第四十話:探索準備
エルダの街とカルマン村の往復は行きは五人と一人の一行だったが、帰りは六人での帰路だった。
「アタシ、実はパーティーで迷宮に挑むのって初めてなのよね、アンリとかジャックはどうなの?」
マリオンがアンリエッタとジャックにパーティーで挑む迷宮について問いかける。
「私もジャックもB級指定の迷宮は攻略はしてましてよ。そうですわね…外での戦い以上に隊列が重要、それは間違いないですわ」
「ああ、迷宮内はとにかくチームプレイだ。それでいて個々の実力もそれなりに無いとお話になんねぇ」
二人の回答にクリスが首を傾げる。
「でもジャックさん、戦闘は苦手なんじゃ…」
クリスがそう言うとジャックは口から歯を見せてニヤついた。
「俺は盗賊だからよ、罠対策で俺の力が活きるってわけさ!迷宮内には壁や地面に罠が張り巡らされてる。俺が先行してそれを見つけては先に対処しておくってわけさ。罠の中には転移罠なんてもんがあってな、引っかかると突然迷宮内の別の部屋に飛ばされて孤立しちまう。そうなると個人の実力でなんとかするしかねぇ。だから個人の実力が問われるって話なんだが俺が居ればその心配はしなくていい。俺、万年Bランクだったがそういうの得意なんだぜ?」
ジャックが自信満々に豪語するとアリシアがジャックに続く。
「特に昨今は魔道具で真眼の効果を持った眼鏡など、迷宮探索に役立つ魔道具も増えています。盗賊の方々の話を聞く限りでは迷宮の罠は大抵魔力を孕んだ物が多いそうで大半はそれで見つけられるのだとか」
「そう、勿論俺もそれを持ってるし、魔力に依らない罠の発見は任せとけ。伊達に長い事盗賊はやってねぇさ」
そう言ってジャックは親指を立てて自分を指す。ジャックの盗賊として行動能力は一定の信頼がある。頼りにしてるぞ、ジャック。
「とりあえずエルダに戻ったら迷宮の情報をカリサさんに聞いてみよう」
俺達は会話をしながらエルダへの帰途を急いだ。
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エルダのギルドに到着すると俺達は直ぐにカリサの元にを訪れていた。
「あらぁ、戻ってきたのねぇ、勝負の結果はさておき頼まれていた迷宮の情報集めておいたわよぉ」
そういってカリサはカウンターの中から数冊の資料を取り出し、数枚を捲りながら話し出す。
「殆どは最近踏破されたばかりねぇ。あ、でもこれだけはマクシミリアン帝国との国境近くで辺鄙な場所にあるから手はつけられてないわねぇ」
俺はカリサから一枚の資料を受け取る。迷宮の資料は一枚の紙だけ。場所の地図と第一層に棲息しているとされる魔物の名前、そしてその特徴が僅かに記されているのみだった。
「この迷宮、発見されてからもう二十年以上も経っているけれど未だに踏破されたって情報もないのよねぇ、どうにも発見された年はかなりの冒険者が踏破を目指したみたいだけれど、結局誰も踏破出来なくて次第に放置されるようになった、って話だわぁ」
「なになに…入り口から卵の腐った様な匂い、生息する魔物は巨大蛞蝓、食人葛、唾吐き蟻、か」
第一層の魔物の名前を読み上げるとアリシアが小さく手を挙げる。
「この魔物達、全て酸を吐く魔物ですね、装備を考えませんと…」
「装備が破壊される、か…金属はダメだな」
アリシアの発言にジャックが重ねる。しかし俺がその発言に異を唱える。
「いえ、俺の読みが正しければ銀製の武器なら使えると思います」
この世界には化学の概念があまり根付いていないようだ。俺は資料の「卵の腐ったような匂い」という点にピンときた。恐らく硫黄だろう。そして酸を吐く魔物だ、硫酸であるならば鉄製や革製の武具では溶かされてしまう。しかし、銅や銀、金で作られたものならば溶かされる事はほぼありえない。
一つ懸念があるとすれば、この世界に銀や金を溶かす硫酸と同じ匂いの酸が無ければの話だという点だ。また、仮に前世と同じ硫酸だとしても、高温の濃硫酸であれば銀も溶かされてしまうが、この世界には魔術がある。これも氷属性の魔力付与で対応できるだろう。アンリエッタとジャック、マリオンはやや訝しむが「やってみる価値はある」、と言うジャックの意見で二人も賛成したてくれた。
ここでマリオンが手を挙げる。
「アタシは武器を変えるわ、いいわね?」
突然のマリオンの宣言に驚くが、「迷宮内じゃこの大鎚は振り回せないわ」と、本人は言う。
的を得たマリオンの言う理由に全員が納得し、一通り装備の新調の話が纏まった為、中央街の武具店へと足を運んだ。そう、以前冒険者となって直ぐに装備を新調する為に訪れた武具店だ。
以前は冒険者と思われず一悶着あったが、この街で最も大きな武具店だ。商品の品揃えは一番だ。
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「これはこれは、セオドア様、クリスティン様、ようこそ…おお、これは錚々たる顔ぶれですな」
店主が俺達を出迎えると同時に少し驚きの表情を見せる。俺とクリスも今となってはそうだがジャック、アンリエッタ、マリオンの三人もこの街の冒険者としてはかなりの有名人だ。アリシアも最近この街を訪れたばかりとはいえ、こちらもAランクの冒険者。恐らくエルダの街のギルドとしては最高クラスの戦力である。
そういった人間が一同に揃っている。驚くのは無理もない。
「さて、今回はどの様な御用向きで?」
「全員の装備の新調です。銀製の武具、それともしあれば酸に強い素材の革があれば」
店主は俺の要望を聞くと途端に顔色を良くした。それはそうだろう、ほぼ全員の銀製装備だ、かなりの金額になる。だが俺達は以前アーリアル伯から受け取った報酬がある。十分な資金があるのだ。
店主は早速機嫌よく商品を見繕い始める。見た目とは裏腹に、軽く小躍りするかのような軽快な動きで商品を次から次へと並べ始める。
俺と、アリシア、ジャックは自分の使う装備を次々と並べられる銀製の武具を物色する。元々銀装備のクリスとアンリエッタはマリオンに付いて新しい武器を選んでいた。
「一通り、こんな所でしょうか。酸に強い革素材の商品といえば酸蜥蜴の革が有名ですが、今は取り扱ってませんな。もしかすると商業区の皮革店で取り扱っているやも知れません。そうですな、丸々三枚分もあれば全員分ご用意できましょう」
店主が話す内に、マリオンは武器を決めたらしい。手に持っているのは槌矛、そして凧盾《カイトシールド》と呼ばれる形状の盾、どちらも純銀製だ。
「じゃあ私はクリスとそちらを当たりますわね」
「兄様達はゆっくり選んでいてください」
マリオンの武器選びを終えたアンリエッタとクリスはそう言って武具店を後にした。
残った俺達は引き続き装備を物色し続ける。俺が選んだのは直剣と脛当て、チェストプレート。ジャックはダガーナイフとスティレット二本、それにチェストアーマーを。アリシアはショートソードを二本のみ。マリオンは先程の槌矛と凧盾に加え、プレートアーマーにタセットと呼ばれる短いスカート状の腰防具。全て銀製だ。
一通りの装備を決め、店主に金額を尋ねると直ぐに算盤を弾きだす。
店主は白金貨三枚と金貨三枚を要求した。俺が金貨袋から直ぐに取り出すと、店主は少し驚くと共にこれ以上ない程の笑みを見せていた。膨よかな体型と相まって実に幸せそうだ。
その後暫くの間、店内の商品を見ていると、クリスとアンリエッタが大きな緑と深緑の斑模様が入った既に鞣された巻き革を三束持ってきた。
「おお、これは酸蜥蜴の革ですな。わかりました、明日の夕刻までに仕上げましょう。あぁ手間賃は先程の代金に含めておきますので、ご安心を」
店主がそう言って従業員を呼び出すと若い女性の従業員が店の奥から飛び出してきた。それぞれ希望の形状を伝えて採寸を取り終えると、店主は「早速取り掛かりますので」、と酸蜥蜴の革を持ち、店の奥へと消えていった。
店から出て、全員でアンリエッタの屋敷へ向かう。荷物が多いのでまずは荷降ろしだ。
全員が店で買った物を片付けていると、マリオンが槌矛と盾を手にしてそれらをじっと見つめていた。
「どうしたんですの?」
アンリエッタがマリオンに声を掛ける。突然声を掛けられたマリオンは驚いて盾を取り落とした。
「い、いやー…勢いで買ったはいいけど今まで盾なんか使った事なんてなかったなーって…」
アンリエッタがそれを聞くとマリオンの両肩をしっかりと掴み、声を荒げた。
「何で早くそれを言わなかったんですの!いきなり盾なんか持ってもまともに使えるわけありませんわ!今から特訓しますわよ!よろしくて!?」
「ひゃ…ひゃい…」
アンリエッタはマリオンを物凄い勢いで揺さぶった。アンリエッタの剣幕と揺さぶりでマリオンは目を回しながら弱々しく返事をする。
アンリエッタがマリオンに槌矛と盾を持たせると、自身も盾と細剣を持って練兵場へマリオンごと担ぎ走り去ってしまった。俺達もあまりに一瞬の出来事で唖然として声を掛けることすらもできなかった程に。
何にしても俺達の中で盾を扱えるのはアンリエッタを除いて誰一人としていない。彼女だけしかマリオンに盾の扱い方を教えられる者はいない。ここは彼女に任せるしかないだろう。俺達は何もなかったのように荷物の準備を進めていた。
明日の夕刻、武具店に酸蜥蜴の革製の道具を受け取れば、凡その準備が整い、いよいよ迷宮へ挑戦となる。しっかりと準備を整えて挑まねば。




