第百六十五話:強行、隠密、再会
氷塊巨人を倒した広間を抜け、雪の斜面を駆け上がる。
地吹雪が吹き込んで積もった万年氷床の上の雪は先に通った氷塊巨人達の大きな足で踏み固められており、異変のあった地上へ続く正しい道を示しているのだろう。その証左として、洞窟に吹き込んでくる風は途切れる事無く背中から追い抜いていく。
「はっ…はっ…、氷塊巨人は殆どいないけど…、他の魔物が邪魔だな…!どけぇっ!」
「ギャッ…!」
「こンのッ!」
「ピェッ…!」
主人である氷塊巨人達に置いていかれたペットか、あるいは野生の魔物かはわからないが、通路でたむろし行く手を遮る魔物達を斬り捨てながら上へ上へと続く道を進んでいく。が、しかしある程度進むと、足を止めざるを得ない状況に突き当たってしまう。
「こんな所にもか…」
入り口付近で見つけた鬼蜘蛛の亜種、その集団が集まっており、営巣を始めていた。
ここに来るまでにもいくつか天井に巣がはってあるのを見かけたが、通路の途中にはっているのは初めてだ。
普段ならば氷塊巨人達が往来している所為でこんな場所に巣を貼ることも出来ないのだろうが、氷塊巨人達が行き過ぎた後を見計らう様な形で新たな巣をこの場所に築いているのだろう。
奴らは基本的な部分ではドルマニア山にいたものとほぼ似ているが、よく見ると寒冷地に適した進化をしているのか甲殻は絹糸のような体毛で覆われており、細部で姿が異なっているらしい。
幸い通路はまだ塞がってはいないがその通路をすんなりと通して貰えるかはわからない。
「ドルマニア山と同じ習性ならこっちから仕掛けない限りは襲ってこない筈だけど…」
習性が同じである事を祈りながら、俺は恐る恐る営巣中の鬼蜘蛛達に近づいて行く。
通路の少し膨らんだ場所、鬼蜘蛛達の営巣場所の中に足を踏み入れるが、特に襲ってくる様子は無く、鬼蜘蛛達はひたすら糸を紡ぎ此方には全く興味を示してはいない様だ。
「よかった、これなら…わぶっ…!」
周囲の鬼蜘蛛達が攻撃性を示さず安堵していたら、目の前に垂れ下がった糸の束に顔を覆われる。
条件反射的に顔を覆った糸を引き剥がすと、突如として営巣に集中していた鬼蜘蛛達の敵意が此方に向いている事に気付き、俺は後退りしていた。
「ま…まぁ怒る…よな…うわっと!」
「キシャアァーーッ!!」
にじり寄ってきていた鬼蜘蛛の鎌の様な第一脚が俺の鼻先を掠めると一斉に襲いかかってくる。
走り抜けるのは無理だ、そう判断した瞬間、後退りしていた足を反転させ、営巣していた通路の一角の出口を目指し走り出す。
「うわっ、危っ!…痛ッ!くっそ…!」
次々に俺を切り刻まんとする鬼蜘蛛の第一脚が迫り、それらを躱しながら洞窟の下り坂を降りていくが、流石に全ては躱し切れずに何度か腕や足をその先端に斬られてしまう。
辛くも営巣中の鬼蜘蛛の群れから逃れ、飛び出した後もその通路を駆け降り続けていた。
「はっ…はっ…、あ…危なかった…」
走りながら斬られた箇所を確認する。
腕に二箇所、肩に一箇所、それに首と太腿、脹脛もそれぞれ一箇所ずつ、特に深いのは肩口と太腿の二箇所であり、激しい痛みが走る。
とは言え首の傷がかすり傷で済んだのは幸いだ、他の箇所は少々の深手でも致命傷にはなり難いが、首の傷は少し深く入っただけでも致命傷になり易い。
「…まずはここをなんとかしないとな…!」
肩口の傷を抑えながら剣を抜き、氷塊巨人の倒れる広間の入り口から通路を見返すと、その奥から無数の硬い足音が此方へと迫ってきている。
「…そういえばこんな光景をゲームで見た記憶があるな。…まさか実際にやる事になるなんてな」
頭に浮かんだ光景のゲームの主人公の様に銃火器を持っている訳ではない。ここでは魔術も使えないが、剣を介せば擬似的に似たような事は出来る。
「この規模じゃ仕方ない…ちまちまやってる暇はないし一気に仕留めるしかっ…!」
剣を握る手に力が入る。勿論、手から剣に流す魔素の量も出し惜しみは無い。
「キッシャアアァァーーッ!」
営巣の邪魔をされて怒る鬼蜘蛛達が通路を埋め尽くし、床だけでなく壁や天井すら伝って大群を率いて迫って来る。
手に持った剣で地面を斬りつけ、迫って来る鬼蜘蛛に向けて一本の線をひくと、魔素を魔力に換えて纏わせた剣を逆手に持ち直し、迎撃に備えていた。
「来たな。加護の力を使って…、行くぞっ、"属性斬撃"ッ・"閃火流"ッ!」
「ギキッ…!?」
逆手に持った剣を両手で握り、剣でひいた線の一番手前に突き込んで加護の力で増幅させた魔力を解放すると、地面に突き込んだ切っ先から線を伝って炎が迸り、線の終点から勢い良く炎が噴き出すと、入り口から吹き込む風に乗って渦巻きながら瞬く間に通路を飲み込んで行く。
通路を飲み込む灼熱の炎は通路ごと鬼蜘蛛達を焼き払い、火達磨になった鬼蜘蛛達は慌てふためいているのか自身で消火を試みるも、消した端から他の個体から燃えやすい体毛へと火を移されており、火を消すどころか火の勢いは増す一方だ。
「キ…キキッ…!」
「ギ…キシャァ…」
炎に巻かれ苦しむ鬼蜘蛛達だが、密集している所為で身動きが取れず、此方に這い出そうとしてくる個体も片っ端から斬りつけ、剣の錆にしていく。
通路を覆う程の鬼蜘蛛達の群れは炎と剣による攻撃とで次々に力尽き、やがて大量の燻る屍の山を築き上げていった。
「とりあえずは片付いたっぽいな。さて、先に進…っ!」
鬼蜘蛛達の群れを包んでいた炎が勢いを失い燻り始める。
既に動いている個体も殆どおらず、通路へと進み出そうとした瞬間に、足から力が抜けて膝をついてしまう。
「その前に止血と…治療だな」
痛みは激しいが動けない程では無い、と足を前に運ぼうとしたが、どうやら出血はそう少なくも無い様だ。
そのまま、雪の上に座り込んだ俺は荷物を背中から下ろして薬草を加工した薬と古い服を取り出していた。
ーーー
「オラオラァッ!どきやがれッ!」
巨大な魔物の様な姿となったレオは五人を背中に乗せて前から迫る氷塊巨人の群れへと突っ込んで行く。
その先頭で立ち塞がる氷塊巨人に飛びかかると、あっという間に組み伏せてしまい、額から生やした鋭い角で喉笛を一突きにしてしまう。
「死にたく無けりゃ道を開けやがれッ!オォラァッ!」
レオは氷塊巨人の群れに飛び込むと、その強靭な両の前脚を振り回し、迫り来る氷塊巨人達を薙ぎ倒す。
鋭い氷の爪は氷塊巨人達の身につけた頑強な氷の鎧を物ともせず、まるでガラスにピッケルを打ち付けるかの様に容易く砕き割っていく。
「ヴォアッ…!」
「ヘッ、自慢の氷の鎧もこれじゃ意味ねェなッ!」
鎧ごと氷の爪に引き裂かれ、倒れていく氷塊巨人を横目にレオが鼻で笑う。
幾ら怪力を誇る氷塊巨人でも圧倒的な力で群れの中を突き進むレオを正面切って止められはせず、殴り飛ばされ、噛みつかれ、角で貫かれ、引き裂かれ、正面に立つ氷塊巨人は次々に薙ぎ倒されていった。
暴虐の限り、と言わんばかりに荒れ狂い次々と氷塊巨人達を薙ぎ倒すレオの突撃を避け、通路の脇に逸れた一体がレオが通り過ぎる瞬間、振り上げた腕をレオの横腹目掛けて振り下ろす。
しかしその腕は途中で止まると弾き返されると同時に拳が砕かれる。
「レオさん、油断をなさらない様お願いしますわ!」
「わァッてるよ!…右の脇道に一匹隠れた、頼んだぜッ!」
「仕方ないわね…!」
レオの右側から腕が伸びる。先程レオが見つけた隠れた個体の腕だ。
どうやら狙いはレオの背中に乗る五人であり、誰かを捕まえるつもりの様で、その手は握られておらず、平手打ちという訳ではない。
レオが脇道の場所に立つ氷塊巨人の首に食らいつくと同時に、伸びてきた腕が五人に迫るが、その腕は五人に届く前に吹き飛び、鋭利な刃物で叩き斬られていた。
「ふん、アタシ達を簡単に捕まえられるとでも思ったのかしらね?…正面、吐息!」
「チッ、待ってやがったか!間に合うか…?」
氷塊巨人の腕を切り飛ばした斧に付いた青い血を払いながらマリオンは正面で大きく息を吸いこもうとしている個体に気付く。
冷気による攻撃はレオ自身は大した被害を受ける事は無いが、背中に乗る五人に関しては話は別だ。
レオは準備が済む前に潰そうと速度を上げるが、その手前で盾役の氷塊巨人が立ちはだかり間に合いそうも無い。
しかし、一瞬の閃きがレオの頰を後ろから掠めると、正面で壁となる氷塊巨人の間を抜けて光の矢が息を吸いこむ氷塊巨人の眼を貫く。
これには氷塊巨人も堪らず顔を仰け反らせ、吸い込んだ息を吐き出してしまっていた。
「やりますなァ」
「どうも。…と言ってもまだその奥で徒党組んで待ち受けてるよ。レオ、このままじゃ直撃だ!」
「マジかッ!? …つっても、もう止まれねェぞッ!」
既に吐息を吐き出す構えを取る氷塊巨人達、狭い通路に並んで構えており、フォルクの矢でももう間に合いそうにない。
「ならばァ、私の出番でしょォ」
マクニールが背中の魔砲を手に取り、複数の赤色魔石が埋め込まれた弾をその中に装填すると、膝をついて肩と手でその砲身を抱えて固定する。
安定した射撃体勢を取ると、彼は躊躇無く砲身から火を吹かせ、鋼の咆哮を洞窟の通路に木霊させた。
魔砲から放たれた弾薬が並んで吐息を吐き出そうとする一体の顔面に直撃すると、最初の爆発でその顔面
を吹き飛ばす。そして弾薬本体から弾き出された赤色
魔石が周囲を巻き込み、爆発に次ぐ爆発でその奥に固まる氷塊巨人達をも爆炎に飲み込まれていった。
「フッフゥー、どうですこの威力ゥ!」
「オイオイ、これじゃ前が見えねェよ!…仕方ねェ、突っ込むぞ、息止めてろ!」
マクニールの撃ち出した弾薬が引き起こした爆炎は氷塊巨人達を丸ごと吹き飛ばしたが、その代わりに残った黒煙が進路の視界を塞ぐ。
「なんも見えねェや…。ただ、殆ど吹っ飛んではいるみてェだな…」
黒煙の中、速度を落としてレオがその中を進む。
少なくとも煙の中に氷塊巨人の気配は無く、その中を歩くレオは何度か倒れた氷塊巨人の体を踏んでおり、そう悟る。
というのも、先程の爆風の威力は凄じいもので強固な氷の鎧や強靭な肉体を持つ氷塊巨人をそれこそ文字通り挽き肉にしていたのだ。
レオは弾け飛んだ肉片を何度か踏み抜いており、恐らく先程の一撃で大半が吹き飛んだものだとすぐに理解していた。
黒煙を抜けるとその先に通路の出口が見える。
流石にその先に広がる部屋の中まではわからないが、爆風を逃れた氷塊巨人達がまだまだ群れをなしており、黒煙の中から現れたレオに気付くとこれ以上先には進めまいと通路に雪崩れ込んできた。
「あれを抜けりゃ…って、時間切れかっ!」
「最後の最後でっ!? …みんな、やるわよっ!」
「でももう一息だ」
「まァ何とかァなるでしょうけどねェ」
「私が突貫しますわ、皆さんは援護をっ!」
レオの真魔光珠の効果が切れると身体が縮みはじめ、背中に乗っていた五人は振り落とされながらそれぞれの得物を構え始めるが、既に戦闘準備を取ったまま待っていた影が五人から離れ先行する。
マクニールの砲弾が残した黒煙を身に纏い飛び出した影、その手には騎士剣が握られており、その刀身には緑色に輝く光を纏わせてある。一人飛び出していたのはクリスだ。
「ちょ、クリス!大丈夫!?」
「…仕留め損ねたらお願いします。…嵐ノ一、烈風ッ!」
脇構えに騎士剣を構えると、クリスは意識を集中して素早く剣を抜く。
虚空を切り裂くが如く、脇構えの剣を居合の要領で抜くと、その切っ先から鋭いかまいたちが放たれていた。
黒煙の中から飛び出してきたクリス達に驚き戸惑う氷塊巨人達はクリスの放つかまいたちに対して両腕で防御を試みるが、その鋭さの前には氷塊巨人の太い腕も意味をなさず、その腕ごと首を刎ね飛ばしている。
次々に受け損ねた氷塊巨人達の首を飛ばしたクリスの一太刀は通路の先にまで届いた所で漸く前車の轍を踏まじと控えていた氷塊巨人の氷の鎧に受け止められる。
だがその威力たるや、マリオンの怪力や、変身していたレオの一撃とまではいかないまでも、分厚く丈夫な氷の鎧に深い爪痕を残す程の鋭さだった。
「ふぅ、皆さん後はお願いします!」
「ああ、任せてなよ」
「さ、突破するわよっ!」
残る敵は広間から押し入ろうとする氷塊巨人達だけ、最初は通路を埋める程の氷塊巨人達も、文字通りレオの獅子奮迅の突撃で大きく数を減らしており、最早目の前には十体も立ってはいない。
各々が地面に着地すると、勢いそのままに待ち受ける氷塊巨人達へと突っ込んでいった。
ーーー
薬の効果によって傷が塞がり、ふらついていた足取りも元に戻る。
古い服を破って作った即席の止血帯を取り、俺は焼け焦げた鬼蜘蛛達の屍の山を踏み越えて通路を進んでいた。
焼け焦げた鬼蜘蛛達は既に殆ど息はなく、微かに蠢く個体もいたが、既に襲いかかってくる様子は無く、無視をして先を急ぐ。
屍の山を踏み越え鬼蜘蛛達の営巣場所まで戻ってくると、どうやら炎はこの場所まで届いていた様で、彼らの糸は焼け爛れ、僅かに燃え残っていた糸と灰、そして肉の焼けた匂いが立ち込めており、唇のあたりが妙にべとつく。
その場所を足早に通り過ぎると、その先に広がる広間へとたどり着いていた。
「氷塊巨人…!しかも結構な数だ…」
十体程の氷塊巨人が此方に背を向けて通路の奥から来る何かを待ち受けている。
するとその奥から飛んできた何かを受け止め、身構え始めていた。
「出口はあの先だろうけど…、何だこの部屋…」
あたりを見回すと、この広間は他のどの部屋よりも広い事に気が付く。
広間の奥は外と繋がっているのか、光が差してきており、雪が中に降り込んでいた。
そしてその前には巨大な鎧を纏う氷像が鎮座しており、異様な雰囲気が漂っている。
「多分ここがこの洞窟の中心部…、よく見るといくつも穴がここに繋がっているみたいだ」
穴が繋がっていると言っても、それは天井からやそこに近い壁面だったりと、流石に手の届かない場所にある。
そして、背を向けていた氷塊巨人達に目を向けると、通路から迫って来る何かに吹き飛ばされ倒れ込んでいた。
「ふん、アンタ達じゃ相手にもならないわ。素直に道を開けてれば倒される事も無かったのにね!」
氷塊巨人を薙ぎ倒したのはその剛力に見合わぬ小柄な少女、金髪の長い髪を束ねており白銀の鎧に褐色の肌が特徴で、その手にはやはり不釣り合いなまでに長く巨大な槌斧が握られており、俺はその少女に見覚えがあった。
「マリ…オン、さん?」
「ん…? あ、いたわ。随分男前になったじゃない」
マリオンと言う名を呼んでも否定せず、彼女も俺を見て驚く素振りも見せていない。
むしろ彼女も俺を探していたと言った様子だ。
「おう、セオ!無事だったみてェだな!」
「よかった、思ったより早く合流できたね」
「これはこれはァ、セオドア殿ォ。お久しぶりでございますなァ」
「レオ、フォルク、それにマクニールさん!?」
三年ぶりに出会った仲間達と予想外のメンバー達と顔を合わせ、俺は顔を綻ばせる。
「兄様!」
「クリス!」
俺に気付いたクリスが駆け寄ってくる。しかし、クリスと再会を喜ぶ抱擁を交わす寸前、クリスを追い抜き猛烈な勢いで突っ込んできた人物がいた。
「セオ様ァーッ!幾久しく、私は…私はこの日をどれだけ待ち侘びたことか…!」
「ア…アンリか…。アンリも…久しぶり…」
アンリはこの場にいる誰よりも俺との再会を喜んでおり、クリスを出し抜いて飛び込んで来ると、その想いを表しているのか全力で俺を抱きしめてきていた。
その力は痛いとすら感じる程だが、何より痛いのはそれを横で見ていたクリスの視線だった。




