第二十九話:大魔術
現状は窮している。
歪魔獣が繰り出した渾身の突進は最大の盾役であるアンリエッタを吹き飛ばした。
加えて、その回避の為に陣形も乱されている。一番の問題は突き抜けていった歪魔獣が後方に突き抜けていった為に、護衛対象であるギーシュと戦闘能力に難のあるジャックが最前列となっていた。
「うおおぉぉぉぉ!逃げろおおおぉぉぉ!」
「うわあああぁぁぁぁ!」
歪魔獣がギーシュとジャックに狙いを定め、大きく上空へ飛び立った。
ギーシュとジャックは此方へ走る。逆に俺はギーシュとジャックと入れ替わる様に前へと出る。
上空から歪魔獣が滑空を始める。先程は上空で竜巻に絡め取られ、落とされたが今度は勢いがついている。通常通りの竜巻では止まらない。その巨体がギーシュとジャックに狙いを定め加速する。
「土壁!」
クリスが土壁を発生させるも突進はそれを易易と粉砕する。ジャック達と歪魔獣の間に割って入る。
そして魔素を注いだ短剣を歪魔獣の頭へと放った。そう、アンリエッタの動きを止めた魔導具の短剣だ。
魔導具の効果はあった。全身を凍てつかせた歪魔獣はそのまま地面を抉りながら地面を滑っていく。ジャックとギーシュは別れて逃げる。
「腕力強化!」
これでまだ倒れてはくれないだろう。再び起き上がるであろう歪魔獣を見据え、自己強化魔術を使用する。
歪魔獣を包む氷に亀裂が走る。数秒の足止めにはなったが、現状の問題はまだ続く。アンリエッタはまだ立ち上がらない。致命傷でなければいいが。
剣を構える。まともに戦える程の力はないが諦めるわけにはいかない。
「…ガアアアアァァァァ!」
氷を砕きながら歪魔獣は再び咆哮を上げる。空気が震える。空気の振動を通じて体が痺れる。
歪魔獣は俺に向けて走り始めんとする。
その瞬間横から細剣が横から飛び、歪魔獣の首に突き刺さった。
細剣が飛んできた先には、兜を脱いだ鎧に身を包む美女が立っていた。アンリエッタだ。
その手には大盾が、槍が。彼女の得物がしっかりと握られていた。
「大丈夫です!セオドア様!ギーシュさんが治癒魔術のスクロールを持っておりましたので!私は健在です!」
アンリエッタが存在を主張するように声を張り上げる。彼女が生きている事を確認し俺は胸を撫で下ろした。
歪魔獣は忌々しげにアンリエッタの方を振り向き狙いを変える。
その瞬間クリスが大きな声を上げた。
「皆さん!とっておきを使います!時間を稼いで下さい!」
クリスの声に反応する。断る理由など無い。
「わかった!」
「了解しましたわ!」
「俺だっているぞ!」
離れた場所から声が響く。ジャックだ。
ジャックの手から再び石が投げられる。先程歪魔獣を怯ませた閃光弾だ。
ジャックのコントロールは完璧だ。歪魔獣の目前で激しい光が炸裂する。
「ガオオオオォォォォン!!」
突如発生した光に歪魔獣が大きくのけぞり顔を抑える。
「今ですわ!」
蹲った歪魔獣にアンリエッタが刺突の雨を浴びせた。
歪魔獣が苦痛に引きつった顔を見せる。ダメージはしっかりと通っている。
まだ視力の戻っていない眼は虚ろになり、辺り構わず歪魔獣が前脚を振り回す。
「ここだぁっ!」
振り回す腕を掻い潜りながら歪魔獣の首筋を斬りつける。歪魔獣の首から青い血が飛沫く。
歪魔獣は怯みつつも腕を振り回すが、攻撃が当たらない事を感じ取った歪魔獣は新たな行動に出た。
垂直に大きく飛び立ち、その全体重で伸し掛かった。
直撃は避けたものの地面に落ちた際に発生した衝撃と翼から放たれた衝撃との二重の衝撃で俺とアンリエッタが吹き飛ばされる。
「まだ…こんな力を…」
「クリス!クリスはまだか!」
俺達は満身創痍だ。頼みの綱はクリスの言っていた「とっておき」だ。
「皆さん!お待たせしました!」
「汝 其の体に打ち込まれるは 神の鉄槌―― 突き抜ける其の一撃に 抗う術もなし――
大いなる神の一撃は 汝に下される 断罪の一撃―― 雷神の鉄杭!!」
上空で渦巻く雷雲から一筋の雷が歪魔獣を討ち、歪魔獣の体を拘束する。歪魔獣は拘束を解かんと藻掻くが強力な力で押さえつけられており動くことは敵わない。なおも渦巻き続ける雷雲が黒き小さな塊となって歪魔獣へとゆっくりと降りてくる。その塊が歪魔獣に触れた瞬間、天から降り注いだ青白い光の束が歪魔獣を押し潰す。少しずつ膨らむ光の束が徐々に歪魔獣を飲み込み、遂には光の中に歪魔獣が姿を消してしまった。叩きつけらた光の束によって砕かれた岩石が巻き上げられながら霧散していった。十秒ほど続いただろうか。光の束が徐々に収束していきやがて消え去った。その跡には黒く焼け焦げた歪魔獣の亡骸が横たわるのみだった。
「これが…大魔術…」
俺は息を飲んだ。凄まじい威力だった。俺やアンリエッタが幾ら斬りつけようが、槍を突き立てようが大したダメージを与えられなかった歪魔獣がただの一度の大魔術で消し炭となった。
「はぁ…はぁ…仕留め…ましたね…」
クリスは肩で息をしている。全身から汗を流し顔は蒼白だ。俺はクリスに駆け寄り肩を抱く。
「大丈夫…です…。少し魔力の制御に集中を要しましたけど…魔力欠乏ではないので…大丈夫…です…」
どうやら魔力欠乏ではなく極度の集中と緊張からの解放された反動で憔悴しているようだ。またあのクリスが詠唱を必要とする程に魔力制御の難しい魔術だと理解できた。故に連発はできない。当てるのにも長い準備時間が必要となるなど問題も抱えている扱いの難しい魔術だ。
アンリエッタ達はまだ大魔術の威力に呆気に取られている。
この大陸でも大魔術を扱える人間は数える程だ。それを十二歳の少女が行使した。その事実だけでも驚くには十分だろう。
「歪魔獣、討伐完了だ!」
俺は声を張り上げ討伐の完了を宣言する。それと同時に全員が我に返り、その場にへたり込んだ。
「骨が…折れましたわ…流石に…疲れましたわ…それにしても…」
「ハハ…生きてる内にあんなもん見れるたぁ…おいギーシュ…まぁアレは…仕方ねぇ、諦めな…」
「わかってますよ…でも代わりに凄いもの見れました…」
「クリス、あの魔導書が…?」
「ええ…大魔術の魔導書でした…想像以上…でしたね…」
それぞれが大魔術に感嘆し声を漏らす。
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野営の準備は戦闘に直接加わることのなかったジャックとギーシュが担当した。俺とクリス、アンリエッタは疲れ切っていた事もあり、あのまま眠っていたらしい。目が覚めると既に食事の準備が済んでいた。
「おう、起きたかセオ。ほら、お前の分だ。」
土魔術で作られたトレーの上に血熊の骨付き肉、棘土竜の肉のスープ、それと山菜のサラダ、保存食のパンが載せられている。今夜の野営の食事は豪勢だ。
アンリエッタはまだ眠っている。あれだけの歪魔獣の攻撃を受けていたのだ。彼女がいなければ俺達は全滅していてもおかしくはなかった。今夜はゆっくり眠ってもらおう。
クリスは既に起きており、食事も済ませており見張りをしていた。一人見張り櫓の上で魔導書を読むクリスの元へ行く。
「どうだ、その魔導書?」
「兄様。ええ、一応各属性の大魔術が載っています。今日使ったのは雷属性の大魔術ですが…どれも凄まじい威力みたいです。」
大魔術の魔導書を読みながらクリスが答える。
「雷の大魔術が単体向けで助かりました。他の大魔術は広範囲に効果の及ぶ魔術でしたので…」
魔術書の中身は読めないが、大魔術の効果が挿絵で描かれていた。炎を纏った隕石を叩き落とすもの、大津波を発生させるものなど、もはや効果としては災害に匹敵するレベルの魔術であることが解る。
それ故に制御が難しく、乱用は出来ない魔術だと解る。
もはやクリスは人間兵器と呼ばれても相違ないレベルの魔術師だ。それ故に俺が暴走させないようにうまく手綱を引かなければならない。
人間平気である前にクリスは俺の妹だ。彼女を律する責任も彼女を護る責任も両方共俺が持つ必要がある。今回の件でそれが明確になった。
「クリス、大魔術は危険だ。今は出来る限りは使わない方向でいこう。どうしようもない時、その時だけだ。いいね?」
「はい。私も…これは軽んじて使うものではないと思います…」
「完全に制御できるようなったらその時はまた考えよう」
「…はい」
日中は散々荒れたアトラシア山脈だが、この夜は恐ろしい程に静かだった。
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朝を迎え、目が覚めるとアンリエッタも起きていた。既に鎧を脱ぎ、元の軽装になっていた。
「セオドア様、起きられたようですわね。どうもあの後眠ってしまったようで…」
アンリエッタが申し訳なさそうにしている。だがあれは仕方ない。
「いえ、気にしないでください。アンリエッタさんが頑張ってくれなかったら恐らく全滅していたと思います。寧ろありがとうございました」
彼女こそ一番のMVPだろう。蹴散らされる俺達を身を粉にして護ってくれた。『剛壁』こそ彼女に最も相応しい二つ名だと思う。
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野営をの片付けを済ますと俺達はすぐに下山した。
そして来た道をそのまま真っすぐ辿り、エルダの街へと帰還した。
帰りの道中も大きな出来事はなく、道中襲い掛かってくる魔物を消し飛ばした程度だ。
こうして俺達の歪魔獣討伐は終了した。




