第百七十一話:反撃開始
「…う…、寝ちまったか…、セオは?どうなってる!?」
「…漸くゥ起きましたかァ、マリオンさんが気絶しておりィ現状打つ手なしィ、あの鎧をどうにかする手が無くゥ、接近戦を避けてアンリエッタ殿がァ攻撃を防いでいるゥ…、そんな所ォ、ですなァ」
マクニールが現況をレオに伝えると、漸く出番か、と言わんばかりに発射準備を終えた魔砲を抱える。
「セオォッ!聞けェッ!」
高潔なる秘薬の試薬による治療を終えたレオはマクニールから現況を聞いてすぐに大声を上げた。
「レオッ!」
「いいかッ、氷鎧巨人の鎧は氷に覆われてるッ!氷の鎧は簡単に剥がれるンだが、あらゆる攻撃を受け止めちまうッ!氷鎧巨人の胸を見ろッ!」
大声を上げて氷鎧巨人の二重の鎧の表面を覆う氷について俺達に伝えると、そのまま指を差す。
レオに指示された通り、氷鎧巨人の胸に目を凝らすと、鎧を覆う氷で見え辛いが、微かに四本の爪痕が残されているのがわかった。
「氷の鎧の内側ッ、中の鎧は分厚いがただの金属の鎧だッ!立て続けに同じ場所を攻めりゃァどうにか出来るかも知れねェッ!もう体もピンシャンしてる、俺も戦うぞッ!」
「…そう言う事かっ!…よし、あとは…」
「…聞いたわよ。内側の鎧はアタシに任せなさい、外側の氷はアンタ達に任せるわ!」
レオとのやりとりの間にマリオンも目を覚まし、此方の全ての戦力が揃う。
攻略の糸口も見つかり、漸く反撃に出る体勢が整った。
「…じゃァ遠慮無くゥ行かせて貰うとォしましょォかァ…、…ヌゥエイッ!」
最後方に立つマクニールの砲撃が氷鎧巨人の胸を捉え、轟音を伴い炸裂する。
強力な赤色魔石の爆発は鎧の前面全体を巻き込むと氷の鎧に亀裂を走らせた。
「まだまだだッ!"光速射"ッ!」
マリオンの保護から離れたフォルクからまさに閃光の如き光を纏う矢が次々と放たれた。
光の矢は亀裂の入った氷の鎧を捉えると脆くなった部分から次々に破片が溢れていく。
しかし氷鎧巨人は怯む事は無く、その両手を高々と持ち上げると、勢いよく地面に叩きつけた。
「氷片が…!」
「下手な上級魔術以上の威力です…!」
「でも魔術じゃないならアタシにとっちゃなんて事無いわ…!」
「ケッ、こんなモンッ…!」
氷鎧巨人が拳を氷床に叩きつけて放った氷片が俺達の身体を切り刻む。
しかし、その中をレオが強行し、その身を光に包みながら氷鎧巨人との距離を詰めていく。
真魔光珠の力で機動力と守備力を兼ね備えた獣形態となったレオは、そのしなやかな身のこなしで続く氷鎧巨人の打撃を避け、氷片の斬撃に耐えながら氷鎧巨人の懐に入り込む。
「ガルルラアアアァァッ!…こいつで、どうだァッ!」
懐に飛び込みながらレオは再び獣人形態に戻ると、握りしめたその拳を改めて握り直し、渾身の打撃を叩き込む。
レオの放った一撃は亀裂の入った氷の鎧を伝わり、亀裂の入った鎧から大量の氷塊が溢れ落ちていった。
「よォしもうひと押し…グホァッ…!」
拳を叩き込んで落下するレオの腹を氷鎧巨人のつま先が捉え、吹き飛ばす。
勢いよく此方へと飛んできたレオだが、アンリエッタは"ふわり"と跳躍し、大楯で優しく受け止めると、そのまま柔らかく後方へ受け流していた。
「ハッ…ハッ…、危ねェ…!助かったぜアンリ…!」
「礼には及びませんわ。それよりもセオ様、クリスさん、それにマリオンさん、準備は宜しくて?」
「ああ!氷が再生し始める前にあの鎧を砕かないと!」
「任せて下さいッ!」
「いつでもいいわ!あの鎧の中身、拝んでやるわよ!」
レオは勢いを殺されながら後方へ弾き飛ばされると、宙返りしながら着地し、氷の床を滑っていく。
レオの礼への対応もそこそこに、アンリエッタは鎧の氷が剥がれつつある氷鎧巨人を見上げながら、仕留めに掛かる準備はいいかと俺達に尋ねてくるが、俺達はそれに対し間髪入れずに答えていた。
だが、此方が全力を賭して仕掛けてくるのを黙って見ている程、相手も甘くは無い。
俊敏、…と言うには程遠いが、狙いをつけて氷の鎧を砕きに来た俺達の動きに気付いたのか、その両の剛腕を振り回してそれを阻止しようとしていた。
「一度だけなら氷鎧巨人の攻撃を正面から弾き返せますわ」
「ああ、ならマリオンが仕掛けるタイミングで守ってやってくれ。クリスは俺が守る」
「兄様…」
「…アタシは最悪食らっても大丈夫と思うけど…、アンタ達兄妹が守ってもらった方がいいんじゃない?」
「いや、攻めるなら今だ。脱出するならどちらにしろ氷鎧巨人を倒す必要がある。それなら絶対的な盾は一番効果的な攻撃を仕掛けられるマリオンにあてがうべきだ。…行こう、グズグズしてるとまた振り出しだ!」
「上等、陽動は任せたわよ、こっちは大本命をお見舞いしてやるわ!」
俺とクリスは剣を構え、先行する。
両腕を振り回して放ってくる氷の刃と礫の雨霰を掻い潜り、氷鎧巨人の打撃が届く位置まで飛び込んでいった。
「つッ…」
「兄様!肩に氷が!」
「…大した傷じゃない、クリスだって頰を切ってる」
流石に全て避け切れはしなかったが、俺もクリスも殆ど軽傷だ。
問題はここから、既に俺達の位置は氷鎧巨人の腕が届く位置にいる。
「ばらけるぞ、固まった所を狙われたら最悪だ」
「…はいッ!」
左右に分かれて氷鎧巨人の陽動を開始する。
幾ら氷鎧巨人の巨体であっても左右を同時に対応は出来ない筈だ。
「兄様、そちらを狙っていますッ!」
「…ああ!」
氷鎧巨人は一瞬どちらに攻撃を仕掛けるか迷う素振りを見せると、右に抜けた俺の方に狙いを定め左の拳を引く。
「当たれば流石に死にそうだ…!」
「…!」
氷鎧巨人が引いた拳を俺に目掛けて真っ直ぐに突き出してくる。
このまま走ればまず間違いなく氷鎧巨人の拳の下敷きだ。
「…行くぞッ!おおおおッ…!」
足に意識を集め、超越の加護の力を発揮すると、滑る地面を蹴り出す力が何倍にも膨れ上がる。
蹴り出す力が強化された足が爆発的な加速を生み、俺を押し潰さんと迫り来る拳の下をくぐり抜ける。
「…っと、クリス!そっち行ったぞッ!」
氷鎧巨人は地面を殴り付けた拳を開くと、そのまま弧を描くように身体を捻り、反対側にいるクリスに平手を見舞おうとする。
「私には兄様の様な身体能力はない…。だったら…!」
クリスは鞘に収めたままの剣に手を掛けて立ち止まると、剣に込められる限りの魔素を注ぎ込んだ。
彼女は一瞬目を閉じると、手を掛けていた剣の柄を強く握り、迫って来る平手の手前の地面に向けて薙ぎ払う。
「地ノ一、隆土ッ!」
地面に向けて振り抜かれた剣は土属性の魔力によって強化されており、氷床に大きな切れ込みを作ると、その剣圧によって浮き上がる。
浮き上がった氷塊は氷鎧巨人の地面を這わせる様な平手打ちを下から突き上げて浮かせると、クリスの頭上で空を切った。
「上体が下がりましたわね…今ならッ!」
地を這う平手打ちを空振った氷鎧巨人は姿勢を低くしており、俺とクリスに気を取られていたが為に懐へ潜り込んでいたアンリエッタにはまだ気付いていなかった。
胸の下に潜り込んだ彼女が魔導器である槍を突き上げ、魔素を注ぎ込む。
大槍に注ぎ込まれた魔素はその先端から凝縮された空気の塊を放出すると、爆風を巻き起こし、再生し薄氷の様になっていた氷の鎧を再び剥がし落とした。
「これでよし…。さ、正面は私が防ぎます。マリオンさん、しっかりとお返しして差し上げなさいな」
「ええ!百倍にして返してあげるわ!正面、宜しくッ!」
アンリエッタの槍から放たれた爆風によって、再生中の氷の鎧が剥がされると同時に氷鎧巨人の身体は少しだけ浮き上がっていた。
そこで初めて懐に入り込んでいたアンリエッタとマリオンに気付いた氷鎧巨人は苦し紛れ、と言わんばかりに崩れた体勢から二人を蹴り飛ばそうと足を振る。
「…!」
「単純な打撃であれば…!」
アンリエッタが構えた大楯、そこに埋め込まれた魔石は再び輝きを放っていた。
迫って来る巨大な足に対して、彼女はその大楯を打ち付ける様に突き出すと、足を覆い尽くす氷を砕き、その足を大きく弾き飛ばした。
「…!?」
「体勢も完全に崩れたわね…!さぁその鎧の中身、見せて貰うわよッ!せェやアアァァッ!」
足を強く弾き返された氷鎧巨人は体勢を大きく崩して仰け反ると、転倒しまいと懸命に堪えている。
流石に続くマリオンの攻撃への対応が取れず、無防備になった胴を晒したまま、氷鎧巨人は彼女の懐への侵入を簡単に許していた。
そして、遂に彼女の槌による渾身の一撃が氷鎧巨人の象徴である、分厚い鎧へ打ち付けられる。
「…!!」
マリオンが叩きつけた全身全霊の槌の一撃が氷鎧巨人の分厚い鎧に亀裂を走らせる。
槌が打ち付けられた箇所を起点に小さな亀裂はすぐに広がり、やがて胴体全体へと波及した。
「氷鎧巨人の鎧が…!」
「ああ、砕けるッ!」
「倒れますわッ!」
氷鎧巨人の巨体がマリオンの一撃によって天を仰ぐ。
轟音と雪煙、地響きを伴いながら氷鎧巨人が倒れると、鎧に入った亀裂が衝撃によって破片を零し、その隙間から冷ややかな青白い光を漏らし始める。
「な、何だッ!」
「警戒しろッ!まだ終わっちゃいねェッ!」
破片が散り、漏れ出す光が強くなるに連れて、これまで以上の威圧感が部屋全体を満たしていく。
全ての破片が落ちると、一瞬、目を開けていられない程の光が溢れ、俺達は全員、目を覆いその光に耐えていた。
「コイツはっ…!」
「生ける鎧、あるいは人形…、いいえ、最早精霊の一種と言うべきね…。そうそうお目にかかれるヤツじゃないわ」
強い光に眩んだ目が視界を取り戻し、鎧を失った氷鎧巨人を見ると、金属の破片の山から強く冷たい光を放つ魔石の塊が浮かび上がり、崩れ落ちた兜、籠手、具足、そして砕け散った鎧の破片も連なって宙を舞う。
この魔石の塊こそが氷鎧巨人の核、つまり本体だ。
鎧は砕け散ったが、その破片が核である魔石を取り囲む様に揺蕩っており、それこそが最早鎧と成り代わっていた。
壊れていない鎧以外の部位についてはそのまま手足と頭となり、鎧以外は人の形を保ったままだ。
「…詰まるところ鎧が砕けて心臓が剥き出しになったってだけだろッ!」
「待てッ、レオッ!」
間髪入れず、レオが核である魔石に対し、拳を振りかぶり殴りかかる。
だがそれを察知したのか、破片となった鎧が盾を形成するとレオの突き出した拳を止めた。
「何ッ!? …ん?…コイツはッ…!?」
「何だとッ!」
「どう言う事よッ!?」
攻撃を防がれて驚くレオだったが、彼を含め俺達は更に驚く事になる。
攻撃を防がれてしまった事でそのまま落下していったレオ、そして突然空中に氷柱が現れ、彼を追尾していく。
あり得ない事だ。閉ざされた氷原はこの洞窟全体を含め、反魔石の影響によって一切の魔術は使えない筈。加えて、魔素や魔力の集合体である魔生物種も本来ならば存在できる筈の無い魔物であり、この魔物の存在そのものが既におかしいのだ。
「何でもアリか…!ンの野郎ッ!」
追尾してくる氷柱をレオはその拳で迎撃しながら落下する。
着地と同時に後退を始めるが、レオを追尾してくる氷柱もまた、その後を追ってきていた。
「チッ、振り切れねェッ!」
「援護致しますわッ!」
レオと氷柱の間にアンリエッタが大楯を構えたまま割り込むと、氷柱は次々に大楯にぶつかり砕け散っていく。
それでも僅かに横を通り過ぎた氷柱がレオをなお追い続けていた。
「任せろ!」
「させませんッ!」
残った氷柱を俺とクリスの二人の剣で叩き落とす。
これで全部、もうレオを追尾する氷柱は全て叩き落とされた。
「セオッ、クリス、アンリッ、前見なさいッ!」
「何ッ!?」
氷柱を迎撃し終えて響いてきたのはマリオンの声だ。その声に気付き前を見る。
視界に飛び込んできたのは迫ってくる鉄の壁、否、それは巨大な籠手であり、氷鎧巨人の拳だ。
「ぐァッ…!」
「くっ…うぅッ…!」
「キャアァッ!」
俺とクリス、アンリエッタは不意を突かれ、氷鎧巨人の巨大な握り拳に激突してしまう。
アンリエッタは元々盾を構えてはいたが、それでも不意を突かれていたが為に拳の勢いを殺しきれず、俺とクリスともども彼女も吹き飛ばされてしまった。
「うおォッ!」
このまま壁に激突するものかと思っていたが、背後にいたレオが両手で俺とクリスを、身体でアンリエッタを受け止める。
殴られた痛みこそあるが、あのまま壁に叩きつけられていたなら、この程度では済まなかっただろう。
「へっ、危ねェトコだったな?」
「…ああ、助かった!…アンリは無事そうだけど…。クリス、やれるか?」
「…ええ。ですが…、今ので肩が…」
俺とアンリは大きな外傷も無く打撲程度で済んだが、クリスは肩からだらんと右腕を下げたままだ。
完全に力が入らない様子からどうやら殴られた拍子に脱臼してしまったらしい。
「クリスは俺に任せろ、関節が外れてるだけだ。治すまでは頼んだぜ?」
「ああ、クリスの事は頼んだ。こっちは任せてくれ!」
「兄様、直ぐに戻ります。どうかお気をつけて…!」
俺は小さく頷いて後退するレオとクリスを見送ると、騎士剣の切っ先と眼差しを氷鎧巨人の核である光を放つ魔石に向ける。
「何があろうと全員で脱出してやる…!獄長だろうが何だろうが、俺達の邪魔はさせやしない!」
超越の加護の力を解放し、全身に強化を施す。
四肢だけでは無く、視覚から聴覚、触覚、全身の感覚全てを研ぎ澄ます。
「ハアァッ!」
「…速いッ!」
「…でもあの鎧をどうするつもりかしら?」
走り出した俺をマリオンの心配通り、氷鎧巨人の核を守る鎧の破片が行く手を阻む。
「邪魔だ、退けェッ!」
鋭敏になった視覚がその動きを捉え、見えている全ての破片の動きがスローモーションに動く。
その中で俺は平時と変わらぬ速さで動き、剣で破片を払い軌道を逸らし、盾を作って来るのならそれを飛び越え、飛び交う破片を足場にしながら、遂に核である魔石に剣が届く場所へと至った。
「その鎧、貫いてやるッ…!」
俺が騎士剣を突き出す寸前、氷鎧巨人の鎧の破片が核を守らんと一斉に戻ってくる。
鎧の破片が騎士剣の刀身を挟み、魔石そのものを包み、俺の一撃を防ぎにかかってきた。
「オオォッ…!」
「…!!」
騎士剣の穿孔と防ぐ鎧の破片がせめぎ合い、火花を散らしていた。そして遂に突き込んだ剣が止まる。
ーーー
「行くぜクリス、歯ァ食いしばれよ…!」
「…はい。お願いします、レオさん!」
少し離れた場所でレオはクリスの外れた肩を治そうとしていた。
レオは垂れ下がったクリスの右腕を抱き、僅かに下に引いた後、一気に上へと持ち上げる。
下に引っ張られた事でクリスの重心が下に下がると同時に腕を持ち上げた瞬間、骨の接触する鈍い音が鳴り、一瞬訪れた痛みにクリスの顔が歪む。
「──…!」
「…よし、これで大丈夫だ。これで右腕が動く筈…」
クリスが右腕が動くか確認する為にゆっくりと腕を上げる。
まだ痛みは残っているが、それでも肩を回す事は出来、腰に挿した剣を抜いて振り回せる。
肩の回復を確認したクリスはレオに対して頷き、大丈夫、と目配せすると、その顔をセオドア達の方へ向けていた。




