第百八十三話:女王との会食
俺達は手配された舟に乗り、女王ユリアの待つ宮殿へと向かっていた。
舟には俺達以外にも女王の側近の一人、ナタリアと数名の近衛がいるが、護送であるはずだが最早連行と言った方がいいだろう。
舟に乗せられる際に彼女が言った言葉はこうだ。
「陛下直々の招待故、拒む事は許されません。滅多な考えなど起こされぬ様に。それと知っておられるとは思いますがこの街は建国以来攻められた事の無い街、それは逆もまた然りという事を努々お忘れなき様」
逃げれば罪人、逃しはしないという事らしい。
理不尽ではあるが、俺達は渋々従い、ナタリアと共に宮殿行きの舟で水路を進んでいた。
「で、アタシ達はどうなるのかしらね」
「さあ、陛下のお考え次第、でしょうか。まぁ悪い様にはなさらないとは思いますが。それと申し遅れました、私、女王陛下直属の衛士長、ナタリア・"シルト"・アイゼンリュストゥングと申します。以後、お見知り置きを」
「"シルト"?」
「陛下から賜りました名前ですよ。"女王の盾"として衛士長が名乗る事を許された誉れ高き名前です」
「へぇ、じゃあもう一人のあの剣士は"シュヴェールト"、とでも付くのか?」
「よくご存知で。ベアトリクスは"女王の剣"、"シュヴェールト"の名を持つ騎士長です。我々は陛下の剣と盾として、陛下を直接お護りする立場にあると同時に、この国の兵全てを自由に動かせる権限を与えられております。どうか我々が貴方方に刃を向けずに済むようお願い致します」
ナタリアは不敵な笑顔を浮かべながら、あくまで丁寧な口調のまま俺達に一礼をしてみせる。
その裏側には女王の側近としての誇りと全兵が背後に控えている余裕が表れていた。
「荒事にはしない方がお互いに良さそうだね」
「ま、出方次第だろ。向こうがその気ならそン時だ。なぁセオ?」
「ああ、気に入らない部分もあるけど今は大人しくしてよう。文字通り、乗りかかった舟だ」
「ふ、そうしていただけると幸いです」
ナタリアに連れられ、俺達の乗る舟は宮殿のある街の上層へ繋がる水門エレベーターの中へと吸い込まれていく。
ーーー
街の上層にある宮殿の中へは舟のまま入れる様だ。
祭りの為に入場規制があったのか、上層は昨日とは異なり、船着場周辺には冒険者や観光客の姿は無く、整列した兵士達が出迎えていた。
宮殿内部を暫く進むと、その先には巨大な噴水があり、そこから大量の水が溢れている。
どうやらここから水路を維持する為の水が汲み上げられているらしい。
「さあ着きました。上で陛下がお待ちしております。足元にお気を付け下さい」
噴水の側にある船着場から舟を降り、ナタリアに連れられ上階へと向かう。
広い噴水のあるホールを抜けると、長い廊下へ入りその先に女王ユリアの待つ玉座の間があると言う。
静かな廊下は俺達の足音の一つ一つが聞き分けられる程に音が響いていた。
「お待たせしましたベアトリクス。客人達をお連れしましたよ」
「うむ、了解した。陛下の御前だ、決して無礼な振る舞いをせぬ様に」
玉座の間の前で待ち受けていたベアトリクスと俺達を連れてきたナタリアが二人で扉を開ける。
玉座の間には赤い絨毯が広げてあり、その中央、数段高い所に煌びやかな黄金の玉座に足を組んで優雅に腰掛けるユリアの姿があり、扉を開けた二人が直ぐにその前で跪く。
ユリアは先程の間に着替えたらしく、緩やかな流水を思わせる薄布が幾重にも重なったドレスを身につけており、その頭には先程とは違ってヴェールでは無く、精巧な彫刻が施された美しいティアラが輝いていた。
「ようこそ妾の居城へ。セオドア、先の余興、実に見事であった。褒めてつかわす」
「ありがたきお言葉。跪いて首でも垂れておいた方が良さそうですかね」
「よい、其方らは旅の者。妾が其方らを縛るのも道理に反する。そのままでよい」
「それはそれは、お心遣い痛み入るぜ」
「ベアトリクス、今は抑えて下さい」
「…ああ」
あくまで媚びない俺達にベアトリクスは我慢ならない様で、一瞬腰に挿した宝剣に手を掛けようとするが、その様子を見ていたナタリアが彼女を制止する。
「さて、どうも身構えておる様だが…なに、別に妾は其方らを取って食おうなどとは考えておらん。此処に招いたのは先程の余興で妾を楽しませてくれた其方に褒美を取らせる為よ。故にそう身構えずともよい。ベアトリクス、其方もな」
「ですが陛下…!」
「くどい、妾の客人じゃ、この者らが妾を襲おうとせぬ限りは手を挙げる事は許さぬ。…それとも、妾の顔に泥を塗るつもりかえ?」
「…その様な事は」
ベアトリクスがそう返事を返して、手に掛けていた宝剣の柄から手を離す。
ナタリアはその様子に安堵したのか小さく息を吐くと、二人は再び首を垂れたまま沈黙を守っていた。
「さてと、褒美を取らせる為とは言え、何のもてなしも無し、とはいくまい。臣下に会食の準備を済ませてある。褒美の件を含め、そこで少しばかり語ろうではないか。ベアトリクス、ナタリア、其方らはセオドア達を案内せよ。妾は先に行って待っておる」
「…はっ」
「御意」
ユリアはそう言うと、玉座ごと下階へと消え、ベアトリクスとナタリアは立ち上がり俺達の方を向く。
「では、皆様を食堂へと案内致します」
「…陛下の客人でなければ貴様達をこの場で叩き斬っている所だ…!」
女王の言い付け通り、素直に俺達を案内しようとするナタリアに対し、ベアトリクスのこの高圧的な物言い。
一応俺達はユリアに招かれた立場だが、彼女のその態度には鼻持ちならなかった。
「貴女は確かに強いが俺達全員相手に無事でいられるとは思わない事だ。その気になればこの宮殿ごと崩す事もできる。だが俺達もそんな事は望んではいない。せめて俺達が宮殿を離れるまでは大人しくしておいてくれないか?」
「…貴様ッ!」
俺の物言いにベアトリクスは白い歯を見せて怒りの表情を露わにする。
だがそこにナタリアが割って入り、彼女の宝剣を抑えて制止すると此方に向き直る。
「ベアトリクス。…セオドア様、どうか御容赦を。…ですが我々も陛下の側を守る立場、故に素性も知れぬ貴方方冒険者と接触している今、警戒を解くわけにもいきません。貴方方が陛下を脅かさんとするならば我々も、兵達も、黙ってはいないでしょう。とにかく今は平和的に、お互いに刃を向け合わずに済むように致しましょう」
「ええ勿論。ただこれだけは、俺達は媚びるつもりは一切ない、此処へはあくまで招かれたから来ただけです。俺達はただの冒険者、政治や国の事に絡む気は一切無い事だけは話しておきます。そうしない限りは大人しくしている事を誓いましょう、ナタリアさん」
「ええ必ずや。さ、陛下も待っています、食堂へと向かいましょう」
ナタリアの心の奥底までは読めないが、少なくとも彼女が争いを望んでいないのは確かだろう。
あくまで俺達の思想は尊重しつつ、彼女達の立場も明らかにし、一定の線引きはしながらもお互いに歩み寄ろうという彼女のスタンスには俺も仲間達も共感し、敬意を以て接する事ができる。
ベアトリクスはやや不満気な表情だが、ナタリアに促されると一礼をして彼女と共に俺達を女王が先に待っている食堂へと案内を始めた。
ーーー
食堂へ着くと侍従である男達が俺達に頭を下げ、そのまま数々の豪勢な料理が並ぶテーブルへと案内を始める。
ベアトリクスとナタリアの両名も、侍従達に案内を引き継ぐとユリアの横に移動し両足を揃えていた。
用意されていた椅子に着くと、全員の前にあるグラスにそれぞれ葡萄酒が注がれる。
「さてと、先ずは自己紹介をすべきであろうな。妾の名は"ユリア・"ヴァッサー"・カエサル・ローム、このカエサル王領の王にして、連邦を為す八の国家の代表が一人として水の賢者を務めておる」
「ベアトリクス、ベアトリクス・"シュヴェールト"・シュタールクリンゲ。陛下の"剣"にして、この国の騎士長だ」
「私からは改めてとなりますが、私はナタリア・"シルト"・アイゼンリュストゥングと申します。陛下の"盾"であると同時に衛士長を務めております」
三人の自己紹介を聞いた後、俺も席を立ち上がり自己紹介を始める。
「俺の名はセオドア・ホワイトロック。西アトラシアから旅をしている冒険者だ。隣は妹のクリス、クリスティン・ホワイトロック。一人一人していても時間ばかりかかるだけだし、その隣から順にアリーシャ・レッドスター、フォルクハルト、クローディア、マリオン・カッパーフィールド、センゾウ、アンリエッタ・グリーングラス、それにレオ・レオリアだ」
「ほう?」
レオの名を聞いた瞬間に、ユリアは頰杖をついて訝しむ様に俺とレオに視線を向ける。
「ふうむ、人違いかの? 妾、そこな獣人族の其方に見覚えがある。容姿も体格も毛色も当時とは随分違うようではあるが、その顔立ちと態度は全く変わっておらん。もう十数年前にはなるかの、先王である母上に連れられてガルマリアを訪れた時に妾は其方を見ておってな、名は確か…」
「ユリア、だったか、悪ィが生憎、俺の方は忘れてたみてェだ。だが、名前ぐれェ自分で名乗らァ。セオ、どうやら素性を隠す必要は一旦は無ェらしい」
「らしいな。好きにするといいさ」
ユリアとレオはどうやら面識があるようだ。尤も、レオの方は忘れていたようだが…。
レオはユリアが自身の名を口にしようとするのを遮ると、自身の口から告げると俺に目配せしていた。
「レオ・レオリア改め、ガルム帝国皇子、グリオネール・ルス・ガルマリア十二世だ。予期せぬ形ではあったが、ルミネシア魔導連邦カエサル王領が領主、ユリア・"ヴァッサー"・カエサル・ローム陛下と見えた事、嬉しく思う。まずは名前を偽っていた事と十数年前の事とは言え、陛下の顔を忘れていた事を謝らせていただきたい」
冒険者のレオとしてでは無く、ガルム帝国の皇子、グリオネールとして、彼はユリアに対して名乗り、同時に謝罪する。
その堂々とした振る舞いにユリアは不敵に笑い、側近の二人も驚いたと言わんばかりの顔を見せていた。
当然事情を知らないマリオンとセンゾウも二人と同じく目を見開いて驚いていた。
「実に堂々としておる。媚びぬ姿勢も気に入った」
「皇子殿下とはつゆ知らず、此度の非礼、なんと謝罪したものか…」
「ご無礼を致しました。殿下のお連れの方とは知らず…」
「いい、だが今はガルムの皇子グリオネールでは無く冒険者のレオだ。それにセオもこいつらもただの連れじゃなくて仲間だ。ユリア、そういう事でいいな?」
レオは深々と頭を下げ非礼を詫びるベアトリクスとナタリアに頭を上げさせると、ユリアに対しグリオネールではなくレオである事を認める様に同意を求めた。
現在ガルムスではグリオネールは行方不明という事になっている為、それが周囲に知れれば問題の種になるのは明白だ。ユリアもそれを察したのか、扇を閉じると「わかった」、と小さく頷いた。
「皆の者、この事は口外無用、誰にも話すで無いぞ。話そうものならば…わかっておるな?」
「「ハッ!」」
ユリアの口外無用の箝口令に侍従達は揃って敬礼を返す。
「さて、ならばこうするかの。其方等は妾に招かれた旧友、とでもしておこう。その方が其方等も畏まらずに済もうし、街の者も妾の余興で気に入られた旅の者と思おう。尤も、其方等も元より畏る気など無いようではあるがな」
「お心遣い感謝します。我々は冒険者、誰にも縛られる事もない者ですので」
「ふん、今更畏るで無いわ、返って不愉快よ」
「…これは失礼、じゃあそうさせて貰う」
そう言いつつ、ユリアは笑顔を見せている。
彼女からの御免状を貰った事でベアトリクスもどうやら腹を立てる事は無くなったらしい。
寧ろ、彼女はレオの正体を知った事で逆に自身を恥じているのか、押し黙ったまま顔を俯かせている。
「さて、長々と話してはいるが、そろそろ乾杯としよう。折角用意した料理が冷めてしまっては興醒めじゃ。セオドア、此度の働き、実に見事であった。其方と其方の仲間の今後の働きを願って、乾杯!」
「「乾杯!」」
最初はこの常に上から物を見ている様な態度が気に入らなかったが、話せばユリアは意外と話のわかる寛容な人物だった。
この態度も考えてみればこの国に君臨する者としての威厳を保つ為に必要なものだという事だろう。
加えて、恐らく王女として生まれ、女王となり、この様に心を開いて話せる人物もいなかったと見える。
食事をしながら誰が話しかけるでも気さくに返している姿はまるで年頃の少女の様だった。
「ユリア様、水の賢者、と名乗られていましたが…」
「ユリアでよい、クリス。旧友であれば敬語など不要じゃろう? このローム家は連邦に加わる前から代々水魔術の使い手でな、大魔術を扱えるまでとなって初めて王の座に就けるのよ。母上も、その母上もまた立派な水魔術士であった。妾も水魔術に於いては誰にも負けぬと自負しておる」
「…!ユリア、私も大魔術は光と闇、それと無属性以外は扱えるわ」
「なんと、六属性の大魔術を習得しているとな? じゃが、水魔術に於いては妾、負けはせぬぞ?」
「ふふ、じゃあ今度、どっちが凄いか勝負しましょ!」
「良かろう、妾も手加減はせぬぞ?」
「へ、陛下、陛下が本気を出しては周囲の街や村に被害が出ます故、何卒…」
「莫迦者、やるのであれば海に決まっておろう。魔術士である以上、自らの魔術の規模など把握しておるわ」
「失礼を致しました…」
「ふふ、じゃあきっと、約束よ?」
「うむ、約束じゃ、クリス」
同じ魔術士故に馬が合うのか、ユリアとクリスは会話が弾んでいる様だ。
水魔術は六属性の魔術の中でもその規模は下位魔術と大魔術とで差が大きく異なる。
そもそも災害級の被害を巻き起こす大魔術でも、水魔術は特に規模が大きく、村や街ならば一発でそれを全壊、丸ごと更地に出来る程だ。
黒龍神の加護を持つクリスと水の賢者ユリア、この二人が同時に大魔術を放とうものなら、小国程度なら一瞬で姿を消してしまう程では無いだろうか。
二人の魔力比べは一度見てみたいものだが、実際にやるとなれば甚大な被害をもたらすだろう。誤って被害を被る者が出はしないかが心配だ。
「そう言えば、ユリアはなんで余興に俺を指名したんだ?」
「ふむ、指名した理由とな? 目に付いた、と云うには無理があろうな。其方、妾が其方を指名したのが偶然では無い、そう言いたいのであろう? 無論、妾も其方等をただ指名したのではない。セオドア、其方とクリスから何か言い表わせぬ強大な何かを感じたからが故よ。セオドア、其方からは特にな」
気付いている。ユリアは俺とクリスの中にはっきりかどうかは分からないが、聖龍神と黒龍神の魂が宿っている事に気付いた様だ。
「其方等は何か…そう、途轍もない存在の加護を得ている、そうではないか? 恐らくではあるが、妾や連邦を為す他国を統べる賢者達程の実力者ならば気付こうて。例えば…そう、創造神の加護、とかな」
当たらずとも遠からずだが、ユリアの指摘は実に的を射ている。
聖龍神と黒龍神は二人で一つ、創造神を為す存在だ。
だが黒龍神は兎も角、聖龍神は三年前、俺が帝烏賊に攫われ、奴から逃げ出す時に力を貸して以降、眠りに就いたままずっと沈黙を保っている。
何度か心の奥に問いかけてはみたが、あれ以来、彼から一度も返事は返ってきていない。
「まぁ…そんな所だ。とは言っても、今はどうにもならないけどな」
「ふむ…クリスの方もかの?」
「あ…えっと私の方は…。兄様、どうしましょうか…?」
ユリアに迫られクリスは困った顔で尋ねてくる。
確かにあれから何もなければメルティナは健在だろうが…。ただ、俺達の中に創造神の片割れが一人ずつ存在している事は仲間達にも隠している事だ。
折りを見て仲間達には話すつもりだったが、当然部外者には話すつもりも無く、この事を知っているのは俺とクリスを除けばそのきっかけとなる彼等の魂を宿した宝珠を両親に渡したガスターと海賊バルドルとしてドルマニアンで出会った先代勇者ミネルバの弟、悪童ヒースクリフだけだ。
「"…どーせごちゃごちゃ考えてるんでしょ? だったらその前にあたしから出てきてあげるわ!」
「…は? お、おい、メル!?"」
クリスの口から底抜けに明るい声色でメルティナが言葉を発す。一人称の違いからも間違い無く彼女である事は間違い無い。
どうやら彼女は打ち明けるべきが悩む俺達を見兼ねて勝手に飛び出してきた様だ。
突然口調が変わったクリスに仲間達も驚いており、予定外ではあるが、これで仲間達に隠しておくのは事実上不可能となった。




