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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第十二章:うねり廻る魔導連邦
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第百九十話:リアーネの帰郷

 ズィルヴァーが去った事で一旦は緊張が走ったものの、俺達は安堵していた。

 彼は今回、敢えて見逃してくれたが、まともに戦えば本当に此方も全員無事だとは言えなかっただろう。

 個々で言えば恐らくセンゾウやフォルクがいい勝負といったところで、俺も何とか喰らい付けるかどうか。

 クリスやアンリエッタ、マリオン、レオも各自弱点を抱えている事を考えれば、そこを突かれれば苦戦は必至。

 クローディアに至っては今は縮地門(トランスファー)の魔術を展開していた為に無防備な状態である以上、戦闘に入れば真っ先に狙われていただろうし、リアーネは勿論、アリーシャも原則的には非戦闘員だ。

 

 「あの男、ワダツミの忍ならば上忍か、それもかなりの手練れで御座ろう。戦闘を選ばなかったのは正しかったと言えよう」

 「ああ、一瞬感じた殺気がそう思わせてくれた」

 「純粋な強さならば何とか渡り合えたかもね。だけど相手も人間、それも熟練の暗殺者だったら一流の剣士以上に機転が利く。一人一人仕留められて最悪全滅に追いやられていたかも知れない。戦闘を回避出来たのは幸いだよ」


 この時気付いたが、フォルクもセンゾウも、よく見てみると全員が冷や汗を垂らしていた。

 ズィルヴァーと言う一人の暗殺者がこれまで戦ってきたどんな魔物よりも恐ろしい人物だと言う事を改めて認識させられる。


 「と、とにかく早くリアーネを里に送りましょ。ズィルヴァーの気が変わって戻ってきても困るわ」

 「…ああ、クローディアの言う通りだ。流石に向こうに着けば追っては来れないだろうし、そうしよう」


 クローディアが開いていた縮地門をくぐると、その先は家屋の中に繋がっていた。

 目の前には食事中の年老いた長耳種(エルフ)が目を見開いたまま驚いていた。


 「…あ、お食事中失礼しました」

 「た、ただいまじいちゃん…」


 老人はフォルクの祖父らしい。

 エルフの里も夜を迎えていたらしく、篝火が家の外を明るく照らしていた。


 「何だフォルク、思ったより早い帰りだったな。クローディア殿も、息災で何より。で、他の方々もお前の仲間だな?」

 「ああ、みんなと合流して魔導連邦を旅してたんだけどちょっと用事があって帰ってきたんだ。みんな、紹介するよ。僕のじいちゃんでこの里の長老、名前はエーベルハルトって言うんだ」

 「はじめまして、フォルクと一緒に旅をしてますセオドアです」


 皆がそれぞれフォルクの祖父、エーベルハルトに初対面の挨拶をする。

 そうしていると、エーベルハルトはリアーネに気が付いた。


 「で、用事って言うのが、ダビデ領に入った時にこの子に会ってね、里に帰りたいそうだったから連れてきたんだ」

 「む?…まさか、リアーネかっ!」

 「ああ、長老様!私です、リアーネです!覚えていてくださったのですね!」

 「おお…よく帰ってきた…よく帰ってきたのう…」


 リアーネは涙を流しながらエーベルハルトに抱きつくと、エーベルハルトもまた再会を喜び涙を流していた。

 随分と長い間離れていたのだろう、二人はじっと再会を喜ぶ抱擁を交わしたまま動かずにいた。


 「リアーネ、何故に姿を隠しておったのだ…、心配しておったのだぞ…」

 「…悪い人に捕まりまして…、それから三十年余り囚われておりました…」

 

 エーベルハルトは抱擁した際、リアーネの背中に違和感を覚え、その顔色を僅かに変える。

 更に彼女の話を聞いた瞬間、その顔を蒼褪めさせると、血相を変えてリアーネの背中を見た。

 リアーネの背中には服から少しはみ出した烙印の痕が見えており、エーベルハルトは服の上から彼女の背中ぬ手をなぞらせると、全てを察して大粒の涙を流していた。


 「…よい、よい。辛かっただろう…リアーネ。それ以上は口にせぬともよい。本当によく帰ってきてくれた…」

 「はい…長老様…」


 エーベルハルトはリアーネを再び抱き締めると、彼女の心痛を察してこれ以上思い出させぬ様に優しく囁いていた。


 ーーー


 エーベルハルトの話によると、リアーネの両親は彼女が居なくなった時から彼女を探す為に里を出たと言うらしい。

 彼女はその事に少し落ち込んだ様子だったが、一家が居なくなった家は殆どそのまま残っていた為、とりあえずはそこで暮らす様だ。


 「セオドア殿、リアーネを里に送って頂き感謝する。ただ礼が出来る程、里に余裕が無くてな。申し訳無く思っておる」

 「いえ、お礼が目的で彼女を送ったつもりじゃないですし、こうして泊めて頂けるだけでも助かります」

 「クローディア殿も、以前の件と言い、重ね重ね感謝しなければ」

 「お祖父様、私もセオと同じですわ。お礼を言ってもらう為にした訳じゃありませんから、リアーネが無事に里に戻れた事を喜びましょう?」


 今夜はエーベルハルトの申し出で俺達はフォルクの実家に泊めてもらえる事になった。

 里の長耳種達は俺達を珍しそうに見ていたが、特に害意は無さそうで、寧ろ里の外からの来訪者に興味深々と言った様子である。

 リアーネを攫ったのが誰かは当然判らないし、それを知った彼らも、人族の仕業だと一緒くたには考えてはいないらしく、良い人もいれば悪い人もいると考えており、それは俺達にとっても救いだった。


 ーーー


 翌朝、俺達が里を後にしようとしているとリアーネが家から飛び出してくる。


 「待ってください!」

 「リアーネ!どうしたんだ?」

 「お願いがあります!」


 俺達はリアーネの願いを聞く事にした。

 

 リアーネは背中の烙印の痕を晒し、その後ろにはクリスが立っている。

 彼女の願い、それは──。


 ーーー


 「セオドア様、いえ、クリスティン様。お願いがあります!」

 「…何でしょう?」

 「私の背中を…灼いては頂けませんか?」

 「背中を?」


 リアーネの願いとは、彼女の心を縛り続ける烙印を、奴隷の証を消し去る事だった。

 背中を灼けば暫くはその痛みに耐える必要があるし、灼き方を間違えれば一生その痛みに耐え続けなければならない。

 だがそれでも、彼女の心を縛り続ける烙印の痕は何よりも耐え難い痛みを齎しており、それを消し去る事で彼女は心から解放される事を強く望んでいた。

 クリスもそれを察して、少し躊躇いながらもリアーネの潤んだ目を真っ直ぐに見返して小さく頷いていた。


 「…恐らく相当な痛みを伴います。リアーネさん、それでも本当にいいんですね?」

 「…ええ、覚悟の上です。何より、奴隷であった事を思い出すくらいならば幾らでも耐えられます」

 「…わかりました。では…」


 クリスはその手に魔力を練ると、青白い炎を纏わせる。

 青い炎は赤い炎よりも高温だ。だが烙印の痕を消し去るにはより熱い炎で塗り替えるしかない。

 リアーネは目を瞑り、固く下唇を噛み締め、心を縛る烙印を消し去る痛みに耐える覚悟を決めていた。

 クリスはその手に纏わせた炎を激しく燃え上がらせると、いよいよリアーネの背中に這わせていく。


 「…あぁうっ…!」


 リアーネの顔が激しい火傷の苦痛に歪むが、強い覚悟でそれに耐える。

 クリスもそれが伝わっているかの様に険しい表情でリアーネの背中を灼き続けていた。

 人の肉が灼ける匂いが立ち込め、襲い来る耐え難い痛みに歪む彼女の表情から目を背けたくもなったが、彼女はそれを承知で、俺達に頼んで来たのだ。

 彼女の強い覚悟から目を背けてはいけない、それが彼女の覚悟に応える事なのだと、俺達はその一部始終を見守り続けていた。


 クリスは可能な限り迅速にリアーネの烙印の痕を炎で灼き、遂にその全てを灼き消した。

 リアーネは全身から汗を噴き出しており、その表情は元の綺麗な表情がわからない程に苦痛に歪んだままだった。


 「…よくやったクリス、あとは任せろ!マリオン、手伝ってくれ!」

 「…ええ、よく耐えたわリアーネ!すぐ痛くなくなるわッ!」


 クリスはリアーネの背中を灼き過ぎない様にずっと集中し続けていた為、彼女の背中を灼き終えると直ぐにへたり込んで憔悴してしまっていた。

 直ぐに俺は魔術で水を生み出し彼女の背中を冷やし始めるとその間にもマリオンも治癒魔術で彼女の痛みを和らげていた。


 「ホント背中一面灼くなんて無茶を…!」

 「…い…いえ…、これ…で…、やっ…と…、もと、に…。心…から…ふる…さ…」

 「…もう喋らなくていい!大丈夫、綺麗な背中になった…!もう何も残っちゃいない!」

 「は…い…。ありがと…ござい…ま…す…」


 必死に治療を続けている途中でリアーネは意識を失う。

 だが、その時の彼女の顔は苦痛に歪んでいた顔などとうに無く、とても穏やかな元の美しい顔へと戻っていた。

 クリスが背中の烙印を灼き消すその時まで、リアーネの心はまだ奴隷のままだったのだろう。しかし、その烙印が消し去られた今、彼女は漸く本当の意味で帰郷を果たし、安堵の表情を見せる事が出来たのだ。


 「完璧に治しちゃうと元に戻っちゃうからこれでギリギリね」

 「ああ、火傷の痕はどうしても残ってしまうけど、あんな烙印が残るよりはずっといい。これでリアーネも本当に解放されたって心から思えればいいんだが…」


 リアーネの背中にはクリスが灼いた火傷の痕が大きく残っている。

 だがその傷痕は烙印を消しただけの醜い傷痕ではなく、彼女が彼女たる誇り高き証明だ。


 「リアーネなら大丈夫さ。彼女は見た目より強い女の子だ」

 「うむ…。後はリアーネの両親が見つかればよいのだが…」


 リアーネが里から攫われてから三十年余、彼女は漸く故郷へと帰ってこれた。

 人族の一生であればほぼ半生とも言える絶望的な時間だが、彼ら長耳種の様な長命種からすれば、或いは人生のほんの一部とも言える。

 誰かの手によって、または魔物や災害、或いは疫病のようなものに晒されていなければ何れは再会出来ることもあるのだろう。


 「楽観的かとは思いますが、きっと見つかる筈です。三十年以上経ってリアーネが帰れたんです、だからきっとリアーネの両親もいつか帰って来れる筈、或いは僕達が見つけて来ます」

 「そうだとよいが…。…と、リアーネの事、本当に済まぬな。さて、これ以上引き留める訳にはいかん、お前達にはお前達の旅があろうしな」

 「うん。じゃあじいちゃん、また旅に戻るよ。今度も多分遠くない内に里に戻ってくる、今度は多分歩いて帰って来ると思うよ」

 「うむ、気をつけてな」

 

 里の長耳種達に見送られながら、俺達はまたクローディアの縮地門でダビデ領で最初に訪れた村へと戻っていく。

 縮地門をくぐり抜け、俺達は全壊し瓦礫の山になった村のギルドの跡地へと降り立った。


 「うおっ、あ、あんたらどこから戻ってきた!?」

 「それよりも村で暴れ回るだけ暴れ回っといて、あんたらが壊した家、一体どうすんだい!」

 「うおっ、びっくりした!」

 「びっくりしたのはこっちだよ!あんたらに家壊されて、こっちは困ってるんだ!何とかしておくれよ!」


 村に戻って早々、俺達は村人達に取り囲まれてしまった。

 当然といえば当然だ、リアーネを守る為に大暴れし、ましてやその片付けもせずに彼女を送るのに村から消えた以上、村人達も相当に怒っている。

 俺達はまず事情を説明した上で、彼らの手伝いと家の修繕を約束した。


 俺とクリスは家の修繕、他の皆は瓦礫の片付けだ。

 壊した家の数はそれ程多くは無いが、壊された家の持ち主はたまったものではない。

 こちらの事情は受け入れてくれたが、それとこれとは話は別で、彼らは純粋な被害者だ。


 「よーし、クリス。やってくれ!」

 「はい!土砦(アースフォートレス)!」


 クリスが魔術を放つと、地面が隆起し家を形作っていく。

 本来、土砦の魔術で操れるのは土ではあるが、勿論その組成は魔力の調整で変えられる。

 今回は家としての強度が必要である為、土では無く石による設計だ。

 クリスが直ぐに外観を作り上げると、ここからは俺の仕事となる。


 「よーし、後は中身の据付部分だな…土造形(アースアーツ)と、土壁(アースウォール)!」


 土壁の魔術で部屋の間取りを分け、土造形の魔術で階段やかまど、ちょっとした棚を作り上げていく。

 次々に家の中に必要なものを作り、必要なものが揃ったあたりでレオとマリオンが出来たばかりの家にやってきた。


 「へェ、やるじゃねェか!っと、頼まれてたの持って来たぜ!」

 「これでも鉱山種(ドワーフ)だから、こういうのは苦手じゃないわ!」

 「…とか言いながら仕上げはフォルクがしてんだぜ? 何度釘をひん曲げたことやら」

 「う、うるさいわね!魔人の加護のせいで力加減が難しいのよ!」

 「うおおっ!? 力加減忘れんじゃねェよ!頭割れるかと思ったじゃねェかッ!」


 二人の小芝居は置いておくとして、レオとマリオンが持ってきたのは瓦礫の中にあった木材などのまだ使えるものを利用して作った家具だ。

 家を破壊したと同時に当然家具も一緒に破壊してしまっており、流石に動かす事も考慮すると石で作る訳にもいかない為、瓦礫の片付けがてら、フォルクとレオ、マリオンの三人あらかじめ頼んでいた。

 最低限必要そうな机やテーブル、椅子をいくつか作ってもらっており、それらを部屋の中へ運び込んで設置していく。


 「ほおー、こりゃあ立派な家だね!魔術でこんなの作られちゃあ大工泣かせだ!」

 「ある程度必要そうな家具は置いてますけど流石に布だけは用意できなかったんでベッドは枠だけです。本当にご迷惑を」

 「いいんだよ、これだけ立派な家建てられちゃあ怒る気も失せたさね。布団なら当面は藁で十分さ、巻藁でもあたし達は寝られるからね」

 「な、何じゃこりゃあ!ワシの家も壊されておけばよかったかのぉ…」

 「僻むんじゃないよ爺さん、あんたの所は村の端じゃないか!」

 「やかましい、ワシもこんな家に住んでみたいんじゃ!」

 「ははは…」


 村人達は俺達の作った家や家具にとりあえずは満足してくれていた。

 その後も壊した家の再建を続けた結果、全て終わったのはこの日の夜を迎えてからだった。


 「あんた達ご苦労さん、せっかくだから夕食も食べてくといいよ」

 「あ、すいません。じゃあ折角だしいただきます」


 村の人達はあれだけ大暴れしていた俺達を許し、食事まで振る舞ってくれた。

 というのも、突然集まり始めた冒険者達の中にはならず者の様な冒険者達もいた様で、そんな連中が集まり始めた事に気が気じゃなかったという話らしい。

 加えて俺達からリアーネの話を聞いた事で、彼女を守ろうとしていた俺達の方に好感を持ってくれた様だ。

 エルフの里からこの村に戻って来た時に怒っていたのは純粋に家を壊された事に対しての事であり、以前より立派な石造りの家に建て替えた事でむしろ村人達は上機嫌な様子だった。


 「はー、あんた、わざわざアトラシアからねぇ!腕っ節もいいし、魔術も使えて顔もいい、おばさんがあと二十年ちょっと若かったらほっとかないねぇ!」

 「きゃっきゃっ!百獣王(キングビースト)!百獣王だ!」

 「ほら、スープのおかわりならあるよ!あんたちっこいんだからもっと食べなきゃだめだよ!」

 「はー…ありがたやありがたや…。こんな娘っ子に家を建て替えて貰えるとはねぇ…」

 「あんたら半長耳種(ハーフエルフ)淫魔種サキュバスかい? はー、こんなトコで見るなんて珍しいねぇ…」

 「…珍しい格好してるけど街じゃそんな服が流行ってんのか? え?ワダツミの服?」

 「昨日からずっと泣いてた子があんたに抱かれてからすぐ泣き止んでくれたよ。あんたいいお母さんになれるよきっと。あはは、なぁに顔赤くしてんだい!」

 

 村人達に囲まれながら、俺達は一緒に夕食を楽しんでいた。

 流石にロームの宮殿で用意された様な豪勢な料理は無いが、村人達の用意してくれた質素ながらも温かいスープは心まで温めてくれる立派なご馳走だった。

 

 村人達は村の集会所を開放して俺達の寝床を用意してくれていた。

 どうやら宿は昨日俺達が懲らしめた冒険者の救護施設の様になっているらしく、既にすし詰め状態でとても寝られたものではないらしい。

 勿論彼らから宿代はきっちり取っている様で、宿の主人達は実に嬉しそうだ。

 

 そして一夜が明けると俺達は村人達に惜しまれながら村を後にしていった。


 「いい村でしたわね」

 「ああ、あんだけ暴れて迷惑をかけただろうにな」

 「ま、家も建て直してあげて、宿で治療してる冒険者もいるから見返りは十分でしょ」

 「して、セオドア殿、これからどう進むおつもりか」

 「食料なんかもまだ十分にあるし、このまま西に進むつもりです。いざとなったら遭遇した魔物を仕留めて解体してしまえば」

 「あいわかった。確かダビデ領の西はアーサー領で御座るが…」

 「ええ、気掛かりなのは暗殺者ギルド…、街中なんかじゃ仕掛けてこないとは思うけど、道中の待ち伏せは考えておいた方がよさそうですね」


 ズィルヴァーは自身を含め、暗殺者ギルドが俺達を狙っている事を示唆していた。

 ひょんな事から彼らに命を狙われる事にはなったが、そう簡単に殺される訳にはいかない。

 今後の旅はこれまで以上に慎重にならざるを得ないだろう。

 俺達はまず奇襲に向く闇が広がるダビデ領からの脱出を目指し、その足を早めていった。

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