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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第三章:冒険者の兄妹
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第二十八話:歪魔獣

 「待って下さい!まだ!コイツの生態を…!」

 「バカ言うんじゃねぇ!そんな事行ってる場合か!この大陸で言や、最高クラスの魔物だぞ!」


 研究心に駆られるギーシュをジャックが取り押さえる。

 俺達が対峙するこの魔物はランクA+の魔物。迷宮に潜む迷宮守護者ダンジョンガーディアンのような魔物を除けばこの大陸では地上でも最高ランクとも言える魔物だ。

 

 「セオドア様、自己強化を!私が時間を稼ぎますわ!」


 アンリエッタが先陣を切って前に出る。自分の間合いに入り込む鎧騎士に歪魔獣(キマイラ)の鋭い龍爪が振り下ろされた。


 アンリエッタが大盾を斜めに構え受け流す。それと同時に後方から炎の槍が放たれる。

 

 「炎槍(フレイムランス)!」

 

 クリスの魔術だ。炎の槍は真っ直ぐに歪魔獣の胴を貫こうとする。だが歪魔獣はそれを見据えたまま動かない。

 炎の槍が命中したかに見えた。しかし炎の槍は歪魔獣の眼の前で霧散したのだ。


 「爆風(エアバースト)…?いや、これはただの羽ばたきか!」


 歪魔獣はクリスの強力な炎魔術をただの羽ばたき一つで打ち消していた。


 「これは下手な遠距離攻撃は避けたほうが宜しいですわね」


 アンリエッタが呟いた。それを聞いたクリスはすぐにその意味を理解する。風魔術には遠距離攻撃を迎撃したり、反射する魔術がある。クリスもそれを使うことが出来るからこそその意味を理解できた。

 防御魔術の殆どは物理的な攻撃に対する魔術で、魔術には作用しない事が多い。しかし歪魔獣は魔術による攻撃を物理的な力で相殺したのだ。少なくともこの魔物は魔術を物理的に再現できる力を持っている。

 その場合下手な魔術攻撃は反射され、利用されてしまう可能性があるのだ。


 「鋼鉄化(スティールスキン)空歩法(エアステップ)!」


 自己強化をしてアンリエッタの横に出る。歪魔獣は獅子の頭部から鋭い牙をギラつかせていた。


 「ここは任せてくださいまし!」


 アンリエッタが横から割って入る。獅子の頭は大きな口を開けアンリエッタに牙を剥いた――。

 その瞬間、歪魔獣は口を閉じ、横から竜の爪を薙ぎ払う。フェイントだ。

 アンリエッタの無防備な脇腹に歪魔獣の爪が迫る。


 「危ないっ!」


 俺は両手の剣を交差させ爪の一撃を受け止める。しかし、完全に威力を殺すことはできず弾き飛ばされた。

 弾き飛ばされはしたが、空歩法で体を翻し、無事に着地した。


 今度こそ歪魔獣はアンリエッタに襲いかかる。強靭な後脚を踏みしめ、巨体を弾ませて全体重を載せてアンリエッタに飛びかかる。

 アンリエッタも小細工は通用しないと判断したか、大盾で獅子の顔面を打ち抜くが、力勝負は歪魔獣の勝ちだ。

 アンリエッタが大きく後ずさった。しかしあの巨体を受け止めるアンリエッタも流石と言えよう。

 

 「流石に一撃が重いですわね…!クリスさん、大きいのを頼みますわ!」


 クリスが魔術を放つ準備を始める。両手に強い黄色の光が宿る。雷属性の上級魔術だ。

 

 「…戦闘はからっきしだが補助くらいならできらぁ!全員、眼ぇ瞑れ!」


 ジャックが輝く石を手に振りかぶる。投げられた石は歪魔獣の眼の前で強い光を放った。

 周囲が白く染まり影だけが黒く象られる。閃光弾の様なものか。一瞬放たれた強い光に歪魔獣が怯む。


 「今です!クリスさん!」

 「はい!アンリエッタさん下がって下さい!豪雷撃(サンダーボルト)!」


 空に生まれた黒雲が凝縮され雷鳴を発しながら光を放ち始める。アンリエッタはクリスの魔術の規模を感じ取り、即座に二度、三度と後ろへ飛びのいた。

 アンリエッタが歪魔獣から距離を取ると同時に、凄まじい轟音と共に巨大な光の柱が歪魔獣に叩きつけられる。かつて巨躯蜥蜴(ギガントバジリスコ)に放った同じ魔術とは桁違いの威力だ。


 「…やったか!?」


 ジャックが叫ぶ。しかしその言葉はフラグと言うやつだ。俺はその合言葉を聞き取ると同時に歪魔獣へと突っ込む。


 歪魔獣は皮膚を焼かれただけだった。雷魔術の通りは悪いらしい。突然の衝撃に驚き、首をブルンブルンと振る程度のリアクションだ。

 

 空歩法で低空を飛びながら一気に距離を詰める。歪魔獣はそれに気が付き爪を横薙ぎに振り抜く。

 爪が振り抜かれる瞬間、真上に軌道を変え、首元に狙いを変える。


 直剣が首の革を切り裂いた。しかし手応えはあったものの、傷が浅い。歪魔獣は少しだけ首筋から青い血を流しただけだった。

 その瞬間、歪魔獣が翼を打った。巨大な大鷲の翼から放たれた衝撃が俺の体を撃ち抜く。


 「ごほっ…!」


 まるで風魔術の上級魔術暴風(エアブラスト)を放たれたかのような衝撃だった。巨大な鍛え抜かれた体から放たれる風圧は物理的な力を伴う。凄まじい衝撃で撃ち抜かれた俺は血を吐きながら地面に叩きつけられた。


 「セオドア様!無事ですか!」

 「ええ…何とか。」


 腕と肋骨を何本か持って行かれた様だ。だがこれならば治癒魔術でどうにかなるだろう。

 そうしている間にも歪魔獣の攻勢は止まらない。獅子の口が開かれその口の中に赤い光が宿っていた。


 「炎魔術まで!?クリスさん、レジストを!」

 「水柱(スプラッシュピラー)!」


 獅子の口から放たれた巨大な火球が水柱に止められる。火球と水柱は相殺され一瞬で蒸気へと姿を変えた。

 魔術を放った歪魔獣の隙を付いてアンリエッタが懐に潜り込む。アンリエッタの槍が竜の前脚に撃ち込まれるが分厚い皮膚で大きなダメージは与えられていない。

 槍の刺突に気付き歪魔獣の腕がアンリエッタに振り抜かれる、しかしこの程度の単純な打撃はアンリエッタには通用しない。大盾で軽く受け流しさらに槍の刺突を打ち込んでいく。


 「大治療(ヒール)!」


 折れた腕と肋骨を治癒魔術で回復させる。アンリエッタが引きつけている間に仕掛ける準備を行う。


 「魔力付与(エンチャント)氷刃(アイスエッジ)


 剣に氷の魔力を宿らせる。アンリエッタは攻撃を受け流しながら歪魔獣の懐に留まっている。奴の注意は完全にアンリエッタに向いている。

 

 「竜鱗種と同じ胴体なら!」


 空歩法で歪魔獣の横から一気に距離を詰める。がら空きの鰐の脇腹へ刃を叩きつけた。


 「ゴアアアアアァァァ!」


 斬りつけた脇腹は大きく抉れ、一瞬で凍りついた。効果有りだ。

 歪魔獣は此方に気付き爪を振り抜くが破れかぶれの一振りは空を切った。

 直ぐにアンリエッタの後ろに回り込みアンリエッタにも魔力付与を施す。


 「ガルルラララララァァァァ!」


 竜の右前脚がアンリエッタを撃ち抜こうとするがアンリエッタの大盾に受け止められる。そして受け止められた右前脚が氷に閉ざされた。


 「ここですわ!」


 アンリエッタの槍が凍りついた龍爪を貫く。撃ち抜かれた槍は歪魔獣の右前脚の爪を叩き折った。

 接近戦の武器を片方奪われた歪魔獣が大きく後ろに飛び退く。


 「ゴアアアアアァァァァァァ!」


 凄まじい咆哮が全員の耳を劈いた。思わず全員が怯む。

 全員が怯む隙に歪魔獣の全身から黄色い光が放たれる。


 「全員、私の後ろに!」


 アンリエッタの声で全員が一斉に固まる。黄色い光が大きく輝いた瞬間、歪魔獣の全身から無数の紫電の蛇が放たれた。


 「放電撃(エレキサンダー)!?でもこの規模は上級魔術相当です!」


 今まで俺もクリスも使った放電撃だが、歪魔獣が放つ同じ魔術は規模が違いすぎる。

 解き放たれた紫電の蛇が一斉に牙を剥き、此方に襲いかかる。

 全員に向けられた放電撃が喰らいつく瞬間、全ての電撃が吸い寄せられるかのようにアンリエッタに向きを変えた。

 電気は基本的に電気を通すものへ引き寄せられるものだ。全身を金属の鎧に包まれたアンリエッタは当に格好の的だ。


 「アンリエッタァァァァァァ!」


 この攻撃では幾ら強固な鎧に身を包むアンリエッタでも助からないだろう。強力な電撃に襲われ、電撃の放つ白光に霞むアンリエッタを目の当たりにして、思わず彼女の名を叫んだ。

 しかし、彼女は電撃が止んだ後も倒れる事はない。


 「――この程度、どうもしませんわ。『剛壁』を舐めないで下さいまし!」


 アンリエッタの手に何かが握られていた。それはもう既に原型を留めておらず、砂のように風に消えていった。恐らく耐性効果を持つ使い捨ての魔導器の様なものだろう。

 同時にアンリエッタが飛び出していく。自らの放った強大な放電撃が通用せずあまつさえそのまま前に出て来る敵に驚き歪魔獣は大きく飛び退き、そのまま空中に逃れる。

 

 「クッ、空中は手出しが…!」


 空中に逃げた歪魔獣を見つめアンリエッタが歯噛みする。しかしそれをクリスが逃さない。


 「空を飛ぶならば鳥種の魔物と同じです!竜巻(サイクロン)!」

 「ゴアアッ!?」


 突如発生した竜巻によって気流に乗れず歪魔獣が空中で藻掻き始める。重量のせいで巻き上げられはしないものの、バランスを崩した歪魔獣は錐揉みしながら墜落していった。

 墜落した歪魔獣は直ぐに起き上がる。ダメージはあるものの未だ致命傷には至らない。顔面や首筋、脇腹から青い血液を流すものの、弱る気配は微塵も見られない。高い攻撃力も然ることながら、このタフネスこそが歪魔獣の強みだと俺達は確信した。

 歪魔獣は低い唸り声をあげながら此方を見据える。何かするつもりか。

 唸り声を上げるのを止めた歪魔獣が頭を下げ、鼻息を荒げて前脚で地面を掻き始める。


 「…突進!?全員散れ!」


 俺の号令に全員が散り散りに回避態勢を取る。

 その瞬間、巨大な肉の塊が猛スピードで突き抜けた。

 最も前にいたアンリエッタは大盾で受け流そうとするが受け流しきれず吹き飛ばされていた。兜が吹き飛ばされ、血を吐きながら弾き飛ばされているのが目に映った。

 アンリエッタが突進を逸したため、後続には一切の被害はなかったがアンリエッタが被ったダメージは甚大だ。

 突進からそのまま低空飛行に移った歪魔獣が散り散りになった俺達を見据えていた。

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