第百七十九話:旅の再開
テラービブ出立の日、ギルドマスターのゴードン、それに宴で知り合った冒険者達、ピェーチカの酒場の店主達に挨拶し、俺達はテラービブを後にした。
冬場の魔導連邦は積雪によって魔獣車が街中以外では使えない為、徒歩による移動を余儀なくされる。
とは言え三年間の間、俺はヘレ氷原で過ごし、他の皆も季節を問う事なく魔導連邦で活動してきた事もあって、雪道を歩く事など既に慣れたものだ。
流石に平地を行く程の速度とはいかないまでも、普段の七、八割程のペースで進めている。
レオに関して言えば別行動の機会に青龍の因子を得た所為か、積雪による影響などなんのそのと言った様子で、俺達が真っ直ぐ歩く所を後ろ向きに歩きながらも全くバランスを崩す事無く平地を歩いているかの様に、完全に適応している程だ。
「…で、次の目的地ってのはどんなトコなんだ? 俺は北の方にしか行ってねェから南側は全くわからねェんだよな」
「今向かってるのは魔導連邦南東部に位置する水の賢者カエサルの一族の現女王、ユリアが治めるロームと言う都市だね」
「水の賢者の一族が治める地の都だけあって、巨大な湖の上に作られた都市で、随所に水を使った仕掛けがあるのが特徴、と言ったところかしらね。綺麗な街よ」
「それは楽しみにしておくとして、道中注意すべきは魔物の存在でしょうか」
「うむ、人間同士の揉め事は街道よりも街中の方が多い位に御座る。各領内、都市の外に関しては危険な魔物の徘徊する様な場所を除いては、至る所に兵が配置されており、巡回が徹底されておるが故、賊に遭遇する事はそう無い。稀に辻斬りの様な輩が現れることはあろうが、恐れる事もなかろうよ」
「ま、SS−級の冒険者なんてそうそう見かけるものじゃないし、冒険者崩れみたいな連中なら徽章を見るだけで裸足で逃げ出すわよ。それでも仕掛けてくるとしたらよっぽどの強者か、よっぽどの命知らずの馬鹿ね」
軽口を交えながら、次の目的地の事やこれまで皆が魔導連邦内で見知った情報を織り交ぜて話している。
俺自身はヘレ氷原という閉ざされた地にいたが為にそう言った情報には乏しく、聴くことに徹していた。
センゾウの言葉通り、街道の近くにも遠くにも、見渡せばいくつもある物見櫓の上から衛兵の姿が見えている。騒ぎを起こせばすぐにでも衛兵達に囲まれてしまう事になってしまうだろう。
「確かにこれなら悪さは出来ないな」
雪道に慣れた街道を行き交う人々も、襲われる心配も少ない所為か、自衛の為の最低限の武装をしている以外はてんで無警戒と言った様子である。
ーーー
「随分と慌しくなってきたな…。さっきから衛兵達が何人も走っていってるが…」
街道を進んでいると、行き交う人々の足並みは早くなり、衛兵達は少し慌てた様子で俺達の後ろから通り過ぎていく。
「セオ、あそこ!」
通り過ぎて行く衛兵達の背中を目で追っていると、街道の外れで騒ぎが起こっており、手槍を持った衛兵達が騒ぎの元へと飛び込んで行く。
よく見ると、雪の塊の様な姿の魔物が取り囲む衛兵達を相手に暴れ回っており、殴り飛ばされた衛兵がこちらに吹き飛ばされてきていた。
「俺達も行ってみよう!」
「魔物か!腕がなるぜッ!」
「ダメです!手槍では身体に埋まるばかり、まるで手応えがありません!」
「氷針ッ!…くっ、雪人形相手では我々の魔術も効かんか…!」
衛兵達の攻撃は暴れ回る雪人形には全く通用せず、ただ身体を構成する雪を突き抜けてしまうばかり。
彼らは攻めあぐね、ジリジリと後退を始めている。
「雪人形ね。核の魔石を破壊すれば倒せるけど」
「人形の核の完全な状態の魔石は高く買い取ってもらえるからね」
雪人形は人形型の魔生物の中でも下位の魔物だ。
とは言え駆け出しの冒険者や一衛兵程度では荷が勝ちすぎる魔物でもある。
ただ倒すだけならば雪人形程度の人形型でも中位の冒険者でも訳は無いが、その核である魔石を無傷のまま仕留めるのは困難を極める為、非常に希少性の高いものとなっている。
特にこの魔導連邦では人造魔導器の材料や研究対象として貴重な素材という事になっている、というのはマクニールの弁だ。
「だったらせっかくだし人助けついでに小金稼ぎと行こう、みんな、やるぞ!」
俺達は暴れ回っている雪人形に向けて走りだし、衛兵達が踏み固めた雪の上を追っていった。
「下がってな!俺達に任せろッ!」
真っ先に飛び出したレオが衛兵達の間を掻き分けて雪人形に飛びかかると、その鋭い爪が雪人形の身体を構成する雪をえぐり取る。
突如自分達の後ろから飛び込んできたレオの援護に驚いた衛兵達は尻餅をついていた。
「爆炎」
「…どわっち!?」
「…高位の冒険者か、助かる…!退がれ、巻き込まれるぞ!」
クリスの放った爆炎の魔術がレオの目の前、雪人形の身体で炸裂すると、雪が弾け飛ぶ。
俺達の援護に気付いた衛兵達はクリスの魔術が雪人形の雪を吹き飛ばしたのに乗じて距離を取る為に離脱を始めた。
「大した相手じゃないわね、行くわよッ!」
更にマリオンが続くと、彼女は大きな槌斧で雪人形の下半身を打ち抜くと、残った雪の大半を吹き飛ばして飛び散らせていた。
雪人形を構成する雪の大半が吹き飛ばされると、その核である魔石の塊だけがその場に残り、ゆらゆらと浮かんでいる。
しかし、魔石の塊が回転を始めると周囲の雪が浮かび上がり、魔石の周囲に集まりだしていた。
「再生するつもりだ!クローディアッ!」
「はいはい、わかってるわよ。邪吸門!」
クローディアが発生させた邪吸門が集まり始めていた雪を吸い込み再生を阻止するが、魔石も諦める事なく雪を集めている。
「核を傷付けずといえど、再生させるわけにもいかず…。しからば…、鬼術、御神渡!」
センゾウが手で印を結ぶと、小さな水の雫を生み出し、魔石の足元へと放つ。
放たれた雫が雪に溶けると、そこから広範囲に冷気が広がり、積もった雪を凍らせながら無数の氷の棘を生やして行く。
「これは…"氷河の一雫"…!」
名前は違うが、センゾウの扱う鬼術は俺達の扱う魔術と大差は無いらしい。
俺やクリス、クローディアなんかは魔術を無詠唱で扱えるが、本来ならば魔術の発動にはいわゆる呪文の詠唱が必要となる。
ワダツミの魔術と呼ぶべき鬼術は、呪文の詠唱の代わりにまるで忍者の様に印を結ぶ必要があるようだ。
「…と、見惚れてる場合じゃないな」
魔石の周りは雪が凍てついた氷に覆われており、雪を集めて再生する事は出来なくなった。
魔石も再生を諦めたのか、青白く発光すると、周囲に無数の氷柱を生み出し、反撃に出ようとしている。
「手数勝負なら僕の出番だねっ!」
魔石から反撃の素振りが見えると、フォルクが弓を構えて大きく跳躍する。
魔石は攻撃を仕掛けようとしているのを感じ取ったのか、すぐに周囲に生み出した氷柱を弓を構えて狙っているフォルクを中心に、周囲一帯に撃ち出した。
「全部撃ち落として見せるさ、小星群ッ!」
無数に放たれた氷柱に対して、フォルクは構えた弓から光の矢を放つ。
光の矢は弓から放たれた途端に無数の光線となり、次々に氷柱を撃ち抜くと、相殺し合って消えていった。
俺達に放たれた氷柱も、フォルクに向けて放たれた数に比べれば圧倒的に少なく、各々で耐えるなり、迎え討つなりと防いでいた。
「…今だっ!」
「セオ様、危ないッ!」
手をかざし、魔術を放とうとすると、アンリエッタが割って入る。
すると、魔石が強く発光し、冷気を孕んだ光線を放ってきた。
しかし、大楯を構えたアンリエッタがそれを反射して受け流すと、すぐにしゃがみ込み俺の視界を避け、射線を確保してくれる。
「ナイスだアンリッ!喰らえっ、火炎放射ッ!」
アンリエッタの肩を抱いて引き寄せ、巻き込まれない様にしながら、かざした右手から大火力の炎を吹き出すと、押し寄せる炎があっという間に魔石を飲み込んで一気に包み込む。
強力な火炎の津波に呑み込まれた魔石が炎から解放されると、魔石から放たれていた先程までの燦々とした蒼光が、見る影もない程の弱々しい憐光となっていた。
やがて、その光も消え、青白い魔石の塊だけがそこに転がり、二度と動き出す事のない存在になる。
「こんな所かな。…みんな無事か?」
魔石の塊を手に取り全員の無事を確認していると、退避していた衛兵達が戻ってくる。
「済まない、助かった。四肢獣種の魔物であればこの辺りの魔物は我々で何とかなるのだが、魔生物種、特に人形型の魔物は珍しいものでね危うくやられる所だった」
「無事なら良かった。俺達もたまたま通りがかった所でしたんで、無事なら何よりです」
先程まで魔物だった魔石を手にしたまま、戻ってきた衛兵達から話を聞く。
「しかし、人形型の魔物の核を傷つけずに倒すとはな…」
「連携もさる事ながら、個々の能力も…、君達は一体…」
「…あっ、その徽章はっ…!」
衛兵達は俺達の身に付けた徽章に気付くと、一歩退がってあからさまに動揺し始めていた。
「聖銀の冒険者証…!まさかそんな若さで…!」
「第一、SS級の冒険者などそういるものではない。まさかこんな場所で逢えるとは思わなかった」
「しかし、人族だけではなく獣人族に魔族、それに其方はワダツミの剣士と来たものだ。何とも珍しい組み合わせだな」
俺達を取り囲み、騒ぎ始める衛兵達だが、いつの間にか次々に数を増やしている。
俺達のような高ランクの冒険者自体がかなり希少な存在であることは分かるが、これでは身動きが取れない。
「参ったな…相手が衛兵じゃ無理矢理押しのけていく訳にもいかないし…」
「…ああ、押したら押したで万が一危害を受けたなんて思われたらコトだしな。ここはほとぼりが冷めるのを待って…」
「…そうもいかなそうだよ? ほら、あそこ…」
「何だ…?」
取り囲んでいる衛兵達の人垣の向こう、フォルクが見ている先を背伸びをして隙間から覗くと、その先にはまだ続々と衛兵達が集まってきていた。
「…おい!SS級の冒険者だとよ!」
「急げ急げ!滅多に見られるモンじゃないぞ!」
「…一体どんな奴なんだ?」
「ほら、そこにいるぜ!見てみろよ!」
どうやら衛兵達が仲間を呼んで、俺達一眼見ようと集まってきているらしい。
そして呼ばれた衛兵達がまた別の衛兵を呼び、更に数を増す。このままではキリがない。
「…余計なことをして…!」
「行く先々でこの調子じゃ先が思いやられるわ…」
「どうしましょう、兄様…」
「斬る訳にも行かぬではどうしようも御座らんな…」
押し寄せて来る衛兵達だが、敵意はない以上、無理矢理押し通る訳にも行かない。
だが数が増えた事で皆で俺達を見たいと言う事なのか、俺達を取り囲む輪も広がり、どうにか多少の動けるスペースも出来ている。
(飛び越えるか…?)
そんな事を考えていると、衛兵達の人垣の中から他衛兵達よりもやや上等な鎧に身を包んだ衛兵が前に出てくる。どうやら彼らの隊長だか、上司にあたる人物なのだと推測できる。
「君達がSS級の冒険者かね? 私の部下達が申し訳ない、ただ彼らの言う様に高位の冒険者と言うのはそう見かけないものでね、どうやら少しばかり舞い上がってしまったようだ」
落ち着きのある口調でそう切り出してきた男は申し訳なさそうに頭を下げてくる。
どうやら期待通り、この騒ぎを収めに来てくれたのだろう。
だがしかし、話していると少しばかりその様子とは違うように思えて来た。
「…はは、いえ…まぁそう言う事でしたら…」
「衛兵達にも冒険者を目指していた者も少なくない。…かく言う私もその一人でね。星の数程いる冒険者やその志願者、彼らからすればSS級の冒険者など、まさに憧れの存在とも言えよう。私もこの眼で見るまで俄かに信じられなかったが…、成る程どうして、君達からは確かに歴戦の冒険者たる自信の様なものを感じる。もしよければで構わないが、君達の冒険譚の一つでも聞かせて貰えないだろうか?」
話している内に隊長の男の鼻の穴は大きくなり、興奮のあまりに話す速度も加速して行くばかり。
他の衛兵達以上に俺達の存在に興奮している様だ。
「…ダメだこりゃ」
「セオ…どうすんのコレ?」
「うう…参ったな…」
恐らくこの様子では話の一つで解放しては貰えなさそうだ。
話した所で恐らくもう一つ、もう一つ、と強請られる事になる雰囲気であり、これでは暫く拘束されてしまう。
「仕方ないわね…、あんまり人の前で使いたくは無いんだけど…縮地門ッ!」
俺達を取り囲む輪が広がり、少し余裕が出来た瞬間を見計らってクローディアが縮地門の魔術で空間の歪みを発生させる。
「さ、急いでっ!」
「…ああ!みんな、中に入るんだ!急げっ!」
俺達は空間の歪みの中に急いで飛び込むと、クローディアがそれをすぐに閉じた。
飛び出した先はすぐ近くの物見櫓の陰、突如姿を消した俺達を探して衛兵達がキョロキョロと見回しているのがわかる。
「…助かった、クローディア」
「…一応禁術だからあんまり人前で使いたくはなかったんだけど…。ま、彼らみたいな一衛兵じゃわからないとは思うけど…、とりあえずはまた見つかって囲まれる前に急いでここから離れた方がよさそうね」
「うむ、そうしよう」
「と、移動中はコイツを外しといた方がいいな…」
レオが真っ先に聖銀の冒険者証を外すと、俺達も同じく外して各々懐にしまい込み、俺達を探している衛兵達に見つからない様にその場を抜け、また再び街道へと戻っていった。
その後もSS級の冒険者である事を隠しながら、街道を進むこと数日、途中で魔物に襲われる事もあったが、それ以外に特にこれといった問題も無いまま、漸くカエサル王領との境界へと辿り着く。
「まるで城塞だな…」
「簡単には越えられもしないでしょうし、壊すことも難しそうですわね」
大きな関所と延々と続く高く頑丈そうな石の壁が俺達を待ち受けており、俺達はそれを見上げるばかりだ。
「連邦に加わる前の名残だね。かつてのカエサル王は連邦に加盟する前は他国からの侵入に対して特に警戒を払っていたけれど、それも昔の話さ。今は手配者なんかが出入りをしないかを見張る程度にしか機能していないよ。仮に止められても冒険者証を見せれば簡単に通して貰えるはずさ」
フォルクが関所へ歩き出し、俺達も彼に続いてカエサル王領へと入っていく。
関所の中からは鋭い目付きの衛兵達が俺達を睨んでいたが、特に止められる事無くそのまま通してくれた。
睨んでくる衛兵達を見返してみると、その衛兵達が全て女性である事に気付く。
「珍しいな、女性ばかりの衛兵隊なんて」
「そうだね、カエサル王領は昔から女性の立場が強い土地だ。国を纏める王である水の賢者の一族も当主は代々女性だって話だ」
「ふむ、ワダツミとはまるで逆で御座るな。ワダツミでは"女子は男子の三歩下がって慎ましく淑やかに物を申す"ものと言われておるが…」
「"郷に入っては郷に従え"、ですよ、センゾウさん。…俺もカエサル領内にいる間は女性陣を立てないとな、アンリエッタ様?」
「ちょっ、セオ様!?」
「ほら、セオ様じゃなくてセオドアだろう?」
女性が上位に立つ国、そう聞いた俺はアンリエッタに様をつけて呼んでみると、彼女は声を裏返して動揺してしまう。
その様子を見ていた仲間達も俺と同様に思わず吹き出して笑っていた。
「ま、アタシが先頭にいればなんの問題も無いでしょ。さ、行くわよ」
元々気の強い性格であるマリオンが先頭ならば俺達も彼女の後をついて行く形を取れば自然とこの国の風習にも溶け込んでいけるだろう。
彼女は胸を叩き先頭へ躍り出ると、肩で風を切りながら領内へと進んで行く。
俺達も彼女に続き、カエサル王領の中へと歩を進めていった。




