第百六十九話:立ちはだかる獄卒達
「兄様、手…大丈夫ですか?」
「…ああ、クリスが治してくれたからな」
俺達はキャンプで補給と治療を済ませ、再び看守の洞窟へ侵入しようとしていた。
一人先行してレオの救出を急ぐマリオンを説得する際、手を差し出した所、感極まった彼女に思い切り手を握られて手の骨を砕かれてしまい、既に治療されて痛みは無いがその痛みが脳裏に焼き付いてつい手を見てしまった所をクリスに心配されていた。
「ほ、ホントに悪かったと思ってるわよ? つい加減を忘れてただけじゃない!」
「全く、セオ様の手の骨が砕けた音が聞こえた時は流石に慌てましたわ。幾らマリオンさんと言えど本気で槍を突き刺してしまおうかと…」
「…本気じゃないよね…?」
アンリエッタはマリオンに笑顔でそう言うが、決して冗談を話す様な眼や声色ではなく、本気でそう仕兼ねない程の殺意が滲み出していた。
それに気付いた全員が一瞬凍り付き、フォルクが恐る恐る尋ねると、どうやらそのつもりであったようだ。
「…まぁまぁアンリ、本人も謝ってるんだ。それに…ここから先は本当に凍り付く可能性もあるから、気を引き締めていこう。…早速お出迎えみたいだ」
話しているうちに洞窟に侵入すると、直ぐに待ち構えていた氷塊巨人達が姿を現して襲いかかってくる。
「ヴォガァァッ!」
「アンリ、初手を防いでくれ」
「承知致しましたわ」
氷塊巨人が凍り付く吐息を吐き出してくるも、アンリエッタは大楯を構えてそれを防ぐ。
彼女の盾に阻まれた息は盾を起点に左右に割れ、俺達をも護っていた。
「奴の息が止まりますわ!」
「氷の籠手…!私の出番ですね!」
氷塊巨人は吐息が通用しないと見るや、腕に氷の籠手を纏わせる。
氷塊巨人が息を吐き終え、その息が靄の様に視界をふさぐすん
「…型は不用ですね、ハァッ!」
「ヴォオッ!?」
アンリエッタの構える盾の陰から飛び出したクリスが振り抜いた銀の剣から炎が迸り、氷の籠手を纏った氷塊巨人の腕を呑み込んでそのまま肩まで伸びてゆくと、氷塊巨人は驚き戸惑っていた。
肩まで呑み込んだ炎に氷塊巨人は慌てて腕を振り払い消火を試みるが、既に氷の籠手は溶けてしまっている。
「炎に気を取られて目の前の敵から注意を逸らすのは命取りよッ!…そォー…れェッ!」
懐に飛び込んできたマリオンに気付いた氷塊巨人だが既に手遅れ、攻撃の手を止めて腕を灼く炎を消すのに気を取られていた所為で、槌を振りかぶっていたマリオンの攻撃に防御が間に合わず、叩きつけられた槌が氷塊巨人の水月にめり込んでいく。
マリオンの打撃を受けた氷塊巨人はその衝撃に眼を裏返すと、身体をくの字に曲げ、通路の奥にいる仲間を巻き込みながら吹き飛ばされていった。
「こんな所で体力を使ってられない、一気に突破するぞッ!」
連携を組み、俺達は行く手を阻む氷塊巨人の群れを時には力で、時には技を用いて蹴散らして行く。
ーーー
「なろォッ…!」
「…!」
レオは依然として氷鎧巨人との戦いを続けており、お互いに腕を組み合い力比べをしている状態だ。
レオ自身、本来ならば一刻も早くこの場から立ち去りたい所ではあるが、獣龍形態を取っている状態である為に通路に逃げ込めず、戦わざるを得ない状況だった。
「…うおぉッ!?」
「…!」
取っ組み合いをしているレオは押され始めており、遂に片膝をついてしまう。
凄じい強度を誇る鎧の防御力もさることながら、力に於いても獣龍形態のレオを上回っており、彼は苦戦を強いられていた。
「ぬッぐぐぐ…!…バカ力めッ…!」
「…!」
「ぐあァッ…!」
既にレオは壁際へと追いやられ、更に強まる氷鎧巨人の力に屈する寸前だ。
レオの腕を掴む氷鎧巨人の手に力が入ると、腕の骨が軋み始め、その痛みに彼は顔を歪めていた。
「ぎぎぎ…や、ら、れ、て…たまるかァッ…、ッて、うおォッ!?」
レオは唸りながら底力を発揮して圧力を増した氷鎧巨人の腕を押し返す。
しかし、レオを押し潰そうとする氷鎧巨人の腕から力が抜け、手応えを失ったレオは思わず体勢を崩す。
「やべッ…!」
圧力を掛けてきていた氷鎧巨人の力が抜け、レオが勢い余って身体を前にのめらせると、解かれた氷鎧巨人の腕が首を目掛ける様に迫ってくる。
体勢を崩したレオはそのまま首を刈られる様に氷鎧巨人の打撃を受けると、地響きを立て、仰向けに倒されてしまった。
「ぐふッ…効くぜ畜生ォ…!」
仰向けに倒れたレオは口から血を吐き、苦悶に表情を歪ませているが、更に追い討ちを掛ける様に氷鎧巨人の足が彼の胸に降り注ぐ。
「グォッ!グッ…!ガハッ…!ゲホッ…!」
容赦無い踏み付けの雨霰に為す術は無い。
圧倒的な力の差、それに一人で立ち向かったレオ、無謀とは解っていた。だが、仲間達を脱出させるには自分が一人犠牲になる他無かった。
遠くなりゆく意識の中、レオは仲間達の無事を祈っていた。
ーーー
「退けッ!属性斬撃・閃火流ッ!」
「焔ノ一…烈火ッ!」
俺とクリスの剣から迸る炎が通路を塞ぐ氷塊巨人の群れを焼き払う。
それでもまだまだ生き残った者や新手が次から次に空いた穴を塞いでいく。
「どうあってもォ、これ以上先に進ませる気は無い様子ですなァ」
「これじゃあキリがないね」
「ですがレオさんを救うにはこれを突破するしかありませんわ!」
「このままじゃ到着してもレオが生きてるかどうか…!」
一度脱出している間に氷塊巨人達が集まっていたのか、奴らは数を増して中央へ直接繋がる道を塞いでいる。
隙間を抜けて行くにもあまりに数が多く、無視して強行突破と言う方法も取れない。
この状況を打開し、レオのいる洞窟中央に到達する方法を考えていると、その広間の特徴が頭に浮かび上がってくる。
「なぁ皆、あの広間…、天井や壁にいくつも穴が空いてたよな…」
「そういえば…」
「しかもそこから現れたのはリーダークラスの氷塊巨人、そうだったね」
俺が思い出したその光景を口にすると、仲間達もそこから現れた八体のリーダー格の氷塊巨人達を思い出す。
それに、奴らが飛び込んできた穴以外にもまだまだ多数の穴があった。
「脇道も中央に繋がっている可能性があると言う事ですわね…」
「成る程ォ…、ですがァ、行き止まりだったらァ…」
「どちらにしろこのままじゃ間に合わない、一か八か、やるしかないわ!」
六人で頷くと同時に中央へ続く道を引き返す。
殿をフォルクとマクニールが務め、追ってくる氷塊巨人を食い止めながら脇道のある場所まで戻っていた。
「ここは違う…、これも薄い…。ここは怪しいけど…」
「兄様、どこに入れば…」
幾つもある脇道を通り過ぎていると不思議に思ったクリスが尋ねてくる。
俺が見ていたのは脇道にある氷塊巨人の死体だった。
「チャンスは一度きり、当てずっぽうじゃ選べない。これだけの数で中央へ行くのを止めに来てるって事は中央に続いてる道もかなりの数を配置している筈だ…!」
「成る程、これ程までに組織化されて動く魔物でしたら考えられますわね…!」
俺の予想を聞いた全員で脇道に転がる氷塊巨人の死体の数を見て回る。
だがどの道も多くて四、五体程、今まで行く手を阻んで来た氷塊巨人の数から考えると流石に少なすぎる数だ。
「…! セオ、ここはどうかしら!」
マリオンに呼び止められて振り返るとそこには十体を超える氷塊巨人の焼死体が、更には焼死し損ねて虫の息となった数体の氷塊巨人が倒れている。
入り口へ引き返し始めてそれなりの時間が経っており、もう幾つも脇道は無い。
これ以上の選択肢は他に無いだろう、そう考えて俺は足を止める。
「フォルク、マクニール!こっちだ、急げッ!」
やや暗くなり始めた通路の向こうで氷塊巨人達を食い止めているフォルクとマクニールに声をかける。
「了解だ!」
「ふゥ…ふゥ…直ぐにそちらへ向かいますよォ!」
「兄様、まだ通路の先に氷塊巨人がッ!」
闇の向こうから返事を返す二人を待っていると、奥からクリスの声が届く。
まだ潜んでいた氷塊巨人がおり、道を塞いでいる様だ。
「フォルクとマクニールが戻ってき次第、直ぐに行く!二人を置いていく訳にはいかない!」
「了解しましたわ!」
「こっちは任せなさい!」
「ああ、頼んだぞ!」
先行させた女性陣に通路の制圧を任せ、追ってくるフォルクとマクニールを待つ。
「しつこいな…、喰らえッ!」
「いい加減に諦めてェ頂きたい…、ぬゥンッ!」
フォルクとマクニールが追ってくる氷塊巨人達に射撃と砲撃を見舞いながら逃げてくる。
怯んで足は一時的に止まるものの、密集した氷塊巨人達の足はすぐに動き出す。
物量で壁を作った氷塊巨人達の前にはどうも効果は薄いらしい。
「お待たせセオ!やっと着いたよ、ここがそうだね?」
「ああ。マクニールさん、この通路塞げませんか?」
「む?…成る程ォ、広間に着いたとして追いかけられて一緒に相手する訳にはいきませんなァ」
マクニールは俺の狙いを察すると、直ぐに鞄から魔砲の弾薬を取り出して先に装填していた弾と交換し、脇道の入り口付近の壁に狙いをつける。
「むゥンッ!」
マクニールの魔砲が火を吹き、撃ち出された砲弾が壁に当たると強烈な轟音と共に爆炎が通路を塞ぐ。
「…、…よしッ!」
「これでェすぐには追ってェ来れんでしょうゥ」
爆発によって発生した煙が晴れると、崩れた万年氷床の壁の瓦礫が通路の入り口を塞いでいた。
これで後方の憂いは無くなった、あとは前にいる氷塊巨人達だけ、俺達は先行させたクリス達を追い、脇道の通路を進む。
「クリス!待たせた!」
「…気をつけてください兄様!氷塊巨人だけではなく他の魔物も!」
「…鬱陶しいわね!」
「彼らが手懐けているのでしょう、連携して襲ってきますわ」
俺達男性陣が合流すると、少し開けた通路で竜鱗種の魔物と小型の鳥種の魔物を引き連れた氷塊巨人達がクリス達と対峙していた。
彼らの僕である魔物達の死骸がいくつか転がっており、クリス達も少しばかり負傷している様子、彼女達は氷塊巨人達の連携に手を焼いていた様だ。
「ふむゥ、晶鱗蜥蜴に氷晶雀鷹、外でもそう見かけぬ魔物ですなァ。こんな所で氷塊巨人に飼われているとはァ」
「鳥種の魔物は小さいな…、攻撃を当てるのも難しそうだ」
「ええ、こちらが反撃しようにも攻撃の合間を縫って妨害してきますわ。…おかげで上手く反撃が」
「…だったら僕の出番だ、セオ達は他の魔物に集中して!氷晶雀鷹は僕が全部落としてあげるよ!」
そう言ってフォルクが弓を構えると、氷塊巨人達は晶鱗蜥蜴と氷晶雀鷹達を俺達にけしかけてくる。
真っ先に飛び掛かってきたのは氷晶雀鷹、小型かつ俊敏で弓を構えるフォルクに向かって小さいながらも鋭い猛禽の爪と嘴をぎらつかせ、突っ込んできていた。
「ピェーッ!」
「迅いね…、でも僕の弓からは逃げられやしないよ!」
「ピェッ…!?」
フォルクが番えた矢を放つと、滑空してくる氷晶雀鷹の胴をいとも容易く捉えた。
小さな的ではあるが、フォルクは特に気に留める事も無く、次から次に矢を放ち、その度に一羽、また一羽と氷晶雀鷹達が墜ちてゆく。
「やるわね、流石は半長耳種って所かしら」
「ふふっ、どうも。でもそういう訳でもないよ、習性を知っているだけ、さっ!」
「ピェッ!?」
フォルクは涼しい顔でそう言ってのけるが、俺達からすれば群がってくる握り拳大程の氷晶雀鷹を慌てる事無く簡単に仕留めていくフォルクにただただ驚くばかりだ。
とは言え、こちらも驚いてばかりもいられない。氷塊巨人達は晶鱗蜥蜴達を俺達に嗾けてくると、自身達も攻めかけてきていた。
「シュラララァッ!」
「ヴォオオッ!」
「来るぞっ!マリオンとマクニールは氷塊巨人を頼む!アンリとクリスは俺と露払いだ!フォルクも可能なら援護してくれ!」
魔物達が一斉に襲い掛かってくるが、俺達は変わらず蹴散らしてゆく。
少し開けているとは言っても同時に襲ってこれる氷塊巨人はせいぜい三体、マリオンが最前線で氷塊巨人を打ち倒し、マクニールが魔砲でその援護。マリオンが氷塊巨人の相手に集中できるようにアンリが護り、俺とクリスがその邪魔をさせない様に晶鱗蜥蜴を斬り捨てる。押されそうになると機を見てフォルクが矢を放ち此方の援護に入る。
俺達が魔物に攻撃を仕掛ける時に氷晶雀鷹達は狙いを変えて俺達を妨害しようとしてくるが、フォルクはそれすらも阻止していた。
道を塞いでいた魔物の群れは瞬く間に数を減らし、最後に残った氷塊巨人をマリオンが槌で叩き伏せる。
全員無傷とは言わないまでも僅かな負傷で戦闘を終えて、構えていた武器を収めていた。
フォルクの方も氷晶雀鷹を全滅させており、乱れた長い金髪を梳かしていた所だ。
「ふぅ…よくもまぁあんな小さい相手に弓で狙えるわね」
「フフ、さっきも言ったけど習性を知ってるだけさ。あの手の魔物は攻撃を仕掛けてくる一瞬だけ動きが直線的になるんだ。いくら小さくてすばしっこくて、群れで襲ってきても、それが分かってれば何も慌てる事は無いのさ」
フォルクは旅に出る前は村のある大森林の中を駆け巡り、その弓で狩猟をしていた。
故に鳥種や四肢獣種、王虫種の様な種類の魔物の習性や生態の事については俺達の中で最も詳しく、ドルマニアンの密林では彼の知識は特に役に立っていたが、この洞窟でも役に立つとは思いも依らなかった。
「そんな事より先を急ごう。レオが一人残してから随分時間が経ってる」
「ああ、無事だといいけど…」
戦闘を終え、俺達は通路の奥へと急ぐ。
この辺りはもう雪も無く、薄暗くなっているが、風が通り過ぎる感覚はある為、何処かに繋がっているのは間違いない。
暫く進むと下りの傾斜が急になっていき、遂にはかなりの急傾斜となった氷の地面が続いていた。
「この先はもう戻れそうにありませんわね」
「それに吹き上がる風もかなり強いィ、広間はこの先でしょうなァ」
「どちらにしろ戻れないけどね。後ろは瓦礫で塞がってるよ」
「…やけに静かね」
「ええ…、レオさんは無事でしょうか…」
急傾斜の穴の先からは風の吹き込む音だけが響いており、それ以外の音は一切聞こえてこない。
不安を煽る静寂に俺達は全員固唾を飲んでいた。
「…行こう、レオを助けに!」
俺とフォルク、マクニールが先行し、次いでクリス達女性陣が順に広間へ続くであろう氷の斜面を滑り降りていく。
「…とうっ!」
「思ったより高いな…っと」
「ムゥ…!」
先行した俺達は斜面から投げ出され、広間に到着すると、どうにか無事着地に成功する。
「クリス、任せて!…よっ!」
「フォルクさん、ありがとうございます」
「アンリッ!…とぉっ…!」
「あぁ…セオ様の腕の中に…」
「マクニール、どいてなさい!」
「おっとォ、これは失礼ィ」
クリスとアンリをフォルクと俺とで受け止め、マリオンはマクニールの手を借りずに自力で着地に成功する。
「…と、悦に浸っている場合ではありませんわね。レオさんは…」
「セオ、あそこ!」
「レオッ!」
フォルクが指差す先、ぼろぼろになり仰向けで浅い呼吸を繰り返しながら横たわるレオがいた。
息はあるが、精魂尽き、力尽きており、最早再起不能、と言った状態だろうか。
荒く浅い呼吸、数多の擦り傷に打撲痕、周囲に散った血飛沫がレオの受けたダメージを物語っていた。




