第百八十二話:女王の戯れ
「水が魔物の形をしてるだけだ、それも下級の魔物、大したこた無ェ…!うえァッ!」
「炎よ、鏃となりてかの者を穿て!火矢ッ!」
「魔剣術、炎剣ッ!」
冒険者達は襲い来る水の魔物達に対抗すべく、各々の得意とする攻撃で迎撃を始める。
だがしかし、相手は水であり魔力そのもの故に、直接的な攻撃を当ててもただ揺らぐばかりで効果は薄く、魔術による攻撃も生半可な攻撃は全て魔物達を形成す水に飲み込まれ無力化されてしまう。
「う、うわあっ!?」
冒険者達の一人が死角を攻められ声を上げる。
小鬼を模した水が魔術士の懐に潜り込み、その足を払って転倒させた様だ。
「や、やめろっ!くそっ…!」
転倒した魔術士に魔物達は一斉に飛びかかると、衣服を掴んで彼を引きずっていく。向かう先はリングの外側だ。
「ま、まさか…、う、うわあああぁぁ…」
魔物達に引きずり回され、魔術士は魔物達に担ぎあげられると、そのままリングの外側へ投げ出され、声をあげながら落下していくと、水路へと着水してしまう。これで一名脱落という事らしい。
「くっ、速いっ!」
「単なる物理攻撃じゃ効きが悪ィ!魔術も大して効いてねェみてェだ!」
「効いても再生している!見た目は下級の魔物だが、惑わされるな!思ったより強いぞ!」
「…ただ攻撃は打撃のみらしい、押し出されたり、さっきの奴みたいに外に叩き出されない様に気をつけろ!」
想像以上に厄介な相手に冒険者達は面食らっていたが、彼等もそれなりに修羅場を潜り抜けてきた冒険者だ、魔物達の特性を直ぐに見抜き、また見た目と乖離したその強さを受け入れて認識を改め始めていた。
「ふぁ…模造とは言え、妾の生み出した魔物、弱い訳が無かろう。それにこれは祭りの余興よ、祭りで死人を出す訳にもいかぬわ」
女王ユリアは泡の外側から欠伸をしながら退屈そうに分析中の冒険者を見下ろしており、早く行けと言わんばかりに彼等を顎で促す。
「…上等!魔術で生み出された魔物ってんなら魔生物種と同じ認識で行きゃいいだけの話…!」
「魔術や魔剣術が使えない方は魔物を引きつけてください!使える者で仕留めます!」
「女王サマは手加減してくれてるらしいが…、舐められっぱなしは気に入らねえなッ!
認識を改め、対抗策を講じた冒険者達は襲い来る魔物達と渡り合い始める。
協力し始めた冒険者達はまた一体、また一体と女王の生み出した水の魔物を仕留め、水の塊に帰していく。
無論、水の魔物達は俺にも襲いかかって来るが、彼等の分析を踏まえた上で回避に徹しつつ、最低限様子を伺っていた。
「ほう、曲がりなりにも腕に自信ある冒険者と言う事か。ならば、これではどうかえ。流水擬態」
冒険者達が仕留めた魔物達は再び水に戻ると水の塊と再び同化し、今度は更に数を増してまた水の塊から魔物の姿となって現れる。
「くそっ、数が…!」
「これでは魔術を使う隙もありません!どうにか隙を作ってください!」
「さっきからやっている!…くそっ、手が足りんッ!」
「回り込んで来る奴もいるぞ!囲まれない様に気をつけ…うわぁっ!」
魔物の数が倍近くに増え、攻撃の密度が上がった瞬間に冒険者達は一気に劣勢に立たされる。
恐らく彼等の実力は魔物達よりは高い。当然、彼等で倒せない訳ではないが、水の化身である特性の為に攻めあぐねているのが現状で、さらに数の差による部分も少なくはない。
ユリアの創り出した魔物達の攻撃はあくまで打撃である為に致命的な攻撃とはならないが、確実に冒険者達の体力を削っていっているのが分かる。
「これなら…どうだぁっ!」
筋骨隆々とした冒険者の打撃が大蝙蝠型の魔物に直撃する。
確実に芯を捉えた棍棒による会心の一撃が大蝙蝠の身体を構成する水を弾けさせ、霧散させていた。
「…殴って倒せねェ訳じゃねェのか!」
「当たり前であろ? 態とそうさせておる、その気になれば魔素を使わねば倒せぬようにもできるが…それでは余興にならぬではないか。妾は一方的な嗜虐は好まぬのでな、かっかっか…」
「随分といい趣味を…、出し惜しみをしている場合では無さそうです。…無詠唱での威力調整は不得手ですが…。いきますっ、爆炎ッ!」
一瞬生まれた隙をついて、魔術士が無詠唱で放った威力過剰の爆炎が魔物の群れを四散させる。
その威力は詠唱を介して放つ一般的な威力の数倍の規模であり、分厚い石畳に出来た大きな窪みがそれを物語っていた。
「調整を失敗しましたがこれはこれで…!しかしその分、想定以上の魔素を食いましたね…」
多くの魔物を消し飛ばした爆炎を放った魔術士は魔素欠乏に近い状態に陥っているらしく、足をふらつかせていた。
「おい、来るぞ!躱せっ!
「…お気遣いなく。…これ以上は私は皆さんのお役に立てませんので…、ぐうっ…!」
魔素欠乏寸前で弱った魔術士に水の魔物達が容赦なく襲いかかる。
他の冒険者達が躱す様に声掛けるものの、彼は自身の力の底を悟ってか、微かに笑顔を見せつつ魔物達に引き倒され退場させられてしまった。
「大量に吹き飛ばしちゃくれたがそれでもまだ八割ってトコか…。対してこっちは十二人いたのが二人やられ…」
「わああぁぁぁ…」
「くそっ、くそおぉぉ…」
「さらに二人か…これで八人、どうする…」
盗賊の様な出で立ちの剣士が状況を確認している最中、さらに二名が脱落したようだ。
二つの水飛沫が上がる音が響くと、まだ残っている冒険者達はにじり寄る魔物の群れに息を呑んでいた。
ーーー
「ほぉう、今回の冒険者はなかなか頑張るではないか。…と、言っても、まぁそろそろ限界かの」
冒険者達は更に半数が脱落し、俺を含めて残り四名。皆奮闘してはいるが漸くユリアが最初に生み出した魔物の数と変わらぬ程度に戻っただけだ。
残りはざっと三、四十体程に対して此方は四名、全滅させるとして一人頭十体程になるが、他の三人もかなり疲れが見え始めている。
「かか、一人を除いて、ではあるがのう」
俺は彼等とは協力せず、自分に襲いかかってくる相手だけを仕留めていた。
戦っていて気付いた事は、ユリアの創り出した魔物達は今まで戦ってきた魔物の強さを考えると等級としてはB級からA級程度の強さであり、水で出来ている関係で幾分丈夫ではあるが、俺からすれば決して特別強いという事は無い。
しかし、冒険者達の実力はというと、脱落した者も含めA-級からS-級といった所であり、彼等にとってはこの数はギリギリといったところだろう。
油断すれば簡単に倒されてしまうレベルの強さと物量と言える。
そう考えてみると、ユリアは彼等が渡り合えるギリギリのラインで敢えて戦わせているものと見えてくる。
決して勝てない訳では無いが、それでも不利な状況。更に言えばここは彼女の創り出した戦場である為、仮に冒険者達が奮起して勝ちそうになったとしても彼女の魔力を以ってすれば、まだまだいくらでも流水造形で魔物を生み出して叩き潰す事だってできるだろう。
みすみす彼女はいい性格をしている、そうとすら思える程だ。
「…ぜえ…ぜえ…。…おい、お前…!…さっきから一人で戦ってるが…、俺達と協力する気は無ェのか…?」
棍棒を杖にして息を上げた冒険者の一人が俺に声を掛けてくる。
「ああ、無い。俺はあくまで無理矢理参加させられただけだ。お尋ね者にされたりは御免被るから渋々参加はしてるけど、女王を愉しませるつもりは毛頭無いんでね」
「…くっ、そうかよ。…じゃあもう頼まねェ」
「彼は強い…、この数相手に息もあげずに騎士剣一つで一撃も受けずに戦っている」
「ふぅ…、協力してくれれば頼もしいのだがな…。…あそこまできっぱりと断られれば頼る気すら失せてくる。…我々だけで何とかするしかないな…」
三人の冒険者はお互いに背中を預け合い、取り囲む魔物と対峙している。
すると、俺を睨んでいる魔物達も突然狙いを変えて彼等を取り囲む魔物達に合流し始めた。
「…其方、良いのか? これでは直、あの者等も脱落しよう」
「別に助ける義理は無い。やるならさっさと下に落とせばいいだろう」
「ふむ、薄情な男じゃな。…なれば、その気にさせてやるとしようか」
そう言ってユリアは含みのある笑いを見せると、美しい声で歌い出した。
「歌…?」
不可解にも突如歌い出した彼女の意図が読めないが、その気にさせるという彼女の言葉がどうにも気になる。
「なんだ…、この歌声…身体の奥から力が…」
「ふー…ふー…あア、どうヤらまだ戦えルらしい…。まだマだ魔物は多イ、タオさねバ…」
「ユリアサマのウタ…? …なル程、コレほドココロヅヨい激レイもアるマイ…」
疲れ果てていた筈の冒険者達がユリアの歌声を聞くと、まるで疲れなど忘れてしまったかの様に武器を構え始めている。
「様子がおかしい…。あの三人、もう限界だった筈だぞ…?」
改めて三人の様子を見ると、仕草こそ力を取り戻した様に見えるが、何かに取り憑かれたかの様に虚ろな眼差しを見せている。
「オ…オオオオォォォッ!」
「タオス…タオスタオス!」
「マモノハミナゴロシ…、ユリアサマノタメナラバッ!」
虚ろな眼差しで武器を構えていた冒険者の目の色が変わり、突然手負いの獣の様な血走った目で咆哮を上げ始めると、力任せに水の魔物へ躍り掛かる。
だが何かに囚われた様に繰り出す力任せの攻撃は精彩を欠き、水の身体を持つ魔物達には効き目が薄い。
加えて彼等は魔物の反撃を一切避けずに戦いを継続しており、殴られようが引き倒されようが死ぬまで戦い続ける狂戦士となっていた。
「お、おい!やめろ!あのまま戦えば三人とも力尽きて死んでしまうぞ!死人は出さないんじゃなかったのか!」
「ほう、妾の歌声を聞いて正気を保てるとはの。かか、やはり其方、面白い男よの。さて、妾は生み出した魔物には弱った者や、そもそも弱い者をあの場から叩き落とすようにさせておるが、見るが良い、奴らは元気ではないか。血反吐を吐いてはおっても立ち上がり、戦いの意思は消えてはおらん。魔物どもが殴りかかっておるのがその証拠じゃな。この余興、自ら逃げることも許しておらんわけでもないし、死人を出すつもりもないが…」
この時、水の賢者ユリアの表情が欲に塗れ、狂気に歪む。
この余興は観客へのショーかと思っていたが、実際はそうではない。
彼らの様な冒険者は褒美だとかを餌に集められた壊れたら捨てるだけの操り人形、これは彼女が楽しむ為の人形劇の舞台だった。
「自ら死にに行く者については妾は知らんのう。かっかっかっかっ!」
「そこまでして…!」
「おっと、そろそろ目が覚めてしまうのう」
ユリアが再び歌い始めると、冒険者達も同時に戦いを再開し始める。
幾ら傷付いても立ち上がり、彼らは怯む事なく戦いに身を投じては、新たな傷を増やして行く。
傍目から見ても傷の量や軋む骨の音から、彼らの身体は既に限界などとうに超えてしまっている筈だ。
「思惑通りってのは不本意だけど…、このままなぶり殺しにされるのを指を咥えて見ている訳にはいかない…!」
超越の加護の力を発揮し、石畳の床を蹴って冒険者達を取り囲む魔物達の隙間をすり抜ける。
彼らに飛び掛かろうとする魔物達を次々に斬りつけてただの水に還し、迎撃しようとしていた標的が居なくなって戸惑う彼らの前に立つ。
「オレノエモノガ…」
「ツギノ…マモノ…!」
「マダ…マダダ…」
「完全に正気を失ってるか…。仕方ない…」
狂戦士化した冒険者達は目の前に立つ俺には一切目もくれずに未だに戦いを継続しようとしているが、これ以上戦えば最早大怪我では済まないだろう。
俺は彼らの説得は不可能と判断し、彼らの懐に潜り込むと、強硬手段に出る。
「悪いけど、この舞台から降りてもらうっ!」
「ナニヲ…!」
超越の加護の力で強化された腕力を活かし彼らの内一人を抱え上げると、そのまま俺はリングの外へと放り投げる。
彼らからすれば味方とは言わないまでも、同士である人間に攻撃の対象とされた事で、狂気に陥りながらも彼らは驚き怯んでいた。
「キサ…マ…!」
「頭を冷やしてこいっ!」
一人、二人とリングの外に投げ落とされたのを見た最後に残った冒険者が武器を構え直し、その棍棒を敵意と共に俺へと向けてきている。
「ジャマスルノナラ、オマエモテキ…!」
「悪いけど、アンタ程度の冒険者なら俺に攻撃なんて当てられない」
冒険者が振り抜いた棍棒が屈んで躱した俺の真上を通り抜け、空を切る。
振り抜かれた棍棒の鋭さに、触れた前髪の数本が斬られてしまうが、そのまま俺は彼の胸に肩をいからせてぶつかり、体勢を崩した隙に胸ぐらとベルトを掴んで持ち上げる。
「オノレ…!」
「…悪いけど恨まないでくれよっ!」
持ち上げた冒険者を場外へ放り投げると程なくしてリングの外から水柱が立つ音が響く。
そして取り囲んでいた魔物達がリングにただ一人残る俺を標的として襲いかかろうとしていた。
「この程度の魔物で俺を測ろうなんて考えるなよ…!熱気放散ッ!」
魔力を込めた両手を合わせ、掌で地面に触れると、その地点を中心に凄まじい熱気を周囲に放出する。
放たれた熱気によって、小型の魔物は瞬時に蒸発し、中型の魔物も全身を構成する水の大半を失い吹き飛ばされていた。
残った中型の魔物は水分を失って弱体化しており、剣で斬りつけると簡単に弾け飛び、次々に数を減らしていく。
最後の一体を斬り伏せて石畳の染みに変え、俺は騎士剣の切っ先を泡の外で高みの見物を決め込む女王ユリアへと向けた。
「まさかこれで終わりじゃないよな?」
「かか、やるではないか。ならばこれならどうかの、流水擬態・変異体」
ユリアが三度扇を振るうと、中央にまだ残る水の塊が丸ごと姿を変え始める。
その姿は以前に見た魔物と同じく、下半身は粘液型生命体の様だが、上半身は巨人の姿で、僅かに違う事と言えば魔生物種とは違い、核となる魔石が無い事とやや小さいくらいか。更に魔物を構成する水は徐々に変質し、その色は無色からやや緑がかった濁った液体へと変わっていく。
「まさかな…」
水の塊が水の巨人へと姿を変え、腕を模した液体が腕を引き、俺に向けて突き出してくる。
後方へ飛び退き、その間合いから離れるが、液体である魔物の腕から拳の部分だけが分離し、緑の液体が飛沫となって俺に迫ってきていた。
「…っ!土壁ッ!」
咄嗟に魔術で石壁を生やし液体を受けるが、予想通りと言うべきか、石壁は数秒と持たずに腐食し、崩れ去る。
「やっぱりか!」
彼女の創り出した魔物は酸魔導人形、かつて戦った帰らずの迷宮の主、それを模した魔物だ。
今回は当時の様な水分を奪い弱体化する戦法は使えない。だが俺も当時から随分と強くなっている。
この程度の相手で手こずってなどはいられない。
第二、第三の酸の拳を掻い潜り、酸魔導人形に迫ると、今度は内包した気体を吐き出そうとしている。酸の吐息の体勢だ。
「遅いッ!追風!」
酸魔導人形が吐息を吐き出す寸前、対抗策として発動した魔術によって発生させた強風が背中を吹き抜ける。
酸の吐息が勢いよく吐き出されるものの、俺を護る強風がそれを押し返し、不発に終わらせていた。
「あの時とはもう違うッ!喰らえッ、珊瑚雷撃!」
伸ばした腕から無数の電撃が伸び、酸魔導人形を絡め取り、自由を奪う。
酸性液体の塊とも言える酸魔導人形の身体には電撃の効果は覿面であり、痙攣を繰り返しながら動きを止めた酸魔導人形に、俺は更なる魔術による追撃を仕掛けていた。
「動きが止まったなら、今度はその特性を奪うッ!氷河の一雫ッ!」
動きを止めた酸魔導人形に放った極寒の一雫を撃ち放つ。
雫は酸魔導人形の身体に染み込むと同時に冷気を放ち、瞬時にその身体を構成する酸を凍て付かせた。
「これで終わりだッ!」
凍り付いた酸魔導人形の身体に騎士剣の鋭い突きを見舞うと、亀裂が全身を走り、衝撃がその身体を打ち砕く。
破砕された酸魔導人形の破片が弾け飛ぶ様に広がり、下半身だけを残して消し飛ぶと、直ぐに溶け始め、酸となり緑色だった液体が元の水へ戻っていき、石畳の中へ染み込む様に消えていく。
そして外の水柱からユリアが泡をすり抜けてリングへと降りてくる。
「かっかっかっ、見事見事。よもや苦戦もせぬとはの。余興は終いじゃ、褒めてつかわすぞ」
大胆に切れ込んだドレスから覗かせる胸の谷間に閉じた扇を挟んだまま、拍手と賛辞を送ってくるユリアは満足気な表情を見せていた。
そのまま背を見せて中央の空洞まで来ると、指を弾き、下の噴水と水路から水柱を上げさせ、それによってリングを包む泡が弾ける。
リングを支えていたのが泡から水柱となり、彼女もまた噴水から噴き上がる水柱に静かに立つと、再び指を弾く。
噴き上がる水柱に浮かされている石畳のリングは徐々に高度を下げると、また再び元の位置に戻り広場の地面となる。
そしてユリアを乗せた噴水から出る水柱も元に戻り、彼女はそのまま跳躍して船にある玉座の前に音も無く降り立ち腰掛け、ゆっくりと優雅に足を組んで谷間に挟んでいた扇を引き抜き広げると、口元を隠し側近の二人に指示を出す。
「橋を戻せ」
「御意」
女王ユリアの指示を聞いた二人の側近が立ち上がり、広げた手を上げると同時に水面下に沈んでいた橋がせり上がり、広場が元の姿に戻る。
「兄様!お怪我は!?」
「クリス!勝手に行ってはなりませんわ!女王の御前ですわよ!」
「チッ、仕方無ェ。俺達も行くぞ!」
橋がせり上がり終えると同時にクリスがアンリエッタや兵士の制止を振り切って広場に飛び込んで来る。
それを見ていたレオ達もやむなしと判断したのか、全員で広場に入り込み、俺と共に女王ユリアの眼を見つめていた。
広場にいる俺達を取り抑えようと兵士達がなだれ込んでくると、女王は扇を閉じて足を踏み鳴らす。
その音で兵士達が止まると、今度は女王が手を払うのを見ておれた広場から退場していく。
「かか、そう身構えるでない。…さて、其方。名を何という?」
玉座の上で薄ら笑いを浮かべながらユリアが閉じた扇で俺を指す。
「セオドア・ホワイトロック。旅の冒険者だ」
「無礼者ォッ!女王の御前である、跪いて首を垂れぬかァッ!」
「セオ様危ないッ!」
立ったまま、敬語も使わずに名乗った瞬間、怒りを露わにした女王の側近の一人が腰の宝剣を抜き、女王の舟から飛び出して斬りかかってくる。
だが、アンリエッタが割って入り、大楯でそれを防いでくれた。
「よい、剣を納めよ」
「はっ、差しでがましい真似を」
「この者達を宮殿へ客人として招く。セオドアは妾を十分楽しませてくれたからの、今の無礼は忘れるとしよう。ナタリア、舟を手配せよ。妾は一足先に宮殿へと戻る」
「御意」
ベアトリクスと言う側近の剣士は宝剣を鞘に納めると、女王の舟に飛び乗り跪く。
代わりにもう一人の大楯と大剣を持つ女性が広場に降りると、兵士に合図を送り、俺達に近づいてくる。
「並の騎士では盾ごと斬られている筈ですが…、盾のおかげか、あるいは貴女の技術がベアトリクスのそれを上回ったのか…。私も盾の扱いを得意とする者として貴女への興味が尽きませんね」
「ナタリア殿、でしたわね、女王陛下の側近の御方にそこまで言われるとは光栄ですわ。ただ、私も盾を扱う技術については自負がありましてよ」
アンリエッタとナタリア、武器は違えどお互い重装の盾使い同士。意識せずにはいられないのだろう。
彼女はアンリエッタとしばらく火花を散らし合った後、兵士達が用意した宮殿行きの舟に俺達を乗せると自らは舟を引く大型の水馬に跨り、女王の待つ宮殿へと誘っていく。
ーーー
宮殿の最上階、玉座の間に通じる廊下をユリアが硬い靴の踵を響かせる。
その少し後を追う様にベアトリクスが金属のブーツの音を鳴らしていた。
「ベアトリクスよ。あのセオドアとその一行、其方の見立てはどうか」
「は、あの男、下で見る限りでは剣術と魔術、双方に隙がありません。勘もいい、それなりの実力者である事は疑うべくもないかと」
「ほう、其方にしては珍しい。他者に、ましてや男に対して其方が何かしらの評価をするとはのう」
「あの男、私が斬りかかる寸前に剣に手をかけておりました。それに私の剣を防いだ大楯の騎士、並の冒険者なら見切る事も、反応する事すら出来ずに斬られていた筈です」
「確かにな。其方が抜いて人死にが出なかった所など、妾も今迄見たことがないわ。さて、妾は少し休む。あの者らが宮殿に着いたら知らせよ」
「御意」
ベアトリクスはユリアが玉座の間の扉の奥へ消えて行くのを敬礼で見送り、廊下を引き返す。
「セオドア・ホワイトロック…。陛下が気にかける程の者か、見極めさせて貰うぞ」




