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第三十九話:死線を越えて

夜、皆が寝静まった頃に俺は目が覚めてしまった。

俺とアンリエッタ、そしてマリオンの三人は刃蟷螂の群れと限界まで戦い、アルフレッドとアリシアの二人に助けられて、ジャックに村まで連れ戻された所で力尽きた。

考えてみれば、討伐作戦開始から七刻程。ずっと走っているか戦っているかのどちらかだ。疲れ切って力尽きるのも無理もない。

 自分の姿を確認すると仮面もローブもそのままだった。恐らくジャックのお陰だろう。

 そういえばあの後どうなった。クリスは無事だろうか、殺人蟷螂(キラーマンティス)は討伐できたのだろうか?

 俺は寝かされていた簡易寝台から出て、自警団の詰所の中を歩いて回る。

別室に女性陣の部屋が用意されており、その中に小柄な黒のローブに俺と同じく仮面を付けた人の姿があった。…クリスは無事か。

 

 あの時、もしマリオンが治癒魔術を使ってくれなければきっとクリスは今頃死んでいただろう。今思えばこれこそがジャックの言っていた「無茶をするな」ということだろう。とんでもない思い上がりだった。

 俺は一体何をしていた?あの時俺は敵を斬ることしか考えていなかった。自分の事も、仲間の事も、何もかも過信していた。パーティーのリーダーである筈の俺が危険かどうかの判断もできないなんて言語道断だ。

 俺はこのままパーティーのリーダーでいいのだろうか。冒険者になり、Aランクの冒険者となり、歪魔獣(キマイラ)を倒し、俺は間違いなく、奢っていたのだろう。その奢りが今回の危機を招いた。自分の無力さに気付かされた。


 詰所を出て広場に出る。ベンチに座り、俺は月を見ていた。


 「――よう」


 後ろから聞こえる声に驚かされる。後ろに立っていたのはこの村の自警団の副団長、ジェイソンだった。


 「セオ、お前今悩んでたろ?」


 自分の名前を呼ばれて再び俺は驚く。――バレている。


 「最初っから解ってたよ。村中の大人達全員な」


 ジェイソンだけではない。村全体に最初からバレていたそうだ。


「じゃあなんで父さんはっ…!」


戻って来たのを咎めなかった理由を問い質そうとするとジェイソンに人差し指を口の前に立て言葉を制される。


「お前らは別に親に甘える為に戻った訳じゃ無いんだろ?ギルドの依頼を請けたから来た、その派遣先が偶々故郷だった、それだけだ。そうだろ?」


俺は黙って聞いているしか無かった。解っていて敢えて黙っていたのはカルマン村の皆が後ろめたいであろう俺達の気持ちを汲んでくれていたからだ。


「中身は知っていても冒険者の剣士テオドールと魔術師ヴァイゼとして来ているなら団長も文句は言えねえってな」


そう言ってジェイソンは俺に笑顔を向け太い腕を俺の肩に回した。


「まだお前は若い、色んな事に挑んで、失敗して、経験しろ。人生ってなぁ、物語みたいなモンでよ、こいつはお前の物語だ、お伽話なんかじゃねえ。何もかも上手くいって終わりの物語なんてつまんねえだろ?山があって、谷があって、色んな障害がこの先お前を待ち構えてる。時には回り道もするだろうな。それを誰しもがみんな乗り越えて物語を分相応に最高の形で終わらせようとしてんだ。ちとクサい言い回しになったけどよ、失敗を悔いて終わるんじゃねえ、生きて終わったんなら同じ失敗を繰り返さない糧にしろ、いいな?」


笑顔を止めて月を見つめながらジェイソンが語る。

気がつけば俺の頰には一筋の涙の跡が出来ていた。

ジェイソンは以降は何も言わず俺を詰所まで送り、最後に背中を軽く叩いて詰所を後にした。


今回の討伐作戦の失敗は教訓だ。功を焦る余りに自分だけではなく、仲間まで危険に巻き込んだ。二度と同じ過ちは犯さない。そう、強く胸に刻み込む。

---


朝を迎え、自警団に起こされた俺達は村中央の広場に集められていた。


「冒険者の諸君、昨日の討伐作戦はご苦労だった。村の自警団を預かる身として、深く感謝する。これより、領主モーリス・ノール・ワイナール様立会いの元、報酬の清算を始める」


自警団長である父、アルフレッドの挨拶が終わると

領主のモーリスが報酬の清算の前に壇上に上がる。


「昨日の討伐作戦、冒険者の皆さんのお陰で村の脅威となる存在が排除されたと、自警団長から報告を受けております。そこで本来の報酬金と別途、金貨を三枚を特別報酬としてお支払い致します。それでは皆さん、順に清算の方をお願い致します」


俺達は順に並び、魔物の耳などの討伐の証となる物を自警団長のアルフレッドに渡す。その隣で計算を行い、清算額をモーリスに伝えているのは妻のセリーヌだ。


やがて程なくして俺の番が回って来た為、討伐の証が詰まった大きめの皮袋をアルフレッドに渡す。

アルフレッドは手早く数え、セリーヌに数量を告げ、さらにセリーヌがモーリスに合計金額を伝え、モーリスが侍従に報酬金を用意させる。


「テオドールさん、此方が報酬です。金貨四枚、銀貨六枚、銅貨八枚となります。お確かめください。それと此方が特別報酬金の金貨三枚です」


俺は言われるまま、報酬金の枚数を確認し、受領証にサインする。

先程まで完全に失念していたが、今回の依頼で俺とクリスはマリオンと勝負をしていた。正直俺としてはもうどうでもよくなっていたが少なくともマリオンは違うだろう。ちなみにクリスの受け取った報酬は金貨四枚と銀貨八枚だったようだ。


最後に並んでいたマリオンが戻ってくると俺達の前に報酬金を広げて悔しそうに言葉を発する。


「…アタシの負けよ」


皮袋から出された貨幣は金貨四枚、銀貨二枚、銅貨七枚だった。それを見た俺達にマリオンが覚悟を決めたようにして続けて言い放つ。


「や、約束は約束よ!さぁ、煮るなり焼くなり好きにしなさい!」


俺とクリスは目を見合わせるとクリスから「兄様からどうぞ」と促された。俺は考える素振りを見せて「じゃあ…」と言いかけるとマリオンがゴクリと喉を鳴らした。


「迷宮探索に仲間として付き合って貰います。それもAランク指定の」


それに続けてクリスが命令を更に付け加える。


「但し、単なる文句はナシで、迷宮探索を成功させる為の意見は許可します」


そうやってクリスがマリオンに釘を刺すと、マリオンは全く想定していなかった命令に目を丸くしていた。


「なんで…なんでよ!あんなにひどい事言ったハズなのに!アタシを許すつもり?それとも屈辱感だけ残そうって魂胆?ハッ!舐められたモン…キャアッ!?」


捲し立てるように喚くマリオンの頰を叩いたのはクリスだった。クリスは真剣な眼差しでマリオンの顔を見つめ話す。


「私はマリオンさん、あなたに救われました。あなたがもしあの場にいなければ今頃は…」


俺がクリスの言葉に続ける。


「あの時、あの行動をあなたが取った時点で僕たちはあなたを許しています。だからこれは『命令』ではありません、あなたの実力を認めた上で、『お願い』しているんです」


マリオンは叩かれた頰を抑えて立ち尽くしていた。


---


(マリオン視点)


アタシは今まで人に認めて貰った事なんてなかった。生まれつき力の強かった私は鉱山族(ドワーフ)として致命的なまでに細かい作業が出来なかったのだ。親兄弟には不出来な子だと諦められていた。


結果として十五で里を出て、冒険者に身を投じ、それでもなお人と共存する事を拒み続けてずっと一人でやってきた。怖かったのだ。失敗して仲間となった相手に失望されるのを恐れていたのだ。


その時に治癒魔術の必要性を感じ、ハルモネシス皇国の修道院で光魔術の修行もした。魔族だった為に、周囲に寄り付く者もいなかった。故に集中して光魔術の習得に没頭できた。そして人に頼られる前に自ら禁忌を破り破門となり再び冒険者に戻った。


一人で仕事をしていれば失敗しても失望されるのはその時の依頼主だけ、仕事が終わればそれきりでいい。正直楽だった。だから今日までアタシは仲間を作らずに生きてきた。


勿論アタシを仲間に引き込もうとする奴もいたが、そいつらはただ単に回復役が欲しいとかそういう自己都合的な理由で勧誘してきただけ。中身なんてどうでもいいと思っているような連中ばかり。大抵は罵声を浴びせに浴びせて寄せ付けなかった。


だがこの子供達は違った。アタシの実力を認めた上で、さらにアタシが浴びせた罵声をも許して、真っ直ぐな眼でアタシを仲間に引き入れようとしている。


この子供達は少なくともアタシという中身を見てくれている。アタシの中にあった自分で作った分厚い壁が音を立てて崩れていったような、そんな気がした。


---


「本当にアタシなんかでいいの?」


最後までマリオンは自分を卑下した様に尋ねかけてきた。勿論俺の中でその問いに対しての返答は決まっている。


「あなただから『お願い』しているんです。寧ろあなたでなければ務まらないと思っています」


俺の中の一択しかない選択肢をそのまま言葉にすると、マリオンの両目から大粒の涙が溢れ出した。


「…セオドア、アンタはアタシに失望しないでよ…?もし…失敗しても…失望なんかしないでよ…?」


隠していた名前がマリオンの口から出されるが構うものか。どうせ中身はバレている。

俺は泣き噦るマリオンの肩に手を置いて「しませんよ」と、耳元で一言だけ、できる限り優しい声で囁く。マリオンは溢れ出す涙を抑えながらただうん、うん、と頷いていた。


この日、俺達は六人目のパーティーメンバーに『武装修道女(バトルシスター)』のマリオンを迎え入れる事になった。漸くパーティーメンバーが揃った、あとは迷宮の情報を集めて乗り込むだけだ。

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