第百九十九話:アヴァルの聖騎士達
「な…何が起きたと言うのだ…」
ジスカルは眼下の光景に閉口していた。
セオドアの身柄が確保された、その報告が来るのを待ちながら紅茶を嗜んでいた最中にそれは起きる。
突如激しい轟音と揺れが城を襲い、彼が慌てて自室の窓から騎士達がセオドアを包囲していると聞いている正門を見下ろすと、そこにはあった筈の頑丈な門が跡形もなく消え去っていた。
「ジ、ジスカル様ァッ!」
「アレは…アレは何だッ!何があったと言うのだッ!説明しろッ!」
「は、はいッ!今し方、その件について警備の騎士よりその報告がッ!たった今、正門はセオドアの仲間と思わしき魔導士の手によって消し飛んだとの事ですッ!」
「バカなッ!あの門は一魔導士の魔術で簡単に消し飛ぶ様な造りではないッ!できるとすれば賢者級…いやそれ以上の魔導士と言う事だぞッ!」
ジスカルはセオドア達の戦力を見誤っていた事実を受け入れられずにいた。
賢者クラスの魔導士などそういるものでは無く、況してや大魔術を扱える魔導士自体、冒険者の一行にいるなどまず考えられない事だ。
大魔術は秘伝の中の秘伝とも言える魔術であり、賢者達を除けば竜人族と魔族の高位の魔導士ぐらいの者だが、セオドアの一行にそう言った人物は見受けられない。
確認できたのは人族と獣人族、それと魔族も半長耳種ど鉱山種と言った魔導士としての資質が低い種族であり、一人だけ不明の人物が居たがそんな可能性を感じる程ではなかったのを彼は覚えていた。
「正門で奴らを取り囲んでいる騎士達は皆戦意を喪失し、城内の騎士も動揺しております!ジスカル様、ご指示を!」
「ええい、全ての騎士に奴らの確保を命じよッ!最悪殺しても構わぬッ!それと城におる聖騎士達を円卓の間に集結させておけッ!王は引き続き部屋から出すなッ!以上だッ、急げッ!」
「は、ハッ!」
ーーー
「さて、侵入したまではいいけど…」
「この規模の城に正面突破…。正直たった四人でとか無謀もいいとこだけど、熱くなるわねっ!」
「まだ騎士達も驚いているばかりですわね。奇襲された様な状況、この混乱に乗じて一気に切り抜ける方が良さそうですわ」
「外の騎士達はまだ追ってきていないみたいですね。もたもたしてると挟み撃ちになります、急ぎましょう!」
城の廊下を走り抜け、驚く騎士達の間をすり抜けながら奥を目指す。
しばらく進むと前方にある扉の前に漸く状況を飲み込み俺達の進行を阻まんとする数名の騎士が立ち塞がっていた。
「ここを何処だと思っているっ!」
「我等のアヴァルの騎士の名において、貴様達の侵攻をこれ以上許しはしないッ!」
「能書きはそれで終わりだな? …よっと、失礼っ!」
「ぬおっ!?」
「邪魔ですわっ!」
「ごはぁっ!?」
「悪いけどいちいち相手してらんないのよねっ!」
「ぐわぁぁぁっ!」
俺とマリオン、アンリエッタの三人で騎士達を蹴散らし扉を蹴破ると、そこは城のホールだった。
吹き抜けとなったホールはとても広く、騎士や文官達は一斉に此方に気付く。
「さすがに広いわね…しらみつぶしに探してちゃ埒があかないわ!」
「目星がつけられれば幾分いいのですが…」
「こういうのは大体上の方だって相場が決まってる。一気に上を目指すぞ!」
「…でしたら、飛翔物防御。魔術は防げませんが、幾分いい筈です」
「…よし、行こうッ!飛翔!」
クリスの防御魔術によって全員が風の衣を纏ったのを確認すると、俺は飛翔の魔術で三人を引き連れて地面を離れる。
「浮いただとっ!?」
「弓隊、奴らを射ち落とせッ!」
「射て、射てェーッ!」
浮かび上がる俺達に騎士達は次々に矢を射かけてくるが、俺達を包む風の衣が飛んできた矢を全く寄せ付けず、次々に一階の地面へと叩き落としていく。
「なんの魔力も帯びていないただの矢であれば問題はありませんわね」
「…正直、これだけの矢を対策無しで受けたらひとたまりもないけどな…」
「さ、そろそろ着くわね」
「白兵戦は避けられそうにありませんが…少しでも数は減らしておきましょうか。電撃網!」
「「ぎゃあああッ!?」」
クリスは着地前に電撃を帯びた両手を前に伸ばし、手を広げると同時に電撃を蜘蛛の巣の様に広げると踊り場に集まる騎士達に覆い被せる様に浴びせる。
まさに一網打尽、待ち受けていた騎士達は電撃の網に絡め取られると密集していた事もあり、全員が強力な電撃を気絶するまで浴びせられていた。
「ご愁傷様です」
「相変わらずエグいわね…」
「なんにしてもこれで安全に着地できますわ」
「ああ、行こう!」
痺れて痙攣したまま気絶している騎士達を踏み越えて四階まで辿り着くと再び廊下を駆け抜ける。
既に俺達の侵入を知っているのか、大槍に大楯、全身を重装備で固めた騎士達が待ち構えていた。
後方からまだまばらではあるが追ってくる騎士もいる為、足を止める訳にもいかない。
「お、強そうなのがいるわね」
「全身を鎧で固めてるな…。アンリ、後ろを頼む!」
「心得ましたわ!」
「まずは私と兄様で崩します。マリオンさん、その後をっ!」
「了解、しっかりね!」
アンリエッタに追手の足止めを頼み、俺とクリスが前に出る。
「たった四人の賊にここまで来られるとは…。だがここは我等が抜かせはせん!」
「…鎧で固めてるならっ、放電撃ッ!」
伸ばした左手から迸る電撃を騎士達に向けて放つが彼らは微動だにせずにいる。
本来ならば鎧越しに感電しているところだが、見ている限り電撃は鎧や盾に弾かれてしまっている様だ。
「貴様等が魔術を操るのは把握しているッ!」
「我等の鎧は魔術に対する加工がされているのだ!その様な攻撃は通用せんぞッ!」
彼らには直接魔術で攻撃しても通用しない。しかもアンリエッタと同様に防御に特化した重装備の騎士だ。
ここで足止めをしておいて後続の騎士達と挟撃し、俺達を追い詰める腹積もりらしい。
「こんなのをまともに相手なんてしてられないな…クリス、合わせてくれ!」
「はい!」
俺が構えていたのは水魔術、対してクリスはそれを見てから雷魔術を構えていた。
手から大量の水を生み出すと騎士達は盾を構え攻撃に備えていたが、それに構わず俺は水を騎士達に向けて解き放つ。
「喰らえっ、鉄砲水!」
大量の水が廊下を流れ、濁流の様に騎士達を襲う。
しかし、重装備の騎士達には効果が薄く、盾を構えたまま僅かに押し込んだだけに終わってしまう。
ずぶ濡れにはなっているが、彼らは動じる事なく盾の後ろから此方をじっと睨んでいた。
「…この程度、耐えられぬ筈がなかろう!」
「そりゃそんな事解りきってるさ!クリスッ!」
始めから重装備の騎士達に水魔術が効果的に働くなどとは考えてはいない。
俺の目的は騎士達とその足元を水浸しにしてしまう、それだけだ。
「はいっ!雷球!」
クリスが魔術を放つと周囲にいくつもの小さな電気の球が発生し、バチバチと音を立てて漂い始める。
「恨みはありませんが、すみませんっ!」
「ふん、その程度の攻撃が我々に通用するとでも…」
クリスが手を振ると同時に漂っていた電気の球が騎士達に向けて飛んでいく。
彼らは変わらず盾を構えているが、その電気の球が着弾したのは彼らの構える盾ではなく水浸しになった床だった。
「ぬううッ!?」
「うおおあッ!?」
電気の球が水浸しの床で炸裂すると何度も何度も彼らの体に電撃が駆け巡り、その度に身体を痙攣させていた。
「ぬううッ…我等の装備は魔力に対する耐性を持っている筈…!何故だ…!」
「魔術に対する耐性を持ってるのはその装備だけってことさ。マリオンッ!」
「悪いけど、そこ通して貰うわよッ!」
マリオンの槌斧は電撃を受けて痺れ動けずにいた重装備の騎士達を直撃した。
騎士達の身に着けている頑丈な鎧や盾はマリオンの槌の破壊力の前には意味を為さず、打撃の衝撃によって打ち砕かれると同時に骨の折れる鈍い音を響かせながら背後の扉と共に奥の部屋へと吹き飛んでいく。
「アンリ、前は終わった!先に進むぞ!」
「了解ですわっ!」
行く手を塞いでいた騎士達を撃破した事を伝えると、アンリエッタは槍から衝撃波を放って抑えていた追手を押し返す。
そして直ぐに反転して俺達の元へと戻ってきた。
騎士達が扉と共に吹き飛んだ先の部屋は大きな広間の様になっており、その中央には円卓が置かれている。
そして吹き飛んできた騎士達をまた別の騎士達が静かに見ており、更に俺達へと視線を向けていた。
「城門を吹き飛ばし、騎士達をも蹴散らしてここまで来るとはな…」
「なかなかどうして骨のある若人ではないか、いやはや、腕がなるわい!」
「団長殿の話ではSS−級の冒険者だと聞いています。皆さん決して油断なさらぬよう…」
「まぁ相手にとって不足なし、って所かねェ」
円卓の広間で待っていた騎士達が侵入者である俺達を見るなり、口々に言葉を発する。
四人は他の騎士達とは違って各々が全く異なる装備を身に着けており、その言動や立ち振る舞いまでを考えると騎士達の中でも上位の実力者だと思われる。
「やあやあ遠からん者は音にも聞けィ、近くば寄って目にも見よォッ!」
彼らの中にいた一人の騎士が巨大な棍棒を振り回し、大声を上げながら前に出てくる。
「なんだ?」
「我こそはアヴァル十二聖騎士が一人、トーレなり!小童どもよ、この円卓の間の床の染みにしてくれようぞォッ!」
トーレと名乗る筋骨隆々の老騎士が名乗り終えると同時に他の騎士達も同様に武器を手に前に出てくる。
「トーレ殿、貴方お一人で奴らを相手取るお積りか。我々もいる事を忘れないで頂きたい。私も同じく十二聖騎士が一人、名をセイと申します」
「この爺さんはよ…ったく。俺はドーディチってんだ。さっきまでお前らが蹴散らしてたのは所詮下っ端だ、いい気になるんじゃねぇよ?」
「…アヴァル十二聖騎士筆頭、ウーノと申す。若き賊よ、これ以上は聖騎士の名にかけて我等が先へは進ませぬ」
ウーノが名乗り終えると聖騎士達は凄まじい気迫を発し俺達を睨み付ける。
そしてトーレが真っ先にその手の棍棒を振り上げ走り込んできた。
「ぬははははっ!女の相手は好かんっ!童、儂が叩き潰してくれようぞっ!
「くっ…!」
気迫と笑い声を放ちながらトーレは真っ直ぐ俺に狙いを付けて迫り、俺は騎士剣を構えてそれに備える。
だがそこに割って入ったのはマリオンだ。
「悪いけど、ここはアタシが相手になるわ!」
「ぬう、邪魔をするでない!…ええい、しゃらくさい!纏めて叩き潰してくれるわッ!ぬえいッ!」
「甘く見ないで頂戴、ねッ!」
トーレの振り下ろす棍棒にマリオンが槌斧をぶつけると、お互いに弾き合い怯んでいた。
「ぬおおっ…!?」
「っ…!」
後出しとは言え、マリオンが槌斧を弾かれる姿は初めてだ。
「やるな小娘ェッ…!」
「小娘って歳じゃないけどねッ!」
巨大な棍棒を振り回す老騎士トーレの戦いぶりはまさに狂戦士そのもの。
武装修道士のマリオンと狂戦士トーレの戦いはお互いが一撃必殺を狙う力と力のぶつかり合いだ。
マリオンとトーレが激しいやり合いを始めている内に他の局面も動き始めていた。
「さぁて、俺達も始めるとしようかねぇ…」
「貴方のお相手、私が致しますわ」
「そうかい、こんな美女に相手してもらえるなんて光栄の極みってヤツだな。実際あっちの娘も美人は美人だが…、俺はアンタぐらいの方が好みでね。…しかしいいのかい? 重戦士に俺の相手が勤まんのかいッ!」
「…!速いッ…!」
ドーディチの素早い動きにアンリエッタが盾をどうにか合わせる。
彼は軽戦士、というよりは盗賊や暗殺者であり、強いて言うなら盗賊戦士と言うべき相手だろう。
アンリエッタがドーディチの速度についていけるのかが問題だ。
「私の相手は貴方ね?」
「女性に剣を向けるのは私の主義に反するのですが…、致し方ありませんね」
セイは左手を腰に当てたまま鋭く長い細身の剣を抜くと、その刀身を真上に向ける。
刀身は風を纏い、彼の長い前髪を揺らしていた。
「風の魔力を纏わせた突剣…、魔剣士ね…!」
「御名答、しかし魔導士が剣士と正面から相対するのは少しばかり無謀では?」
「…ただの魔導士だとは思わないで欲しいわね」
クリスも腰にある鞘に収まった剣に手をかけて構えを取る。センゾウ直伝の抜刀術の構えだ。
その姿を見たセイは真上に向けていた突剣をクリスに向けて水平に構える。
「…なるほど、剣の扱いも心得があると言う事ですか。女性とは言え、剣士であるならば手心を加える訳には参りませんね。…では!」
「…そこっ!」
セイの鋭い突きをクリスが抜いた剣をそのまま振り抜いて受け止める。此方も戦闘開始の様だ。
勿論俺の前にも相手はいる。
彼ら聖騎士達の筆頭である騎士、ウーノだ。
貫禄のある大きな身体を重厚な鎧に包んだ彼は、腰に挿してある長い大剣をまるで長剣の様に片手で握っている。
「さあ後は我々だな」
剣戟の音が響く中、ウーノが俺に語りかけてくる。
「…俺達はジスカルと言う貴方がたの上司に会いに来ただけなんだけどな」
「ふっ、それだけではあるまいよ。それに貴公らがやった事は最早我々にとっては襲撃と変わらぬよ。とは言え、先にちょっかいをかけたのは此方の方だったかな」
「…だったらすんなり通してくれると助かるんですが」
「ふふ、無理な話だ、わかっているだろう? さっきも言った筈だが貴公らは襲撃者、ならば我々も騎士と言う護国の使命がある。仮に本当にその気が無かったとしても易々と襲撃者を通しては我々の騎士としての立場が無くなってしまうのでな」
不敵に笑うウーノだが、彼は会話を続けている間も一切の隙は見せていない。
騎士達の精鋭である聖騎士を纏める立場にいる彼は自身もまた精鋭中の精鋭であるのは対峙しているだけでも十分に伝わってくる。
「十二聖騎士が筆頭ウーノ、参るッ!」
「SS−級冒険者セオドア・ホワイトロック、力尽くでもここを通してもらうッ!」
同時に振り抜いた剣がぶつかると激しい火花を散らせ、鋭い金属の音を響かせる。
誇り高き十二聖騎士の長、ウーノ。彼と交えた一合目はまさに将軍としての誇りを感じさせる一合目だった。




