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第三十七話:蟷螂の巣

 (セオドアサイド)

 

 作戦開始から五刻が経過、作戦終了まで残り三刻となる。

 現在の討伐状況は豚鬼(オーク)四十三、小鬼(ゴブリン)百二十五、森林狼(フォレストウルフ)五十八、野闘牛(ワイルドブル)十三、弾頭猪(ブリットボア)にも遭遇しこれは八体を撃破している。


 主に森の北半分で動いていたがそろそろ魔物の数が少なくなり、群れでの遭遇が無くなったため、森の南半分へと移動している所だ。

 森の茂みの中から人影が飛び出す。俺は身構えた。そこに現れたのはジャックだ。


 「ああ、ジャックさん、どうしたんです?いきなり出てくるから魔物かと思いましたよ」


 俺は構えを解きジャックに声をかける。よく見るとジャックの腕に深くはないが切創があった為治癒魔術をかける。


 「おう、ありがてえ。セオ、南側に行くんだろ?気をつけな、南側に刃蟷螂(ブレードマンティス)の巣があった。今の傷もうっかり巣に足を踏み入れて襲われた傷だ」


 ジャックの口から出た魔物の名前は今までこの森にはいなかった魔物だった。


 「刃蟷螂は王虫種の魔物で殺人蟷螂(キラーマンティス)の幼体だ。刃蟷螂はせいぜいC~Bランクってとこだが、成体の殺人蟷螂は最低でもA-ランクの強さだ。少なくとも巣の中にいると見ておいたほうがいい、刃蟷螂の数もかなり多いみたいだしな、俺はこれから他の四人にも伝えに行く」


 俺だけに教えてくれる情報ではないようだ。その事について尋ねるとジャックは据えた眼で俺を諭しはじめた。


 「あのな、お前とクリス、マリオンにとっちゃ勝負かも知れねぇが、その前にコイツは討伐依頼だ。俺達は冒険者として依頼を請けた以上、これを確実にやり遂げる義務がある。危険度の高い魔物は特に仕留めなきゃならねぇ。それにパーティーの仲間が一人で無茶して「死にました」ってわけにゃいかねぇだろ?お前らが依頼の中で勝負すんのは勝手だが冒険者として、パーティーの一人として、そんくらいの意識は持って貰わんと困るぜ?」


 ジャックの言葉は尤もだ。勝負が絡み、そういう部分にまで気が回っていなかった。冒険者としてのランクで言えばジャックのほうが下にはなるが、冒険者としてだけ言えばジャックは大先輩だ。周辺の魔物の強さも相まって俺は慢心していたのだろう。俺はジャックに気付かされる。


 「すいません、俺、多分慢心してました。でも勝負を捨てるつもりもありません。無茶はしませんが俺は行きますよ」


 俺はそう言うとジャックは諦めるかのように肩を落とす。


 「まぁ止めるつもりもねぇけどよ、とにかく功を焦って死ぬようなことは止めてくれよ?お前はこのパーティーの要だ。ヤバイと思ったら一目散に逃げろ。いいな?」


 ジャックはそれだけ言うと「じゃあ他の奴らにも伝えに行くからな」と言って森の北側に走っていった。

 

 ---


 (マリオンサイド)


 アタシは焦っていた。現在の討伐状況は豚鬼三十一、小鬼八十三、森林狼三十九、野闘牛二十一。

 他の二人の討伐状況はわからないが、最初の遅れを考えればアタシ以上の討伐数であることは間違いない。北側から東側に移動してみたけれど魔物の数は疎ら、さらに既に耳を削がれた魔物の骸が集められた場所が幾つか見受けられる。明らかに誰かがこの場所で魔物を討伐して回った痕跡だ。

 そんな中、黒尽くめの人影が魔物の骸を焼いている所に遭遇する。アリシア…だったか?


 「これは、マリオンさん」


 あちらもこちらに気付いた様だ。表情こそ仮面で解らないが、彼女は驚いた様な様子でこちらを向く。

 アリシアは勝負とは関係ない。故に話す事も特にない。アタシがその場を立ち去ろうとするとアリシアに呼び止められる。


 「マリオンさん少しお待ちを、南側に行かれる様ですね?」


 アリシアに呼び止められてアタシは立ち止まる。


 「南側に王虫種らしき魔物の巣があるようです。私も周辺の魔物の死骸を焼いてから向かいますが気をつけてください。王虫種はとにかく物量で攻めてきます、無茶はなさいませんように」

 

 いい事を聞いた。魔物の種類にも依るが王虫種は一つの群れがとんでも無く多い。それを狩れればかなりの討伐数になる。一刻も早く向かわねば。


 「礼は言わないわよ?」

 「ええ、ですが危険な魔物かも知れませんので無茶だけはしないでくださいね」


 アタシの不躾な返答に柔らかい物腰でアリシアは答える。どうも調子が狂う。とにかく急がないと。

 アタシは魔物に火をかけるアリシアを背に森の南へと駆け出した。


 ---

 

 (クリスティンサイド)


 作戦開始から随分時間が経った。私の現在の討伐状況は豚鬼六十二、小鬼百八十三、森林狼二十三だ。

野闘牛にも遭遇したが、こちらは村の貴重な食料になるため手は出していない。特に村にとって害となる豚鬼と小鬼を主に討伐していた。兄様やあの女はどうだろうか。兄様の事だから少なくとも私と同じ位は討伐しているだろう。問題はあの女だ。作戦開始から少しして北側で倒木の音がしていた。ジャックさんにそんな芸当は出来ない筈だから恐らくあの女の仕業だろう。

 私が切り株に腰をかけて休憩をしているとアンリエッタが後ろから声をかけてくる。


 「随分張り切っているみたいですわね、クリス。私の獲物が中々見つかりませんでしたわ」


 アンリエッタは退屈そうにため息を吐いていた。私はそれを見て少し微笑んだ。


 「魔力を使いすぎたって様子でも…なさそうですわね。ちょっと一休み、…ってところかしらね?」


 そう言って彼女も私の後ろに腰掛ける。


 「ええ、私は兄様程動き回るのは得意ではないので。ちょっと歩き疲れました」


 そう言うとアンリエッタも薄く笑っていた。


 「ウフフ、本当にあなたってセオドア様の事が大好きなのね。これは中々籠絡するのが難しそうですわ」


 アンリエッタが茶化す。先日エルダで彼女は兄様に告白していた。この女は私から兄様を奪おうとしている。


 「兄様が仮にアンリエッタさんを好きになっても私はそう簡単に認めませんからね?」


 私は兄様の妹である以上、どうやっても兄様と結ばれることは出来ない。だからと言ってどこの馬の骨ともわからない女に兄様を取られるのも許せない。確かにアンリエッタとはエルダに来てそれなりの期間、冒険者として行動を共にしているがまだ認めるほどではない。


 「フフ、肝に銘じておきますわ。ところでクリスはこれからどうするんですの?」


 アンリエッタは話を切り上げて、この後の動きについて話題を変える。


 「そうですね…南側にまだ行ってませんので、これから南側の討伐に向かうつもりです」

 

 「じゃあ同行させて貰おうかしら?あなたもマリオンと勝負しているから、討伐証は全部あなたにあげますわ」


 恩を売るつもりだろうか、ただアンリエッタとしてもマリオンに対していい印象を持っている様には思えない。彼女がどこまで考えているのかは慮りかねるが、少なくとも未知の魔物との直接戦闘に於いて彼女の防御能力は私にとっては頼りになる。その点だけ言えば間違いなく私は彼女の事を認めている。私は彼女の同行を許す。


 「じゃあ折角なので私もアンリエッタさんに機会を与えます。しっかり護ってくださいね?」

 「ええ、任せて下さいまし。セオドア様の妹ですもの、必ず護ってみせますわ。


 素直じゃない言葉で返すが、アンリエッタも笑顔でそれに返答した。


 ---


 南側に到着すると直ぐに大きな蟷螂達が行く手を阻む。彼らの鎌はそう大きくはないものの、鋭利な短剣のように研ぎ澄まされていた。足元にはいくつか小鬼や豚鬼のものと思われる骨が転がっていた。恐らくこの大きな蟷螂の縄張りに迷い込んだ哀れな犠牲者だろう。

 

 「早い上に、数が多い。囲まれないようにしなきゃな…」


 現れた蟷螂達は一様に両腕の鎌を拡げこちらを威嚇している。その後ろでは別の蟷螂達が忙しなく動き回り、此方の背後に回ろうと機会を伺っているようだ。ゆうに十五体はいるだろう。


 その中の一匹が前に出て此方に斬りかかってくる。懐に入り鋭利な刃を躱した上で蟷螂の首を落とす。しかし首を失った蟷螂はそのまま振り下ろした鎌と逆の鎌で此方を薙ぎ払う。鎌を短剣で受け切った所で蟷螂は動きを止め、その場に伏せた。


 「虫の生命力は本当に強いな…頭を落としても直ぐには倒れてくれない、か…」


 相手は王虫種、確かガイドブックにいくつかの弱点を持っていると書いてあった筈だ。確か炎は効く筈だがここは森林地帯だ。炎は使えない。


 「魔力付与(エンチャント)氷刃(アイスエッジ)!」


 両手の剣に薄氷を纏わせる。その隙を突こうと新手が飛びかかってくるが両手の剣で鎌を受け止めると受け止めた鎌に込められた力が弱まった。そのまま鎌を振りほどき間合いから退く。

 攻撃を仕掛けてきた刃蟷螂は明らかに動きが鈍くなっている。今度は此方から仕掛けた。刃蟷螂は攻撃を受け止めようとするが、剣速に追いつけず首から胴へ袈裟に切り裂かれた。残った片腕からの攻撃を警戒するが、鈍った動きから鎌が振り下ろされる様子はない。恐らく弱点だろう。冷却された王虫種は動きが著しく鈍る。本来ならば致命傷を受けてもなお、一撃は仕掛けてくる程に神経伝達が遅れる。だが体が冷却されるとそれについていけない程、体の動きが鈍くなるのだ。その為、反撃をする事もできずに絶命する。

 魔力付与を行ってからの刃蟷螂は取るに足らない相手となった。次から次へと刃蟷螂を斬り捨てては鎌を削ぎ集めていく。それを繰り返していると途中で叩き潰された刃蟷螂と氷像となった刃蟷螂を発見する。どちらも右の鎌だけが無い。その撃破方法を見るにクリスとマリオンの仕業だと確信した。成程、氷像にしてしまえば動くことは出来ないし、完全に胴を叩き潰せば反撃の心配もない。そんな事を思いつつ森の更に奥へと歩を進める。

 そこで俺はクリスとアンリエッタ、そしてマリオンと合流した。


 「兄様、無事でしたか?」

 「セオドア様、恐らくこの先に…いますわ」


 俺に気付くなり、二人が声をかける。俺もそれに簡単に答えた。アリシアとジャックはここにはいないようだ。


 「結局アンタもこっちに来てたのね。ホント不愉快だわ」


 マリオンは相変わらず此方を見るなり、悪態をついてくる。


 「この先に殺人蟷螂がいる可能性が高い、心してかかろう」


 ジャックの情報によれば最低でもA-ランクの魔物、油断はできない。それに加え、恐らくかなりの数の取り巻きもいるだろう。クリスとアンリエッタは素直に頷く。マリオンは相変わらずそっぽを向いているが彼女も奥へと行くつもりらしい。


 俺達四人は薄暗い森の深奥へと足を進めた。


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