第百六十四話:侵入
山肌の裂け目にある万年氷床に覆われた洞穴を前に、八人は一度反魔石の土壌の影響の範囲外に出てキャンプを開く。
これは他ならぬクローディアの提案だった。
「…で、試したいだか確かめたいってのは?」
「一応先を急いでいる以上手早く頼むわね」
二人分のキャンプの準備を進めながら、レオとマリオンが提案者であるクローディアに尋ねる。
「ええ、すぐに終わるわ。ちょっと待ってて」
クローディアが二人にそう答えると魔力を練り始める。
規模の調整をしているのか、普段よりも集中しており発動までに時間をかけているようだ。
「んー…、このくらい…、いやこのくらいかしら…。歪送門ッ!」
クローディアが魔術を発動させると空間に二つの小さな穴を開く。本来ならば頭大程の大きさの穴だが、今回は彼女の握り拳よりもやや小さい穴だ。
歪送門の魔術は空間上に入口と出口となる一対の穴を作り出し、敵の飛び道具などを入口から吸い込み、出口から排出して受け流す魔術である。
「フォルク、悪いけど反魔石の影響のあるところまで行ってもらえるかしら?」
「? ああ、わかった」
フォルクが少し離れた反魔石の影響下にある位置まで移動したのを確認し、クローディアは一対の穴の片方を動かしてフォルクのいる方へと移動させる。
「ほォ…、闇魔術の使い手とは聞いていましたがァ、器用なものですなァ」
「フォルクー、どう? 聞こえてる?」
「うわっ、びっくりした!ああ、大丈夫聞こえてるよ!それに反魔石の影響のある場所にあるけど消えてないみたいだね!」
フォルクの返事が返り、彼女は歪送門を覗き込んでフォルクの姿を確認すると歪送門を閉じて全員に説明する。
「ま、見ての通りだけど実験は成功ね。私は戦力にならないからここで待ってる事にするけど、とりあえず多少のサポートは出来そうね」
「えっと、つまり?」
「なるほど、この場所から歪送門を通じて捜索の手伝いができる、と」
「そ。その通り、ついでに言うと歪送門は移動できるから先行して偵察もできるし、声も送れるからその報告もできるわ。ただ流石に直接援護までは出来ないけどね」
「いや、十分よ。洞窟や迷宮みたいな閉所で先が見通せるのは願ってもないアドバンテージだわ」
クローディアの説明を聞いて皆一様に喜んではいるが、一人だけ首を傾げている。それはクリスだった。
「それはいいんですが…、それでクローディアさん、魔素は保つんですか? 規模を縮小しているとは言え、見た所その魔術、維持するのにそれなりの魔素を消費すると思うんですが…」
クリスが心配していたのはクローディアの魔素総量だ。
以前ならば彼女の最大の魔術、"邪歪力を一度使うだけでも魔素欠乏を起こす程に少なく、それまで共に行動していたメンバーの共通認識だった。
「それについては僕が保証する。三年間の旅の間に彼女の魔素総量は飛躍的に増えてるよ」
「…ま、流石にクリス程は無いけどね」
クリスはフォルクの言葉を聞いて首を更に捻る。と言うのも、本来魔素総量は幼少の頃に訓練する事で飛躍的に伸びるのが一般的な話であり、それは全種族の共通認識だ。
それは成人の魔族、淫魔種であるクローディアも例外ではない。
「えーと…クローディアさんも別に子供だったとか、そういう話じゃないですよね…?」
まさかの発言に全員が凍り付き沈黙する。しかし、その沈黙を話の当事者であるクローディア本人が破った。
「も、勿論私は大人の淫魔種よ!? …ま、まぁある意味子供だったというかその…」
「ちょっ、クローディアッ!?」
恥ずかしそうに取り乱す彼女がその件を話そうとするとフォルクまでもが取り乱し、慌てて言葉を遮った。
「ああ、成る程ね、そういう事か」
側から見ていたマリオンが全てを悟った様に頷く。
魔族である彼女もどうやらクローディアの魔素総量が飛躍的に増えた理由を知っているらしい。
「…マリオンさん、何か知ってるんですか?」
「まぁね。…でもそれをアタシの口から言うのはヤボね。こういうのは本人達が直接話した方がいいわ」
「…貴女、本当に変わりましたわね…。エルダにいた頃の貴女ならいの一番に話していたと思いますわ」
「やかましいわね!幾らアタシでもそんくらい気遣うわよ!」
全員でがなり始めたマリオンを抑えている最中、フォルクとクローディアはお互いに向き合って頷く。
「あー、一応その事についてだけど…、それを含めてセオも揃ってから話そうと思うんだ」
「ええ、だからもう少しだけ、楽しみにしてて頂戴ね?」
二人の宣言が為されると、がなっていたマリオンも動きを止めて全員が頷く。
「…ふふっ、それがいいわ」
「まァ、こういう事はァ周りがどうこう言う問題じゃァ、ありませんからなァ」
「ええ、察しはついてはいますが、それは本人達の口から話して貰うのが一番かと」
「全く以ってその通りですわね」
「あァ、違ェねェな」
「よくはわかりませんが…、みんながそう言うのなら…」
クリスを除く五人については既に話に察しがついているが、クリスだけはただ一人未だに首を傾げていた。
「…さ、何にしてもそろそろ行くわよ、準備はいい?」
「あァ、クローディアさん。そう言う事でしたらァ、これを渡してェおきますゥ」
「これは無色魔石…、小粒だけどこれは助かるわ」
「他に忘れモンは無さそうだな。んじゃ、ちょっくらセオを助けに行くとすっか!」
「フォルクじゃないけど洞窟の中から魔物共のざわめきが聞こえてくるみたい、腕が鳴るわ!」
「ええ、邪魔立てするならぶっ飛ばして差し上げましょう!」
「やっぱりリーダーがいないとね!」
「皆様、ご武運を。そしてセオドア様を宜しくお願い致します」
「アリーシャ、色々気を遣わせたわね。さぁ、全員揃ってテラービブへ戻りましょう!」
アリーシャとクローディアを残し、六人は兼ねてから決めていた隊列を組んで看守の洞窟へと向かっていった。
ーーー
「早速お出ましよ、多分あれが氷塊巨人ね。頭と肘から先、それと膝から下以外は氷の鎧に守られてる。二体いるわ、気をつけて!」
先に奥を見てきたクローディアが歪送門から六人にやってくる魔物の報告をする。
「鎧か…、頭に届きゃいいんだが…」
「鎧だったらアタシの出番ね。アタシから仕掛けるわよ!みんな着いてきて!」
隊列は基本形を崩さず、槌斧を構えたマリオンがやや前に出て慎重に先へ進むと、クローディアの報告通り、二体の氷塊巨人と遭遇する。
「ヴォガッ!」
"いたぞ!"と言わんばかりに氷塊巨人が指を差しているが、その隙にマリオンは素早く氷塊巨人の足下に潜り込むと、大きく踏み込み、槌斧を振りかぶったまま鎧の腹甲の前に跳躍していた。
「先手必勝…ってねッ!」
「ヴォオオガアアァァッ!?」
マリオンが振り抜いた槌斧の衝撃が鎧の腹甲を貫いて背甲までを砕き、更には骨をも砕く鈍い音が通路内に木霊する。
一撃の元に打ち倒された氷塊巨人と入れ替わる様にもう一体が前に出てくると、その巨腕を振るい、落下しているマリオンへ振り下ろさんとする。
「正直必要はないけどねっ!」
「あら、五百人長ともあろうお方が。油断は大敵ですわよっ!」
此方もマリオンと入れ替わりにアンリエッタが前に出ると、振り下ろされる拳骨に大楯を合わせる。
氷塊巨人の拳は氷を纏い始めていたが、アンリエッタの大楯に受け止められると直ぐに纏っていた氷は霧散し、更に盾に吸収された衝撃が逆転し、氷塊巨人の拳がへしゃげ、その激痛に大きく怯んでいた。
「頭の防御が無いのは失敗だったね、狙い撃ちだッ!」
大きく怯んだ氷塊巨人をフォルクの精密射撃が襲う。
怯んだ拍子に大きく動いているが、そんな事はものともせずに、フォルクの放った二本の矢が氷塊巨人の両目を寸分違わず貫き、その視界を奪っていた。
「頭が下がったなッ!オォォラアッ!」
視界を奪われ跪いた氷塊巨人の身体を鋭い爪で駆け上がったレオが肩を蹴って跳躍するとその頭目掛けて両手の長く伸びた氷の爪を渾身の力で振り下ろす。
大きな十本の傷が深々と刻み付けられるも、氷塊巨人はまだ息絶えてはいない。
「チッ、浅いかッ!クリス、仕上げは任せたぜッ!」
「はいっ!…行きます」
騎士剣を脇構えに頭部から青い血を流し意識を朦朧とさせた氷塊巨人に向けて駆ける。
目標に近付くに連れ、クリスの持つ騎士剣から紫色の焔が滲み出し、やがてそれは騎士剣の刀身を静かに揺らめく紫炎へと変えていた。
「待てクリス!アイツ、まだ動くぞ!」
クリスが間合いに入ろうとする寸前、氷塊巨人は錯乱してその腕を振り回し始めている。
元々クリスは前衛を務めるような体格でも無く、剣を持つようになっても防寒の為の上着を羽織っているだけでアンリエッタやマリオン、マクニールの様な重装備をしているわけでは無い。
当たれば一撃で倒されてしまうであろうことは間違いなく、レオはとどめを刺しにかかるクリスを止めようと声を上げるが、クリスは聞こえていないのか、足を止める事なく腕を振り回す氷塊巨人の懐に飛び込んでいた。
「焔ノ一…烈火ッ!」
「ヴォッ…」
クリスが剣を抜いた瞬間、騎士剣が纏っていた紫色の穏やかな炎は激しく燃え上がり、真紅の逆巻く炎へと姿を変える。
そして真横から迫る氷塊巨人の平手の指の隙間を舞うようにすり抜けると、氷の床を強く踏み切り、脇構えの騎士剣を振り抜き斬り抜けていた。
振り抜いた騎士剣の軌跡に残る真紅の残り火が導火線の様に氷塊巨人の胴を貫くと、そこから一気に燃え上がる。
瞬く間に全身に炎が回ると、既に瀕死だった氷塊巨人は力尽きて倒れこみ、炎上しながら微かに藻掻くも今度こそ完全に息を引き取っていた。
「ふぅ…うまくいったみたいですね」
血すらも灼き尽くす炎を纏った剣を一振りすると、剣の炎が火の粉を放って瞬時に消火される。
「へぇ、やるじゃない。今の、あのセンゾウって男から教えてもらった魔剣術ね?」
「はい、センゾ…師匠はワダツミの剣士で、あちらでは"忍術"と言うそうですけどね。今のはその基礎の形の一つです」
「…威力は充分みたいね。魔術が使えないって話だったからクリスの戦力はそこまで計算に入れてなかったんだけど…、正直これは嬉しい誤算ね。あの時みたいに頼りにさせて貰うわよ」
「はいっ!」
クリスの一撃を見届けたマリオンは近寄ってそう言うと笑顔を見せると、腕を上げて左の拳を伸ばしてきていた。
クリスも右手で握り拳を作ると、マリオンの銀の籠手に付き合わせて返事を返す。
「みんなお疲れ様…って言いたいところだけど、新手が来るわ。今度は四体、通路は狭いから一体ずつ確実に仕留めていきましょう!…あとやっぱり入り口を開けた時の音に気付いたのかしら、その先にも沢山集まってるわ、気をつけて頂戴ね」
初戦を難無く終え、安堵していると、間も無くクローディアから報告が届く。
六人が二体の氷塊巨人と対峙している間にクローディアは先行して偵察を済ませていた様だ。
そしてこれまた程なくして新手の氷塊巨人達が姿を現してきていた。
「ヴォガッ!ヴォガアアアァァァァッ!」
先頭の氷塊巨人が姿を現して此方を発見するなり、洞窟一帯に響きそうな程の叫び声を上げる。
「チッ、仲間を呼びやがったか…? …ンの野ろッ…うぉッ!?」
「まァまァレオさん、ここは一つゥ、私にィお任せあれェ。そォるァッ!」
仲間を呼び出したと思しき叫び声を耳にしたレオが先制を仕掛けようとするも、マクニールに肩を掴まれ引き止められる。
彼がレオを引き止めるのに肩を掴んだ左手とは反対の手には赤色魔石が埋め込まれた金属の筒が握られており、レオが後ろを振り返ると同時にマクニールは筒に埋め込まれた赤色魔石を筒の中へ押し込むと、先頭に立つ氷塊巨人へ投げ込んでいた。
「三…二ィ…一ィ…」
氷塊巨人の手前に落ちた金属の筒は、その中から赤い光を放ちながら坂道を転がると、氷塊巨人の足下を抜けて行く。
「零ォッ!」
「ヴォガアアアァ…」
転がっていく金属の筒が先頭の氷塊巨人を通り過ぎ、マクニールのカウントが零を告げると同時に炸裂する。
炸裂した金属の筒から白煙が吹き出し氷塊巨人を包むと、氷塊巨人のいきり立った叫び声が止まった。
「今のは…魔導器?」
「ふふゥ、魔導器ィ、とは少し違いますがァ…、まァ煙が晴れてからのお楽しみィ、とでも言っておきましょうかァ。あァ、危険ですからァ煙には近づかない様にィお願いしますよォ?」
「…煙が晴れますわ。仕掛けてきたら私が、皆さんはその後に」
クリスがマクニールに尋ねるが、マクニールは不敵な笑いを零しながら曖昧に答えると、マリオンが飛び出そうとした瞬間に危険を促してそれを制す。
立ち込めた煙が晴れようとし、アンリエッタが大楯を構えながら槍を横に伸ばすと、マクニールを除く全員が攻撃する構えを取っていた。
「…ん? な、なんだこりゃァ!」
「…動いてこないね。完全に石化してるよ」
煙の中から現れた氷塊巨人達は氷の鎧を除いて全て灰色の石像となっており、ピクリとも動かない。
その内の一体がバランスを崩して倒れると、音を立てて崩れてしまっていた。
「試作品ではありましたがァ、問題ありませんでしたなァ。それに耐性も無くて何より何よりィ、ですなァ」
「…ちゃんと説明なさい」
「まァ…そうですなァ、"石化榴弾"ォ、とでも言っておきましょうかねェ。あの筒の中にはァ、石化蝙蝠のフンを使ったァ特製の粉が詰まってましてねェ。埋め込まれた赤色魔石を押し込むとォ、中に入っている魔力結晶と反応して破裂ゥ、ン周囲にィその粉を煙のようにして撒き散らすってェ寸法ですなァ」
マクニールは使った道具の効果に満足している様子だが、そこにマリオンが説明を促すと、今度は更に得意そうに説明を始めていた。
「とりあえずは殲滅できたとして…クローディア、この先にも奴らが沢山いるんだよね?」
「ええ、沢山どころじゃ無いわ。洞窟全体から仲間を呼んだと思えるくらい、百はくだらないわよ?…このままいけば真正面からぶつかる事になるわね、迎え討つなら通路の方がいいかも」
道具の説明を続けるマクニールを他所に、フォルクはクローディアの歪送門に向けて通路の先の状況を尋ねていた。
クローディアの偵察に依ると、今の氷塊巨人は所謂斥候部隊であり、この先に本隊と言うべき集団が迫ってきているらしい。
「いえ、行きましょう。迎え討つ事は出来るでしょうがこの洞窟、入り口からの光を反射して視界が確保できているみたいです。日が傾けば一気に視界が悪くなるでしょうし、進める内に進んでおきましょう」
「ま、アタシも賛成ね。氷塊巨人単体は動きも鈍いしすり抜けて行けなくも無いと思うわ」
「…そうは言いますが、全員がすんなりと避けていけるか…。私やマクニールさんは流石にそう素早く動けませんわ。流石に百を超える氷塊巨人相手じゃ私でも捌ききれませんわよ?」
クリスが突破を提案するも重武装のアンリエッタが難色を示す。
幾ら氷塊巨人の動きが鈍いと言えど相手は巨人、踏みつけられるだけでも危険であり、群れに紛れて回避しようにも百を超える雑踏を回避するのは困難を極める。
身軽な四人については出来なくもないだろうが、重武装に身を包むアンリエッタと沢山の荷物を抱えるマクニールには非常に厳しい要求だ。
だがそこでレオが突如笑い出し、五人の注目を集める。
「ハッハッ、だったらすり抜ける必要を無くしゃいい」
レオの短絡的な発言に五人は一瞬首を傾げるが、マクニールがいち早くレオの考える事に気が付いた。
「…なァるほどォ、たしかにィ、この広さの通路なら行けますなァ」
「だろ?」
レオとマクニールだけが氷塊巨人の群れの中を突破する絵を浮かべていたが、他の四人については未だ二人の思い描く突破方法に考えが及ばない。
「ま、簡単な話が足並みが揃わねェッてんなら俺が引っ張ってやるッて話よ」
「引っ張るゥというのも違うとォ思いますがねェ」
「何でもいいさ。ま、聞くより見たほうが早ェだろ、っと」
レオはそう話しながら首から下げた真魔光珠に手をかけるとその手に力を込める。
すると、真魔光珠を握った指の隙間から光が溢れ、さらに彼の立派なたてがみを始め、全身の毛が逆立ち揺らめく。そして、真魔光珠の放つ光の中に彼が消えると、五人は激しい光に目を覆っていた。
真魔光珠の放つ光が収まり、目を覆っていた腕をおろすと、そこには白き獅子が立っている。
ふと見れば獅子の姿ではあるが、毛の代わりに全身を覆う鱗、鋭い銛の様に返しのついた白銀の角、そして翼を生やしており、獅子の様な姿でありながら龍の特徴も備えており、一瞬魔物とも思えるほどだ。
「レオ…さん?」
「説明は後だ、この姿燃費は最悪だからよ。とにかくさっさと乗ってくれッ!」
変わり果てたレオの姿にマクニールを除いた全員が驚くが、直ぐに彼の指示に従ってその背中に乗り込む。
全員が乗り込むと、レオは低い唸り声を短く発し、鼻息を荒げる。
そして前脚を広げて姿勢を低くすると、後脚で力強く氷の床を蹴り、洞窟の斜面を勢いよく降り始めていた。




