第二百話:激戦!アヴァルの聖騎士 後編
「さて、と…。右手の槍もスけど、左手の盾にも注意しねェと…」
ドーディチはアンリエッタに槍を向けられるとゆっくりと腰を落とし、姿勢を低くすると曲剣を構え、小さく身体を揺らし始めていた。
「じゃ、行くッスよ…!」
「…どこからでも、おいでなさいな」
アンリエッタが槍を構え直す瞬間、ドーディチは姿を消す様に動き、次の瞬間にはアンリエッタの目前に姿を現していた。
「そらっ!」
「…そこですわね、はっ!」
曲剣がアンリエッタの大楯に阻まれ、金属の音が響く。
消える様に移動するドーディチではあるが、アンリエッタの眼にはしっかり動き出しと仕掛けてくる瞬間が目に映っていた。
「ハァッ!…確かに速い。…ですが、付いていけない程ではありませんわねっ!そこッ!」
「うおっと!…チッ、強がりじゃねえってのが憎たらしいトコスねッ…!」
アンリエッタにドーディチの刃が届いたのは最初の方の一太刀きり、以降は手の内を読まれ、全て彼女の槍と盾の前に防がれてしまっていた。
スピードは圧倒している筈、だがそれでもドーディチの刃はアンリエッタには届かない。
そんな状況が続き、ドーディチは徐々に痺れを切らし始めていた。
「何故だ…、何故防がれる…!速さじゃ互角どころか圧倒してる筈ッス…!こンの…うおッ!?」
「…確かに速さでは敵いませんわ。逃げられれば追ってはいけませんわね」
ドーディチはそのスピードを活かしてアンリエッタの四方八方から刃を振りかざしていたが、それらは全て簡単に防がれてしまっていた。
況してやその先を狙われあわや一撃を受ける所であり、アンリエッタの突き出した槍の先端が頰を掠めていた。
「このッ…!」
「…右の下段」
「チッ!」
「…左後方、袈裟斬りですわね」
「クソッ…!」
「正面上段、兜割り。失礼致しますわッ!」
「がほッ…!?」
アンリエッタはドーディチの動きの全てを言い当てながら攻撃を防ぎ、大きく隙を晒して斬りかかってきた瞬間を見逃す事無く大楯を突き出して彼を迎撃した。
「何故だッ!何故わかるッ…!?」
「さあ? それを教えて差し上げる程、私はお人好しではありませんわね」
「くっ…!だったら…!」
大楯で顔面を殴られたドーディチは鼻血を拭うと、それまで腰を落とした低い姿勢をやめて直立し、脱力した様に肩を落として小さい跳躍を繰り返し始めた。
「もっと速く…!読まれない程速く動けばいいだけの話ッス…!」
「これは…!」
ドーディチが目の前から姿を消す。
もっと速く、と話していた通りに今度は本当に彼の動き出しをアンリエッタは捉えられずにいた。
大楯を構えて攻撃に備えていたが、襲ってきた刃はアンリエッタの大楯にすら当たらず、地面に鋭い斬撃の跡を残していた。
「自身でも制御しきれていませんわね…。確かにこれでは読み様も…くっ…!」
制御できる限界の速度を超えて、ドーディチはアンリエッタの周囲をやたらめったらに斬りつけていた。
アンリエッタの周りに次々と彼の曲剣の斬撃の跡が刻みつけられ、遂にはアンリエッタの盾にも剣が当たる。
するとそこから、ドーディチはある程度勘ではあるのだろうが、拡散した斬撃の軌跡を徐々に収束していき、目にも止まらぬ無音の斬撃の嵐をアンリエッタに浴びせかけてきていた。
「…へへッ!…どうだッ!…ハァッ…、これなら読みようが、無ェ筈ッスよ!…ハァッ…」
「…確かに、これでは防ぎようも、読みようもありませんわね」
ドーディチは限界速度で動き続けた事で息を切らし、アンリエッタは全方位からの無音かつ不可視の斬撃までは捌ききれず、鎧の隙間を縫ってきた斬撃で受けた傷から血を流していた。
「立たれてんのはちと予想外スけど…ハッ…次で決めてやるッスよ…!」
「いいえ、次に仕掛けてきて倒れるのは貴方、断言させて頂きますわ」
「…あァ?」
自身の消耗も激しいものの、確実な手ごたえを感じていたドーディチは次で決めるとアンリエッタに宣言する。
しかしアンリエッタが逆にドーディチを返り討ちにすると宣言し返し、彼は苛立ちを交えた様に聞き返していた。
「…防御も予測も出来ないとは言いましたが、対応出来ないとまでは言ってなくてよ?」
「戯言ッスね…!…現に今防ぎ切れずにいましたし、負け惜しみならまだ言い方もあると思うッスよ。…そうまで言うなら本当に見切ってみるッス…!」
再びドーディチが限界速度で動き始め、アンリエッタの周りを斬り刻みだす。
それを見てアンリエッタは溜息をついていた。
「…まぁ言ってわからないならば、その身に教え込む必要がありますわね」
そう呟き、アンリエッタは大楯を構えるのをやめて、槍を床に突き刺した。
「受ける気ゼロ…ハッ、諦めたンスか? いや、それとも…チッ、考えるのも面倒ッスね…!止められるモンなら止めて見るッスよッ!」
アンリエッタの周囲を斬撃の嵐が吹き荒れる。
限界の速度を出しているドーディチが斬撃の嵐となって、
彼女は床に突き刺した槍を握ったまま、じっと正面を見つめていた。
何度かドーディチの斬撃が彼女を掠めるが、それでも彼女は微動だにせず立ち尽くし、彼女の周りで吹き荒れる斬撃の嵐は徐々にその輪を狭め、確実に迫ってきていた。
「さぁ、どうするッスか!? 最初から逃す気はねッスけど…もう逃げられねッスよ!」
ドーディチの幾つもの残像が一斉にアンリエッタに飛びかかる。
四方八方を、更に上からも迫るドーディチから逃れる術は無い。
しかし、アンリエッタはドーディチが斬りかかってくる瞬間に顔を上げ、笑みを零した。
「…暴風槍ッ!」
「なっ…!?」
アンリエッタが握っていた槍の先端から周囲に向けて爆風が広がると、周囲から迫っていた残像が風に消え、ドーディチ本人も吹き飛ばされてしまう。
「…チィッ!魔導器ッスかッ!…ハァ…まだこんな隠し球をッ!…ッ!?」
爆風に吹き飛ばされ、床を転げるドーディチが顔を前に向けると、アンリエッタが追撃せんと迫ってきているのに気付く。
「さぁ、終わりですわッ!」
「…へっ、舐められたモンッスね…!幾ら疲れてようがそのくらい…ハッ…避けられねぇ訳がッ…!」
アンリエッタが突き出した槍が空を切る。
限界速度で動き続けても、まだ足を動かす余力を残していたドーディチにとってそれを躱す事は造作もない。
しかし槍による追撃を躱し、アンリエッタの背後を取った彼の目の前は盾で塞がれていた。
「癖というものはここ一番でどうしても出ますわね。それが貴方の敗因ですわ」
「ここまで読んで…!」
「槍と盾、その二つが必ずしも同じ方向を向いている訳ではありませんわ。そして…槍が敵の攻撃から身を守る事もあれば、盾がまた敵を倒す事だってありますのよ。さぁ終幕と参りましょう…!暴風槍ッ!」
アンリエッタはドーディチに背を向けたままそう呟き、突き出した槍から再び爆風を放つとその反動を推進力に後退し始める。
背後に周り空中に飛び出していたドーディチは回避する事も出来ずに目の前を塞ぐ大楯に叩きつけられ磔にされると、そのまま壁まで押し込まれてしまう。
爆風による推進力に加え、壁に押し込む際にドーディチを磔にしたままアンリエッタは盾で殴りつけ、ドーディチは盾と壁に挟まれ、押し潰されてしまっていた。
薄い鎧しか身につけていないドーディチは、押し潰されると同時に全身の骨を砕かれてしまうと、そのまま床に倒れこみ、立ち上がる事は出来なかった。
「…宣言通り、ですわ。…と、しかし先程の攻撃、私も思ったより傷を受けていますわね…」
鎧の隙間からアンリエッタの血が滴る。
耐えはしたが、想像以上に出血が多く、足に力が入らずにいたアンリエッタは槍を杖にしてどうにか立っていた。
ーーー
セイの突剣の鋭い突きとクリスの抜刀術による鋭い斬撃がぶつかり、お互いに動きを止める。
「…そう言えばお嬢さん、名前を訊いていませんでしたね」
「…クリスティン・ホワイトロック。ただの魔導士とは思わないでください…!」
「ええ、勿論。SS級冒険者である以上、ただの魔導士とは思っていませんよ。…しかし残念ですね。出会う場面が違えばこうやって剣を交える事も無かったでしょうに」
セイは大きく飛び退くと、腰に左手を当てたまま突剣を振り払う。
クリスも一度間合いが切れた事で抜いた長剣を左手に持つ鞘へ納めていた。
「その剣術、ワダツミの剣ですね?」
「ええ、私の師匠がワダツミの剣士ですから」
「成る程、面白い。そうお目にかかれない剣、是非ともご披露願いたい」
「…全力でいきますから後悔なさらない様に!旋ノ一、飛燕ッ!」
「飛ぶ斬撃、魔剣術の一つですかッ!」
クリスは納刀状態から二度、三度とセイに向けて剣戟を飛ばすが、セイも巧みな剣捌きで飛来する剣戟を逸らしていた。
「…では、此方からも行かせてもらいますよ。刺突の突風ッ!」
姿勢を崩す事なく、セイは直立したまま無数の飛ぶ刺突を意趣返しの様に繰り出してくる。
セイの放った飛ぶ刺突はまるで弾丸の様な鋭さと速さでクリスを襲わんとしていた。
「…旋ノ二、豪風ッ!」
クリスが風を纏わせた長剣を床に向けて振り抜き爆風を巻き起こすと、強力な吹き返しが飛ぶ刺突の軌道を逸らす。
「…やりますね。では、これなら如何でしょうか!」
吹き返しの爆風が止んだタイミングを見計らい、セイは一気に間合いを詰めると、剣術での勝負を仕掛けてきた。
突剣の長い間合いと軽量さを活かした鋭い突きに対して、クリスは抜刀術では分が悪いと判断すると、剣を両手で構え、それに対応し始める。
「どうしました? やはり剣術は魔術程得意では無い様ですねッ!」
「くっ…!」
セイの扱う突剣に比べ、クリスの長剣は当然重量からして違う。
加えてクリスは幾らセンゾウに剣を教えてもらったと言っても、まともに剣を学んだのは三年やそこらであり、アヴァルの騎士の中でも精鋭である聖騎士の一人、セイとはそもそも経験値の面から既に差がある。
「別に…そちらの土俵で戦う義理はありませんっ…!」
「むっ…!」
「炎塔ッ!」
「甘いッ、風の防壁ッ!」
「きゃあッ…!」
クリスは押され出した所でセイの突剣による猛攻を食い止める為に魔術で対抗しようとしたが、セイはその動きを察知すると突剣で地面に自身を中心とした半円を描き、そこから爆風の様な風圧の壁を発生させてクリスの炎魔術を跳ね返していた。
「やはり読んでいた通り、近い間合いでは強力な魔術は使えませんねッ!」
「熱つ…、…うっ!」
炎魔術を跳ね返されて思わず仰け反った所にセイが追撃を仕掛けてくる。
クリスは得意の魔術を自由に撃てる間合いを取る為に離脱しようとしているが、簡単にそうはさせて貰えずに苦しんでいた。
「お嬢さんの魔剣術では返りが遅い。近距離では得意の魔術も扱えず、純粋な剣術についても私の方が上です。お嬢さん、降参してしまいなさい。これは貴女の兄上、セオドア殿が仕掛けた喧嘩です。貴女が降参し、兄上を説得していただければ全て丸く収まる」
「くっ、馬鹿なことをっ!兄様が喧嘩など、理由も無しにする筈がありませんっ!」
「言葉を返す様ですが、アヴァルの騎士団相手にたった四人で喧嘩を仕掛ける方が正気とは思えませんがね。まぁいいでしょう、ならばお嬢さんを組み伏せて無理矢理にでも剣を納めさせるとしましょうか」
セイの突剣による猛攻がより一層激しさを増してクリスを襲う。
クリスも精一杯突剣の刺突を躱してはいるが、どうしても捌き切れずに傷を重ねていた。
「くっ、どうしたら…!」
遠距離から放つ強力な魔術であれば、セイの風の防壁も貫けるのだろうが、間合いを詰められた今、自身を巻き込む可能性のある強力な魔術も使えず、引き離す術も無くただただ追い詰められるばかりだ。
せめて屋外であれば自身ごと風魔術で吹き飛ばし、無理矢理間合いを取る事も不可能ではないが…、そう考えた瞬間、クリスは閃いた。
「…別に自分も巻き込んでしまってもいいならッ!」
「何をする気かわかりませんが…そうはさせませんよッ!」
「…ッ!…水球ッ!」
クリスの魔術を阻止せんと、セイは突剣を突き込んでくるが、クリスは肩にその刺突を受けながらも魔術を強行して発動させた。
地面から滲み出す様にして大量の水が発生し、球の形を成そうとするが、天井の低い屋内の為に水柱の様になってクリスとセイは一緒に飲み込まれてしまう。
クリスは両手を前に伸ばし、何かを話す様に息を吐くと、セイは突然突き飛ばされる様に水柱の中から叩き出されてしまう。
同時にクリスはすぐに部屋の水柱を解除すると、立ち上がってくるセイに手を向けた。
「水流を起こす魔術…水中では見切り様がありませんね…。さて、間合いを取られましたか。ですが直ぐに詰め直せばさして問題はありません!」
「これ以上近付けさせませんッ!爆炎・三連鎖ッ!」
三度に及ぶ爆発が間合いを詰めんと迫ってくるセイを迎え撃つ。
彼は爆炎に臆する事なく飛び込み、煙と炎が渦巻く中を飛び出してきていた。
「く…、流石に本領の魔術は効きますね…。…ですが捉えましたよ!」
「…そう見えたのなら、貴方の負けです。幻影領域!」
セイは爆炎によって火傷と裂傷を負いながらも炎を切り抜け、目前にいるクリスに突剣を突き込む。
しかし、彼が貫いたのはクリスの幻影であり、石を投げ入れられ波打つ水面の様に揺らいではそこから煙の様に姿を消していった。
「幻影ッ…!? 本人は何処にッ!?」
揺らいで消えたクリスを探してセイは辺りを見回すが、どちらを向いても見えるのは陽炎の様に歪む自分の姿で、目当てであるクリスの姿はまるで見当たらない。
「もう逃がしませんよッ!魔力光線もとい、屈折光檻ッ!」
セイの耳に姿の見えないクリスの声が響くと同時に放たれた魔力の光線は幻影領域の中で乱反射し、領域の周囲を光線が網状に広がって鳥籠の様に領域の内と外とを分断してしまう。
「参りましたね…これでは逃げようがありませんか」
「これで終わりですッ!断罪の光ッ!」
クリスが魔術を放つと、セイが囚われた光の檻の真下に魔方陣が浮かび上がり、光の柱が伸び上がる。
セイは光の檻から出られず、魔方陣いっぱいに拡がる光の柱の中へと呑まれていく。
「…おおおッ…!」
眩い光の柱はセイを呑み込んでから暫くして、今度はゆっくりと縮み、消えていく。
同時に光の檻も魔方陣の消滅に伴って消えており、そこには光の柱に打たれて倒れたセイだけが残っていた。
「息は…ありますね。加減はしておいたから大丈夫とは思うけど…さが兄様は…?」
クリスは倒れているセイから目を切り、後ろを振り返ると、激戦を繰り広げるセオドアとウーノがいた。
二人の間には目に見えない緊張が走っており、とても割って入る余地は無く、クリスは二人の勝負の行方を見守る事しか出来ずにいた。




