第二百二話:追い詰められた騎士団長
聖騎士達との戦闘を終え、マリオンの強力な治癒魔術で俺達を治療を済ませていた。
ただし、マリオンも魔素の大半を費やす形となり、少し足元をふらつかせている。
「賊に情けをかけられるなど…。…斬れ。先王から賜わった鎧を砕かれ、最早立ち上がる力も無い。生き恥を晒すくらいならば死んだ方がマシだ」
ウーノは出血が多く放置すれば死んでしまう程の傷を負っていた為止血を施したが、完全に戦意を失ったウーノは自身にとどめを刺すよう懇願してくる。
俺達の目的はあくまで戦争ではなくジスカルの企みを暴く事。勿論、そんな気は毛頭無い。
「…城を守れず、賊に王の許まで侵入を許すなど…」
「悪いけど、用があるのは騎士団長の方で王をどうこうするつもりは無いんだ」
「ならば…」
「騎士団長の…ジスカル、だったかな。どうにも気になってね。直接訊ねて話を聞いたら帰るつもりだから、どうか王様を守れなかったって気に病まないで欲しい。ウーノさんに死なれちゃこっちも後味が悪いんだ」
城に乗り込んだ理由を話した後、ウーノは咳払いをして口に溜めていた血を吐くと、力が抜けた様に項垂れてしまった。
そしてそれと同時に俺達の一騎打ちを見届けていた騎士達が円卓の間に押しかけてくる。
「ウーノ様ァッ!」
「セイ様とドーディチ様も意識を失っておられる!」
「トーレ様は何処だ!?」
「おのれ賊め!我らが相手だ!」
次々に円卓になだれ込んでくる騎士達が剣を抜いて俺達を取り囲もうとしている。
だがその瞬間、ウーノが彼らを一喝すると、騎士達は動揺と共に制止した。
更に制止した彼らの後方から別の騒ぎが起こっており、それは徐々に近づいてきている。
「な、何だコイツッ!ま、魔物かッ!?」
「どけッ!どきやがれッ!どかねェと轢いちまうぞッ!それと俺は魔物じゃねェ!」
「まずいッ!円卓の間に突っ込んでくるぞッ!止めろッ、止めるんだッ!」
「うるせェ!どきやがれってんだッ!」
「うわあああァッ!?」
聞き覚えのある声、見覚えのある白銀のたてがみ。
騒ぎの元となっていたのはレオで、その大きな背中にはクローディアとフォルク、センゾウを乗せて俺達を追ってきた様だ。
レオは魔獣化した状態で騎士達を文字通り蹴散らしながら此方にやってきている。
「ダメだ、止まらんッ!」
「侵入者に加えて魔物まで…!」
「だァから、魔物じゃねェつってんだろうがッ!」
「ぐわああああァッ!」
魔物呼ばわりされて怒ったレオが地面に両前脚を叩きつけると、固まっていた騎士達が弾ける様に吹き飛び、狭い廊下の壁や天井に叩き付けられる。
「レオ、ちょっとやりすぎだよ。僕達は戦争を仕掛けに来たんじゃないんだからもう少し抑えた方がいい」
「わァッてるよ…と、いた!頭下げてろよ、このままブチ抜くぞッ!」
「ちょっと!冗談でしょ!?」
「クローディア殿、早く頭を下げられよ。レオ殿は本気で御座る」
「クローディア、急いで!」
騎士達を蹴散らしてきたレオはそのまま扉の周りの壁を扉ごと突き破ると、円卓の間の絨毯を引き裂きながら急停止する。
そして背中に乗せていた仲間達を降ろして魔獣化状態を解除すると、服や毛に付いた土煙による汚れを払い落としていた。
「ッたく、街をぶらついてる間に四人で面白そうな事始めやがってよ!」
「城に飛び込んでまでって事は単なる喧嘩って訳じゃないんだろう? 何があったんだい?」
「ああ、ちょっと気になる事があってギルドで調べ物をしてたら帰りに色々と。で、どうしたもんかと一旦城の前に来てみたら騎士達に捕まりそうになったんだ。で、街中を追われるのもって思ってさ、今に至るってトコだ。…ところでアリーシャは?」
「アリーシャなら宿で留守番をしてもらってるわ。調べ物の内容が気になる所だけど…、そうなったって事は」
「うむ、騎士達にとって都合の悪い事である事に相違無かろう」
「ああ、襲ってきた騎士達を絞り上げたらそれを指示したのはどうも騎士団長のジスカルらしい。だからいっそこっちから直接話を聞き出してやろうってな」
アヴァルの城に乗り込んだ理由を一通り説明すると、後から来たレオ達は騎士達を一瞥して頷く。
「となると…騎士団長の謀叛、そう捉えた方が良さそうだね」
「国の内乱に首を突っ込みたか無ェが…、巻き込まれちまった以上はな。…ま、やるしか無ェよな」
レオ達も事情を知り、戦闘を始める意気込みを示した所でクローディアが魔素切れを起こしかけていたマリオンの手を取り、自身の魔素をマリオンに分け与える。
「助かったわ、クローディア」
「どう致しまして。でもあなたが魔素欠乏って事は随分苦戦したのね」
「ええ。確か聖騎士とか言ってたかしらね」
「ああ、ざっくり言えば騎士達の精鋭と言った所だろう。その内の四人がここで待ち受けててさっきまで戦ってたんだ」
「そのリーダーがここにいたと言う事は他の聖騎士達は城にはいないのかも知れませんわね」
部隊のリーダー、つまり指揮官が出てきた以上、彼ら以外のメンバーがこの先に控えているとは考えにくい。
「貴公らの話が本当だとすれば…、我々は捨て石にされたと…、そういう…事か…」
ウーノは身体を僅かに起こすと自嘲するようにそう口を動かす。
「…今城にいる聖騎士は…我々だけだ。行け、ジスカル殿はこの奥の扉、その先だ…」
彼は奥の扉を指差し、俺達に託す様にしてジスカルの居場所を知らせてくれた。
「聖騎士達が外にいるなら好都合だ。とにかく今の内にジスカルの元へ急ごう。あの数を一々相手にしてたら時間がいくらあっても足りやしない」
「ああ、こんな広間でこの数じゃ足止めするにも多過ぎらァ。とっとと行こうぜ」
「じゃあ決まりだ、急ごう!」
後方の部屋の奥にある扉を蹴破り、廊下へと出ると左右に分かれた階段が待ち受けていた。
円卓の間の周囲をぐるりと階段が続き、それを駆け上がると再び合流し大ホールの真上を走る廊下へと出ると、レオが一度足を止めて振り返る。
当然と言えば当然だが騎士達も俺達を追って階段を昇ってきている様で、無数の足音が階下から響いてきていた。
「この辺りだな…。セオ、クリス、瓦礫みたいな岩出せるか?」
「…どういう事だ?」
「足止めに残って蹴散らすのは訳は無ェんだけどよ、流石に面倒だからな。いっそ廊下を塞いだ方が早ェンじゃねェかって思ってな。流石に壊す訳にはいかねェし、魔術で何とか出来ンだろ?」
「成る程、良い考えに御座る。別の道があれば既に騎士達は回り込んでおる筈、後ろから来ておるならここさえ塞げば追って来れまい」
確かにセンゾウの言う通り、前から来る騎士は居らず俺達を追って来ている。
先程倒した聖騎士達が最終防衛線だったのなら、あとはせいぜいジスカルの周りを固めているくらいだろう。
「わかった。レオ、どうすればいい?」
「そうだな…、なるだけ大きい瓦礫で廊下を塞いだ上で水浸しにするってのはどうだ? あとは俺が手を加えりゃかなり時間を稼げる筈だ」
「よしわかった。クリスは瓦礫を出してくれ、水浸しにするのは俺がやる」
「わかりました兄様!岩石落!」
「激流砲!
クリスが返事を返すとすぐに魔術で大量の岩塊を発生させ廊下を塞ぐように配置した後、今度は積みあがった瓦礫に水魔術で水浸しにしていく。
「レオ、これでいいのか?」
「ああ、十分だ。さてと…あとはこれを…氷の吐息ッ!」
水浸しになった岩塊の山、それを見てレオが親指を立てて応えると、大きく息を吸い込んで勢いよく息を吹きかけ始める。
極寒の吐息は水浸しになった瓦礫の山に触れるとたちまち凍りつき、頑丈なバリケードに姿を変えていた。
「うっし、こんなモンだろ。さ、先を急ごうぜ!」
ただの岩壁ならば壊されれば終わりだが、最初から瓦礫になっていればそう簡単には壊せない。
運んで撤去するにも凍りついている為に、溶かすか氷から引き剥がす必要がある。
凍りついた瓦礫のバリケードの向こうからは通れずにいる騎士達の声が響いてきていた。
「な、何だこれは…!」
「だめです…!完全に凍りついて…ビクともしません…!」
「くそッ、床まで凍ってて壊そうにも踏ん張りが…!」
「ええい、急げ!急ぐのだ!」
「し、しかし後続も追いついてきて身動きが…!」
どうやらバリケードに足止めされて円卓の間の先の通路は渋滞している様だ。これで暫くは追って来れないだろう。
「へえ、レオにしては考えたわね」
「だろ? ま、奴らが渋滞して身動きが取れなくなったのは嬉しい誤算だけどな!」
「ま、あの通路そんなに広くないし、確かにああなるのも頷けるわ」
廊下の先にはまた階段があり、それを昇ると正面には豪華な彫刻の施された扉があり、また後ろを振り返ると別の扉と四人の騎士が俺達が現れたのに驚いていた。
「こ…こんな所まで…!」
「まさかあの聖騎士達を倒したと言うのか…!?」
「報告より数が多いぞ!」
「ここを通す訳には…!」
どうやら聖騎士達で俺達を抑え込むつもりだったらしいがアテが外れた、と言ったところだろう。
「聖騎士…じゃなさそうだな」
「ただの側近か、あるいは衛兵か…。そんな所ですわね」
「後ろの扉は謁見の間だろうね。だとすれば騎士団長の部屋はこっちかな」
「じゃ、一気に突入するわよ!」
ーーー
「…?」
「どうされましたか?」
「…いや、…地震か?」
「ええ、恐らくは」
「…外が騒がしいな」
「地震に騎士達が騒いでいるのでしょう。この国では珍しい事ですから。じき収まります、陛下は執務をお続け下さい」
アゼルは自身の机でペンと判を手に、山積みの書類と格闘していた。
彼は城の揺れに気付き手を止めるが、側近に執務を進める様に言われると、苦い顔をして再び書類にペンを走らせ始める。
「この手の仕事は苦手なのだがな…」
「ジスカル殿は先程地震による市街への被害が無いか確認の為に出られました。暫くはかかるとの事です」
「…む、ならば仕方ないか」
側近に諭され、アゼルは眉間に皺を寄せながらもペンを持つ右手を動かしていた。
ーーー
「…こんなもので御座ろう」
「ま、聖騎士の後じゃ、ね?」
「ええ、流石に相手になりませんね」
「よし、じゃあ…行くぞ!」
観音開きの扉を開けると、老騎士が慌てて机から立ち上がる。
俺達がここまで辿り着くのは先程の騎士同様、ジスカルにとっても予想外だった様だ。
「セ…セオドア・ホワイトロック…!? き…貴様、どうやってここまで…!」
「どうやっても何も、真正面から真っ直ぐここまで来ただけだ」
「そんな馬鹿な…!四人の聖騎士を…ウーノも居たのだぞ…!そうか、逃げて来た、そういう事か…!」
自分を守る部下達を皆破られ取り乱すジスカルは現実から目を逸らし、勝手な思い込みを自らに言い聞かせていた。
「悪いけど、自慢の聖騎士達はみんな円卓の間で…あ、一人は違ったわね。…まぁ全員そこで伸びてるわよ?」
「苦戦はしましたが、私達が四人共倒しました」
「な…何だと…!?」
「殺してはおりませんので御心配はなさらず。…先に言っておきますが、私達は戦争をしに来た訳ではありません」
争う気は無い、アンリエッタがそうきっぱり言い放つものの、ジスカルは聞く耳を持たずに首を振ると怒気を孕んだ眼差しで俺達を睨んでいた。
「いいや、貴様達は私を殺しにきた、そうに違いない!セオドア・ホワイトロック!そうだろう!」
「違うと言った筈だ。俺に刺客を差し向けた、その理由を問い質しに来た、それだけだ!」
「とぼけるな!命を狙われた、その報復に来たのだろう!? ええい、あそこであの若造の邪魔さえ入らなければ…!」
どうやらジスカルは本当に謀叛を企てていたのだろう。
刺客を送って来たのは計画を邪魔された逆恨みか、あるいはジスカルは俺にその計画を察知されてしまったと考えた為か、そんな所だと思われる。
「自分の主を若造呼ばわりか…。いよいよだな…」
「黙れ!先王の代よりこの地位に就いてから今日まで、実際に騎士達を動かし、民を導いていたのはこの私だ!生まれ一つで王と民、あるいは臣下と言うこの違い、なぜこうも違う!血筋だけで王になれるなど、こんな馬鹿な話があってたまるものか!民の頂点に立つ指導者とは真にその力を持つ者がなるべきなのだ!」
ジスカルが握り拳を作り、自らの持論を力説する。
彼がどれだけ優秀かは知った話ではないが、彼の言葉自体には全く共感できないと言う訳ではない。
だが国の形は様々であり、彼の話す持論は民主的な国家の理想形と言えるだろう。
王国と言う形に於いて言えば、彼はただ歪んだ自己顕示欲を吠えているだけに過ぎない。
「…アンタは王であるアゼルを殺し、自らが王に取って代わろうとした。ギルドの依頼を騎士団を使ってまで取り消させて、王を殺す事を企てた…そういう事で間違いないんだな?」
「そうだ!無能な王を排除し、私が王となるのだ!貴様達の様な一冒険者如きに計画を邪魔されるなど、あってはならんのだ!」
ジスカルは立てかけてある剣に手をかけると鞘から剣を抜き、俺達にその切っ先を向ける。
「話したからには生かして返すつもりは無い、そういう事に御座るな」
「分かりやすくていいわ。…でもこっちも簡単にやられるつもりもないわよ!」
「…立場上、耳の痛ェ話なんだがな…。ただ、俺から言わせりゃお前が王になるなんて笑い話にもなりゃしねェな。王の器があるようにゃとても見えねェよ」
「少なくとも僕は貴方の様な人間に付き従いたいだなんて思わないね」
「確かに恐怖を与えて民を導く国家も歴史を紐解けば幾つもありますが、そんな国家はやがて潰れていくのが常ですわ」
「王なんてそこに一人、象徴としていれば十分なのよ。魅力ある王ってのは自分が出張ってどうこうしなくても周りが勝手にやってくれるものでしょ? 少なくとも、アタシはそういう認識ね」
「国の運営がどうとか、そういうものに関わるつもりはありませんが」
「ああ、俺達はお前のそんな手前勝手な野望に巻き込まれて死ぬつもりは無い!」
ーーー
八対一、ジスカルは決して弱くはなかったが聖騎士達の様な特殊な能力を持っている訳ではなく、数の優勢もあった為に大して労する事も無かった。
「お…おのれェ…!冒険者風情に…!」
「アンタの野望はここまでだ。それに冒険者に貴賎なんて無いんだよ。俺達は身を守った、それだけの話だ」
剣を床に突き立て膝をついて息を切らしているジスカルがやっと溢した言葉に俺は真っ向から言葉を返す。
「こんな…この様なところで…、…ふふ…ふふふふ…!フハハハハ…ハーッハハハハ…!」
ジスカルは自身の破滅を目の当たりにして気が触れてしまったのか、狂った様に笑い声を上げ始める。
「哀れな奴だな…。みんな、帰ろう」
「くっくっくっくっ…、ハッハッハッハッ…!終わりだ…!私は終わり…だが、私一人で終わりはせん…!」
哀れみすら覚える老騎士の姿をこれ以上見たくもない、そう思って狂った様な笑い声を背に、騎士団長の執務室を出ようとすると、ジスカルは不穏な言葉を口にした。
振り返るとジスカルは右手の人差し指につけていた指輪をかざしており、その指輪に埋め込まれた石には紫色の妖しい光が灯っている。
「お前達も、この国も…、全て…全て道連れにしてくれる…!」
「魔導器ッ…!?」
「この魔方陣…まさかッ!」
ジスカルの指輪に灯った光が指輪から離れ、執務室の床に触れると同時に術式の描かれた魔方陣が広がる。
床に広がった魔方陣が光を放つと次の瞬間、魔方陣は床と共に消え去り、どこまで続くとも知れぬ吸い込まれてしまいそうな闇の広がる穴がぽっかりと開いていた。




