第五十話:交渉
暫く期間が空いてしまい申し訳ございません。漸く第五章スタートです。
アンリエッタの屋敷で目を覚ます。冷たい水でまだ重い瞼をこじ開け、屋敷の食堂に行くと既にパーティー全員が揃っていた。
「よう、随分ゆっくり寝てたじゃねえか、夜更かしでもしてたか?」
子供扱いか。少し癇に障ったのでこちらからもやり返してやろう。
「まぁ、そんな所です。それよりもジャックさん、夕べはお楽しみでしたね?」
俺は知っている。ジャックが昨夜、宴のどさくさに紛れて若い女性冒険者を侍らせて夜の街に消えて行ったのを。
俺の発言を聞いた女性陣が冷めた目でジャックを睨む。
「な、何見てんだよ!…まぁそんなことよりこっからどうすんだ?どっちにしろ査定が終わるまではどうしようも無いんだろ?」
冷ややかな女性陣の視線を振り払い、ジャックは質問を続ける。
「確かにやる事は無いですね」
俺がそう答えるとジャックが考え込む。そこに俺が更に続けた。
「なので今日、明日はお休みってことにしましょう。暫く依頼や迷宮探索が続いてましたし、あの魔石を売れば暫くお金にも困らないはずなので今日と明日はゆっくり休みましょう」
「海を渡るってのにそんな悠長でいいのか?」
俺の回答にジャックは疑問を投げかけるが急いでも仕方ない事だ。
「急ぐ旅でもありませんし、査定の結果が出てからでも遅くはないでしょう」
それを聞いてたのか、「わかった」と言って酒瓶を開け飲み始める。
他の面々も思い思いの休日を過ごさんと動き出し始めていた。
アンリエッタとマリオンは二人で別室へ、クリスはアーリアル伯の元へ。アリーシャは侍女の時の癖か、屋敷で全員へ甲斐甲斐しく世話を焼いている。ちなみに俺はと言うと、魔術で試したいことがあり、街はずれへと行っていた。
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俺は周囲に何もない街外れの平原に来ていた。自分の魔素総量の確認で上級魔術を使うためだ。
迷宮探索以前では強力な上級魔術は立て続けではせいぜい四〜五発だけしか撃てなかったが、迷宮の最奥で魔石に触れて以来、「今ならいける気がする」そんな状態だ。
早速俺は上級魔術を放つ為、右手に魔素を集中させる。魔素が集まり、右手に練り上げた魔力が緑の光を放ち始める。
「暴風!」
魔術の名前を口に出すと共に凄まじい突風が右手から放たれる。吹き抜けた突風は地面から生える草を引きちぎりながら虚空へと消えていった。
だがこれで終わりではない。体が魔素欠乏を起こす寸前まで撃ち尽くすのが今回の目的だ。
「豪雷撃!水蒸気爆発!絶対零度!」
習得している上級魔術を片っ端から撃っていく。四発目の時点でまだ問題はない。その後も同じ魔術を繰り返し放つ。
魔素欠乏の感覚が生じたのは十一発目だった。
「水蒸気爆……!ここまで、か…」
視界がかすかに歪み、頭痛がする。呼吸はやや荒れ、冷や汗が滲む。
俺は芝生の上に腰を下ろし、そのまま背中を地面に合わせ天を仰ぐ。右手を伸ばし、太陽にかざし、一人呟いた。
「倍ぐらいには…増えてる、か…。これなら戦いながらでも…」
歪む景色、狭まる視野。俺は襲い来る疲労感に身を委ね、そのまま目を閉じた。
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一、二刻程眠り、少々魔素が回復すれば次の実験だ。騎士剣を抜き、魔力を込める。
「魔力付与・雷牙!」
属性付与魔術の名を叫ぶと騎士剣が電気を帯び、バチバチと音を立てて電気が迸る。
「さて、こっからだ」
相変わらず一人で呟き、帯電した騎士剣に更に魔素を送り込む。すると、帯びた電気がさらに増幅され、雷の光が騎士剣を覆う。
「増幅は可能、と」
そこから剣を振りかぶり、横薙ぎ一閃。その瞬間、俺は更に魔術を放つ。
「魔力付与・解放!」
魔術の名を告げると共に振り抜かれる刀身からさらに強力な電撃が解き放たれ、振り抜かれた後に雷の軌跡が残る。
その後、他の属性でも同様に使えるかを確認し、炎、氷、水、雷、土、風の六属性で扱える事ができた。
「まぁ六属性で使えるなら十分か、あとはせっかくだし名前をつけよう」
色々と考えた末、『属性斬』で決定。魔剣技の誕生だ。
丁度、見える位置に血熊を発見する。簀巻になって貰おう。
自ら血熊に近づくといつものように血熊は両の腕を大きく広げ威嚇してくるが、俺は意に介さず騎士剣に魔力を纏わせる。
「魔力付与・炎爪!」
魔力付与によって炎を纏った騎士剣が赤々と輝くが、さらに魔素を注ぎ、炎は刀身が見えなくなる程まで火力を増した。
血熊が振り上げた腕を振り下ろすが、これを避け、隙だらけの身体に纏わせた炎を魔術で解放しながら剣を振り抜く。
「属性斬・炎爪!」
血熊を斬りつけると、その傷跡から炎上し始める。
あっという間に炎は血熊を飲み込み絶命せしめるた。
炎に体を内外から焼かれ炭クズとなった血熊を見て確信する。
「実戦でも問題ない。属性斬、完成だ!」
新たな技を習得し、両手でガッツポーズを決めた俺は足元がふらつき、仰向けに芝の地面に倒れこんだ。
「やっべ、魔力使いすぎた…」
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少し休み、重たい身体を引きずりながらアンリエッタの屋敷に戻るとアリーシャが出迎えにきた。
「せ、セオドア様、そんなにヘトヘトになってどうされたんですか!?」
「いや、魔術と剣の練習をしてたら魔力を使い過ぎただけです」
屋敷の玄関で壁に寄りかかる俺をアリーシャは心配そうに「怪我はないか」等と色々尋ねるがその全てに「大丈夫だ」と返す。
彼女の肩を貸してもらい、寝床まで連れて行ってもらうと、そのまま俺はベッドに飛び込み眠りについた。
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二日後、ギルドに呼び出され、ジャックを引き連れてギルドを訪れるとギルドマスターのカリサ自ら出迎えにやってくる。
「あらぁ、今日は二人なのねぇ。じゃあ二階の応接室で待ってて貰えるかしらぁ。」
カリサがそう言うと耳元に寄り、小声で耳打ちしてきた。
「流石に大きなお金が動くから、ここじゃ渡せないのよぉ、ごめんなさいねぇ」
カリサはそう言ってギルドのカウンターに引っ込む。入れ替わりに出てきたギルドの職員の案内で俺たちは二階へ通される。
ギルドの二階、応接室と案内された部屋の扉の前には大柄な男が二人立っていた。ギルドの職員や冒険者の様には見えず、どちらかと言えば、傭兵の様な出で立ちだ。
ギルドの職員が男達に話しかけると男達は口を開かぬまま黙って扉を開き、部屋の中へと通された。
応接室に入ると、男達に扉に閉められる。中では老人が一人、紅茶とシガーウッドを嗜んでいた。
長い白髪を後ろで束ね、口髭を揃え、上等な生地を使用した立派な服に身を包んだまさに老紳士と呼ぶべき男だ。
老紳士は此方に気がつくと、シガーウッドの火を消し、立ち上がる。それと同時に、俺達の後ろからカリサが入室してくる。カリサはすぐに老紳士の隣に移動する。
「紹介するわぁ。こちら、あなた達の魔石を買い取ってくれる魔石商のベルゲンさんよぉ」
カリサがベルゲンを紹介するとベルゲンも自ら自己紹介を始める。
「この度、あなた方が帰らずの迷宮から持ち帰ったとされる無色魔石を買い取らせて頂く事に相成りました、ベルゲン・カーマインサンドと申します。王都にて魔石商を営んでおります。以後お見知り置きを」
ベルゲンは自己紹介をすると深々と頭を下げる。俺達も自己紹介に応じる形で自己紹介を行う。
「僕はセオドア・ホワイトロックと申します、こちらは迷宮探索の仲間で、ジャック。パーティー一の年長者と言う事で付き添いで来てもらっています」
俺とジャックは同時に礼をすると、ベルゲンは興味深い、と言った様子で俺を見ていた。
「ほぉ、あなたがかの『流星』の。成程、カリサ殿からお話は存じておりましたが本当にここまでお若いとは」
『流星』、父アルフレッドの騎士時代の二つ名だ。
「ベルゲンさん、父をご存知で?」
「王都に住む者で知らぬ者はおりますまい。当時お父上が騎士の時、ブリュンヒルデ建国以来、最強の騎士と呼ばれていた程の騎士ですからな」
ベルゲンが更に続ける。
「帰らずの迷宮から持ち帰った魔石の話を聞き、踏破者の事を尋ねると十二歳の少年と言うではありませんか。そしてホワイトロック家の名を聞き合点がいきましたとも。やはり『流星』の血でしょうかね」
ベルゲンはそこまで話すと口に蓄えた白い髭をさする。そんな中、ベルゲンの隣で話を聞いていたカリサが口を開く。
「昔話はそれまでにして、とりあえず本題に映りましょう?」
カリサの言葉で俺達はソファーに着席するとまず最初に口を開いたのはベルゲンだ。
「単刀直入に言いましょう。我々はあの魔石を聖銀貨四枚で買い取らせて頂きたい」
俺は素直に驚いていた。元より聖銀貨二〜三枚と言う金額を聞いていた。そこから約二倍の金額を提示されたのだ。
俺がそのまま出された金額で応じようとした瞬間、ジャックが腕を組んだまま、机に足を叩きつける。大きな音に外の男達が、扉を開け様子を伺ってくるがベルゲンは手を前に出し、男達に「待て」と促した。
「ご不満、と言ったご様子ですな」
ベルゲンは紅茶を啜りながらジャックに目を向ける。
「ああ、不満も不満だ。聖銀貨六枚、いや七枚だな。四枚じゃあ売れねえよ」
ジャックは実に不満たらたら、と言った表情で胸を張る。
「ジャックさん…」
「セオ、お前はちょっと黙ってろ」
俺はジャックの吹っかけを止めようとするが、ジャックの剣幕に圧され逆に黙らされた。
「俺の不満点は三点だ」
そう言ってジャックは三本の指を立て、そして人差し指だけを立てたままベルゲンの前に突きつける。
「まず一点目、さっき無色魔石って言っただろう?無色魔石って言やぁ、小石サイズでも白金貨が動くって代物だ。昨日・一昨日と魔石商や魔道具店を訪ねて回って相場を調べてみたが、あのサイズなら単純に考えても聖銀貨四枚に白金貨が数枚付いてくるだろうってのが俺の見立てだ」
ジャックの弁にベルゲンは黙って聞いている。ジャックはそのまま中指を立てる。
「次に二点目、まぁこれは商人からすりゃ知ったこっちゃ無いかも知れんが、何十年と踏破されずにいた帰らずの迷宮、あの魔石はそこの最深部から持ち帰った魔石だ。その手間賃が含まれてねえって事」
ベルゲンは白い髭を撫でている。ジャックは更に薬指を立て、話を続ける。
「最後にあの魔石の希少価値だ。聞けば無色魔石ってのは大抵小石サイズ、大きくても握り拳より一回り大きい程度だがこれでもかなり貴重な大きさだ。だとすりゃ頭と同じ程度の無色魔石だ。量的な相場通りって訳にゃいかんだろ。その三点を踏まえて最低でも聖銀貨七枚、これがこちらの条件だ。」
ジャックは手を下ろし、ソファーに座り直すとベルゲンは少し目を伏せ考え込む。
一瞬の沈黙が続くと、ベルゲンは突如吹き出して笑い始めた。
「ハッハッハッハッ!いやいや、お見事
お見事。ここまで完璧な答えが返ってくれば言い訳のしようもありませんな」
ベルゲンは大笑いしながら懐から革袋を取り出すとその中身から聖銀貨八枚を取り出し机の上に積む。
「試す様な事をして誠に申し訳ございません。これが我々があの魔石につけた価値でございます。聖銀貨八枚、これでお譲り頂けませんか」
ジャックが俺の背中を叩く。交渉成立という合図だろう。
「わかりました、聖銀貨八枚、確かに受け取りました」
俺が聖銀貨を受け取ると交渉の様子を静観していたカリサが鈴を鳴らす。
すると、応接室の扉が開き、ギルドの職員が大きな無色魔石の塊を持って入室、そのままベルゲンに渡される。
「改めて見るとやはり素晴らしい逸品ですな。純度といい、大きさといい、四十五年この仕事を続けて初めて見る無色魔石の塊ですな」
ベルゲンは興奮冷めやらぬと言った様子で無色魔石を手に取り、眺め回している。
一頻り眺め回し終えたベルゲンは足元からまさに宝箱と言わんばかりの箱を取り出し、魔石を布に包んでしまい込む。そしてゆっくりと座席から立ち上がり手を伸ばしてきた。
俺はそれに応じてベルゲンの手を握り、握手を交わす。
「では我々はまた王都に戻らねばなりませんのでお先に失礼させて頂きます。我々ベルゲン商会は世界の各都市に支店を出しておりますので魔石の事でお困りならば是非宜しくお願い致します。それでは」
ベルゲンはそう言って部屋を出ると男達を連れてギルドを後にする。それを見届けたジャックは大きなため息をついていた。




