第百九十一話:暗闇に忍び寄る暗影
ダビデ領を進む事十数日、途中に点在する村を経由しつつあと二、三日も進めばアーサー領と言う所まで俺達は進んでいた。
アーサー領は丘陵地帯という話であり、この辺りから緩やかな登り坂が続いている。
「ホントこれ便利ね」
「ああ、龕灯の事か」
「セオドア殿は知っておった様だが…」
「元の世界で見た事があるだけです。そういうのがテレビで…まぁそういう劇があってそれで使われてたんですよ」
テレビなどとつい口走ってしまったがそんなものはこの世界には当然あるはずがない。
とは言え、この世界にも演劇ならば存在する為、例え話として話すと、何となくわかってくれた様だ。
「なるほど、カムイ殿の知識で御座ったか。…しかし、だとすればカムイ殿のいた世界とはワダツミと似ておるのだろうか…。カムイ殿の剣はワダツミの剣術にも通ずる点も…」
「あー…それについてはそう言う時代もあったって話です。当然その時代に生きてた訳じゃないんで」
俺とマリオン、クリスが手に持っているのは龕灯という懐中電灯の様なもので、三人で足元を照らしていた。
発案者はセンゾウで、ワダツミでは街の夜回りの際に使われているらしい。
光を局所に集められる為、小さくても十分な照明能力を持ち、尚且つ光源を隠し易い為、隠密性も決して悪くない。
魔物や盗賊、それに暗殺者からの奇襲を避ける為に即席で土造形によって作ったもので、本来ならば中に蝋燭などを立てるものらしいが、代わりとして光球を龕灯の中に発生させて使っている。
光の向きを一定にしている事もあり、光球の光度を上げれば指向性の目潰しにも使える。
特にこの地ではどうしても闇に目が慣れてしまっている為、強い光は実に効果的だった。
「セオ、盗賊だ」
「…またか」
レオがいち早く盗賊に気付き俺に知らせてくると、俺は龕灯で少し前を照らしてやる。
龕灯を向けた場所が照らされ、盗賊達は誘蛾灯に引き寄せられる虫の様にその場所に集まってきた。
「おい、俺達はこっちだ!」
「バカな奴、自分から位置を教えてくれやがって…!」
俺が声を上げると、盗賊達は一斉に此方に向き直り、剣を抜いて近づいてくる。
「今だっ!」
「うおっ、眩しっ…!?」
此方に向かってくる盗賊達に三人で一斉に光度を上げた光球を入れた龕灯を向けると、闇に慣れた眼で激しい光を見た盗賊達は一様に目を眩ませていた。
「レオ、センゾウ、頼む!」
「了解ッ!」
「承知した!」
目を眩ませた盗賊達にレオとセンゾウが一気に畳み掛け、あっという間に無力化に成功すると、彼らを拘束して戦利品を物色する。
「大したものは無いけど食料と小遣い程度にはなるか…」
「武器は錆びたり欠けてるから売り物にもならなそうだね」
「じゃあこれはアタシが壊しておくわ」
盗賊達は基本的には殺さず、無力化した後に武装解除して役に立ちそうな物だけ奪って解放していた。
盗賊達は基本的には冒険者崩れの様な者達で、装備も使い古したものばかりであり、大した物は持ってはいない。
彼らには申し訳無いが、奪った武器も売却できない様であればその場で破壊し、二度と使えない様にしていた。
武器が無ければ冒険者達を襲える程の実力は彼らには無いし、無力化するにあたって多少の怪我を負わせていた為、そんな状態では尚更盗賊稼業は続けられないだろう。
「ず、ずらかれっ!」
「ひいいっ!」
「おう、おととい来やがれッ!」
装備を解除した状態で解放した盗賊達は一目散に闇の中に逃げ込んでいく。
それを見届けてから、俺達はまた龕灯で足元を照らしながら関所を目指し始める。
ーーー
更に一日が過ぎ、関所へ続く街道を進んでいると干し肉を噛み千切りながら、レオが何かに気がついて立ち止まる。
「どうしたレオ?」
「…なんか嫌な予感がしてな」
「黒曜の刃…、でしょうか?」
「そう考えるのが妥当で御座ろう。この気配は人のもの、とは言えこの辺りの盗賊ではこれ程の気配は出せまい。必然的に彼奴らしか他に思い当たらぬよ」
センゾウが刀の柄に手を添えて、目を瞑る。
足音や息遣い一つ聞こえない闇の中で彼には何かが聞こえている様で、レオも予感という形で何かに勘付いている様だ。
ただし、耳や鼻のいいフォルクを含め、俺達にはそういったものには気付けず、龕灯で辺りを照らしても見つける事も出来なかった。
「そこっ!」
「…!」
センゾウが抜刀しながら闇に向けて刀を振るうと、鋭い金属のぶつかる音が響き、弾ける様に激しい火花が散っていた。
「…何奴」
「ちぃッ!…匂いも足音も完全に消してたつもりだったが…」
「気配まで完全に消されていたら奇襲を許していた所で御座る。貴殿、黒曜の刃からの刺客で御座るな?」
センゾウが見ている先に目を凝らすと、闇の中に溶け込んでいた黒装束の男がぼんやりと姿を現していた。
顔を隠している為に表情は伺えないが、その様子から悔しがりながらも、どこか喜んでいる様にも見える。
「へへ、そうさ。俺は"暗影"、シュミットってんだ。ズィルヴァーの旦那から面白い奴らだって聞いてるぜ。そういうアンタはワダツミのお侍さんだろ? 滅多に殺せる相手じゃねえ、どれほどのもんかお手合わせ願おうか」
「…よかろう、受けて立つ。セオドア殿、この者の相手、拙者が致す」
「…わかりました。俺達は勝負の行く末を見届けさせてもらいます」
「かたじけのう御座る」
センゾウは俺に一礼を返すと、羽織の袖から腕を抜き、腰の刀に手を添えて重心を低く落とす。
居合の構えをとったセンゾウはその意識を全てシュミットへと向けていた。
「準備はいいみたいだな…、じゃあ始めるとしようかね、ワダツミの侍ッ!」
シュミットはそう笑いかけながら辺りの闇に紛れてしまう。
どこから仕掛けてくるかもわからないシュミットに対してセンゾウは身動ぎ一つも取らず、腰の刀を抜く機会を伺っていた。
「せあっ!」
「っとお…、どうだッ!?」
「ぬっ…!」
一撃必殺の抜刀術は闇から迫るシュミットを確実に捉えていたが、シュミットもまた危険を察して逆手に構えていた短剣でその居合抜きを受けとめていた。
更に剣を抜いたセンゾウに対してシュミットは懐から数本の短剣を取り出すと、それらを一度に投げ放ち反撃を仕掛けてくる。
センゾウを体を捻って短剣を躱し、シュミットに向き直るが、既にその姿は無い。
センゾウは次の攻撃に備えて再び居合の構えを取ろうと鞘に刀を納めるが、その瞬間を狙って闇の中から次々に短剣が飛んできていた。
「ぬうっ…」
センゾウは居合の形を諦め、四方八方から飛び交う短剣への対応を余儀なくされる。
時には体捌きで、時には刀で次々に飛び交う短剣を躱しているが、シュミットはその姿を一向に見せる気配は無い。
「卑怯だとは言わないでくれよ? 俺はあくまで暗殺者、侍と同じ土俵で戦り合うつもりは毛頭無えんだ」
「わかっておるさ、なれば相応の戦い方を取るまでに御座る」
センゾウは刀を逆手に持ち替え、短剣の刃を指で止めるとそれを闇に向けて投げ返す。
その瞬間、シュミットが投げてくる短剣の手が止まった。
「バッチリ急所狙ってきやがって…、油断も隙も無えなぁ」
「気配は追えておる。拙者にかような小手先の技は通じぬよ」
再び姿を現したシュミットの手にはセンゾウが投げ返した短剣が握られている。
センゾウは受け止めた短剣をただ闇雲に投げ返したのではなく、シュミットの放つ気配を頼りにその場所へと正確に投げ返されていた。
「…参ったね。大抵の奴は今ので死ぬか虫の息だったんだが、こりゃあしっかり自分の手で仕留めにかからにゃダメか」
シュミットは右腕の陰に隠していた刃を鈍く光らせると、波打つ様な刃の短剣を取り出していた。
波刃剣の類型と思しき形状の短剣を取り出したシュミットは辺りを包む闇に溶けながら、目にも留まらぬ速さでセンゾウへと迫る。
「確かに迅いが…、ついていけぬ程ではないな…!」
「そりゃどーも。とは言え剣速はアンタのが上、油断すりゃこっちがバッサリだ。見た所返りは遅いらしいし、こっちはそこを突かせてもらう…ぜっ!」
センゾウも抜刀術でシュミットの攻撃を防いでいたが、シュミットはセンゾウの居合の弱点を正確に見抜いていた。
「そらっ!…構え直させる隙はやらねぇよッ!」
「ぬっ、…くっ…!」
次々と繰り出されるシュミットの斬撃にセンゾウは構える隙すら与えて貰えない。
シュミットは素早い斬撃を繰り返しながらも一太刀一太刀、姿を眩ませながら短剣を振るっており、センゾウは気配は追えてもどうやらその太刀筋を寸前で見極めるので精一杯という所の様だ。
「これを受けられるだけでも驚いちゃいるがっ、受けてばっかじゃその内斬られるぜっ?」
「言われずともっ!」
シュミットの挑発に乗り、センゾウは受けた刀を返し、シュミットへと斬りかかる。
しかし、センゾウの刀は受けられており、闇の中を火花が走っていた。
「十手…いや、違うか…!」
シュミットはセンゾウの反撃を左手に隠し持っていた別の短剣で受けとめていた。
鍔が湾曲し、相手の剣を受け止める為の形状をした防御用の短剣で刀破剣と呼ばれる短剣だ。
流石に刀を破壊できる程では無いにしろ、センゾウの刀はシュミットの刀破剣の鍔に絡めとられ、動かす事が出来ない状態だ。
「刀は封じた、…さぁどうするか見せてもらおうかっ!」
左手でセンゾウの刀を封じたシュミットが更なる攻勢に出る。
姿を隠す事を止めたシュミットは右手の短剣から次々に攻撃を繰り出し、センゾウは刀と同時に手を封じられた状態でその攻撃を躱し続けていた。
「得物が使えなきゃあ、侍だろうが剣士だろうがただの人だな!そらそらぁッ!」
「ぬおっ…!」
「…しぶといねえ、じゃあこれならどうだっ!?」
「ぐうっ!」
短剣を躱し続けられたシュミットは更に体術を織り交ぜてくる。
その狙いは的確で、急所への攻撃が躱されると判断すると、センゾウの足なども狙い始め、動きを鈍らせる事も狙ってきていた。
「くっ…!」
「貰ったァ!」
シュミットが繰り出した蹴りを脚で受け止めた瞬間、センゾウの眼前に肘が迫る。
懐に潜られたセンゾウはシュミットの次の攻撃が回避出来ない事に気付くと、封じられた両手を刀から離していた。
「はあっ!」
「おおっ!?…だが甘えッ!」
「ぬあっ!?」
シュミットの肘を刀を手放した手で弾くが、ギリギリで躱したが為に大きな隙が生じる。
そこにシュミットはすかさずあびせ蹴りを繰り出すと、センゾウは受け切れずに直撃を許し、大きく吹き飛んでしまう。
センゾウの受けたダメージは打撃によるものの為、大した傷ではないが、これによって致命的な状況へと追いやられてしまった。
「さぁて、刀は奪わせて貰った。話じゃあ両刃の剣を使わないってのが侍の特徴だが…」
シュミットはセンゾウの刀を手に取ると、それを後方の闇へと放り投げてしまう。
両手に短剣を構えるシュミットに対し、センゾウは無手。形勢は圧倒的に不利だ。
「…この状況、侍として戦うにはちと辛いか」
「刀を失っちまったもんなぁ。そりゃあ辛いだろうよ。まぁ勿論こっちも対策してたしなぁ」
「それは忍としては当然に御座る。それにまんまと乗せられた拙者が未熟だっただけの事」
センゾウは素直に自分の未熟さを認めると、両手を握り、徒手空拳で戦う構えをとっていた。
「セオドア殿、尺の短い片刃の剣は持っておらぬかっ!」
「はっ、はいっ!」
センゾウの要求を聞き、俺は荷物から短刀を取り出す。
この短刀は今の騎士剣に持ち替えてから長らく使っていないが、父アルフレッドから六歳の誕生日に渡された短刀で、今も大事に持っているものだ。
「それを簡単に受け取らせる程、俺は甘くないんでねっ!」
「拙者も簡単に斬られる程、甘くはないっ!」
センゾウの体術は刀を持った時と同様、鋭い動きを伴う洗練された体術だった。
シュミットの短剣を寸前で腕を逸らし、時には自ら蹴りを繰り出し、回避させて攻撃の手を封じている。
「センゾウさん、今投げますっ!」
「させるかっ…!」
俺の投げた短刀に見向きもせず、センゾウは短刀の受け取りを阻止しに来るシュミットを睨んでいた。
振り回される短剣や体術、その隙を埋める様に投げられる短剣を躱しながら反撃として握った拳を突き出すと、シュミットは大きく仰け反る。
さらに蹴りを繰り出し、シュミットは更に大きく飛び退いて間合いを取ると、その隙に俺が投げた短刀を見ないままに受け取った。
「ちっ…!」
「ほう、なかなかの業物。さてシュミット殿、侍として戦うにはどうやら分が悪いようだ」
センゾウは短刀を逆手に抜き、鞘を置く。その構えは今までとはまるで違い、それまで腰に挿した鞘に納めた居合の構えと真っ直ぐに切っ先を向けていた正眼の構えとは異なる。
自身の身体の陰に刀身を隠し、身を低く構えた姿はとても侍の剣の構えとは言えないものだ。
「じゃあどうする?」
「うむ、貴殿は拙者と同じ土俵には立たぬと言っていた。ならば拙者が貴殿の土俵に立つとしよう」
「付け焼き刃じゃ、俺には通用しねえぞ?」
「ならば、その眼で確かめてもらうのみ。参るッ!」
低い姿勢からセンゾウが素早く駆け始め、シュミットへと接近する。
勿論、それを見ていたシュミットも両手の短剣でそれを迎え討とうとしていた。
センゾウが短刀を振るう寸前にシュミットは短剣を構えてそれを受けようとするが、短刀は寸前で止まり、センゾウはシュミットの懐に潜り込んでいた。
「うおっ!?」
シュミットの懐に潜り込んだセンゾウは肩から体を浴びせ、シュミットの身体を浮かせると、そのまま短刀を構え直して追い込みをかける。
だがその寸前、シュミットは後ろに受け身を取ると、そのまま闇へと姿を消してしまっていた。
「ここだっ!」
「…しからば、火遁・逆火ッ!」
「…うおあっ!?」
闇へと姿を消したシュミットは受け身から素早く身体を入れ替え跳び上がると、センゾウの上を取り両手の短剣を突き立てようとしていた。
だが、それに気付きいたセンゾウは咄嗟に片手で印を結ぶと、短刀振り抜いた。
振り抜いた短刀からは炎の塊が吹き出し、それが地面にぶつかると炸裂して自身の身体ごとシュミットを吹き飛ばした。
「けっ、まさか魔術まで使いこなすとはな…!」
「拙者、侍として生きてはおるが忍としての心得も持って御座る。忍とはワダツミの暗殺者、貴殿と同じに御座るよ」
「俺は魔術までは使えねぇよ…!」
ワダツミの暗殺者とルミネシアの暗殺者、二人は睨み合い熱い火花を散らし合う。
二人は静かでありながらも、確かに熱く激しい鼓動を胸に秘めていた。




