第二百一話:筆頭聖騎士ウーノ
クリス、アンリエッタ、マリオンはそれぞれ一人ずつ聖騎士を相手取り戦闘を開始した。
俺の前にも聖騎士の筆頭であるウーノが目の前に立ちはだかっている。
大柄の体躯を包む強靭な鎧、赤いマントに大きな凧盾、そのどれもが使い込まれており、歴戦の勇将の風格を感じさせる。
だが、それにも関わらず、右手に握られた剣だけは持ち手の柄の部分以外が不自然に真新しく、刀身に至っては手入れされた痕跡さえ無い新品の剣の様だった。
「見た目よりも重い剣だな。…そこまで膂力がある様には見えぬが…。さて、それは貴公の業か、それとも剣の重量故かっ…!」
「くっ…!」
二合目、三合目と刃を合わせるが全く互角。押し負けもしないが押し勝てもしていない。
重量感のある鎧に身を包んでいるがウーノは決して鈍重な鎧騎士と言う訳では無い様で、思った以上には速い。
「ぬんッ!ハァッ!」
「ハッ!でやァッ!」
互角の打ち合いが続き、先に押しに来たのはウーノだ。
力で無理矢理俺の剣を弾き返すと、騎士剣を素早く薙ぎ払ってくる。
「そあァッ!」
「おっとッ!…鎧の騎士相手に真面目に打ち合う気は無いッ!喰らえッ!」
無理に剣術の勝負に付き合っても徒らに戦いを長引かせてしまうばかり。
早々に決着をつけるために、ウーノが薙ぎ払う剣を宙返りで躱した俺は魔術を放とうと魔力を練っていた。
「…甘いわァッ!」
「なッ、槍ッ…!?」
間合いを取った俺の脇腹を鎖で繋がれた槍が掠めていく。
ウーノのは先程まで剣を持っていた筈だが、いつの間にか彼は槍に持ち替えており、俺が魔術を放とうとする寸前で投擲してきていた。
空中で槍の投擲を受けた俺は体勢を崩し着地に失敗すると、今度は同様に鎖で繋がれた斧が飛んでくる。
「くっ!だけど鎖で繋がれた斧の投擲ならッ!」
剣で払い落とした斧が床に刺さると、ウーノがそれを手繰り寄せる隙に魔力を練り直す。
「そのまま同じ魔術を放つつもりだな? ならば…!」
「「放電撃ッ!」」
俺が放電撃を放つと同時にウーノも同じ魔術を繰り出してくると、電撃はウーノのやや上方へと流されていった。
「私も多少なり魔術の心得はあってな。これだけの重装備だ、魔術を駆使して攻撃してくる者も少なくない。魔導士と相対する時の戦い方くらい、身につけているとも」
「…経験の差ってヤツか…。でも俺は魔導士じゃないッ!」
俺が踏み込むと同時にウーノの斧が手に戻って来ていたが、斧はまた槍に姿を変えており、鋭い刺突で俺を迎え撃つ。
「ぐっ…!…このくらいッ!」
多少の攻撃を受けながらも踏み止まり、さらにウーノの懐へと入り込む。
槍の間合いを躱し、懐に入ってしまえば今度は此方の番、そう思って剣を構えるが、視界の外に槍を持つ手が消えたと思いきや、妙な殺気を感じてウーノの右手を見上げると、その手には最初に握っていた剣があった。
「…うわっ!」
「ほう、受けたか。判断力は悪くない…だがッ!」
「がはッ…!」
ウーノが構えていた剣に気付き、咄嗟に振り抜こうとした剣で受け止めるが、その一瞬を突かれて左手の盾で打ち付けられ、俺は床を転がっていた。
吹き飛ばされた事で再び振り出しに戻ってしまうが、ウーノの追撃はまだ止まない。
床を転がっている間に一瞬ウーノの持つ武器がまた姿を変えている。今度は弓だ。
番えた矢を俺の方に向け二射、三射と放たれ、俺はそのまま床を転がり直撃を避ける。
距離が離れた所に今度は槍の投擲、ウーノは次から次に姿を変える武器を随意に操り、俺を攻め立ててきていた。
彼は鈍重そうな見た目とは裏腹に、あらゆる武器を使いこなし、変幻自在の間合いで相手を寄せ付けない騎士だった。
「…くっ…でも手繰り寄せる為の鎖さえ切ればッ…!」
「無駄だ」
槍に繋がれ、伸び切った鎖に剣を振り下ろす。
しかし手応えは無く、鎖は寸前で断ち切れた様にして刃を躱すと再び槍と繋がり、ウーノが目一杯鎖を引くと、槍はまた彼の手元に戻ってしまった。
「ぬうんっ!」
「うっ…!」
手に戻した槍を斧に変え、鎖を掴み薙ぎ払ってくる。
返りはやや遅いとは言え、ウーノは攻撃も防御もその技術は本物だ。躱した所で反撃とは単純には通らず、今まさに斬りかかった所を戻ってきた斧で弾かれてしまった。
「…まだだッ!氷柱槍ッ!」
「…む!」
弾かれた剣から右手を離し、その右手から氷柱の槍をウーノの顔面目掛けて伸ばす。
しかしウーノも左手の盾で横薙ぎに氷柱を殴りつけて砕いて防いでくる。
返す刀で逆袈裟に剣を振り上げるとウーノは身体を翻し、剣に対して真っ直ぐに斧を振り降ろして受け止めてきた。
「この至近距離ならッ!放電撃ッ!」
「おお」
至近距離からの電撃、これならばウーノも対応できない筈。そうやって伸ばした右手から放たれる電撃がウーノを搦めとる。
「…捕まえたぞ、やっと…!」
「ほう?」
「効いてないッ…!? …うぐッ…!」
漸く捉えたかに見えたウーノだったが、電撃を物ともせずに繰り出してきた蹴りが俺の腹を打ち抜く。
吹き飛ばされた拍子に彼を絡め取っていた電撃は解け、俺の体は床を滑っていた。
「対魔術鎧…!」
「ここは魔導連邦、もし隣国が攻めてくれば相手は魔導士である公算が高い。当然の備えだ」
「つまり、純粋な剣技で勝てって事か…」
「ふふ、さあ…どうする?」
斧を手にしたウーノが嬉しそうな声で此方の動きを伺い、身構えている。
恐らく対人戦闘に於いて、ウーノと俺とでは経験値に大きく差がある事は話すまでもないだろう。
正攻法でぶつかっても、押し切るのは至難の業だが、かといって魔術による搦め手に対しても隙がなくここまで有効だったと言える手は無いし、あったとしても二度は通じないだろう。
「…これなら、どうかな」
「魔剣術、か。…面白い」
構えた剣に冷気を纏わせ、半歩、また半歩と間合いを詰める。
対してウーノは斧を剣に変え、盾を構え、剣を上段に持ち直し、迎え撃つ構えを見せている。
「さあ、来るが良い!」
「属性斬…・雹刃ッ!」
「…ふむ」
剣に纏わせた冷気から無数の細かい氷の刃が生まれ、剣を振り下ろすと同時に放物線を描きながらウーノに向かって一直線に降り注ぐ。
だが流石にこの程度の攻撃ではウーノは盾はおろか、武器ですら受けようとはせず、雹の刃が鎧に当たって砕けるばかりだ。
「じゃあこっちはどうだッ!属性斬・地烈閃!」
「鋭いが…」
鈍く光らせた刀身を床を這わせながら斬り上げると、強力かつ鋭い剣圧が地面を這ってウーノを襲う。
しかしこれもウーノは盾でがっちりと受け止めていた。
「む、破片を散らせる剣圧の陰に…!だが、まだ間合いの外…来るがいいッ!」
「言われなくても…喰らえッ!属性斬・爆噴火ッ!」
「ぬう…!強力ッ…!」
床を割り、破片を散らす剣圧を追って一気に間合いを詰めていた俺に気付いたウーノは引き続き盾を構えて攻撃に備えていた。
俺は跳躍しながら振り上げた剣を逆手に持ち替えると、ウーノの真正面に着地すると同時に逆手に持ち替えた剣を床に突き刺す。
盾の裏側にある剣の切っ先から激しい真っ赤な炎が床を突き破って噴き上がり、獣の様にウーノに喰らいつく。
「ぬおっ…!」
噴き上がる炎に押されて遂にウーノがたたらを踏むと、俺は更に攻撃を重ねに行く。
「頑丈な鎧だな…!これならどうだッ!属性斬・金剛刃ッ!」
「っつぉッ…!」
魔力でコーティングされ鋭さを増した剣を袈裟に振り下ろすと、体勢を崩したウーノの鎧の胸部を捉えていた。
「…っええィッ!」
「ぐっ…おおッ!」
ウーノは鎧で受け止めた斬撃の衝撃で後退りし、動けないでいた。
対魔術鎧も全ての属性に対して強い訳では無く、土属性の強化能力までは無効化は出来ない。
「…ふう、確かに受け方がまずかったり、そこらで売られている様な金属の鎧では…肩から真っ二つにされていた所だった」
「…くそッ…!」
斬撃を受け止めた鎧から走る衝撃から立ち直り、ウーノは胸を張りながら直立して、"効いていない"と言わんばかりに剣を振り払う。
「まだ足りない、か…。…うん?」
ウーノは斬撃を受けてもダメージと言えるダメージは受けていない。
だが、さっきの一撃は全く無駄だった訳ではなかった。
「その鎧、確かに頑丈だけどやっぱり無敵って訳じゃないみたいだな」
「何…? …!…こ、これは…!」
胸を張って直立するウーノの鎧には真っ直ぐ斜めに刻まれた傷の跡がくっきりと残っていた。
「馬鹿な…!金剛鋼の鎧に傷が…!」
強固な金属である事で知られる金剛鋼、それを用いた鎧に傷が入りウーノは動揺していた。
本人の技術もさる事ながら、防御における自信の裏付けにはこの鎧の存在もあったのだろう。
此方からすればまだ漸く一筋の傷を付けただけだが、ウーノからすればその自信を覆される一撃だったらしい。
そして何より、それによって彼を激怒させていた。
「おのれ…!おのれェッ!セオドア・ホワイトロック!よくも先王から賜った我が鎧をッ…!」
「…うおっ…!?」
激怒したウーノはそれまで見せなかった俊敏な動きで間合いを詰めてくると今度は見た目通りの剛力で斬りかかってくる。
「…ぐう…うっ…!」
「このままッ…!圧し斬ってくれるッ…!覚悟せよッ!」
最初の一撃を受け止めはしたが、そこからウーノはそのまま俺を叩き斬るつもりで剣を握る手に力を込める。
「まず…い…!」
「ぬううううッ!」
両手で握った剣で受けている筈だが、ウーノは片腕の力だけで俺の剣を押し込んできており、このままではウーノの剣は俺を圧し斬ってしまう。
「おおおおッ!」
「…こう…なったら…!」
ウーノの剣を抑えながら、両手、両足、そして全身に意識を集中させる。
追い詰められた今こそが、超越の加護、その力を解放する時だ。
「はあああッ!」
「ぬうううッ!?」
超越の加護の力を発動させ、俺はウーノの剣を押し返し始める。
「どこにこんな力が…!…ならばァッ!」
「んんッ…!」
ウーノは剣を押し返され分が悪いと判断すると再び俺を蹴り付けてくる。
先程の様に体勢を崩されたりと言う事は無いが、超越の加護は体重にまでは影響は無い為、身体だけはどうしても浮いてしまう。
「これならばどうだァッ!」
身体が浮いた瞬間に、ウーノは押し付けている刃を一度納めると剣を斧に変え、力を込めて大きく振り下ろしてくる。
「…ヌゥエエィッ!!」
「ふうう…せぇやッ!」
「ぬぅォッ!?」
ウーノの渾身の斧の一振りに意識を集中させた斬撃を合わせると、彼の斧の軌道が逸れ、前のめりになって足をふらつかせていた。
「このォッ…!」
ウーノが振り返る途中、繰り返される轟音が響き、眩い光が瞬き、そして壁から石のかけらが跳ね返ってくる。
「ふう…、こっちは…終わったわよ」
「私もなんとか…終わりましたわ」
「…兄様、私達はこの勝負を見届けさせていただきます」
聖騎士との一騎打ちに勝利した仲間達がそれぞれ疲れた顔で此方を見ていた。
クリスとアンリエッタの前には倒れているセイとドーディチの姿が、マリオンの周囲にトーレの姿は無いがその代わりに床にぽっかりと大穴が出来ている。
「セイもドーディチも…トーレまでもが…!」
三人の仲間達、そして倒れている二人の聖騎士、床の穴の順にウーノは視線を向けると、天井を仰ぐ。
「…やっとアンタの武器がコロコロと形を変えるかわかったよ。土魔術、そうだな?」
「…それがどうした…!」
ウーノの剣や斧、槍、そして弓は全て一つの武器だった。
剣を土魔術で形を変え、あらゆる種類の武器に変えて相手や間合い、状況に合わせて使い分ける。
彼の器用さ、もとい技術が為せる業である事は間違い無い。
加えて魔術で変形させ易い割には強度も高く、汎用性の高い金属で出来ているのが彼の得物だ。
「…いかにも。私の武器は錬金鉄、土属性の魔力の影響を特に受けやすい金属で出来ている。強度も申し分無い。私にとってぴったりの武器なのだ」
話をする内にウーノは冷静さを取り戻していくと、武器に魔力を込めて一番最初の大剣に形を戻していた。
「敗れた三人の為にも、私が勝たねばな…」
完全に落ち着いたウーノは剣と盾を構え、兜の中から鋭い眼光を放ち、此方を睨み付けてくる。
本気で仕掛けてくると言う事をウーノはその眼で示しており、俺も静かに騎士剣の切っ先をウーノの視線に合わせる。
「…そろそろ決着を付けてやる…!」
「望む所…。アヴァルの聖騎士、その筆頭の名にかけてセオドア・ホワイトロック、貴公を斬るッ!参るぞッ!」
ウーノが踏み込み剣を振り下ろし、それを横に躱すと今度は逆袈裟に剣を振り上げてくる。
それを剣で受け流すと今度は体をぶつけて来た為、受け止める瞬間だけ耐え、そのままわざと脱力し大きく吹き飛ばされた俺はその間に剣に魔力を込め、それを放つ機会を伺っていた。
「簡単に間合いが取れると思ってはなかろうな?」
「…当たり前だ」
ウーノは着地の瞬間に合わせて鎖で繋がれた斧で追撃を仕掛けており、斧は刃を回転させながら此方へと飛んで来ていた。
「…そこだッ!」
回転しながら飛んでくる斧を躱し、間合いを詰めにかかる。
武器は無し、残る障害は盾だけ。それさえ躱せば後は渾身の一撃を食らわせてやるだけだ。
「…ふっ…、とァッ!」
「なっ!? 後ろに…」
懐に飛び込めさえすれば、そう考えていた矢先にウーノは大きく飛び退く。
決して追いつけない程ではないが、再び出来た間合いと接近するまでの時間、これが問題だ。
僅かに出来た時間、それによりウーノが武器を手繰り寄せる猶予が生まれてしまう。
「だったらその前に…!」
「勇ましいが…、その勇ましさが命取りだ…!」
目一杯鎖を引くウーノ。しかしそれは決して武器を手繰り寄せる為の行動ではなかった。
「懐に入るには…前に詰めるしかないものなあ。だが、それが貴公の失策だ!食らえィ!」
「…! まさかッ!?」
伸びた鎖は俺の側を通っている。そこで漸く俺は追い詰めていたと同時に誘き寄せられていた事に気付く。
勢いよく手繰り寄せられる鎖、その先端には回転し続ける斧、躱せなくは無いが躱せばまた振り出しだ。
だが俺は被弾覚悟で振り返る事無く、足を踏み出した。
「臆せぬか、ならば死ぬがいい!」
「うぐァッ…!」
ウーノが鎖を引き、先端にある斧の鋭い刃が脇腹を通り抜けると、鋭い痛みがそこに残る。
決して浅くは無い傷だが、痛みを歯を食いしばって堪え、怯まずに次の一歩を蹴り出した。
「止まらぬか…!」
「ああ…、ここで決めるッ!」
ウーノが戻って来た斧を掴み、それを構えるより僅かに早く、俺は彼の懐に潜り込むのに成功した。
今度は武器や盾を構える暇も、後退する猶予も無く、完全に捉える事が出来る間合いだ。
「…おおおおッ!」
「もはや傷では済まぬか…だが、耐えてくれるッ…!」
「属性斬撃・金剛環ッ!」
「ぬゥオッ…!」
強化された騎士剣を渾身の力で振り抜き、ウーノの身に付ける金剛鋼の鎧に斬りつける。
先に傷を入れた場所に攻撃を重ねると、金剛鋼の鎧に亀裂が走っていたが、斬撃の衝撃はそこで途絶えてしまった。
「ふ…ふはははッ!耐えた…耐えたぞッ!この金剛鋼の鎧にヒビを入れた事には驚いたが…そこまでだッ!」
「…そこまで? …いいや、違うッ!まだ土の魔力は剣から解いちゃいない…!」
「何ッ…?」
剣を振り抜いた体勢から更に身を翻す。
斬撃の衝撃を殺しきれず、況してや耐えた事で勝利を確信していたウーノは完全に無防備を晒していた。
「…重双環ッ!」
鎧の傷に更に斬撃を重ねる。
傷から伸びた亀裂もそれにより範囲を広げると同時に剣圧によって軋み出していた。
「バカな…金剛鋼の鎧を…!…がはッ…!」
軋み出す鎧、溢れる破片。遂にウーノの金剛鋼の鎧は亀裂から砕けてしまい、残った剣圧が彼の肩から脇腹にかけてを斬り裂くと同時に彼の身体を壁にまで吹き飛ばしていた。
「これが今の俺の全力だ…!」
鎧を砕かれ、強く壁に打ち付けられたウーノは血を吐きながら壁からずり落ちる。
その姿からはもう戦意は失われており、立ち上がる意思も感じられない。
俺を含め四人共、アヴァルの聖騎士との戦いに勝利を収めたが、決して楽な戦いでは無く負った傷も皆浅くは無かった。
勿論、勝利の余韻に浸ってもいない。
俺達がアヴァルの城に乗り込んだのは聖騎士達に戦いを挑む為では無く、アヴァルの騎士達を纏める団長、ジスカルの企みを暴く為なのだから。




