第百六十三話:隠密行動
「これはラッキーと言うべきだろうか」
天井の更に上から響いてきた振動に、詰所とも言うべき広間にいた氷塊巨人の大半が持ち場を離れて奥の通路へと消えてしまっていた。
その為、目の前の広間に残っているのは完全に眠ったままの氷塊巨人が二体、それと彼らが飼っているであろう魔物達ぐらいのものだ。
決して数が少ないと言う訳ではないが、それでも氷塊巨人の群れを相手にするよりは遥かにマシと言えよう。
「まだ通路を巡回してるヤツもいるだろうし、少し様子を見てから行ってみるか…」
身を隠し様子を見ていると暫くして通路を巡回していた氷塊巨人達が現れ、そのまま奥の通路へと消えていく。
あらかた通り過ぎたのを確認して、俺はふた振りの剣を抜き、広間へと飛び出していた。
「緊急事態みたいだけど…もう少し休んでてくれっ!」
投げつけた鎧通しが氷の地面に刺さると周囲に電撃の網が広がり、魔物達を次々に痺れさせていく。
特に鳥種の魔物には効果覿面であり、飛び立とうとした個体の殆どがその場で墜落し、行動不能に陥っている。
「…!?」
「起こされたり、呼び出されたら面倒なんでね…!」
突然の急襲に驚き戸惑う氷塊巨人に飼われた魔物達を次々に斬り捨てていく。
声を上げる間も無く魔物達は次々と倒れ、物言わぬ屍へと変わっていき、最初の電撃で気絶した魔物にもトドメを刺していった。
「さて、あとは…」
視線の先には大いびきをかいて眠ったままの氷塊巨人、その横で俺は銀の剣に魔力を纏わせると氷塊巨人の首にその切っ先を当てがった。
「恨みは無いけど邪魔される訳にもいかないし、挟み撃ちになるのは御免だからな」
「ヴォッ…!」
土属性の魔力によりダイヤモンドの様な煌めきと鋭さを持った剣が氷塊巨人の喉笛を搔き斬り、叫び声を上げる間も無く息を引き取る。
もう一体の氷塊巨人も同様にして首を刎ねた俺は、直ぐに地面に刺さる鎧通しを回収して奥の通路へと駆け込んだ。
通路の先は幾つもの分岐があったが、氷塊巨人達の足跡は全て同じ方向へ伸びており、脇目も振らずに俺はその足跡を追っていくと、再び広間へと辿り着き、立ち往生している氷塊巨人達が右往左往していた。
様子を見るに、先程の振動の影響で崩れた氷塊が通路を塞いでしまったらしく、その氷塊を運び出している様だ。
「道を開けてくれるのを待った方が賢そうだな。流石にあれだけの数をまともに相手にするのは自殺行為だ…」
広間に取り残されている氷塊巨人の数は百を超える。
急襲をかけたにしても直ぐに奥の氷塊巨人に気付かれて取り囲まれてしまうのがオチだろう。
数の暴力ならば既にヘレ氷原の殺人兎で嫌という程味わっている以上、それ以上に個体の能力が高く、数も多い氷塊巨人に無理に挑む気は起きない。目下の目標はこの洞窟からの生還が最優先だ。
それから半刻を過ぎた辺りで氷塊巨人達が少しずつ通路の中へと進み始める。
どうやら通路を塞いでいた氷塊がある程度取り払われ、進路が確保されたのだろう。立ち往生していた氷塊巨人達が通路の中へと吸い込まれ、徐々に広間を埋め尽くしていた群れは疎らになっていった。
「よーし行ったか…、じゃあそろそろ俺も追うとするか」
広間から氷塊巨人達が去り、伽藍堂になった広間の奥へと進むと、行き先である通路の奥から一体の氷塊巨人が戻ってくる。
「ヴォガッ!?」
「まずい、鉢合わせに…このォッ!」
障害物の無い広間では隠れる場所など無く、鉢合わせになった氷塊巨人と視線が合ってしまう。
そしてその瞬間、戦闘は最早避けられないと悟った俺はすぐに剣に魔力を纏わせてかまいたちを放つ。
狙いは氷塊巨人…の出てきた通路の真上の壁面、かまいたちが壁面となっている万年氷を砕くと、また崩落を起こして通路を塞ぐ。
「ヴォッ、ヴォガァッ!」
「さぁ、"看守"の力を推し量らせて貰おうか!」
剣を抜いて走り込む俺に氷塊巨人の拳が降ってくる。
動きは鈍いが巨大な腕から降り降ろされる拳はしっかりと回避しなければ避けられそうに無いし、まともに受けても受け切れはしないだろう。選ぶ手は回避か、受け流すかだ。
「おっと、触るわけにはいかなそうだ!」
迫ってくる拳が氷を纏う。同時に周囲に冷気を生じさせている様で、拳が近付くに連れ、切り裂く様な痛みを伴う冷気が頰を掠める。
「ヴォオオッ!」
「…がら空きっ!…硬ッ!?」
氷を纏った拳が地面に突き刺さり、直撃を躱した俺は銀の剣を振りかぶって氷に覆われたままの腕に斬りつけるが、その強固な氷に阻まれてしまう。
更に地面に打ち付けた氷に亀裂が入り、徐々にささくれ立ち、弾けんばかりに震えていた。
「…マズいッ!」
ささくれ立った氷の籠手が砕けると散弾の様に弾けて周囲の壁に突き刺さる。
氷の籠手が弾ける寸前、後方に飛び退き身体を捻って散弾の隙間を抜けていた。
「フーッ…危ない危ない…。…ッ!?」
全て躱していたと思っていた氷の散弾だが、その一発が左足首に刺さっていた。
傷の痛みこそ無いが、氷の散弾が刺さった足に感覚が無い。超低温の氷の散弾が俺の足を凍て付かせ、感覚を失わせていた。
そしてそんな自身の状況を気にしている内に氷塊巨人が大きく息を吸い込んでいる。
「ヴォー…」
「吐息かっ!?」
息を吸い込んだのを確認した瞬間、剣に魔力を纏わせて炎を宿らせる。
回避は間に合わない、対抗する他生き残る術は無い。
「来る…!やってやるさ…!属性斬・噴火炎ッ!」
大きく吸い込んだ息を勢いよく吐き出す氷塊巨人に対し、炎を纏わせた刃を氷の地面に滑らせる。
その刃を振りかぶり、迫り来る氷の吐息に対して地面に剣を打ち付けると、刀身から炎が吹き出し巻き上がった炎が氷の吐息とぶつかり相殺し合い、押し返された熱気が此方側を一時的に包んでいた。
此方側に篭った熱気が凍て付いた左足の氷を溶かすと、再び左足に感覚が戻ってくる。
「よし…これで動ける、…と、何だ!?」
左足に感覚が戻り動き出そうとした矢先、足元から霧が発生すると瞬く間に広間を包む。
氷の吐息とぶつかって返ってきた熱気が洞窟を包む氷によって急激に冷やされた所為だろう。相手に比べてかなり小柄な此方としては好都合だ。
「ヴォッ!?ヴォッ!?」
はっきりと見えている訳では無いが、氷塊巨人は視界を奪う霧が突然発生した事に驚き、また此方を見失なった事で混乱しているらしい。
辺りをキョロキョロと見回しているが、足元かつ死角に飛び込んだ俺には気付いていない様だ。
「人の形をしているんなら、ここから切り崩せばッ!」
銀の剣が氷塊巨人の踵のやや上、人間で言う所のアキレス腱を深く切り裂くと、大きく蹌踉めく。
だが片足で踏み留まると、腱の切れた足を持ち上げていた。
「もう一丁ッ!」
片足を持ち上げて俺を踏み潰すつもりだったのだろうが、時すでに遅しだ。
動きの鈍い氷塊巨人が踏み付けてくる前に、もう一方の足の腱も断ち切る。
両足の腱を切られた氷塊巨人は支えを失い、持ち上げた足を見当違いの床に打ち付けると、そのまま仰向けに倒れ込んでしまった。
「危ない危ない…押し潰される所だった」
氷塊巨人が轟音と共に倒れ込むとその風圧で霧が晴れ、傍に退避していた俺と氷塊巨人の目線が合う。
氷塊巨人はまだ諦めてはおらず、俺を逃すまいとその左の巨腕を伸ばして捕まえようとしてきていた。
伸びてくる指に氷は纏っていない、完全な素手だ。ならば刃も通る。
「素手なら何も怖れる事は無い、せあァッ!」
「ヴォッ!?」
銀の剣で斬りあげ、伸びてきた手の指を親指を残し、四本の指を纏めて落とす。
掴み損ねた手が空を切ると、鎧通しを投げ付け、それを足掛かりにして氷塊巨人の腕を駆け上がり、胴体へと飛び移った。
氷塊の様な氷の鎧の上に立つと、今度はその首目掛けて俺は走り出していた。
「ヴォォオオッ!」
走り出した俺を止めようと氷塊巨人の右腕が氷を纏わせて降ってくる。
氷の籠手が何度も何度も打ち付ける度に破片となって飛んで来るが、最初の一撃の様な力を込めたものでは無い為、その破片は少なくよく見れば十分剣で弾ける程だ。
氷の鎧の腹甲部分を抜けた瞬間、スピードを落とすと目の前の胸甲部分に氷の籠手の拳骨が落ちてきた。
弾けた氷の破片を剣で受け、大きな右手をすり抜けると目前に氷塊巨人の頭を捉える。しかし、氷塊巨人は息を吸い込み、吐息を吐きかける準備をして待ち構えていたのだ。
「今更止まれない、だったら…!|属性斬・水槌撃ッ!」
氷上を駆けている以上、ある程度の方向転換や減速は出来ても、急旋回や停止は利かない。使えるのは魔剣術だけ、ならばやる事は一つだ。
剣に魔力を纏わせて胸甲を滑りながらその魔力を解放しながら振り下ろす。
剣から滲み溢れた水が水柱となって剣と共に氷塊巨人の鎧の胸甲に叩きつけると、吹きかけられた吐息によって太い氷の柱となり、その陰で氷の吐息をやり過ごす。
そして勢いそのままに氷の柱を蹴ると、傾いて氷塊巨人の顔面目掛けて倒れ込んだ。
氷の柱が倒れ、氷塊巨人が怯むと吐いていた氷の吐息も止まり、その一瞬の隙をついて倒れた氷の柱の根元を踏み切り、氷塊巨人の首目掛けて飛び込んだ。
「ヴォ…!」
「遅いッ!」
氷塊巨人は再び吐息による攻撃を仕掛けようとするも、既に俺は眼前に迫っていた。
そして氷塊巨人が息を吸い込んだ瞬間に銀の剣が氷塊巨人の首へと届く。
「ヴォォッ…ヒューッ…!ヒューッ…!」
剣の根元から斬った訳ではない為、両断とはいかなかったが、その切っ先は氷塊巨人の首を中程まで斬り裂いており、その斬り口から先程吸い込んだ吐息が漏れ出し傷口から溢れる青い血を凍らせていた。
「ヒューッ…ヒューッ…!」
転がってうつ伏せになり、氷塊巨人が伸ばした手が俺の目の前まで伸びてくる。
だが動く事も出来ず、喉を斬られて息を吸う事も出来ない氷塊巨人は程なくして力尽き、腕を下ろした拍子に小さな地響きを立てていた。
身体に纏わせていた氷の鎧も、氷塊巨人が力尽きると同時に霧の様になって消え失せる。
「血が青いから魔物なのは間違いないけど…、こうしてみると亜人種って人間と見た目はそう変わらないんだよな…。ただ魔術は使えない筈なのにこうやって氷の鎧を生み出せたり、氷の吐息を吐き出せるあたりは魔物ならではの特殊能力見たいなモンなんだろうな…」
この看守の洞窟内もヘレ氷原と同様、身体から直接魔術を放つ事は出来ない。
こういった魔術に近いものはどうやら個体や種族による特殊能力と言うものだろう。
加護の力も特殊能力と言えるが、大半の人間は加護の力を持っておらず、人間と呼ばれる種族でも魔族や獣人族は特異な能力を持つが、人族はそう言った能力を持ってはいない。
そう考えるとつくづく人族がこの世界の大半を占めており、他の種族に屈する事なく、世界の半分で栄華を極めているのが少し不思議に思えてきた。
「ま、今はそんな事考えてる場合じゃないな…。道を塞いだ瓦礫をどうにかしないと…」
氷塊巨人が通れる程の通路を塞ぐ氷塊の山。幾ら鍛えて力を付けたと言ってもとても運び切れるものではない。勿論頼るのは魔剣術だ。
二度の崩落で万年氷床の地盤が脆くなっているのは間違いないだろう。加減ややり方を間違えれば更なる崩落を招くだろうし、派手にやれば行き過ぎていった氷塊巨人達を呼び戻してしまうだろう。
「うーん…これでいってみるか…。よっし…」
力尽きた氷塊巨人の腕に刺さったままだった鎧通しを引き抜き、氷塊の山の前に立つ。
俺は右手に持つ銀の剣と左手に持つ鎧通しに異なる魔力を纏わせ、目を閉じて集中し始めた。
「…行ける、大丈夫だ。…大丈夫、俺ならできる」
両手に持つそれぞれの剣に纏わせた魔力を解放し、銀の剣から炎を、鎧通しから冷気を放たせ、念じる様に、自身を奮い立たせる言葉を呟き目を開く。
「行くぞっ!属性斬・溶熱刺ッ!」
熱を帯びた銀の剣が氷塊の瓦礫に突き立てると、その熱が氷塊を溶かし穴を開ける。
それと同時にバランスを崩した氷塊の山が破片を零して崩れようとし始める。
「…と、属性斬・漏冷剣!」
銀の剣が溶かした氷を直ぐに鎧通しから放った冷気で冷やし、溶けて水になった部分を再び氷に変え、崩れようとする氷塊の山を補強する。
それを繰り返して氷塊の山をくり抜き、最後に薄くなった氷の壁を蹴ると、崩れた先が奥の通路へと繋がった。
「よし、うまくいった!…上が少し騒がしいな、さっきの振動といい…何か起こってるんだろうか」
瓦礫の山を抜けた瞬間、小さな振動と氷塊巨人達の唸り声が繰り返し聞こえてくる。
何かが起こっているにしても、氷塊巨人達が此方をそっちのけにしているならば此方としては好都合だ。
この洞窟の主、"氷鎧巨人"の事は気掛かりではあるが、もし出逢わずに済むならばこの騒ぎに乗じて一気に脱出を図りたい所。
少しばかり魔素は消費したが、大きな怪我も無いし余力は残している。加えて超越の加護もまだ温存している為、まだまだ休憩は必要無い。
看守の洞窟がまだどれだけ続くかは判らないが、入り口から見上げた崖の高さから判断するに三割以上は進んだものだろう。
俺は再び地吹雪が吹き込んで積もった雪の斜面を駆け登り始めていた。




