第百九十九話:激戦!アヴァルの聖騎士 前編
「ヌハハハハッ、儂の棍棒がよもやこんな小娘に止められるとはのう…!」
「だから小娘じゃないって言ってんでしょ」
傍目からはマリオンとトーレの姿は祖父と孫くらいの違いだ。
とは言えお互いが手にしている武器は決して可愛らしいものでは無く、片や超重量の槌斧に、片や巨大な棍棒だ。
お互いの一撃一撃が必殺の一撃となる身の毛もよだつ程の凄まじい一騎打ちとなっていた。
「ぬゥンッ!だァりゃァッ!」
「ふんッ!せいやッ!」
重い金属のぶつかる音が響き、その度にマリオンとトーレは手ごたえを噛みしめる様に腕を震わせていた。
「ハッハ、そうか小娘!貴様、鉱山種か!」
「そうだけど…、小娘ってのはやめてくれるかしら!人族からすれば子供みたいに見えるかもしれないけどこれでも四十は過ぎてるんだからね!?」
マリオンは本来なら既に四十を過ぎており、鉱山種としては十分な歳を重ねた成人の女性だ。
しかし種族の特徴である小柄かつ童顔、そして健康的な小麦色の肌のせいで十二、三程の子供にしか見えない。
これはかつてエルダで彼女と出会った時から殆ど変わっていない。
「そうかそうか、いや失礼した。子供と思って少しばかり手を抜いておったわ」
「失礼な爺さんね!なら加えて言っとくけど、一応これでも騎士団の一隊長をやってたの!手を抜かれるなんて心外もいいトコだわ!」
「ほぉ、騎士…?」
マリオンの発言を聞いてトーレは目の色を変える。
「…娘、名乗るがいい!」
「…漸くね。いいわ、その遠くなってそうな耳、よォくかっぽじって聞きなさい!アタシはブリュンヒルデのヒルデガルダ王立騎士団、元五百人長マリオン・カッパーフィールド!今からアンタを倒す人間よ!よく覚えておきなさいッ!」
「…騎士であったのなら手加減は礼に失するのう。さて…儂の棍棒を止められる人間など久しく見ておらん!その小柄な身に儂の棍棒の重み、刻み付けて返り討ちにしてくれるわいッ!」
騎士と聞いたトーレは不敵に笑うと、頭の上でその巨大な棍棒を振り回す。
「来い小娘ェッ、否、騎士マリオンよォッ!」
「ええ、全力でやらせて貰うわッ!」
ここで初めてトーレはマリオンの攻撃を受けに回る。
槌斧を構えたまま走り出したマリオンに対し、棍棒を大きく振りかぶり、片足を上げてそのタイミングを図っていた。
「はああァッ!」
「ぬ…ウゥンッ!」
飛び込みながら槌斧を振り下ろしたマリオンだが、トーレはそのギリギリまで引きつけると、構えていた棍棒を渾身の力で振り抜いた。
棍棒と槌斧が激突すると鈍い弾ける様な音が円卓の間に響く。
「くっ、人族なのになんて馬鹿力ッ…!」
「ヌハハ、どうだ…!そして儂の攻撃はまだ終わっとらんぞ!」
渾身のフルスイングでマリオンの槌斧を弾いたトーレは棍棒を振り抜いた体勢からさらに身を翻らせると、再び勢いそのままにフルスイングを重ねる。
「貰ったァッ!」
「ヤバッ…!」
槌斧を弾かれ、体を泳がせていたマリオンに避けられる術は無かった。
迫り来るトーレの棍棒を前にマリオンは歯を食い縛り、腹に力を込める。
避けられず、受けられず、ならば最早耐えるしかない。マリオンは覚悟を決めるとトーレの棍棒に耐えるべく、そう身構えていた。
「ヌゥハッハァッ!」
「ぐッ…うゥッ…!」
トーレの棍棒がマリオンの脇腹を捉えると、鈍い打撲音と共に鎧が砕け、続いて身体が軋む様な音が響く。
しかし、マリオンは吹っ飛ばず、両足を踏みしめてそれに耐えていた。
「…見事見事、その小さな身体で儂の渾身の一撃を喰らいながら踏み止まるとはのう!」
「………でしょ…」
「ほう、まだ口を聞けるとは大したものよのう」
「…当たり前でしょ!この程度、大した事っ…!」
トーレの煽り文句にマリオンはムキになって言い返そうとするが、棍棒を食らった脇腹に痛みが走り言葉を詰まらせていた。
「アンタ…、魔人の加護を持ってるわね…!」
「無論、そういうお主もそうであろう? でなければ儂の棍棒を受けてなお立ち上がれるどころか、先の一撃で上半身が吹っ飛んどる。幾ら丈夫な鉱山種と云えど、儂の渾身の一撃をまともに食らっておきながらその程度で済むなど、魔人の加護無くして有り得ぬわ」
マリオンは言葉のやり取りをしている隙に痛む脇腹を手で押さえる振りをしながら魔力を練っていた。
魔人の加護持ち同士の戦いなど自身でも初めての事で彼女は体勢を立て直す算段、現状を覆す算段、トーレを倒す算段を立てようと、頭をフル回転させていた。
「さぁて、何か考えておる様だのう。そうはさせぬぞ!」
「っ…!」
トーレはマリオンが治癒魔術の準備を進めているのを察知したのか、直ぐに棍棒を構えて迫ってくる。
脇腹に走る激痛を堪え、顔を歪ませながらマリオンはトーレの追撃を躱す為に後方へと飛び退いていた。
「ほれほれェッ!逃げてばかりでは儂は倒せんぞォッ!」
「こンのッ…!」
マリオンはトーレの追撃を必死に躱していた。
まずこれ以上は喰らえないのが一つ、これ以上は幾ら魔人の加護を持っていても耐えられないだろうと彼女はわかっていた。
そして防御もしなかったのは痛めた脇腹によって力が入らなかったからだ。
脇腹に痛みが走り力が入らない今、まともにトーレの攻撃を防いだところで逆に隙を晒すだけに終わるだろう。そうなればそれこそ為す術はなくなってしまう。
「せめて力が入れば…!」
「時間稼ぎならばやめておけッ!さっさと喰らえば楽になれるぞッ!ヌハハハハッ!」
「…冗談、負けるつもりは無いわよッ…!」
大声で笑いながら追い詰めてくるトーレに対し、マリオンもまだ諦めてはおらず、その目に闘志の炎を宿らせていた。
躱すために床を蹴る度に走る激痛を歯を食いしばって耐え、彼女はその機会を伺っていた。
「ならば儂を倒して証明して見せるがいい!ヌゥゥ…行くぞッ!」
トーレは力を溜める様な動きを見せると、棍棒を叩きつける様にして何度も何度もマリオンへと振り下ろしだした。
「そりゃそりゃそりゃそりゃァッ!」
「…くっ!」
連打に次ぐ連打。避けれない程ではないが、脇腹の痛みを抱えたままではいずれ本当に避けきれなくなる。
マリオンはトーレの振り下ろしの連打をギリギリで躱し、意を決してそれまで後ろに下がり続けていた足を一転して前に蹴りだした。
「玉砕覚悟かッ!だがそうはさせん、覚悟せいッ!ヌゥオゥッ!」
「…やっぱりねッ!」
振り下ろしを続けていたトーレはマリオンが反転し向かってきた瞬間に棍棒を振り抜く軌道を変えてきた。
横薙ぎに振られた棍棒がマリオンへと迫る。だが、その一振りは空を切ると、トーレの視界からマリオンは消え、目の前には彼女の持っていた槌斧だけが残っていた。
「ぬゥ!?消えおったか!?」
「バカ言わないでッ!クローディアじゃあるまいし、いきなり消えられる訳ないでしょッ!」
マリオンは姿勢を低くしてトーレの薙ぎ払った棍棒を躱していた。
彼女は小柄な体格を活かして薙ぎ払われる棍棒を潜ると、トーレの死角に潜り込んでいた。
「懐に潜り込まれたかッ!だが得物無くして儂を倒せると思うな…おォウッ!?」
マリオンはトーレの脚を掴み、軽々と持ち上げる。
魔人の加護を持っていると言っても体重が変わる訳ではない。
幾ら大柄で鎧を身に付け、巨大な棍棒を持っているトーレと言えど、彼女にとっては持ち上げる事など造作も無い事だ。
トーレを持ち上げたマリオンは彼が抵抗するよりも早く彼を振り回し、円を描く様に回転し始める。
「ヌゥオオオッ…!?」
「いい加減ッ…!…鬱陶しいのよォッ!」
高速でトーレの脚を掴んだまま回転していたマリオンはその勢いのまま彼を放り投げる。
放り投げられたトーレは頭から勢いよく壁に叩きつけられていた。
「…今の内ね、大治療ッ!」
トーレが壁に叩きつけられたのを確認したマリオンは、その隙に治癒魔術で痛めた脇腹を治療する。
当然これで終わったとは思っていない。手放した槌斧を拾い上げ、彼女は起き上がってくるトーレを睨んでいた。
「…立ちなさい。あんなので倒れてる筈無いでしょ?」
「…ヌハハハハッ!当ッ然ッ!しかしまさか投げに来るとはなッ!予想だにしておらんかったわいッ!」
マリオンの呼びかけに応じる様にトーレは大きな笑い声を上げていた。
怪我らしい怪我は彼には無く、無傷をアピールする様に首を鳴らしながら彼は棍棒を片手に立ち上がってくる。
「治療も済んだし、仕切り直しね」
「ヌハハハハッ!治癒魔術も使えたかッ!ならば今度は一撃で仕留めてくれるわいッ!」
「そうね、さっさと決着にしましょう。ただ、勝つのはアタシよッ!」
「ヌハハハハァッ!その意気は買うが、儂も負ける気など無いッ!今度は地平の彼方まで打ち返してくれようぞッ、ヌゥウウウンッ!」
マリオンが走り出すと、トーレも棍棒を振りかぶり迎撃の姿勢を取る。
だが、今度はトーレは棍棒を早くに振り抜き、そのまま勢いよく回転を始めていた。
「ヌハハハハッ!今度は十二分の力で打ち抜いてやろうッ!来るがいいッ!」
迎え討とうとするトーレに対し、マリオンは怯まず前進を続ける。
「ほォ、顔色も変えぬとはッ!良かろうッ!ならば死ぬがいいッ!」
マリオンがトーレの振り回す棍棒の射程内に入る。
当然、トーレは迷う事なく射程内に入ってきたマリオンに棍棒を振るうが、彼女は防御の体勢を取らず、ただ大きく足を踏み込んでいた。
「覚悟アリか、面白いッ!ヌァリャアアッ!」
「…──ッ!!」
マリオンの脇腹に再びトーレの棍棒が叩きつけられ、骨の折れる鈍い音が響く。
だがマリオンは叫び声一つ上げず、歯を食いしばりその衝撃に耐えていた。
「…儂の全身全霊に耐えるとはッ…!」
「こんなもの…!騎士団に入って食らったアイツの模造剣の一発に比べたらッ…!屁でも無いわッ…!」
マリオンは顔を上げると鼻息を荒げ、驚くトーレに顔を突き出して見せていた。
「喰らいなさいッ…!ハァッ!」
「ヌゥッ…強力ッ…!」
マリオンが突き出した槌斧にトーレの身体がくの字に折れる。
「まだまだァッ!」
「おごォッ…!?」
くの字に曲がり下がった頭を目掛けて振り上げた槌が今度はトーレの顎を捉えると、上体を真上に反らせ足が地から離れていた。
「…ゥおのれィッ!ンこのまま叩き潰してくれ…」
「…ォ遅いッ!」
「ぬぐァッ…!?」
宙に浮かされたトーレはそのまま棍棒を振りかぶりマリオンの頭から叩き潰しにかかるが、マリオンがそれよりも早く槌斧を振り下ろしており、槌斧の頭がトーレの胴を捉え、鎧を砕きながら地面に叩きつける。
「おおっ…やりおったな!だが儂の鎧を砕いたに過ぎんッ!」
「馬鹿言わないで。これで終わりな訳ゃ無いでしょ?」
「何ィ?…ぬゥ、動けぬッ…!」
身体の正中を槌で押さえつけられトーレは起き上がれずにいた。
超重量の槌と言うだけであればトーレは自力で動かせたのだろうが、その槌で彼を押さえつけているのは同じく魔人の加護を持つマリオンだ。
「ヌゥオオオ…!ま、まさかッ…!」
「これでッ…終わりよッ…!」
マリオンはトーレを押さえつけている槌斧に更に力を込めると、トーレの背中を伝って床に亀裂が走る。
そして尚もマリオンは痛みを推して、押し付ける槌斧に力を込めていった。
「ごおォッ…!」
「…ああああァァッ!」
骨が圧し折れる音に、床の亀裂の広がる音が続き、更にトーレの唸り声が続く。
そして遂に床に走った亀裂から崩落し始め、マリオンは押し付けた槌斧を振り抜くと、トーレは崩落した床と共に勢いよく叩き落とされ、階下の部屋の床を突き破りながら真っ逆さまに一階の地面に叩きつけられてしまい、頭から地面に埋まってしまった。
トーレは下半身だけを地面から生やしたまま、僅かにも動く事は無かった。
「十二分の力だとか知ったこっちゃないわ…!老人は老人らしく…そのまま大人しくしてなさい…!」
マリオンは崩落し、また自身の槌斧で抉った床の前で膝をつく。
トーレの渾身の一撃を耐えはしたが、彼女の肋骨は既に原型を留めぬ程に砕け、さっきまで立っていたのがやっとの状態だった。
「けほっ……っ!…あー…こりゃヤバいわね…」
小さい咳一つで全身を激痛が襲う。
口を覆った手には自身が思っていたより多くの血がこびり付いており、漸く彼女は自身が負った傷の深さに気付かされていた。
「治すとなると…、魔素をだいぶ食いそうかしらね。…ちょっと我慢するしかないか…痛たたた…」
ーーー
「…ははっ!その重装備でよく俺の動きについてこれるモンッスねッ!」
「くっ…ちょこまかと…!」
アンリエッタはドーディチの素早い動きに翻弄されており、辛くもついていっている状態だった。
「このッ…!」
「おっとォ…、と…隙ありィッ!」
「あうっ…!」
防戦一方では埒が明かない、そう考えてアンリエッタは反撃を試みるも、簡単に槍を躱され、更にはその一瞬を突いてドーディチの鎧の隙間を狙う曲剣の一撃を受けてしまう。
「あー…、アンタはアレだ。防御においちゃピカイチッスけど、攻撃の速度についちゃ大した事は無ェスね」
「痛…、そんな事くらい自身で理解しておりますわ。で、言いたいのはそれだけでして?」
「お節介でしょーけど、そう思ってんならずっと防御に回ってる方が賢明じゃねぇかってね。ま、その面見る限り、そんな気は無いみたいスけど」
「察しの通りですわ。時間稼ぎなど毛頭する気もありませんので」
「…そうスか、じゃあもう言わねッス」
ドーディチは呆れ顔を浮かべると、その瞬間に姿を消した。
「またっ…!」
「おっとォ、流石に単調だったスかァ?」
姿を消したドーディチはアンリエッタの背後から曲剣を振り下ろしてきていたが、彼女はそれを読んでいたのか、曲剣の一閃を大楯で防いでいた。
「流石に同じ手は食いませんわ」
「へえ、…じゃ、これはどうスかね?」
ドーディチが顔をニヤつかせながら再び姿を消すと、アンリエッタは背後を振り返り様に殴りつけんと槍を振り抜くが、彼の姿はそこには無い。
「残念、ハズレ…」
「そう思うのは早計でしてよッ!」
「のぉわッ!?」
背後に降り抜かれた槍は空を切ったが、背後に回るフリをしていながら再び同じ場所に現れたドーディチを襲ったのは槍と一緒に振られていた大楯だった。
慌てて飛び退いたドーディチの眼前を大楯が掠め、彼は数度後転すると宙返りしてアンリエッタから距離を取る。
「ッと、危ね…!なるほど、盾も得物ってワケス
か」
「無論、その辺の重戦士と同じに見られるのは心外ですわね」
「へっ、悪かったスね。だけど重戦士と名乗る奴に俺は一度も負けた事は無いんで、勝たせて貰うッスよ?」
「いいえ、私が敗北を喫する初めての相手となりましょう。お覚悟を」
アンリエッタは構えた槍をドーディチに向け、微笑んで見せる。
本来ならば重戦士にとって素早い相手とは不得手とする相手だが、アンリエッタの見せた笑顔は勝利を確信している様にすら見えていた。




