第百七十八話:冒険の夜明け
俺とアンリエッタが店に戻ってくると、宴に参加していた人々が俺達を取り囲む。
アンリエッタと手を繋いだまま囲まれた俺達は為すがまま店の中へと押しやられ、気がつくとテーブルに座らされていた。
そして、真正面にはクリスを中心に仲間達が俺達を待ち受けている。
「お帰りなさい兄様、そしてアンリさん」
「あ、ああ…、ただいま。どうしたんだそんな怖い顔をして…」
テーブルの中心にいるクリスは俺達を鋭い眼で睨んでおり、そして仲間達もまた無表情のまま俺を見ている。
この感覚は今まで味わった事の無い程の威圧感だ。
「いえ、別に。私の事はどうでもいいとして…、アンリさん」
「あら、私に何か?」
「単刀直入に聞きます。率直に答えてください。先程まで、兄様と何を?」
クリスの声には気迫が込められているが、問われたアンリエッタはその声に態度に臆する事なく真っ直ぐに視線を返している。
クリスはアンリが俺を連れ出した事に怒っているのか、まずはアンリに対して外出中に何かあったのか問い掛けてきていた。
「お、落ち着けクリ…」
「兄様、今は黙っていて下さい! …兄様にも尋ねたい事はありますが、まずはアンリさんの方からです」
クリスに物凄い剣幕で怒鳴られ、俺は口を閉ざす。
すると、アンリエッタは座り直して胸を張り、クリスに返答するべく唇を動かした。
「三年半前に尋ねた質問を改めて。その内容についてはお察しかと思いますわ」
「はっきりとお答え下さい。その三年半前の質問とは?」
「三年半前、私はセオ様に想いを伝えましたわ。その時は答えを保留されましたので、先程はその返答を改めてお尋ねした次第ですわ」
アンリエッタはあくまで毅然とした態度で答え、クリスもまた静かにその返答を聞いている。
「成程、アンリエッタさんが兄様に想いを寄せている事は理解しています。それにその答えについても、ある程度の予想はしていましたが…」
クリスは目を細め、アンリエッタの返答の内容は想定通りだとして頷いていた。
そして再び目を開くと、今度はその視線を俺の方へと向けてくる。
「…では兄様、お尋ねします。アンリさんのその想いに対して兄様は…どう、返答を?」
まるで喉元に刃を突きつけられた様な錯覚に陥りそうな程のクリスの鋭い眼差しに、俺は息を呑む。
素直に答えるべきか、はぐらかすべきか。
素直に答えれば妹であるクリスを傷つけてしまうのではないか、かと言って俺はさっき、彼女に隣に居て欲しいと告げたばかり、この場でクリスに対する答えをはぐらかしては彼女の想いに対する裏切りになる。
周囲の注目が集まる中、俺は目を瞑り覚悟を決めた。
「俺は…」
クリスの問いに対して答えを返そうとする俺の言葉に、クリス本人だけではなく、周りにいる全員が耳を傾けていた。
「俺は、アンリに隣に居て欲しいと応えた。仲間としてでは無く、愛する人として」
返答を聞いたクリスは微かに震えている様にも見えたが、真っ直ぐに俺の眼を見据え、胸を張っていた。
「…そう、ですか」
クリスが小さく頷くと、レオやフォルク、仲間達、周囲の人々もまた、続いて頷く。そして拍手が聴こえると店全体に伝播し、次から次に鳴らされる拍手の音はやがて大きな喝采となる。
「えっと…」
「これは…」
「…兄様、それにアンリさん、おめでとうございます」
店中から俺達を祝福する拍手と口笛が鳴る中、真っ先に言葉として祝福してくれたのはクリスだった。
「…ったく、回りくどい真似しやがって」
「こうしようって言い出したのはクリスでね」
「正直な所を言えば、認めたくはありませんが…、アンリさんの兄様への想いが本当の想いである事くらい分かっていますし、兄様を任せられるとすればアンリさん、あなたしかいないとも。試す様な真似をして申し訳ありません兄様、どうかお許しを」
クリスは笑顔でそう話すが、その双眸からは一筋ずつの涙の伝う跡が残っている。
「兄様、アンリさんを裏切る様な真似は絶対に許しませんからね?…それとアンリさん、兄様のことをお願いしますけれど…」
「…けれど?」
「まだ、"義姉様"とは呼びませんからね?」
「…ふふ、承知致しております。ですが、いつか呼ばせてみせますわ、クリス」
クリスの眼が少し怖かったが、彼女が直ぐにアンリエッタに視線を移すと、今度はお互いに不敵な笑顔を見せ合っていた。
「さぁて、飲み直そうぜ。クリスに付き合わされたお陰でこっちはかなり待たされたからな」
「その割には楽しんでたくせによく言うわ」
「ほんと、今日は祝う事が目白押しだねぇ」
「いやいやァ、今日は実にめでたいィ」
「ふふ、ホント。今日は皆で飲み明かさないとね」
「ふむ、アンリエッタ殿ならば良い妻となれよう。聞けば六年に渡り想っていたと、ワダツミの女子にも引けを取らぬ一途さよ」
「セオドア様、アンリエッタ様、おめでとうございます。折角ですのでお二人から改めて乾杯の音頭をお願い致します」
アリーシャから俺とアンリエッタに酒が満たされたグラスが渡されると、俺はアンリエッタと頷き合って椅子から立ち上がった。
「…じゃあえーっと…、…皆、俺達を祝ってくれてありがとう」
「ここにいる皆様の幸福を祈って…」
「それと改めて、皆と再会できた事、新たにパーティーに迎え入れたセンゾウさん、そして俺達の門出を祝って…」
「「乾杯!」」
再び行われた乾杯に各々が手に持つグラスやジョッキを高々と掲げて打ち鳴らす。
それから宴は夜通し続き、朝陽が昇り始めるその時まで、笑い声は絶える事は無かった。
俺とアンリエッタ、そしてクリスは一足先に店を退散すると宿へ向かっていた。
何故クリスまで付いてきたかと言うと、俺の部屋はクリスとの相部屋であり、アンリエッタの部屋と入れ替わるのに荷物を移動させる必要があると言って聞かなかったからだ。
クリスは自身の荷物を元のアンリエッタの部屋へ移動させると、「では、ごゆっくり」と一言、頭を下げてまた宴会が続いている酒場へと、戻っていく。彼女なりの気遣いと言う奴だ。
その晩、俺達は三年半前の続きと言う事で、ベッドに入った後、貪り合う様な口付けを交わし、それを終えると直ぐにお互いを激しく求め合い、朝陽が昇る前に疲れ果て、皆が解散して戻ってくる前に同じベッドの中で深く眠りに就いていた。
ーーー
目を覚ますと既に時間は昼を過ぎており、陽の七刻を回っていた。
視線を下ろすとシーツにいくつも残る赤く乾いた染みが昨晩ベッドの上で繰り広げられた激しい行為を物語っている。
「あ、おはようございますセオ様」
既に服を着ていたアンリエッタは長くウェーブがかった桃色の髪を結わえた姿で目覚めた俺にそう言うと、ポットから温かい紅茶をカップに淹れて渡してきた。
「ああ、ありがとう。すっかり寝坊してしまったな…」
「ええ、私も少し前に起きたばかりですわ。…セオ様ったら…私、初めてでしたのに何度もなさるものですから…」
アンリエッタはベッドに腰掛けると、目線を逸らし、自らが流した破瓜によって散らした血の跡を見つめながら昨晩の事を振り返り、赤く染まり行く顔を枕で隠していた。
「…アンリッ!」
「キャッ…、…!」
可愛らしく頰を染めるアンリエッタの姿に俺は興奮を覚えると、彼女の背中から手を回して抱き寄せ、そのまま唇を奪い、ベッドに押し倒した。
「…んっ…、…はぁっ…」
「ハッ…、ハッ…!」
アンリエッタの服の下から手を入れて、彼女の控えめな胸に手を伸ばすと、彼女は艶やかに湿った息を漏らす。
だが、彼女は俺の手を掴み、弱々しく拒んでいた。
「んっ…、もうっ、セオ様!…その…求めて下さるのは嬉しいのですが…」
「…悪いけど待てない」
「きょっ、今日はこれからマクニールさんを見送る事になってますわっ…!…もうお昼を過ぎていますし、急ぎませんと…」
「そう…だったな…」
「…ええと、…ですから、その…、また…今夜でも…」
アンリエッタに少し強く拒まれてしまうが、頰を染め、目を逸らしながら「また今夜」と恥ずかしがりつつも仄めかす彼女に愛しさを感じる。
「…じゃあ、行こうか」
「はい!」
ベッドで横たわるアンリエッタの服の中から手を抜くと、彼女は立ち上がり、乱れた衣服を正して髪を梳かし直す。
俺も身体を洗い服に袖を通すと、アンリエッタと共に宿の食堂に向かった。
「おはようございます、セオドア様、アンリエッタ様」
「ったく、もう昼だぜ…」
「うむ、だが致し方あるまい。セオドア殿も一足先に店を後にしたとは言えど相当に飲んでおったからな」
「アタシは完全に二日酔いね…。あー…頭がガンガンする…」
「アリーシャに対抗するからですよ…マリオンさん」
食堂ではフォルクとクローディア、それと今日別れるマクニールの姿が無いが、程なくしてフォルクがクローディアの肩を借りて食堂へとやってきていた。
「遅れてごめんね。ちょっとフォルクの調子が悪くて…」
「…お、おはようセオ…。昨日は…よく、眠れたかい…?」
遅れてやってきたフォルクとクローディアだが、クローディアはいつにも増して肌艶がよく、調子が良さそうだが、反面、フォルクの方はと言うと顔色も悪く、まるでやつれているかの様な印象を持ってしまう程に疲れ切った様子だ。しかしマリオンの様に二日酔いと言う訳ではなさそうだ。
「大丈夫かフォルク…」
「あ、ああ…、大丈…夫さ…」
作った様な笑顔でフォルクはそう返答するが、今にも倒れそうな彼を見ると、どう考えても大丈夫には見えない。
すると、アリーシャが俺に耳打ちし始める。
「…どうもお二人は朝まで愛し合われていた様でして…」
アリーシャに耳打ちされて、合点がいく。
クローディアは淫魔種だ。当然、彼女と交わればその精を吸われてしまう。
「あはは…、帰ってきて廊下でセオの部屋から流れてきた匂いを嗅いじゃったらつい、ね?」
「…!クローディアさん!」
クリスもクローディアも、アンリエッタも、そしておそらく俺も、顔を俯かせ、顔を赤くする。
逆に他の仲間達は、マリオンとフォルクハルトは別の意味でだが、皆一様に大きな溜息を吐いていた。
ーーー
遅い朝食を兼ねた昼食を摂り、テラービブの街の入り口に向かうと、マクニールは大きな荷物をいくつも置いて待っていた。
「おォ、漸く来ましたなァ」
「すみません、随分遅くなりました」
「なァに、お陰で仕入れの時間が出来たのでェ、気にしちゃァいませんともォ」
マクニールは何だかんだとちゃっかりしている。
聞けば、俺達が起きてくる前、彼はレオに会っており、俺やフォルクが起きてくるのが遅くなりそうだと言う事を聞いて、待っている間に自身の商会で売る道具などの仕入れを進めていたらしい。
だが、その荷物は彼の身体程もある巨大な鞄いっぱいに詰められており、それがいくつも並べてある。
当然、マクニールが一人で持てる量では無く、かといって輸送用の魔獣車を用意している訳では無い。
魔獣車を使ったのは人気の無いこの場所に運ぶまでであり、既に返してしまったとの事だ。
「それ全部どうするんですか…?」
「もォちろん、全部持って帰りますともォ!大事な商品ですからねェ!」
大量の荷物に手を当てマクニールは上機嫌だが、どうやって持って帰るのかはまだよくわからない。
「さァてェ、ではそろそろ私はァお先にティムナトへと帰るとしますがァ、セオドア殿はこれからどのようにィ?」
「とりあえずは魔導連邦を一回りして、それから魔導学校を目指してみます」
「成ァる程ォ、ならば魔導学校へ向かう前に是非私の店にィ、お立ち寄りィ頂きたいィ。セオドア殿とォアンリエッタ殿にィ、祝いの品をお渡しいたしましょォ。ですのでェ、必ずやァ、お願い致しますよォ?」
マクニールはそう言って握手を求めてくる。
「ええ、必ず!」
「楽しみにしていますわ」
マクニールと別れの握手を交わすと、クローディアが前に出てくる。
そして彼女は両手を前に翳し、魔力を形成し始めた。
「じゃ、開けるわよ。縮地門」
クローディアが魔術を発動すると空間が大きく渦巻きながら歪み、ここと別の場所とを繋げる。
歪みの向こうはどうやら屋内で、タイルの敷かれた部屋が映っている。
マクニールが大量の荷物を仕入れて来た理由はまさにこれだった。
「そんじゃあ全部中に入れるぞ?」
「ええェ、お願いしますゥ」
レオとマリオンが空間の歪みの中に次々に荷物を放り込み、最後にマクニール自身もその中に入り込むと、クローディアが空間の歪みを閉じ始める。
「ではァ皆さん、ティムナトでまたァお会いしましょォ、それではァ!」
「ええ、マクニールさん、また!」
空間の歪みが閉じられ、荷物とマクニールの姿が消えると、元の白銀の世界が眼前に広がる。
彼はクローディアの縮地門を利用して、一瞬でティムナトの街へと帰っていった。
「さてと、私達はどうする? 最後にティムナトに向かうなら南回りで魔導連邦を一周するとして、いつ出発するつもり?」
「そうだな…、フォルクやマリオンがこれだから今日はもう無理だろうし、第一、まだ旅の準備もできてないからな…」
マクニールが残した道具もある為、野営の道具は一通り揃っているが、食料などは改めて準備する必要がある。
それに冬場の魔導連邦は積雪でどうしても移動に時間がかかる為、しっかりとした準備は欠かせない。
「食料や道具の準備、全員の体調を考慮したら出発は三日後の朝にしようか」
「…そう言えば、セオ。…アンタ、騎士団長に会わなくていいの?」
マリオンの話す騎士団長とは俺の親父の弟、叔父にあたる人物であり、名をトリスタン・ホワイトロックと言う。
彼はアンリエッタとマリオンを連れて魔導連邦まで来ると、俺の救出の為に二人を休職と言う扱いにして残していってくれた。
間接的とは言え、俺の救出の為に力を貸してくれた人物であり、礼をしに行く必要があるだろう。
アンリエッタの話では本来魔導連邦へ来たのは魔導学校の視察の為だと言う話で、一部隊を連れてこの地に来ているらしい。
船で長い時間をかけて来ているのならば昨日今日ですぐに帰ると言う事も無いだろうし、そもそも彼がアンリエッタとマリオンと別れてまだ日も浅い。
魔獣車や疾走馬を利用して全速力で移動したとしても、この雪ではまだ魔導学校に到着すらしていないだろう。
「マリオン、叔父はどれ位の間魔導学校に居るんだ?」
「…予定じゃそうね…到着してから最低半年は滞在する予定だった筈…、後は各所の視察もするつもりらしいから…魔導連邦自体には最低でも一年はいる筈よ」
「クローディア、魔導連邦の都市には縮地門で移動はできるか?」
「議会都市ルミネスと魔導学校のあるグリューンフェーゼを除く八つの都市なら東半分は行ったことあるからそっちは大丈夫、でも西半分は行った事ないから無理ね」
マリオンにトリスタンの滞在期間を、クローディアに縮地門で移動できる場所を確認するとマクニールが残していった地図を広げてその場所を確認する。
おおよその移動時間を割り出すと、少し急げば一年で十分魔導連邦を一周する事は出来そうだ。
「とりあえずは先に魔導連邦を回ってみよう。徒歩や魔獣車での移動のつもりだけど、最悪、テラービブに縮地門で戻って魔導学校に向かえばいい。それにこの国には音速燕もいる。俺達の現在地、移動先を伝えながらやりとりすれば行き違いも防げる筈だ」
「そういえばそんなのあったわね」
「ふむ、ともすれば拙者も、酒場の皆に別れを済ませてから、今の住まいを引き払う準備をせねばな」
「旅も漸く再開ってワケだな。俺にとっちゃ視察みたいなモンか、魔導連邦を色々見て回らねェとな」
「…昨今の魔導連邦は…、新しい技術が次々に発見されてるからね…。…マクニールが使ってたあの魔砲もその一つ、ここ何年か前にできたもので…今も魔導学校で改良、研究が続けられてる技術…だそうだよ…」
「…私も魔術士として、この国にある魔導学校には前々から興味を持っていましたし、そういった魔術に関わる技術についても学んでみたいものです」
「必需品の準備はお任せを。現役から身は引きましたが、皆様の身の回りは私がお世話致します」
旅の再開に仲間達も意気揚々といったところか、特にクリスは鼻息を荒げる程だ。
三年間の足踏み、否、今なら飛び立つ前の助走と言える。
帝烏賊に海に引きずり込まれ、仲間達と別れたあの日が旅を始めてから迎えた最初の夜とするならば、今日この日があの日の夜明け。
胸の内に旅の再開、これから始まる魔導連邦の旅に対する意気込みを秘めながら、俺達はテラービブの街へと戻っていった。
これにて第十一章本編完結です!




