第三十八話:激戦の森
最早そこは樹海だった。カルマン村の南の森はアトラシア山脈の麓であり、強力な魔物も少数であるが存在する。その為カルマン村の自警団もここまでは足を踏み入れることはない。故に道という道は無く、何かしらの獣が踏み固めた獣道が存在するだけだ。
刃蟷螂の縄張りの中、俺とクリス、アンリエッタ、そしてマリオンの四人はその奥へと歩を進める。時折少数の刃蟷螂が現れるが討ち取ってはすぐ森の奥へと進んでいく。
半刻程歩を進めるとそこには巨大な蟷螂が鎮座している。その後ろには大きな土の塊のような物が巨木に張り付いていた。
巨大な蟷螂にはその体躯に見合ったまるで片刃の騎士剣の様な鋭利な二振りの刃を携えている。刃蟷螂の成体、殺人蟷螂だ。
殺人蟷螂は俺達の存在を認めると少女の叫び声のような金切り声を上げる。それと同時に木立の陰から、茂みの中から、樹木の上から、大量の刃蟷螂が姿を現した。
あっという間に俺達は刃蟷螂の群れに囲まれた。殺人蟷螂は動く気配は無い様だ。恐らく子供達に俺達を狩らせるつもりだろう。
気がつけば俺達はクリスを囲むような形の陣形となり、クリス以外、全員が背中を合わせている状態となっている。
俺の頬には冷や汗が流れていた。そして俺はマリオンに声をかける。
「なぁマリオン、ここは共同戦線といかないか?流石に数が多すぎる…」
マリオンも大鎚を構えたままそれに賛同する。
「あら、奇遇ね。私も同じ事を考えてた、まずは回りの掃除かしら」
マリオンとの共同戦線が決まった所でクリスが全員に呼びかける。
「数秒時間を稼いで下さい!氷魔術で動きを鈍らせます!」
クリスの声を皮切りに刃蟷螂の大群が押し寄せる。
マリオンが槌を振るい、アンリエッタが細剣と盾で刃蟷螂を食い止める。俺も薄氷を纏わせた両手の剣で刃蟷螂を薙ぎ払う。
「威力を抑えて…周囲の温度を下げる程度の威力…」
クリスがその中央で呟きながら魔力を集中させる。
その瞬間マリオンが振り回す槌の隙間を抜けてクリスに刃蟷螂が襲いかかる。しかし、クリスは魔力の集中を止めない。アンリエッタがカバーに入るも間に合わず、クリスの脇腹に刃蟷螂の刃が深々と突き刺さる。
「くぅッ…!…大吹雪ォォ!」
クリスは腹を貫かれ、口から血を吐きながら氷魔術を放つ。それと同時にカバーに入り損ねたアンリエッタがクリスに襲いかかった刃蟷螂の脳天を貫き、腕を落とす。
クリスの放った氷魔術が周囲の温度を大きく下げそれに伴い大量の刃蟷螂は動きを大きく鈍らせる。
マリオンがクリスに駆け寄り大きな声を上げる。
「セオドア!アンリ!アンタ達は周りの刃蟷螂を食い止めて!この子はアタシが治療する!」
クリスは刃蟷螂からの攻撃で深手を負いその場に蹲っている。俺達はマリオンの声に従い、マリオンとクリスの二人を守るようにシフトした。
大きく動きを鈍らせた刃蟷螂を食い止めるのはそう難しくなかった。俺とアンリエッタは次々に押し寄せる刃蟷螂を薙ぎ倒していく。その後ろでマリオンの声が聞こえる。
「ちょっとアンタ!まだ死ぬんじゃないわよ!もう少し我慢しなさい!」
マリオンが虚ろな眼をしたクリスを抱き、声をかける。その手には白い光が宿っている。マリオンがクリスの脇腹に刺さる刃を抜くと同時に赤黒い血が吹き出す。それと同時にマリオンが輝く手で出血を抑えながら詠唱を始めた。
「――大いなる光よ 深き傷を負い 倒れんとする者に 癒やしの抱擁を!集中治療!」
マリオンの詠唱が終わると同時にクリスの脇腹の出血が止まる。クリスは刃を抜いた瞬間の出血のせいかぐったりとしている。マリオンがクリスの頬を叩いた。クリスはそれに反応したのか小さく呻いていた。
「大丈夫!生きてるわ!とにかくこの子が起きるまで三人で対応よ!」
マリオンが再び大鎚を手に立ち上がり、動きを鈍らせたまま押し寄せる刃蟷螂達を薙ぎ払う。周囲はクリスの放った氷魔術によって発生した雪がちらついていた。
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半刻程戦っていただろうか。周囲を囲んでいた刃蟷螂達は数を大きく減らしていた。開戦直後は周囲を埋め尽くしていた刃蟷螂達はかなり疎らになっていた。そして俺達も全員が息を切らしている。それを見下すように殺人蟷螂は動かず鎮座している。
雪が収まりつつある。恐らく大吹雪による温度の低下はじきに終わるだろう。そうなればまた刃蟷螂達の動きが活性化する。そうなればまた苦しい展開となるだろう。
「はぁ…はぁ…流石に厳しいですわね…!ここまで多いとは…!」
「くっそ…はぁ…まだ殺人蟷螂も残ってるのに…!」
「ぜぇ…ぜぇ…泣き言行ってる…場合じゃないわよ!早く…刃蟷螂を片付けないと…あの子の魔術が切れるわ!」
勿論ここまで全く無傷だったわけじゃない。アンリエッタが肩を斬られたり、俺も体中に傷を負った。その度にマリオンが回復に走る。その隙を突かれてマリオン自身も傷を負うこともあった。
「キイイイイィィィィ!」
殺人蟷螂が再び叫び声を上げると同時に残っている刃蟷螂が一斉に威嚇を止めて押し寄せてきた。
残っている力を振り絞り、俺達三人は刃蟷螂の群れを捌く。しかし徐々に限界が近づくのが解った。
「最後の…一匹ィ!」
マリオンが大鎚で渾身の一振りを放つ。その打撃を受けた刃蟷螂は全身を砕かれその場に飛び散った。振り抜かれた大鎚の重さに引っ張られマリオンが蹌踉めく。
その頭上にはいつの間にか動き出していた殺人蟷螂の凶刃が振り上げられていた。
「マズッ…」
マリオンに殺人蟷螂の凶刃が振り落ろされる。しかしそこには血の一滴も飛ぶことはなかった。
黒尽くめの人影が両手に握った直剣で殺人蟷螂の刃を受け止めていた。
「遅くなって済みません。どうにか間に合ったようですね」
目の前に立つのは仮面の女性、アリシアだ。そしてアリシアの後ろでゆっくりとクリスが体を起こす。
薄暗く、よく見えはしないが、黒のローブが血に塗れ、妙な艶を放っている。
「…マリオンさん、助かりました。今度は…私達が戦う番です!」
そしてさらに俺達が通ってきた獣道から二人の男が訪れる。
「ジャック、三人を下げろ。ここからは私も戦おう。」
「了解。おい、マリオン、アンリエッタ、テオドール、大丈夫か?」
ジャックが俺達三人を起こし、来た道へと引き返す。
「無茶しやがってバカ共!…とにかく強力な助っ人を呼んできた、『流星』を連れてきたぞ。選手交代だ」
俺達は素直にジャックに従い、戦線を離脱した。
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(クリスティン視点)
私はマリオンさんに救われた。間違いなく致命傷だったはずだ。正直死を覚悟したけれど、まだ生きてる。その後は気を失っていたけれどそのお陰でほぼ万全。私はまだ戦える。
この場にいるのはアリシアさん、それに父様、『流星』のアルフレッドだ。
父様が私達に声をかける。
「アリシア、だったか。娘を護ってやれ。前衛は私がやろう」
アリシアさんが静かに頷く。二人のやり取りはまるで旧知の仲のような、即席のパーティーとは思えない動きだった。
父様が殺人蟷螂の大鎌を次々と捌く。さらにその後ろへは通すまいとアリシアさんが追従し、殺人蟷螂の動きを追い続けていた。いつしか私の放った大吹雪の効果は失われており、舞い降っていた雪が止んでいる。私も見ているだけじゃない、援護をしなければ。
「氷結晶!」
周囲の温度が再び下がり、私は頭上に無数の氷の塊が発生させる。氷の塊が頭大の大きさまで大きくなると、殺人蟷螂に目掛けて次々と氷塊を撃ちだした。
殺人蟷螂は体をくねらせて氷の塊を回避するが、父様の攻撃を重ねられて動きを止めた瞬間、次々と氷の塊が直撃する。直撃した氷の塊は着弾と同時に砕け散り、殺人蟷螂の体を局所的に凍らせ動きを鈍らせた。
それと同時に父様がさらに攻撃を加速させるが、殺人蟷螂は両腕の鎌を巧みに操り父様の剣戟を捌く。
さらに父様の剣戟を捌きながら殺人蟷螂が金切り声を上げ、増援の刃蟷螂が現れ、取り囲まれるが、最初に比べ数はかなり少なくなっている。恐らくこれが最後の増援だろう。
アリシアさんが私の側に戻り両手の剣を広げて持ち刃蟷螂の侵攻を食い止める。そして再び父様が殺人蟷螂と斬り結びながら声を上げた。
「此方は気にするな!そちらは周りの刃蟷螂に専念しろ!」
父様がそう言っている間に周囲の刃蟷螂が飛びかかってくる。私の後ろではアリシアさんが応戦しており、私は正面の刃蟷螂の相手だ。飛びかかってきた刃蟷螂を両手から放つ放電撃で次々に迎撃し、背後のアリシアさんも両手の直剣で次から次に刃蟷螂の首を落としていく。
父様の背後からも迫るが、父様は背中に眼でもついているかのように襲い掛かってくる瞬間に剣を振り払い刃蟷螂を迎撃する。三十体もいなかった刃蟷螂は瞬く間に殲滅した。残るは殺人蟷螂だけだ。
父様とアリシアさんが二人で殺人蟷螂に斬りかかる。それぞれの剣を片腕の鎌で受け止めるがその鎌を弾かれ両腕を開いた。続けて斬りかかる二人の剣を再び受け止めようとするが、すかさず私が魔術を放つ。
「雷撃!」
雷に打たれた殺人蟷螂が動きを止める。そして二人の剣戟が殺人蟷螂の両腕を肩から落とした。
得物を失った殺人蟷螂が後退りする。その後ろには茶色の塊。
「コイツは卵を護っていたのか」
「はい、恐らくは」
卵を庇うように殺人蟷螂が後退りを止めて立ち塞がる。そして二人は丸腰の殺人蟷螂に剣を突き出す。
「コイツには悪いが、これ以上は村に危険が及ぶ。可哀想だが、ここまでだ」
二人の剣戟が殺人蟷螂の頭と胴をそれぞれ両断する。
その後、木から斬り落とされた殺人蟷螂の卵鞘と周囲の刃蟷螂の死骸を私が炎魔術で焼いた。
気がつけば陰の一刻。夕闇の森の中、魔物の討伐作戦は終了した。




