第百九十四話:旅は道連れ
「でも確かにクリスが怒るのも無理ありませんわ。私も随分と汚されてしまいましたし、レオもマリオンも、センゾウ様も泥だらけになってますわよ」
「あー…、確かにこりゃ酷ェ。ガルマリアの砂埃も相当だったが…ヘヘッ、こりゃあ随分と派手に汚されちまったなァ」
「髪の中まで泥が入り込んで気持ち悪いわね…」
「む…ユリア殿から賜った一張羅が泥塗れに御座る。直接は啄まれておらぬ筈だったが、撥ねた泥を浴びてしまったか」
アンリエッタもレオもマリオンも、群襲鳥の攻撃を躱していたセンゾウまでもが泥塗れになっており、髪から服や鎧まで、ほぼ全身に茶色のまだら模様ができていた。
「最悪ね、何処かに水浴びできる場所があればいいんだけど…」
「ま、村までは無理だな。俺は別に問題無ェが、まだ雪が溶けきってねェくらいだ、川があっても寒ィだろ」
「この寒さで外で水を浴びようものなら一発で風邪を引きますわね」
「村に着くまでは我慢する他なかろう。それよりも…」
泥塗れの四人が話している中、センゾウが目をやったのは先程まで群運巨嘴鳥に追われていた三人の冒険者達だ。
元より腰を抜かしていた女魔導士のアナは勿論、あとの二人も同様に泥濘む地面に座り込んで動けずにいた。
「だ、大魔術…!初めて見たわ…」
「ああ…ルミネシアの各領地を治めてる賢者達が使えるってのは話に聞いてたが…」
「ええ…まさか一介の冒険者にその使い手がいるとは…!」
三人の冒険者達は大魔術を見たのは初めてだったらしく、立ち上がろうとする足は震え、今の言葉を絞り出したきり何も言葉を発せずにいる。
「皆さーん!大丈夫ですかー!」
後方から聞こえてきたのは襲われていた魔獣車の主の声、護衛に残していたクローディアとアリーシャも一緒だ。
二人も此方に魔獣車は無事だと手を振って合図を送ってきており、俺もまた首を落とした群運巨嘴鳥を顎で促しながら手を振ってそれに応える。
近くの街道まで付けた魔獣車の幌は群襲鳥に引き裂かれていくつもの穴が空いた状態であり、それを引く二頭の疾走馬も大した怪我は負ってはいないが随分と疲れた様子だ。
魔獣車を停めると、街道の傍に生えた短い草を気怠げに食み、長い首に支えられた頭を項垂れている。
「よっと…、おおよしよし、怖かっただろう。いや、お陰様で無事…とは言えませんが、何とか魔獣車も荷物もやられずに済みました!本当に何とお礼を言えばいいやら…」
「俺達もたまたま襲われている所に通りがかっただけですよ。流石に放っておくわけにも行きませんから」
「しかしあの冒険者達ときたら…、あのでかい鳥が来たらすぐに逃げ出しまして…」
御者台から降りた商人らしき男は疾走馬を落ち着かせると、俺達に礼と自身の魔獣車の護衛をしていた冒険者達の愚痴を述べ出す。
しかしその愚痴を聞いたフォルクは男の言葉を遮り、彼らの弁護もとい、男に苦言を呈し始める。
「…それは随分な物言いだと思うよ? 群襲鳥だけならともかく、群運巨嘴鳥は彼らには荷が勝ちすぎる相手さ。恐らく逃げたというよりは彼らが惹きつけてくれたから魔獣車はひっくり返されずに済んだ、僕にはそう見えるけどね」
「むう…なるほど…」
「彼らは見た所A級そこそこの冒険者みたいだ、それに対して群運巨嘴鳥はS級の魔物だね。まともに戦って勝ち目はないと判断したから注意を惹きつけて逃げる選択をした。もし命知らずにも戦う判断を下してたら今頃みんな奴の胃袋の中さ。冒険者は別に金の為に命を投げ捨てる様な職業じゃない。むしろそんな冒険者は三流以下の素人だよ。彼らの選択は相手と自分達の実力を踏まえた上で導き出した最善の選択だったと思うけどね」
「…っ」
フォルクの苦言に男は二の句が出ずにいた。
目先の利益に捉われ、護衛を引き受けた冒険者達を悪く言ってしまった商人は言葉を詰まらせると、漸く立ち上がり服に付いた泥を払う冒険者達に視線を向ける。
「何も伝えずに飛び出したのはすまねえな」
「ウォルス、君の悪い癖ですよ」
「代わりに説明してくれたから良かったけど、何も説明してなかったら怒られてた所ね…。ラングさん、何も説明しなくてごめんなさい」
「あ…ああ、いいんだ。私も早とちりで君達に文句を言う所だった。そうとは知らずにこちらこそ悪く言って済まないね」
商人の男はラングと言うらしい。
話を聞けば彼は駆け出しの商人で、テラービブの港で仕入れた商品をデモンガルドに運んでいる途中、ダビデ領の街ベイトレフェムでアーサー領の街ブリトンまでの護衛として彼らを雇ったそうだ。
冒険者三人はやや粗野な戦士の男がウォルス、丁寧な口調の魔剣士の男がラムズ、そして快活な魔導士の女がアナと名乗った。
俺達の進路も彼らの目的地と道を同じくするため、彼らと共に街道を進むこととなり、俺達も道すがらラングの魔獣車を護衛する事にした。
「…いやあ、いいんですかねぇ。まさか無償でSS級冒険者に護衛してもらえるなんて…」
「いえ、俺達は正式に依頼を引き受けた訳じゃありませんし、旅は道連れって言いますからね。それに、護衛の主軸は彼らですから」
ラングは俺達が護衛につく事にやや申し訳なさそうにしているが、俺はあくまでついでだと断じていた。
「SS級冒険者なんてそうそうお目にかかれないし、正直な所、彼らと一緒に護衛なんてまだ信じられないわね…」
「ああ…、けど金を貰ってるのは俺達だ。二人とも気は抜くなよ」
「ええ、報酬分は働きませんとね。セオドア君、魔物が出た時は我々が真っ先に戦いますから、あまりに数が多かったり…我々の手に負えない程の魔物が出た時はお願いします」
そう話すのは元々護衛を引き受けていた三人だ。
俺達があまりに出しゃばっては本来の請負人である彼らの立場が無くなるだろう。
あくまで護衛を引き受けたのは三人であり、彼らも冒険者としてのプライドがある。
俺達は彼らが必要とするまではサポートに徹し、彼らが必要とすれば全力で応える形だ。
レオとフォルクが彼らに加わって周囲の警戒にあたり、二人が敵を察知して三人に伝え、三人がその敵を撃退していく。
幸い、アーサー領に入って最初に出逢った群運巨嘴鳥のような強力な魔物には遭遇する事なく旅はスムーズに進み、以降は特に問題なくアーサー領最初の村、カディフへと到着した。
ーーー
「今日はこのカディフの村で一泊ですね。私達は早速魔獣車を預けられる宿を探すつもりですがセオドアさん達は?」
「俺達も別に宿を探しますよ。こっちは九人もいますから、そちらと併せて十三人も泊められる宿も流石になさそうですしね」
カディフの村は小さな村であり、街中の様な大きな宿は無い。いくつかの小さな宿と雑貨屋、それにギルドを兼ねた小さな酒場がある程度だ。
俺達は一旦ラング達と別れて宿を取ると、汚れた髪や身体を洗ってから服を着替え、酒場へと繰り出していた。
「へぇ、思ったより賑わってんだな」
小さな村の酒場はこの村の住人にとっては数少ない娯楽の場だ。
村の男達や村娘達も多数おり、各々が歌い踊りながら賑わっている。
酒場のカウンター席に目をやると、ラング達が早速一杯やっているのを見つけ、俺達もそこに足を運んでいた。
「ああセオドアさん、宿は見つかりましたか?」
「ええ滞りなく。ラングさんも?」
「いやあ、流石に魔獣車までは宿で預かってもらえませんでしたよ。ただ幸いにも疾走馬を飼っている農家の方が預かってくれると言ってくれましたので、何とか私達もどうにか安心してこうして酒にありつけてます」
ラングは安堵の息を混じらせながらそう話すと、ジョッキの中のエールを一気に口に流し込むと、大きく息を吐き、口の周りの泡を腕で拭っていた。
「さあさ、セオドアさん達もご一緒に!せめて一杯ずつぐらい私に奢らせてくださいよ!ご主人、この人達に一杯ずつ好きな飲み物をお願いします!」
「はいよ。兄さん達、狭くて悪いな。空いてる席に勝手に座っててくれ、すぐ持ってくからよ」
店の主人に言われ、俺達は村人達の座るテーブルに座っていく。
程なくしてジョッキが届けられ、すぐに渇いた喉に勢いよく葡萄酒を流し込むと、よく冷やされた葡萄酒が喉を通り過ぎていき、その快感に思わず唸り声をあげてしまった。
「見ない顔だなぁ、商人さんには見えないし、兄さんは冒険者さんかい?」
「…ええ一応」
「やっぱりか、どこから来たんだね?」
「アトラシアのブリュンヒルデからですよ。もうかれこれ七年になります」
「しかしわざわざこんな辺鄙な村によく来たもんだ。ダビデ領を抜けてきたんだろう? よほど急ぎか、酔狂な人間じゃない限り通らない道だからな」
気がつけば俺は村人達に囲まれていた。
彼らにとっては冒険者は勿論、外部からの人間自体が珍しいのだろう。
聞けば、ダビデ領を抜けてそのままアーサー領に来る冒険者や商人は少ないらしい。
大抵は議会都市ルミネスを抜けてアーサー領に入ってくるというダビデ領を避けてやってくるのが一般的なルートだそうだ。確かにあの暗闇の地を思い返せば無理からぬ話であり、村を訪れる旅人が珍しいというのも頷ける話だが…。
「そういやアトラシアって言うと海の向こうだろう? 随分と遠くから来たんだねえ」
「そのギルド証、初めてみるなぁ。兄さん、等級はいくつだい?」
「あー…ええと、SS–です」
「な、なんだって!?」
聞かれた質問に対して少し遠慮がちに答えるが、耳にした村人達は一様に驚いていた。
「SS級の冒険者っていやあ、それこそ歴戦の猛者ー…っぽいのを想像してたんだが…」
「ああ、それこそあっちの獣人の兄さんみたいな…なあ?」
「まさかこんな若い兄さんがなんて…なぁ?」
村人達はまさか俺達が高位の冒険者だったとは思っていなかったようだ。
彼らの想像していた高位の冒険者とはそれこそレオの様な典型的な筋骨隆々の大男らしい。
勿論レオもレオで獣人族である事も手伝ってか、俺以上の人に囲まれて困っている様だ。
「兄様、助けてください!」
「クリス、どうしたんだ?」
顔を真っ赤にしたクリスが俺を囲む村人達を掻き分けて泣きながらやってくる。その後ろには村の若い男達がぞろぞろとついてきていた。
「クリスちゃん!俺と飲もう!戻ってきてくれ!」
「なあ村に残って俺と結婚してくれないか!」
「クリスちゃんの子供が欲しいんだ!きっとかわいい子供が生まれる筈だ!」
どうやらクリスは酔った男達に言い寄られており、交際を求められるどころか結婚、子作りまでをも申し込まれているらしい。
確かにクリスは今まで俺にくっついたまま、そういう事も考えなかっただろうし、当然経験もない。
そこに大勢の男から言い寄られた事で恥ずかしくなり逃げてきた様だ。
クリスが美人なのは言うまでもないが、ここまでストレートに言い寄ってくるのは、恐らくこの村がこういった事に対して特に恥ずかしい事だと考えない風土があるからなのだろう。
クリスも彼らに悪意が無いのがわかっている為、手酷く断る事も出来ず、俺に助けを求めてきたと言った所だ。
「あんたクリスちゃんの何なんだ?
「…兄ですが?」
「な…兄さん!? うーん…この妹にしてこの兄か…!」
「クリスちゃんのお兄さん!クリスちゃんを俺に…」
「ダメです」
「そんなあ…」
彼らは俺がクリスの兄だと分かるとすぐにクリスとの交際を許すように懇願してくるが、俺はそれをにべもなく切り捨てた。
なお、アンリエッタにも言い寄る男はいたが、彼女は俺と付き合っているとしっかりと伝えていたらしく、また逆に俺に声をかけようとしていた村娘達もいたが、そちらはアンリエッタの睨みつける様な視線に気が付くとすごすごと諦めていた様だ。
夜が更け始めて俺達もラング達も酔いが回り、気がつけば村人の輪に入って宴会を楽しんでいた。
俺とクリスで魔術ショーを展き、フォルクとアリーシャが短剣でジャグリングを披露し、センゾウがワダツミの剣舞を見せる。
レオとマリオンはその自慢の怪力ぶりを見せ、アンリエッタは村人達から借りた農具でクローディアが投げるリンゴを次々に貫く一発芸を見せて村人達を沸かせていた。
本格的に夜が更けると、潰れてしまう者、家路につく者、まだ飲み続けている者と、酒場の盛り上がりも徐々に落ち着き始め、俺達もラング達も満足してそれぞれ宿へ戻る。
戻った宿は二人部屋であり、俺はアンリエッタと、フォルクはクローディアと同じ部屋だ。
あとはクリスは宿の主人に無理を言ってアリーシャにセンゾウも入れて三人で同じ部屋だった。修行をつけて貰っていた間もそうしていた様で、それならばと俺も特に何も言う事はしなかった。
あとはレオとマリオンも同じ部屋だが、レオは一緒のベッドじゃ狭すぎるだろうとベッドをマリオンに譲り、床で眠る事にしていた様だ。
ーーー
「おはようございます!…いやあ昨晩は随分とお楽しみだったようで…」
俺達が身支度を整えて部屋を後にすると宿の主人が景気のいい挨拶で出迎え、ついでに小声で昨晩の情事について声をかけてくる。
昨晩、俺とアンリエッタはそうするつもりは無く、ほろ酔い気分のままベッドに入ったのだが、隣の部屋のフォルク達が部屋に戻るなり早速事を始めた為、それに釣られてついそういう事を始め、最後までしてしまった次第だ。
アンリエッタが頰を染め、クリスが俺達を睨み、アリーシャが小さく咳払いをする。
宿の主人の一言は全く余計な一言であり、クリスの視線が背中に突き刺さっていた。
「ささ、さあ、と、とりあえず宿を出よう!ラ、ラングさん達が待ってるは、筈だ!」
「セオ、声が裏返ってンぞ…」
クリスの冷たい視線を背に受けながら宿を出ると、丁度ラング達がやってきた所だった。
「お待たせしました。では早速しましょうか」
「ええ」
俺達はカディフの村を後にし進路を北西へ、アーサー王領の街、ブリトンを目指す。
「…クリス、そろそろ機嫌を直してくれないか…?」
「私は別に怒ってなどいません、兄様」
「だったらそうやって眉間に皺を寄せて睨むのはよしてくれ…。なぁ、アリーシャからも何か言ってくれないか?」
「はぁ…、私の口からはなんとも…。ですが、セオドア様、くれぐれもまだお子様を成すのだけはお控え頂きますようお願い致します。旅が終わるまでとは言いませんが、その場合はせめて住む場所だけでも決めていただければ…。そうであれば私もお世話ができますので」
クリスに許してくれる様に頼むが、どうにも暫くはこのまま続きそうだ。
アリーシャに助けを求めても、彼女も困った顔をするばかりで、寧ろ釘を刺されてしまう始末だ。
「ま、そのうちほとぼりも冷めるでしょ。それにいつかクリスだっていい人見つけるでしょうし、そうすればああやって目くじら立てなくなるんじゃない?」
「そうだといいんだけどな…」
「クリスも一発ヤってみればいいじゃない。センゾウあたりいいと思うけどね」
「…拙者に振らないで頂けるかマリオン殿。それに拙者にはワダツミに想い人が御座る」
「…マリオンは黙っててくれるか?」
クローディアの言葉、それにマリオンの全くフォローになってないフォローも更にクリスの視線を鋭くさせる。
そんな中、フォルクがセンゾウが漏らした言葉に食いついてきた。
「へえ、センゾウにもそういう話があったんだね。よかったら聞かせてくれないかい?」
「そうよ、聞かせなさい!」
「むう…薮蛇を突いたか…。しかし…」
「ほら勿体ぶってないで、みんな聞きたがってるわよ?」
「あまり面白い話ではないのだが…」
フォルクがセンゾウの話に食いついたおかげで一旦は俺への注意が逸れる事になった様だ。
ナイスフォルク、そして済まんセンゾウ。
「想い人…とは言うが、拙者の場合は実らぬ恋、つまり徒花に御座るよ」
「いーいーかーらっ、続けなさい!」
「拙者の想い人とは、拙者が仕えていた主君の姫君に御座る。気立ての良い嫋やかな姫君でな…、この髷も拙者が…」
「ンな事よりウォルス、仕事だぜ!正面に魔物だ!」
センゾウの想い人の話に割り込んで魔物に気付いたレオが魔獣車で控えるウォルス達にそれを伝える。
「了解だレオさん!ラムズ、アナ、行くぜっ!」
「はーい!」
「魔物は…粘体の亜種と言った所ですね!」
ウォルス達は魔獣車から颯爽と飛び出すと、進路である街道を塞ぐ魔物の撃退に向かい、レオ達はセンゾウの話も聞かずに彼らを見守っていた。
「振っておいてこの仕打ちとは…!」
「センゾウさん…、そう怒らないでください…」
無視をされ、怒りに握り拳を震わせるセンゾウを俺は肩を叩いて宥めながら皆と同様にウォルス達を見守っていた。




