王都にいるから別れの挨拶はしなくていいわ。…もし外の世界で面白い本があったら送ってくれると嬉しいわね』だったかなぁ~…」
衛兵はアーリアル伯からの伝言をまるで本人がそのまま俺達に話しているかのように伝えると大きなあくびをして、眠そうな目を擦っている。
「アーリアル伯の伝言、確かに聞きました」
「こちらからも伝言いいですか?」
眠そうな衛兵にそう尋ねると、衛兵は再び大きなあくびを返す。
「…ん~?かまわないよぉ~」
「じゃあ…『また旅先で面白い本を見つけたら送らせてもらいます』、と伯爵にお伝えしてください」
簡単ではあるが、彼女が喜ぶとしたらこれが一番だろう。
「…はいよぉ~、確かに承ったよぉ~…」
衛兵は大きく伸びをし、目を擦りながらそう返す。一瞬不安になるが、アーリアル伯の伝言を器用にも本人の真似までして伝えるあたり、見た目以上に優秀な衛兵なのだろう。そう考えて俺達はアーリアル伯の屋敷を後にする。
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ブルームーン家とアーリアル伯への挨拶を済ませた俺達は屋敷に戻ると丁度玄関にアンリエッタがいる。彼女も丁度戻ってきたところだった。
「あら、セオドア様の方も終わった所ですか?」
「ああ、こっちはもう終わりだ。アリーシャは?」
アンリエッタが玄関の扉を開くとそこには保存食や旅で使うであろう消耗品の数々がそこに置かれていた。
「アリーシャさんも既に買い出しから戻ってきているみたいですわね」
「なら、すぐにでも行く準備にかかろうか」
俺達三人はアリーシャを呼ぶため、屋敷の中へと向かった。




