第百九十三話:鳥種の楽園、アーサー王領
予定より一日遅れて俺達はダビデ領の暗闇を抜け、風の賢者が治める地、アーサー領へと辿り着いた。
「ふう、漸くダビデ領を抜けられたわね」
「もう暗闇は勘弁願いたいところだね。幾ら匂いや音で周りの状況をある程度察知できると言っても、視界が通らないんじゃ弓も無闇に使えないからね」
ダビデ領の関所を抜けると同時に太陽の光すら遮る靄も晴れ、日差しと共にやや強くはあるが気持ちの良い風が吹き抜けてくる。
漸く明るくなった視界に広がるのは見渡す限りの草原地帯だ。
アーサー領は高原地帯でもあり、まだ冬を過ぎたばかりのこの場所は雪が溶け残り、街道の側には泥濘んだ地面が広がっていた。
「まずは街道に沿って進もう。地図によると半日もかからない所に村があるはずだ」
「この辺りは鳥種の魔物が多い、周囲も開けてて発見されやすいから上にも注意しないとね」
フォルクの進言に沿って、俺達は見晴らしの良い街道を進む。
彼の話す通り、小型から大型までの様々な鳥種の魔物達が自由に空を飛んでおり、ダビデ領の重苦しい暗闇とは逆に開放感の高い開けた地だと言う事がよくわかる。
とは言え、開けた土地において、空から獲物を探せる鳥種の魔物から逃げるのは難しい事だ。
街道を進んでいると幌付きの魔獣車が小型の鳥種の群れに襲われており、助けを求めていた。
「わ、私の荷物がッ!誰かッ、助けてくれーッ!」
商人らしき人物が短刀を振り回しながら自身に群がる魔物を追い払っているが、それと同時に魔獣車にも小型の鳥種の魔物が群がり、積荷である食料を啄んでいる。
「あれは…群襲鳥だね。と言うことは…いた!セオ、あれを見て!」
魔獣車を襲う群襲鳥を見たフォルクが辺りを見回し指差した先には色鮮やかな羽毛に包まれた巨大な鳥種の魔物が滑空する様に別の冒険者達を追い回している。
「群運巨嘴鳥、群襲鳥と共生している魔物だ。あいつが追い回してるのは魔獣車の護衛をしていた冒険者と言った所だろうね」
「さすがに見過ごす訳にはいかないとして…」
「二手に分かれるべきだろうな。俺は勿論群運巨鳥の方に回るぜ?」
「…よし、フォルク、クローディア、それとアリーシャは群襲鳥の方に俺と一緒に来てくれ。あとのみんなはレオと一緒に群運巨嘴鳥を頼む、急ごう!」
「「了解!」」
ーーー
「ピエッ、ピエーッ!」
「痛っ!こ、このっ!」
「ピエーッ!」
魔獣車と共にいる男は必死に短刀を振り回しているが、群襲鳥達はそれをまるで嘲笑う様にけたたましい鳴き声を上げて躱しては男に小さな嘴と爪を突き立てている。
見た目通りに攻撃能力こそ大した事はない様子ではあるが、その波状攻撃は鬱陶しい程に激しく、男はいくつもの小さな傷を負っているのがわかる。
また、この間にも魔獣車の積荷は別の群襲鳥達に啄まれており、布袋から漏れ出した穀物がどんどんこぼれ落ちていく。
「クローディア、出来るだけ広がった群襲鳥を集めてくれ!」
「了解、行くわよ…歪吸門ッ!」
「よし、結構な数が集まったな…。伏せてください!」
「な、何だ!?」
俺が両手に魔力を練りながら魔獣車に向けて走り出し男に声をかけると、彼は訳も分からぬままではあるが頭を押さえてしゃがみ込む。
「一網打尽にしてやるっ、珊瑚雷撃ッ!」
「うおおおっ!?」
俺の手から枝分かれした電撃の槍が放たれ、歪吸門に吸い寄せられた群襲鳥達を次々と貫いていく。
電撃の放つ轟音と閃光に驚いた男は思わず声を上げて目を背けていた。
また、一緒に巻き上げられた穀物も電撃の熱を纏うと、香ばしい香りを放ちながら弾けて降り注いできていた。
「うわっち!…フォルク、アリーシャ!残ってるのを頼む!」
「任せて!」
フォルクが次々に放つ光の矢が電撃を逃れた群襲鳥達を落としていく。
但しそれでも魔獣車の中までは落とせておらず、未だに穀物の布袋を啄む群襲鳥が残る。
そこにアリーシャが乗り込み、短剣を取り出して数羽に突き立てて仕留めると、群襲鳥達は慌てて魔獣車を離れて羽を散らしながら逃げていった。
「これ以上は追えないな…。怪我は大丈夫ですか?」
「あ…ああ。すまない、助かったよ…。だが別の大きな魔物もいるんだ…」
「大丈夫、俺の仲間がそっちも対応してます。アリーシャ、クローディア、こっちは任せてていいか?」
「了解、あいつらが戻ってきても私達が護ってるから任せて頂戴」
「油断はなされない様に、お気をつけて」
「セオ、流石に手こずってるみたいだ。急ごう!」
俺とフォルクはクローディアとアリーシャに魔獣車の護衛を任せ、レオ達が対応している群運巨嘴鳥へと向かい、走り出した。
ーーー
「ちくしょうっ、どこまで追いかけてくるんだっ!?」
「知りませんよっ!とにかく逃げないとっ!」
「いやあああ!食ーべーらーれーるーっ!」
「グバババババッ!グバッ、グバッ!」
群運巨嘴鳥が追っているのは三人の冒険者達で、彼らはダビデ領の街ベイトレフェムから魔獣車の護衛の依頼を受けてここまでやってきていた。
彼らの護衛していた魔獣車はダビデ領を無事抜けたものの、アーサー領に入ってから程なくして群運巨嘴鳥と群襲鳥の群れに襲われ、群運巨嘴鳥は彼ら三人を、群運巨嘴鳥に止まっていた群襲鳥は彼らが離れ、商人の男一人を残した魔獣車を襲い始めていた。
「足が取られるっ…、コケるなよ!」
「わわっ、滑っ…きゃあっ!?」
「アナッ!?」
冒険者の一人、アナと呼ばれる魔導士の女性が地面の泥濘みに足を取られて転倒してしまった。
一緒に逃げていた二人もそれに気付き足を止めたが、迫り来る群運巨嘴鳥に
服を泥で汚し、起き上がろうとする彼女には群運巨嘴鳥の大きなピッケルの様に鋭い嘴が迫って来ており、嘴の中から細かい無数の牙が覗いては彼女を喰らわんと嘴が大きく開かれていく。
「グバッ!グババババァッ!!」
「…ヤバ…、死んだかも…」
「…そうはさせませんわっ!」
絶望の色を瞳に映しながら眼を潤ませた彼女の前に大楯が割り込み、迫り来る群運巨鳥の大嘴を受け止める。
間一髪、アナが群運巨鳥に食われる前にアンリエッタが間に合い、彼女の大楯がそれを阻止していた。
「早くお逃げなさいなっ!」
「こ…腰が抜けて…!」
アンリエッタが受け止めはしたものの、群運巨鳥の狙いはまだ立てずにいるアナに向けられている。
それに気付いたアンリエッタはアナに怒鳴る様にして逃げる事を伝えるが、恐怖によって彼女は立ち上がれずにいた。
「致し方無し、…ここは拙者がっ!」
センゾウがアンリエッタに追い付くと腰が抜けて動けないアナを抱きかかえて素早くその場を離脱する。
とりあえずは後方の憂いが無くなったアンリエッタだが、アナからアンリエッタに狙いを変えた群運巨鳥はその圧力を強めてきていた。
泥濘む足元に踏ん張りが利かず、正面から群運巨嘴鳥の嘴を止めていた彼女は徐々に押され始めていた。
「…レオ、マリオンッ!早くお願いしますわッ!」
「投げ飛ばせなんて言うからその通りにしたが…お陰で間に合ったみてェだなッ!」
「アンリ、任せなさいッ!行くわよレオッ!」
「応ッ!」
アンリエッタは追いつかれそうな冒険者達を見るとすぐにレオに自身を投げる様に頼み、真っ先に冒険者達の救助に入っていた。
彼女のその判断が功を奏し、何とかアナが群運巨嘴鳥に食われる寸前で間に合い、追いついてきたレオ達もアンリエッタが抑えている群運巨嘴鳥に攻撃を仕掛けようとしていた。
「行くぜオラアアァッ!」
「…グバッ!?」
レオが群運巨鳥の不意を突いてその横顔に強烈な蹴りを叩きつけると、群運巨嘴鳥は突然の衝撃に驚き頭を逸らした。
更にマリオンは高度を下げた群運巨嘴鳥の背中に向けてその怪力で超重量の槌斧の刃を抱えあげたまま、大きく跳躍していた。
「行くわよッ!これでも…喰らいなさいッ!」
「グヴェエッ…!」
マリオンが振り下ろした斧が群運巨嘴鳥の背中を捉え、大きな傷を刻みつける。
だが群運巨嘴鳥はバランスを崩し地面に墜落したものの直ぐに立ち直ると、再び飛び上がらんとその大きな翼をはためかせ始めていた。
「うおっ…!」
「…っ、立ってるのがやっとね…!」
群運巨嘴鳥の翼が巻き起こす風圧は強烈そのもので、レオは両手両足で地面に踏ん張り、マリオンは手にした槌斧を地面に突き刺すことでそれに耐えていた。
アンリエッタも大楯でそれを防いでおり、羽撃くだけで動けなくなる程の強風を発生させる群運巨鳥にやや押されがちだ。
しかし、群運巨嘴鳥の真上に黒雲が立ち込め始めており、アンリエッタがそれに気付くと、二人に叫ぶ様にしてその事を伝える。
「レオ、マリオンッ、大魔術が来ますわッ!巻き込まれますわよッ!」
「マジかよッ!…クリスか!」
「だったらッ…!」
大魔術が準備に入った事を知り、レオは身体を起こし、マリオンは槌斧を地面から引き抜くと、群運巨嘴鳥の翼から巻き起こされる風圧に身を任せ、身体を後退させていく。
アンリエッタも足の踏ん張りを緩め、二人と同様に風に押されて距離を取り始めていた。
「汝 其の体に打ち込まれるは 神が下せし黒鉄の杭── 突き抜ける其の一撃に 抗う術もなし── 大いなる神の一撃は 汝に下される断罪の一閃── 雷神の鉄杭!!」
渦巻き始めた黒雲から無数の落雷が群運巨嘴鳥を貫き、羽撃きを止めると更に地面へと叩き堕とす。
そして雷雲が一塊りの球体となり、ゆっくりと下降を始めていた。
雷雲の塊は強力な電気を内包しており、放電を繰り返しながら群運巨嘴鳥の背中に降りてくると、背中に触れると同時に凝縮された電気を解放して青白い光の柱となって群運巨嘴鳥の大きな背中を貫く。
クリスの大魔術はアンリエッタが以前見た時のそれと比べ、更に威力を増している。
以前アンリエッタが見た同じ魔術が発した光の柱は群運巨嘴鳥の胴体程にも満たない歪魔獣の全身を貫く程の規模だったが、今まさに群運巨嘴鳥を貫いている"雷神の鉄杭"の光の柱は尾羽と脚先、そして首の根元から先を除く胴体全てを呑み込んでいた。
光の柱からはみ出した部分からは激しい放電を続けており、その威力を物語っている。
もし巻き込まれていれば命は無い、レオもマリオンも、そしてアンリエッタも同様の考えを脳裏に過ぎらせながら息を呑んでいた。
やがて光の柱が縮み消え去ると、群運巨嘴鳥は身体を痙攣させ、地面に突っ伏していた。
「…流石に生きちゃいないわよね?」
「だとは思うが…」
白目を剥いて痙攣する群運巨嘴鳥を見上げ、マリオンとレオが呟く。
それだけの威力である事は二人にもわかっているが、電撃によって痙攣し、僅かに動いている為に確信が持てずにいた。
だが、二人の予想に反して白目を剥いていた群運巨嘴鳥の目が回ると瞳の位置が元に戻り、再び飛び立とうと、ゆっくりと翼を動かし始める。
「嘘ッ!?あの威力でまだ動けるなんて…!」
「…だったら今度こそ息の音止めてやるだけだ!」
マリオンとレオは雷神の鉄杭の威力に怯んでいたが、群運巨嘴鳥が動き出したのを見ると、追撃を仕掛けようと立ち上がり、体勢を立て直す。
勿論アンリエッタもクリスも追撃の構えを見せ、動き出す群運巨嘴鳥と対峙していた。
「ピエーーーッ!!」
「あうっ!?」
「チッ…邪魔をッ!」
追撃を仕掛けようとするマリオンとレオにけたたましい鳴き声を上げながら群襲鳥が群がってくる。
セオドア達から逃れてきた群れの一部が共生関係にある群運巨嘴鳥の危機を察知し、妨害にやってきていたのだ。
勿論アンリエッタとクリスにも群襲鳥は群がってきており、その動きを封じられている。
「鬱陶しいわね…!」
「…不味い、飛ばれるぞッ!」
群襲鳥の妨害を受けている間に群運巨嘴鳥の巨躯がゆっくりと浮き上がる。
だが、四人は髪や服を引っ張られて思う様に動けずにいた。
「しからば拙者がッ…!」
独りアナを救出し、仲間達に引き渡す為に離れていたセンゾウが戻ってきており、飛び立とうとしている群運巨嘴鳥へ向けて風の様に走り抜けていく。
当然、群襲鳥はそれを見逃さず、センゾウにも妨害を仕掛けようとするが、センゾウは体捌きで次々に啄ばみかかる群襲鳥を躱すと、群運巨嘴鳥の羽ばたきから発生する風圧にも負けずに地面を踏み切り、腰の刀を抜いてその巨躯に斬りかかる。
「…グ…グババババ…!」
「ぬう…浅いか…!」
センゾウの刀は群運巨嘴鳥に届きはしたが、風圧に押された事で切っ先がどうにか届くに留まった。
体勢を僅かに崩しはしたものの、撃墜には至っておらず、着地したセンゾウに折り返してきた群襲鳥が再び襲い掛かってくる。
センゾウは群襲鳥の攻撃を避ける為、距離を取らざるを得ず、後退を余儀なくされてしまい、その間に群運巨嘴鳥は再び体勢を立て直そうと翼をはためかせていた。
ーーー
「見た目通りタフだね…、クリスの大魔術だろう? あれを直撃して生きてるとはねぇ…!」
「ああ、俺も驚いた…。こうなったら仕留めるには頭を落とすしかない、みんなも群襲鳥に邪魔されてトドメを刺しに行ける状態じゃないし…。フォルク、怯ませられるか?」
「群運巨嘴鳥が万全なら自信はないけどクリスの大魔術を食らって弱ってる筈だ。今なら行けると思う、任せてセオ!」
「よし…行くぞッ!」
フォルクは光の矢ではなく、矢筒から一本の矢を番えて群運巨嘴鳥に狙いを定め、弦を引きしぼる。
俺はそれを横目に走り出すと、群運巨嘴鳥の首を見据えて背中の騎士剣を抜いた両手に意識を集中させていた。
「フォルク、合わせてくれ!」
「了解!」
後方で弓を引くフォルクに声をかけ、泥濘む地面を蹴りながら、意識を集めた両手で握る騎士剣に今度は魔力を込める。
橙の光を剣に纏わせ、群運巨嘴鳥の放つ風圧に負けずに地面を踏みしめると、フォルクに見える様に剣を振りかざした。
「今だッ!」
「…旋風射ッ!」
フォルクの放った矢が群運巨嘴鳥の放つ風圧を掻き分ける螺旋を描きながら俺の頰の横切り、その胴体を捉える。
流石に矢の威力では群運巨嘴鳥を仕留めるには至らないが、弱っていた群運巨嘴鳥は矢が命中すると同時に一瞬だけその羽ばたきを止め、激しい風圧も止まっていた。
「…よし、風圧が消えた今ならッ!」
風圧が止まった瞬間を狙い、俺は地面を蹴って大きく跳躍すると、剣に纏わせた魔力を解放する。
鈍色の刀身が艶のある鋭い光を反射させ、魔力によって鋭さを増す。
「うああッ、属性斬撃ッ・金剛断ッ!」
「グッ…バッ…!?」
フォルクの矢によって怯み首を垂らした群運巨嘴鳥の首へ、魔力によって鋭さを増した刃を全力で振り下ろす。
群運巨嘴鳥は短い断末魔を上げると、首が中程から分かれて、そのまま地面へと墜落する。
切断された首は滑らかな切り口で、地面に落ちると同時にその巨躯に見合う大量の青い血液を噴き出させていた。
「ピエッ!?」
「ピエッ、ピエエェッ!」
レオ達を襲っていた群襲鳥達は群運巨嘴鳥の身体に戻ろうとするが、既に群運巨嘴鳥が息絶えている事に気がつくと、慌てて飛び去ろうとする。
群襲鳥達にとって、群運巨嘴鳥はいわば航空母艦であり、奴らもまた戦闘機の様なものだ。
母艦を失った群襲鳥達は逃げる他無く、この場を去ろうとするが、クリスがそれを許しはしなかった。
「逃さないわよっ…!爆炎・星団ァァッ!」
「ピエッ!?」
「ピエエェェェ…!?」
「おいおい…容赦無ェな…」
「最早気の毒ね…」
群襲鳥に髪と着衣を乱されたクリスは怒っていた。
激情の赴くままに放った爆炎が逃げ惑う群襲鳥達の群れの中心で止むることなく炸裂し、ただの一羽も残す事なく殲滅せしめていく。
クリスは息を荒げ、肩を怒らせながら群襲鳥達が炭クズになり堕ちていく様を睨んでいた。
「はあっ…はあっ…、もうっ!髪も服も…ぐしゃぐしゃにしてっ!」
逃げ惑う群襲鳥に容赦無い追い討ちをかけた後、憤慨しているクリスに全員が唖然としていた。
よくよく考えればクリスも年頃の女性で特にユリアと出逢って友人となってからは旅をしている間も身嗜みには気を遣っているのは俺達も把握していた。
それを台無しにされたクリスの怒りは尤もだが、まさかここまで苛烈な追い討ちをかけるとは誰も思っておらず、俺を含めてただただ閉口するしかなかった。




