第三十話:宣戦布告
エルダの街に帰還した。まず俺達は冒険者ギルドを目指す。
ギルドに戻り、マスターに報告を済ませ、その場でギーシュから報酬を受け取る。
「いいんですか、こんなに貰って。調査もしっかり出来なかったんでしょう?」
ギーシュが渡した金貨は三枚ではなく五枚だった。本来なら完遂扱いにはならないだろう。失敗で報酬無しとまではいかないだろうが報酬を減らされて然るべきだ。
「いえいえ、確かに生態は調査出来ませんでしたが戦闘能力は見せていただきましたし、あの後死骸を調査出来ましたので、本来の目的とは異なりますが、十分成功と言える内容です。それにいいものを見せて貰いましたのでおまけさせていただきました。しっかりと護衛も果たして頂けましたので私としては何も言うことはありませんよ」
ギーシュは手に持った調査用のメモをめくりながら嬉しそうに話す。
「ああ、そう言えばあの個体ですが…恐らく特異な個体と思われます。大魔大陸の資料と比較してもかなり大型でしたし、魔術まで使っていました」
実際に資料を見せてもらったが確かに魔術を使うという記述は見当たらない。それにサイズも一回りか二回りは大きいようだ。
「そこで一つ仮説もできました。稀に此方の大陸まで渡ってくる個体に関して、縄張りである白蛇山脈から追われた個体なのでは、と」
ギーシュが指を立てる。そしてこう続けた。
「群れの中で変わった個体や強すぎる個体は稀に群れから追われることがあります。おそらく今回の個体もそういった個体なのではないかと考えています。実際に本来の魔物の分布とは明らかに異なる魔物がいますが、そういった個体は極少数で得てして強力であったり、特殊な進化を遂げていることが殆どです。故に今回も同じ様な例ではないかと考えています。今回の個体、恐らくS-かSランクと言ってもおかしくはない強さだったかと」
なるほど、所謂RPGで言う所のレアモンスターやネームドモンスターと言われる様な個体か。そう言われれば合点がいく。
「しかし、今回の調査で私も少し魔術について興味が沸いてきました!今後はそちらの研究もしてみたいと思います!またお会いしましょう!その時はまた調査をお願いするかもしれません!それでは!」
ギーシュは最後に鼻息を荒げて別れを告げ、走り去っていった。研究の虫とでも言うべきだろうか、新たな研究対象を見つけて目を輝かせていた。
「でも凄いわねぇ、報告を聞く限りじゃあ私の目から見てもS-はくだらないヤツよぉ」
後ろから聞こえるのはギルドマスターの声だ。今日も相変わらず妖艶な雰囲気を醸し出している。
「登録をした後だから飛び級は出来ないけれど、アンリエッタちゃん以外は全員ワンランク上げてもよさそうねぇ」
そう言ってギルドマスターが新たな徽章をカウンターから取り出した。
「ありがとうございます。でも何故アンリエッタさんだけはそのままなんです?」
アンリエッタは確かに一人だけA+ランクの冒険者だが、それだけの個体を討伐したパーティーメンバーだ。一人だけ据え置きというのは納得の行かない話だ。俺が納得の行かないという顔をしていると、そこにアンリエッタが割って入る。
「S級に上がる為の必須条件としてA級以上に指定されている迷宮の踏破が必要ですの。私はまだ迷宮へはB級までしか行っておりませんから据え置きなのは致し方ないことですのよ?」
成程、ギルドの仕事ばかりしているだけではS級には上がれないということか。超一流の冒険者として認められる為には迷宮を踏破する必要がある、か。
「迷宮は危険度が段違いだから同ランクの迷宮の踏破はそのままワンランクの昇格が認められているわぁ」
ギルドマスターが迷宮の踏破について補足説明をする。迷宮か…。試してみるのもいいかも知れない
「取り敢えず、セオドア君にクリスちゃん、あとジャック、これは受け取っておいて頂戴ね」
そう言われ俺達はそれぞれ徽章を受け取った。
「十数年ぶりか…まさか俺が…Aランクの冒険者になれるなんてよ…」
万年Bランクと言われていたジャックだ。年齢ももう四十二になる。既に本人では諦めていたのだろう。喜びを噛み締めている様子が見て取れた。
その日の夜、ギルドの酒場では大きな酒宴が開かれた。主役は勿論、俺達だ。特にジャックは顔なじみが多いせいもあって猛烈な洗礼を浴びていた。
「てめぇジャック!なーにが『俺達は一生Bランクの冒険者』だぁ?しっかり勝ち馬に乗りやがって!」
「どうやってセオを口説き落とした!言え!言わねぇと飲ますぞ!」
「ジャックさぁ~ん、私もAランクの冒険者にしてぇ~」
殴られたり、飲まされたり、色仕掛けを受けたりと、ジャックは散々な事になっている。勿論俺達も例外ではない。
「セオ!今度はジャックの代わりに俺達を連れてかねぇか!ジャックより役に立つ自信はあるぜ!」
「せ…拙者がクリスちゃんを守ってみせるでござる…お…お義兄様…よ、宜しくお願いします…!」
「ねぇセオドアくぅ~ん、お姉さんと今度一緒に"冒険"しなぁい?」
正直鬱陶しい。待て、誰が「お義兄様」だ!てかこの世界にもお前みたいなタイプいたんだな!?
む、胸を体に押し付けるな!その"冒険"、絶対別の冒険だろ!
酔っぱらい達に囲まれてそんな事を思っているとクリスもやはり絡まれている。
「クリスちゃん、どうだい?今度俺と一緒に冒険に行かねぇか?魔導師が必要でよ」
「なんなら兄貴も一緒でいいぜ?Aランク二人なら俺達としちゃあ大歓迎だ」
「なぁに変な事はしねぇからよ?なぁ、考えちゃあくれねぇかい?」
クリスの方は勧誘ばかりか。流石に成人前の女の子に襲いかかる程落ちぶれてはいないだろうが怪しそうな奴も数人いるにはいる。だがクリスは「お断りします」とピシャリだ。
程なくして「セオドア様」と声を掛けられる。その声の主は桃色のウェーブのかかった髪の長身の美女。アンリエッタだった。
「少々騒がしくなってまいりましたわね。少しお外へ行って落ち着きませんか?」
確かにちょいちょい酔っぱらいに絡まれる為、鬱陶しく感じていた所だ。俺はアンリエッタに誘われるまま酒場を出ることにした。
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俺達は中央街を見渡せる防壁の上にいた。
「月が…綺麗ですわね…」
アンリエッタの言葉に前世の某文豪の言葉を思い出す。当然この世界にそんな言い回しはないので素直に俺は返す。
「ええ、とても…」
暫く無言が続く、――というよりこんな場面で騒ぐのも無粋だ。それぐらいの分別は俺にもある。
そうしているとアンリエッタから口を開く。
「私、一年程前に冒険者を一度辞めたつもりだったんですの…」
俺は敢えて自分から口は開かず黙ってアンリエッタの話に耳を傾けた。
「本当はSランクの冒険者になるつもりで迷宮へ挑戦していたのですが…その時に愛する人が命を落としましたわ…それで…」
アンリエッタの目から一筋の涙が落ちる。
「冒険者としての心の支えだった人を失って…冒険者を続ける気力を失ったんですわ…ただ、このまま独りで生きていく訳にもいかない…だったら貴族の妻にでもなってしまおうって…でもそんな時にセオドア様達が現れたのですわ…」
アンリエッタが冒険者を辞めようとしていたのはその為か。そして貴族にでも娶ってもらおうと、どうやら自暴自棄になっていたらしい。
「ただもしセオドア様が私より弱ければあの時点できっぱりと諦めよう、と考えていたのですわ。ですがセオドア様、あなたが私より強かった。そんな人が私の力を必要としてくれていると知り、もう一度頑張ってみようと…」
アンリエッタの涙がぼろぼろと零れ落ちる。無下に断るわけにもいかない。こういう時、男ってのは得てして女の涙に弱いものだ。
「僕がその人の代わりになれるかは解りません。ですが、僕にとってアンリエッタさんは、貴女は頼りになる女性です。ですから、パーティーとして…これからも付き合っていきましょう。」
俺はこういった時の語彙力は稚拙だ。相手にとって当たり障りのない言葉を選ぶのはどうしても神経を使う。少なくともまだ俺はアンリエッタに対してそういった感情は持てていない。だがもし本当に持った場合は必ず俺から話したいものだ。
アンリエッタは目を擦り涙を拭う。
「フフ…ええ、此方こそ、お願いしますわね…。そしていつかきっとセオドア様を振り向かせて見せますわ…!」
アンリエッタは目を赤く腫らし、笑顔でそう答えた。
「あと…恐らく後ろで怖い顔をしている妹さんにも認めて貰う必要がありそうですわね…」
後ろを見るとアンリエッタが言うようにじっと此方を睨むクリスの姿があった。
妹に愛されるのは嬉しいが俺にはちと荷が重い。クリスはクリスでいい男を見つけてほしいものだ。勿論俺も試させてもらうが。
アンリエッタの宣戦布告を受け、そのまま二人を連れてギルドに戻る。宴は主役が居なくなったことで既に終了していたらしい。
「あれ、ジャックさんは?」
「ああ、アイツなら冒険者の女連れて出ていったよ。今頃どっか宿でも取ってしっぽりやってんじゃねぇかね」
ジャックは戦闘と魔術はダメと言っていたがこういうだらしなさを見る辺り私生活もダメ男のようだ。
「本当に最低のクズ男ですわね」
「ええ、本当です」
「ああ、見損なった」
俺達の中でジャックという男の評価が大きく下がった瞬間だった。




