第百八十六話:女王との別れ
「"じゃあユリア、…いや、二人の忠臣も同席している以上はユリア陛下と呼ぶべきかな?"」
「構わぬ、ユリアで良い。其方等は妾の友人じゃ、ベアトリクスとナタリアがおったとしてもその関係は変わらん」
セオドアの発言に側近の二人、とりわけベアトリクスが眉を顰めるが、ユリアの一言で二人は小さく息を吐く。
「ベアトリクスもナタリアも、妾の臣下であるがそれと同時に妾の理解者と思っておる。部外者であれば無礼な発言ではあっても、妾も其方等も、この者達の正体を知った以上同胞として振る舞う、よいな?」
「承知致しました」
「…御意」
一瞬不服そうな顔をしたベアトリクスだが、ナタリアの顔を見て無理矢理受け入れる事にしたのだろう。
少し諦めた様な顔色を見せた後に俺の方を見ると、腕を組み直し、続けてくれと、右手で小さく促してきていた。
「"ユリア、君の寛大な心に感謝する。ベアトリクス、ナタリア、君達もユリアの臣下という立場上、不快に思うかも知れないが、今回は彼女の申し出に甘えさせてもらう事を許して欲しい"」
「陛下がそう仰るのであれば我々は従うのみです、セオドア様」
「…ナタリアに同じだ。貴公等が陛下の友人と言う立場であるのならば、我々は陛下や貴公等に意見出来る立場には無い」
側近の二人はユリアと俺達が友人であると告げた時点で眼を瞑り、双方に対して発言をしないと決めた様な素振りを見せたが、セオドアはそれを良しとはしなかった。
「"いや、ユリアと君達には主従関係があるだろうが、僕達と君達にはそういった関係も無いし、望む所ではない。僕や仲間達の言葉に指摘すべき点があるなら遠慮無く言ってくれ"」
「セオドアは遠慮は要らんと言うておる。其方等も協力してやるがよい」
ユリアからの要請もあり、二人は小さく頷くと、こちらへ視線を向ける。
話し合いを進める環境が整った所でセオドアは周囲を見回すと、話を切り出した。
「"じゃあ早速始めるとしよう。と、その前にカムイ君、まずは君の正体を明らかにする方が先だね"」
「ああ。まずみんな、俺の事から話すけど、俺は火継坂神威、こっちの世界ならカムイ・ヒツギザカになるか。俺は元いた世界から魂だけこっちの世界に呼び出された人間で、日本と言う国から来た。魔術が存在しなかったり、魔族や獣人族みたいな人族以外の種族が存在しない事、それと龍種、魔生物種や不死種みたいな魔物がいない事以外は多分この世界と似ているらしい。普段セオの体を動かして話しているのは俺だけど、今まで通りセオでいい、本当のセオが出てきた時は一人称や話し方の違いでわかる筈だ。とりあえずは今まで通りよろしく頼む」
改めて火継坂神威として仲間達に自己紹介を済ませると、そのままセオドアが議題を元に戻す。
「よし、こんな所で本題に移ろう。カムイ君、君が現在考えてる範囲での今後旅の計画を話してくれるかい?"」
「ああ、とりあえず暫くはこれまで通り、魔導連邦を一回りするつもりだ。目的は二つ、一つは見識を広めること、知っている事は多いに越した事は無いだろうし、魔導連邦は魔導具や魔導器の研究も他の国より進んでいる。特に最後の目的地である魔導学校はその最先端の研究施設と言う話で、そういったものにじっくり触れる機会が欲しいのが俺の考えだ。そして二つ目は旅をしながら俺達全員のレベルアップ。旅をしていても資金は無尽蔵にあるわけじゃない。旅の途中でギルドの依頼もこなす必要がある。魔導連邦の魔物はこれまでの他の大陸の魔物以上に手強いし、路銀を稼ぐついででも鍛えるには丁度いい筈だ。それとこれは一つ目にも繋がる話だけど、魔導器や魔導具の導入も場合によっては俺達の力になる筈だ。…ここまでで何か意見や情報はないか?」
食卓に並ぶ面々を見回すと、早速ナタリアが手を挙げていた。まずは彼女に意見を聞いてみることにする。
「魔導器や魔導具については雷の賢者と土の賢者の治める地、アレクサンドル領とヨシュア領を訪ねると良いかと。魔導学校で研究された技術はその地が主立って実用化を進めております」
「ヨシュア領と言やァ、ティムナトか。マクニールに声掛けてみるのが良さそうだな」
「その他にも炎の賢者の治めるヘクトル領は鍛造の盛んな地で有名だ。我が剣もそこで打たれたものだ」
「ふむ、拙者の故郷、ワダツミも腕利きの鍛治師が日夜切磋琢磨し腕を磨いておる。話には聞いてはおるが果たしてどれ程のものかな」
「アレクサンドル領にヨシュア領、それにヘクトル領か…。なるほど」
ティムナトは一度訪れはしたが、その時はあくまで立ち寄っただけ、改めて訪れた時はしっかり散策でもしてみるか。
魔導器を今まさに扱っているのはアンリエッタ、その有用性は彼女自身が証明しており、扱い次第で長所を伸ばし、短所を埋める事が出来る。
「そう言えばカエサル領は織物が盛んって聞いてるけど実際はどうなの?」
「ふむ、それは耳よりも目で確かめた方がよかろうの、…そらっ!」
クローディアが藪から棒にユリアに訊ねると、ユリアは扇を開き、食卓に立ち並ぶ燭台に向けて投げ付ける。
「キャアッ!?」
クローディアの不躾な質問に怒った、と言う風には見えないが、投げつけた扇によって燭台は真っ二つに割られ、同時に挿されていた蝋燭が食卓の上に転がっていた。
「ちょッ!? テーブルクロスに燃え移っちゃうわよ!」
「案ずるな。まぁ見ておれ」
蝋燭の火は燭台のテーブルクロスに燃え移るどころか焦げ付く様子も無く、蝋燭はそのまま静かに燃え続けていた。
「へえ…、燃えない布、って事かしら?」
「それだけではありませんよ」
「布とは元来、火には弱いものであるがこのロームで織られる布は火を通さぬ。が、それは火だけではない」
「カエサル領固有の王虫種、天雫蝶の繭から紡がれる糸は耐火性を持っている。更にこの城では魔力を込めた布として紡がれ、魔術に対する抵抗力を高められた布が日夜職人達の手によって編まれているんだ」
「少々の魔術ではびくともしませんし、見た目に反して意外と強い素材なんです。陛下のドレスはその中でも最上級の品質のものを使っていて、そのまま戦闘に用いても差し支えない程の逸品なんですよ」
見た目こそ煌びやかかつ薄布を重ねて織られたドレスだが、ユリアのドレスはそのまま戦闘服でもあるらしい。
「そう言えば、世界の崩壊と言う危機が迫っているとは聞きましたが、そんなにのんびりとしていてよろしくて?」
話が脱線しかけていた所に、アンリエッタが一度本筋に戻す質問をかけてくる。
だが、これにはメルティナの口から回答がなされた。
「"そこに関しては大丈夫、まだもう暫く先になるだろうから今はその準備をしっかり進める意味でも旅は続けてて構わないわ!…けど、来るべき時にはしっかり動いて貰うからその時はお願いね?"」
「…わかりましたわ」
「で、メルティナ。その後はどうするんだ?」
「"…そうねぇ、まずはドラグネイアを目指すのがよさそうかな。大魔大陸を南下して、船を使ってドラグネイアの王都ドラグニスへ。そこの神官ならあたしとシャルがまた一緒になれる方法を知ってるかも"」
「元々は竜人族が為していた事、この件をもたらしたのが竜人族ならば解決策も竜人族に聞くのが最適でしょう」
「まぁ道理、よな」
そしてそこから推し進めていくのが世界の各地に散らばっている楔である九体の魔物の討伐だ。
今のままでは俺の魂を元の世界に戻すには二人の魔素が足りていない。
そこで膨大な魔素を貯めた九体の魔物を討伐し、生み出した本人であるメルティナに還元させると言うのがこの目的の狙いだ。
「"憤怒、嫉妬、悲嘆、強欲、暴食、怠惰、傲慢、色欲、虚飾、あたしの感情を元に生み出した魔物達よ。決して生半可な力じゃ勝てない相手だと思うわ!"」
「勝てないなら勝てる様に強くなるしかないさ。憤怒が炎、嫉妬が水…、つまり他の奴らも同じ様に扱う属性が違うんじゃないか?」
「"そ、悲嘆は氷、強欲が雷、暴食は土って感じにね!あとは怠惰が風、傲慢が光で色欲が闇に、あとの虚飾が無属性!わかりやすいでしょ?"」
何を以てメルティナがわかりやすいと言っているのかは別として、憤怒については烈火の如き怒りと言うくらいだ、それについてはなんとなくイメージはつく。
「…何にしても、まずはルミネシアを一巡りした後はデモンガルドを経由してドラグネイアへ、そして竜人族の都ドラグニスを訪れて神官達から情報を聞き出す。ここまでがこの先の流れだね」
一通りの情報からフォルクが旅の流れを纏める。
問題はドラグネイアまでの到達手段だ。とりあえず途中までは陸路で大魔大陸を縦断するとしても、ドラグネイアは地続きでは無い為、海路か空路でしか到達できない。
「ああ。ユリア、ドラグネイアに行くにはどうしたらいいか知らないか?」
「ドラグネイア島の周辺の海流は常に荒れていると聞く、大魔大陸最南端の迷宮の街ラビリアから向かうしかなかろう。ラビリアにはドラグニスとを行き来する翼竜を扱う者がいるらしい。デモンガルドの街ではあるが辺境である事と腕利きの冒険者で賑わう街故に人族に対する偏見も少なかろう。ま、問題はそこに至るまでの経路ではあろうがの」
「琥珀の大砂海を抜けて行く東側ルートか、大砂海を避けて病める岩場を通っていく西側ルートか、ね。どっちも入念な準備がいる事には間違い無いけど出来るなら大砂海を避けた方がいいわ」
大砂海を故郷に持つクローディアが大砂海を避ける事を強く勧めてくる。
以前、ガルムス大陸からルミネシアへ向かう船上でも彼女がそう話していたのをふと思い出していたが、出身地であるが故にそれ程危険な地である事をよく理解していると言う事だろうか。
「西側、…となるとグリモア大森林を抜ける事になるかな、だったらそこは僕の庭みたいなものだ。僕の村にも案内できるし色々と都合が良さそうだね」
「あ、そうかフォルクも大魔大陸の出身だって言ってたっけ」
「私もセオがいない間に一緒に行ってたのよ?最初は酷い事になってたけど今は殆ど元通り、綺麗な場所だから皆も寄っていった方がいいわ」
「で、そこでフォルクと暫くヨロシクやってたんだろうがよ」
「グリオネール殿下…、陛下の前で下品な発言はやめて頂けませんか?」
「ま、恋人同士で二人きりだとやる事なんて一つでしょ。ね、アンリ?」
「わ、私に振らないで頂けませんこと!?」
「ほれクリス、あまり睨んでやるでないよ」
「…別に。それよりもユリア、ベアトリクスさんの方が怖い顔してるわ」
「かか、まぁベアトリクスには生まれてこの方、そういった浮いた話もないからの。のう?」
「陛下ッ!…全く、下劣な話など聞きたくもありませんわ」
「僭越ながらベアトリクス殿、少なからず番いとなった男女の仲に貴賎は御座らぬよ」
「センゾウ様、ベアトリクス様はこの場で話す事の是非を話しているだけでは…」
「"ふふ、こういう話嫌いじゃないのよね!もっと聞かせなさいよっ!"」
「"確かに男としてはこう言う話は嫌いじゃないですが、黒龍神様も女性なんですからもう少し自重なさってください"」
「"あら、女の子だってこういう話は興味あるのよ? クリスだってなんだかんだ言ってるけど実は…"」
「ちょっとメル!適当なこと言わないでッ!」
ひょんな会話から食堂内は一気に騒がしくなっていた。
真面目な話をずっと続けていたが為に、緊張の糸が急に切れ、まるで堰を切ったように笑い声や怒鳴り声、くだらない話が食堂内で巻き起こる。
ひとしきり笑い、話し、落ち着いた所で椅子の背もたれに身体を預けたクローディアが天井を見上げながら呟いた。
「それにしても数奇な巡り合わせ…と言うべきかしらね。アトラシア最強の剣士の双子の子供が創造神の使徒で、名家を飛び出したお嬢様、放浪の半長耳種と囚われの淫魔種、放蕩皇子に鉱山種の騎士、それにワダツミの侍、ねぇ…」
「はは、確かに。種族の取り合わせだけでもそうそう見られる組み合わせじゃないよね」
俺達のパーティーは様々な種族、生い立ちの人間が揃っている。
よくよく考えてみれば大抵の冒険者は人族は人族同士、魔族なら魔族同士で組むのが慣例で異種族がいたとしても一人か二人いるくらいだが、俺達は冒険者を廃業したアリーシャを除いたとしても人族は四人でその内の一人は外部との交流を絶っているワダツミの出身で、あとは獣人族と魔族が三人、その三人も全く違う種族の人間だ。
「"世界の救済はこの世界の皆が一丸となってやるものだから、そういう意味ではまさにぴったりだとは思うけどね!"」
「そういうあなたも竜人族でしょ、メル?」
「"そうでした!"」
クリスとメルティナの事実上の一人芝居に全員がクスリと口を綻ばせる。
会食に加えて、ちょっとした井戸端会議めいた雑談を重ね、ユリアや側近の二人と打ち解けた俺達はそろそろ話を切り上げようとしていた。
「セオドアよ。其方、そろそろここを出るつもりであろう?」
「ああ、急ぐ旅じゃないとは言えずっと迷惑をかけてはいられないしな」
「妾は別に構わぬがの。まぁ旅人を引き留め続けるのもまた不粋な話じゃ。…だが、忘れ物をしておるぞ」
「忘れ物?」
特に心当たりが無く俺は呆けていたが、ユリアはニヤニヤと含み笑いをしていた。
「…かか、しょうのない奴よのう。誰か!」
全く気付いていない俺にやや呆れ笑いを見せたユリアは食堂の外の廊下で待機している侍従を呼びながら手を鳴らした。
「陛下、如何致しましたか?」
「アレを此処に。もう準備が出来ておろう、持ってくる様に伝えてまいれ」
「承知致しました。暫しお待ちを」
侍従はユリアから何かを持ってくる様にと言う伝言を受けると一礼し、直ぐ様食堂を後にしていった。
「アレってなんだ、ユリア」
「かー、もう忘れとるのか其方は…。まぁよい、直ぐに届くであろう。もう少し待っておれ」
「ああ、わかった…」
呆れているユリアに首を傾げながら待っていると、先程の侍従が身なりのいい女性達を連れて戻ってくる。その中でも一番最初に入ってきた女性はまさに異形と言うべきか、蜘蛛の下半身を持つ魔族だ。
食堂にやってきた女性達の人数は俺達の頭数と同じ九人で、それぞれが何かが入っていると見られる薄い箱を手にしており、俺達の前に次々と置かれていく。
「余興の褒美よ、忘れておったか?」
「ああ、そうだった!…自分から参加した訳じゃないからな、完全に忘れてた」
「約束は約束だからのう。まぁ開けて中を見てみるがよい」
「じゃあ早速…」
ユリアに勧められるまま、美術品の様に美しい木彫りの箱を開け、その中身を各々が手に取った。
「俺のは…こりゃあ、サラシ…か?」
「僕のはケープだね」
「ほう、羽織か。ワダツミの服も織れるとは」
「アタシのは法衣、まあ確かに昔は着てたことはあるけど…」
「私はフードマントですね」
「私は長丈のキュロットですわね」
「コートね、いい肌触り…」
「私はローブ…兄様は?」
「俺はマントだ。へぇ、背中に龍の刺繍までしてあるのか」
皆に渡されたのは服だった。恐らくは先程話していたこの国の特産品である天雫蝶の糸で織られた布を用いたものだろう。ユリアは全員に適したものであろう服をそれぞれ用意してくれていた様だ。
天雫蝶の布は触れる指を通り抜ける流水の様な滑らかな肌触りに、きめ細かくも強靭さを兼ね備えた上質な布で、ユリアが国の特産品だと豪語するだけの事はある。
「気に入ったか?」
「ああ、ちゃんとサイズも合ってるしデザインもいい」
俺は早速ではあるが受け取ったマントを羽織ってみており、皆も直ぐに気に入ったようだ。
その事を素直にユリアに伝えると、服を持ってきた女性の一人が微笑み返している。
彼女は先頭で入室してきた魔族の女性で、病的なまでに青白い肌と首元から生えた美しいコバルトブルーの襟巻きの様なふかふかの体毛と長く切り揃えられた絹糸の様な長い髪、そして何より腹から下が蜘蛛というのが特徴の美しい女性だった。
「お気に召して頂けて光栄ですわ」
「紹介しておこうかの。この者は宮殿で服を織っておる職人達の長でアイリーンと言う、見ての通りの蜘蛛人種の魔族よ。蜘蛛人種は古来より織物が得意でな、代々我がカエサル家に仕える織工じゃ。今回妾が其方等への褒美を用意するように頼んでおったが流石はアイリーンよ。ただの一夜でここまで仕上げおったわ」
「恐縮ですわ陛下。突然の要請でしたのであり合わせの生地しか無く、それに皆様がお召しになられていた服や装備を勝手に参考として仕立てさせて頂きました事を先にお詫びさせて頂きます。その代わりと言う訳ではありませんが、使っている生地は陛下のお召しになられているドレスに準じる品質の物で仕立てさせて頂いておりますわ。何かご不満な点は御座いましたら何なりとお申し付けくださいませ」
物腰柔らかく伺い立てる様にアイリーンが確認してくると、レオ以外の全員が首を横に振る。
レオだけは受け取ったサラシを手にしてがっくりとかたを落としていた。
「俺のだけ何か味気無ェっつうか…」
「あら失礼致しましたわ、それでしたら…そうですわね…、レオ様、失礼いたしますわね」
「うん? お、おい!」
アイリーンはレオの手に持つサラシを両手に取ると、服の中からさらに二本の腕で針と糸、鋏を取り出し、目にも留まらぬ早さでレオのサラシを仕立て直し始める。
凄じい早さでありながらも精緻なアイリーンの針捌きはサラシだった長い布をあっという間にスカーフとバンダナ、リストバンド、そして腰布へと仕立て上げていた。
「凄ェな…、これだけでも金取れるんじゃねェか?」
「恐縮ですわ。ですがまだまだ祖母の技術には及びません。それでもお気に召されたのでしたら幸いで御座いますわ」
「…ああ、悪くねェ。確かにこう…何て言うか、力が入るってモンだ!」
最初はサラシで少し落ち込んでいたレオもこれには満足した様で、早速身に着けて着心地を確かめていた。
全員に渡された服は当然ながら染色も異なり、持ち主にあった色合いが選ばれている。
俺のマントは真紅に金の糸で刺繍が施された少々華美なデザインだが、『相応の実力を持たれているのであれば、少々主張の強い服を着られても良いのでは』と言うのはこのマントを仕立てたアイリーンの談だ。
他にもクリスは白を基調としたドレスの様なローブ、アンリエッタは白基調に蒼いラインが映える長いキュロットスカート、それにセンゾウの羽織は藍の地に元々彼が着ていた着流しにあった桜の絵を模して桃色の糸を用いた刺繍でそれが再現されている。
クローディアのコートは宵闇を映し出した様な黒で、フォルクのケープは森の中に身を隠せる様なややカーキがかった緑、マリオンの法衣は輝く様な艶を放つ白で、アリーシャのフードマントはやや紫がかった黒だ。
「…これでしたら、レオ様の物は染め直した方がよろしいでしょうね。生地は幸い白ですから、今からでも間に合いますわ。ただし細かい染色は難しいでしょうけれど。金は無理ですから黄色…いえ、その白銀の毛並みであれば青系かしら…」
「あー…その辺はあまり気にしちゃいねェんだが…。その辺りはアンタに任せるとするわ」
「畏まりましたわ。でしたら、今日泊まられる宿がお決まりになりましたら私宛てに音速燕を飛ばして頂ければ明朝にはお届け致しますわ。…では陛下、私は早速染色に取り掛かりますのでこれにて失礼致しますわね」
「うむ、職人の皆も手間を取らせた、下がってよいぞ」
ユリアがそう言うと、アイリーンは他の職人達を引き連れて食堂を後にする。
「相変わらず仕事熱心な女よ。とは言え堅物と言う程ではないがの、のうベアトリクス?」
「私は陛下の剣、男とうつつを抜かす様な真似をしている暇などありませぬ。いつかそんな時が来たとすればこの剣を置いた後でしょう」
ユリアは四角四面のベアトリクスに含み笑いを浮かべながら話していたが、ベアトリクスはそれを真っ向から否定していた。
そんなベアトリクスを見てユリアは心底呆れ果てた様子である。
「…やれやれ、それでは子を成す前に老いてしまおう。さて、カムイ、それにセオドア。妾はこの二日間、実に楽しかった。其方はどうであった?」
「ああ、俺も皆にセオドアやメルティナの事を話す機会にもなったし、ユリアが思ったより話せる人でよかったと思ってる。それとこのマント、大事に着させてもらうよ」
「ふふ、気に入って貰えたのなら用意させた甲斐があったと言うものよ。さて、せめて宮殿の船着場までは見送らせて貰うとしようかの」
全員が椅子から立ち上がり、ユリアと俺が先頭に並び立って食堂を後にする。
廊下に出ると既に兵士達が整列しており、俺達を誘導するべく待っていた。
廊下を抜け大ホールに出ると、ゆっくりと階段を降りて一階の船着場まで歩いていく。
俺達は既に用意されていた舟に乗り込むと、ユリアが最後の挨拶をしに、舟の側へとやってきていた。
「名残惜しいが、お別れじゃのう」
「まぁ今生の別れじゃないし、またその内訪ねるさ」
「国を治める立場で無ければ付いて行っておる所ではあったがの、妾には妾の役目がある。其方等にも其方等の役目があるようにの」
「"ああ、僕達も頑張ってくる。ナタリアもベアトリクスもまた機会があればゆっくり食事でもしながら話せるといいな"」
「ふふ、楽しみにしていますよ」
「道中気をつけて、達者でな」
ユリアに続いてナタリアとベアトリクスにも再会を誓う握手を交わしていると、クリスが前に出てユリアと抱擁を交わす。
「ユリア、今度会ったら海に行きましょうね!」
「うむ、魔術の勝負の件、忘れぬと誓おう。クリスも気をつけてな」
「ええ、きっとまた会いましょう」
「うむ、きっとじゃ」
長い抱擁を交わした二人が離れ際にキスを交わして別れの挨拶を済ませると、ユリアと側近の二人を始め、敬礼をした兵士達に見送られながら、舟はゆっくりと宮殿の門に続く水路を進み始めた。




