第百八十七話:暗闇広がるダビデ領
次なる目的地に向けての旅の為に俺達はユリアと別れてからもう一日だけロームに滞在した。
最後の滞在日は昼までには翌日の出発に向けての準備を済ませ、それから日が暮れるまで祭りが終わったロームの街を楽しんでから宿で一泊した。
そして翌日、俺達はロームの街を後にする。
勿論、宿から宮殿の織工であるアイリーンに文を送っており、宿から出る時には既に染色を終えたレオの服も届いていた。
彼は波打ったような水色と白で色付けされた服をえらく気に入った様で、部屋に届けられると同時に身につけた様だ。
かく言う俺達も皆同様にユリアから下賜された服を早速身につけており、装いも新たに旅を再開する。
進路は西、次の目的地は闇の賢者の治める地、ダビデ領だ。
数日かけてカエサル領を西進し、関所を抜けると、そこは何故かまだ陽の刻であるにも拘らず、日暮れ前の様な薄暗がりの地が続いていた。
関所の外からもダビデ領は見えてはおり、そこからの様子ではカエサル領の外壁から外は上空まで靄がかかっているのが見て取れていたが、いざ関所を抜けてみると薄ぼんやりとした闇が支配する世界が広がっていた。
「暗いし…、靄のせいで遠くまでは見通せないな…」
ダビデ領の平原部ではあるのだろうが街道周辺にある淡い光を放つ花が咲いており、辛うじて花からの光で照らされた街道ならばぼんやりと見えなくも無いものの、自分達の近辺から数歩も離れればお互いの表情も分からない程だ。
「相変わらず暗い所ね」
「ああ、ダビデ領はいつもこうだ。セオ、ここからは暫く衛兵達の目の届かない場所が街道の近くでもいくつかある。そういった場所じゃ魔物以外にも襲われるから注意してくれ。勿論僕が音や匂いに警戒はしておくけど、皆も周りの気配には注意して欲しい」
分厚い靄はほぼ常にかかっているらしく、この地は日常から暗い様だ。
「そこまで広い範囲ではないけれど周囲を照らす事なら出来なくは無いわよ?」
「いや、それは戦闘時に限定した方がいい。下手に光を出せば魔物や盗賊に位置を知らせる様なものだ」
マリオンが光魔術で周囲を照らそうと提案したが、それは自殺行為とも言えるのだろう。
先程フォルクが魔物以外もと言っていたのは周囲を照らすのが自ら場所を知らせているのと同義であり、それを狙う盗賊もいる、と言う証左なのだろう。
「ま、匂いも音もフォルク程じゃ無ェが俺も察知出来る。それに加えて俺は夜目も利くしな」
「なれば拙者も役に立てよう。侍ではあっても忍術を会得する上で多少なり忍の心得は御座るよ」
「セオドア様、現役を退いたとは言え私もまだまだ夜目は利く方です。警戒は私にもお任せ下さい」
こういった視界の悪い場所になればフォルクの耳と鼻は頼りになる。加えて、獅子人種であるレオもこういう状況は得意な様で、センゾウもまたワダツミでそういった訓練もしていたらしい。アリーシャもかつて得たその能力を活かして自ら斥候を買って出る。
暗所での索敵能力が高いフォルクとレオが前と横を、最低限の索敵能力を持ち合わせているセンゾウとアリーシャが後方を警戒しながら街道を西進していく。
そうして少しばかり進むとフォルクとレオが足を止めて片手を挙げる。戦闘の合図だ。
二人の出した合図に反応して俺達も戦闘態勢を取ると、間も無く数匹の魔物が襲い掛かってきた。
「離れすぎてお互いを見失わないように気を付けろ!」
「気配に対して足音が少ない、二足歩行ですわね。亜人種か、或いは人間ですわ!」
「…剣と斧、その後ろで弓を持ってる奴もいやがるな…。弓持ちは俺がやる、突っ込んでくる奴は任せたぜッ!」
レオはそう言って向かってくる敵の虚を突く為に横道に逸れて闇の中へ消えていく。
更にアンリエッタが最前に躍り出て敵の襲撃に備えており、彼女が敵の衝突をいなした所に一気に攻勢に転じる為に構えていた。
「…そこですわッ!」
「ギガァッ…!?」
アンリエッタが闇に向けて大楯を突き出すと、錆びた金属がぶつかり合う鈍い音と大楯に衝突した敵の叫び声が聞こえてくる。
攻撃を仕掛けてくるまでにも鳴き声一つ上げずに襲い掛かってくるあたりは彼らなりの知恵なのだろう。
正体をつかむ前に仕掛けて来られるのはどうしても対応が遅れてしまう為に中々に厄介だ。
「亜人種…!小鬼の類ですわ!」
「この暗闇で乱戦はまずいわね…!」
「まずは数を減らします!皆さん下がってください!」
「アンリ!クリスの魔術だ、退がれッ!」
「くっ、流石に巻き込まれる訳には行きませんわねッ!」
アンリエッタが地面を強く蹴って大きく後退すると、クリスが跪いて魔力を込めた両手を地面に叩きつける。
「裂地撃ッ!」
「ゲガァッ!?」
「ギギャアッ!」
クリスが地面に魔力を解放すると同時に前方一帯の地面に亀裂が走り、次々に隆起しては魔物達を殴り飛ばしていく。
そしてそれに巻き込まれた魔物達は天高くかち上げられると墜ちてきては頭から地面に叩きつけられて命を落としていった。
暗い靄の中、奇襲をかけたつもりだった魔物達は慌てふためいており、うっすらと見える影達が右往左往しているのがわかると、俺達はクリスが隆起させた地面を飛び越えて攻勢に移っていた。
「所詮は小鬼、一気にカタを付ける!」
「ギャアァッ!」
混乱した小鬼達の群れは大した抵抗もできぬままに俺達の剣に斬られ次々と倒れていく。
中には武器を振り回して抵抗してくる個体もいたが、破れかぶれの攻撃では俺達には通用はしない。
「ゲギャッ…」
「グガアァッ…!」
闇の中、更に数も多い小鬼達。多数の死骸が転がり大きく数を減らしているのは間違い無いがまだ暗闇の向こうでは奴らの鳴き声が聞こえている。
とは言え、声は徐々に離れていっており、奴らが退却を始めているのが分かると俺達は武器を収め、お互いの無事を確認していた。
「全員怪我はないな?」
「当然。深追いはすべきじゃないわね、この視界の悪さで待ち伏せされたら厄介なだけよ」
「ああ、追うだけ無駄だ。…で、レオは?」
「さあ…、奥の小鬼達を仕留めに行くって言ってたけど…」
闇の奥から聞こえてくる小鬼達の鳴き声の方を俺達は見ていたが、その先から動きは無い。
「まさかやられたりしてないよな…?」
「レオは夜目が利くって自分で言ってたけど…、だとすれば小鬼程度に苦戦すらしない筈だけどね…」
なかなか戻ってこないレオを案じて待っているが、レオが戻ってくる気配は一向に無い。
だが間も無くそこで動きがあった様だ。
「ギャアァッ!」
「ガアァッ!」
「ゲギャッ、ゲギャアアァッ!」
悲鳴とも取れる小鬼達の鳴き声が闇の奥から響いてくる。しかしそれは長くは続かず、すぐに止むと少しして闇の中から顔が浮かび上がる。
「小鬼ッ!?」
暗闇から突如現れた小鬼の頭に一瞬身構える。
しかし小鬼の顔には既に生気は無く、いくつもの打撲痕と血糊の跡が残っていた。
「俺だよ俺。悪ィ悪ィ、群れのリーダーを見つけてよ、追っかけるのに手間取っちまった」
そう言って小鬼の後ろからレオの姿が現れる。
小鬼の首根っこを掴んだまま現れたレオは服に付いた砂埃を払うと、そのまま群れのリーダーとされる小鬼を放り投げた。
「怪我はないのか?」
「ああ、ちっとばかし矢で射たれたけどよ。この布、ホント凄ェな。見てみろよ」
レオはリストバンドを外して射たれたとされる手首を見せてくる。
そこには微かな打撲の痕が残っているが、彼の場合からすれば殆ど無傷と言える程の小さな傷だった。
「いやァ一、避け損なっちまってよ、咄嗟にこいつで受けちまったんだが、直撃にも関わらずこの程度で済んじまった」
本来、矢での攻撃は相手が硬い金属の鎧でも身に付けて無ければ防げないが、レオの手首はたしかに小さな痣が残っている程度にしか傷付いてはいない。
だがそれ以前の話で、彼が矢を受け止めたというリストバンドの方は一切の傷や解れすら無かった。
「最早鎧だねぇ」
「うむ…、肌触りの良い手触りに羽の様な軽さで御座るが…」
「ええ、とても布とは思えませんわね…」
羽の様な軽さに加えて鎧の如き頑丈さ、双方を兼ね備えた天雫蝶の布、それは美しさと強靭さとを両立した防具の素材だった。
「ギ…ギ……」
ボロ切れの様になった小鬼のリーダーが目を覚ますが、既に武器も取り落とし、弱りきっている姿では反撃は愚か、逃げられもしない。俺達は特に武器を構えるでも無くその様子を眺めていた。
「精鋭小鬼。小鬼達の中でも知能の高い種でよく群れの指揮を執っているヤツだね」
「…とはいえ、手下がいなければただの頭でっかちの小鬼だな」
「ああ、戦闘能力だけならむしろ小鬼の方が強いかもしれねェな」
そんな話をしている内に瀕死の精鋭小鬼は横に転がり、身につけたボロ切れの中へと手を入れる。
「…何か持ってるのか?」
「さぁな、武器だとかは持っちゃいねェ筈だが…」
俺が精鋭小鬼の側まで近づくと精鋭小鬼は懐の中の腕を突き上げ、僅かにその口を歪ませる。
その手には赤い石の破片が握られており、僅かに光を放っていた。
「セオ、離れなさい!そいつが握ってるの、赤色魔石よッ!」
「自爆する気だわッ、早く離れ…」
気付いた時にはもう精鋭小鬼の手に持つ赤色魔石から放たれていた光は大きくなっており、既に爆発する寸前だった。
赤色魔石の欠片から強い光が放たれると同時に噴き出した爆炎が俺を吞み込まんと一気に広がり牙を剥いてくると、俺は咄嗟に背中を向けて身を屈めていた。
「セオ様ァーッ!」
轟音が響いて爆炎が広がり、アンリエッタの俺の名前を叫ぶ声が木霊する。
突然の出来事に俺は一瞬混乱していた。
だが目の前に広がった炎は直ぐに消え、燃え残っているのは赤色魔石による自爆を決行した精鋭小鬼の焼死体だけだ。
俺は確かに精鋭小鬼の自爆に巻き込まれた筈だったが、痛みは勿論、火傷の痕一つ無い。
砂埃で汚れたマントが爆風によってたなびいている、それだけだった。
「兄様!無事ですかッ!?」
「セオ様、お怪我はッ!?」
「あ、ああ…」
クリスとアンリエッタが必死の形相で駆け寄ってくるが、そんな彼女達の心配とは裏腹に、俺は間の抜けた返事しか返す事が出来なかった。
「何でェ、驚かせやがって…」
「とにかく無事でよかったわ…」
俺の無事に安堵して皆が溜息を漏らすと同時に改めて自身達が着る服を確かめる。
「耐火性、それに魔術耐性…、それに鎧並みの丈夫さまで備えてるなんて最高品質の天雫蝶の布って凄いわね…」
「ただの天雫蝶の布だと多少焦げ付いたりはするものだけど、ここまで違うんだねえ」
至近距離で赤色魔石の爆炎を防いだ俺のマントもフォルクが話す様に一切の焦げ付きも無い。
ユリアから譲り受けたこの服の性能に俺達は驚かされるばかりだ。
「心配させて悪い。無事だったとは言え完全に不注意だった」
「今後は気をつけよう、僕達もまさか自爆するだなんて思いもしなかった」
「まぁ確かに小鬼が自爆なんて真似、普通するとは思わないしね。…でも、そうと分かれば魔物の討伐の基本に戻るだけでしょ?」
「そうだな、魔物が死んだのを確認するまでは油断しねェ、それだけだ」
兎にも角にも、仲間達に心配させてしまった事を詫び、それから全員で最後まで警戒を怠らない事を確認し合った後、再び俺達は街道を進み始めていた。
ーーー
暫く街道を進んでいると先程まで闇の中に点在していた光を放つ花すらも無い場所へとたどり着く。
全く見えない訳では無いとは言え、これまで以上に視界の悪い場所で俺達は警戒を強めていた。
「まだ街は遠そうだな…」
「ああ、確か街道沿いの村もまだ丸一日程かかる筈だ。夜になればそれこそ本当に何も見えなくなるから今日は途中でキャンプだね」
「何とか見えなくも無いですけど…、こう暗いと中々足が進みませんね…」
「仕方ないわ。日中だと光を出すとすぐ魔物や盗賊が襲ってくるから…。夜中に移動するってのも無くは無いんだけどね」
暗がりを進みながら、慎重に前へ、前へと足を運ぶ。
まさに一寸先は闇。微かに見える石畳と仲間の影を頼りに俺達は街道を歩く。
そうやって暫く進んでいると、暗闇の中にぼんやりと火が放つ明かりが目に映る。
その明かりは何度か激しく動いており、耳を済ますとそこから剣戟の音が聞こえてきていた。
「…松明?」
「誰かいるみてェだな。…なんかに襲われてるぞ?」
「人だったら大変だ、行ってみよう!」
闇に浮かんだ松明の明かりに向かって俺達は走っていく。
松明の持ち主の方から聞こえてくる剣戟の音は近づく途中で止まったが、松明の明かりもまた地面に転がり静かに揺らめいている。
松明の側には薄っすらと人影が見え、どうやら足を投げ出して座り込んでいるらしい。
接近している俺達の足音に気付くと、その人物は剣を手に慌てて立ち上がり、身構えていた。
「だ、誰!?」
「冒険者だ、襲ったりするつもりはない。剣を納めてくれないか?」
「…それは出来ない。盗賊かも知れないじゃない」
「尤もだ、顔も見えないんじゃ信用もできないよな。どうすればいい?」
「両手をこっちに見える様に挙げて、…こっちから行くわ。そのまま、少しでも怪しい動きを見せたら斬りかかるわよ」
「…わかった」
声の主は女性で、俺達は彼女の言葉に従って両手を挙げたまま接近を待つ。
レオにはどうやらしっかりと見えているらしく、彼は一瞬だけ此方に視線を向けると小さく頷き、怪しい動きを見せたら仕掛ける、と合図した。
彼女はどうやら足を怪我しているらしい。聞こえてくるのは不自然な足音で、片足はしっかりと地面を踏みしめているが、もう片方は引きずるような足音だ。
「足を、怪我してるのか?」
「…そこまでわかって襲ってこないって事は本当に冒険者みたいね。…いいわ、信用する」
そう話すと彼女は立ち止まり、剣を下ろして警戒を解く。
立ち止まった彼女に近づくと、剣を杖にして彼女はそこで跪き蹲ってしまう。
俺達が近づくと、そこには傷だらけになり長くスラリとした脚から血を流した長く綺麗な金髪を持つ少女が左右異なる蒼と碧の双眸が不安そうに此方を覗いていた。
「怖がらなくていいよ、僕も半長耳種だ。脚を怪我してるらしいね、まずは治療しないと」
「とにかくまずはクリス、彼女を治療してやってくれ」
「はい。じっとしていてくださいね?」
「…助かるわ」
クリスが少女の治療をしている間に俺達はキャンプの準備をしていた。
治療をして彼女をそのまま放っておく訳にもいかない為、今日の移動はここまでにする事にした。
「何があったんだい?」
「…さっき私がいた場所を見るといいわ」
「…なるほど、どうやら盗賊に襲われたらしい。返り討ちにあった奴らがそこに転がってるぜ」
彼女もまた俺達と同じく冒険者の様で名をリアーネと言うらしい。
ギルドの依頼でこの辺りに生えている薬草を集めていた様だが、辺りがよく見えず松明に火を点けた所を盗賊に襲われた様だ。
何とか返り討ちにしたが、無傷とはいかなかった様でかなりの手傷を負って休んでいた所に俺達が通りがかった、と言う次第だ。




