第百六十話:作戦会議
「拙者の役目もこれまでだな。クリスティン殿、それに皆、あとは其方等の問題故、拙者はこれにて失礼する。無事を祈って御座るよ」
センゾウはそう言って手を振りながら、羽織った着物を棚引かせて雪の降る中、自身の仕事へと戻る。
その背中を見送りながらクリスとアリーシャは深々と頭を下げていた。
「さて、場が落ち着いた事だし作戦会議といきましょう。アンリから一通りは聞いてるわ、一旦はアタシとアンリがまとめ役、クリスもこっちね。皆は一度話を聞いてから質問を受け付けるわ。いいわね?」
「クリスさんからも何かあれば補足をお願い致しますわ」
「はい、お願いします、アンリさん、マリオンさん」
場が静まったタイミングでマリオンが手を叩き、全員の注目を集めると、自ら会議のまとめ役を買って出る。アンリに関しては自身の部下であった事から補佐役に、クリスに関してはセオドアからの手紙を受け取った本人であることから補足説明の為に自分側へと指名をする。
何だかんだと騎士団の五百人の隊員を纏めて来た事や任務における作戦立案をしてきた立場だけあって慣れたものだ。
それ故にマリオンはクリス、アンリ、アリーシャ以外とは初対面にも関わらず、誰からも文句を受けることは無かった。
「本来セオが戻ってくると指示してたのが今日、まぁ二、三日は遅れるものとして、それまでにセオが戻って来なければこのまま出発ね。目標地点であるヘレ氷原はここ。ただしこの地点にたどり着くには看守の洞窟を通る必要がある。そうだったわね、アンリ?」
「ええ、街の人々から得た情報ではここで間違いありませんわ。ただし問題は街道から離れた位置、この季節ではまさに道無き道を進む必要がありますわね」
マリオンはテーブルに広げたルミネシアの地図に石とペンを走らせ、セオドア、ヘレ氷原、看守の洞窟の入り口といった場所を示していく。
「ここまでで何かないかしら?あったら挙手をお願い」
進路についての指針が取れた所でマリオンが全員に意見、質問を求めるとマクニールが手を挙げていた。
「この場所であればァ、何度か近くを通った事がァありますなァ。それにレオさんと向かった白蛇の大顎とも近いィ。案内役はァ、私が務めましょうともォ」
「了解、じゃあ案内役はマクニールに任せる、とりあえず道中は問題はクリアとして…、ここからが本題、クリス、看守の洞窟及び、ヘレ氷原の情報がセオからの手紙にあったって話よね? 今一度確認の為に全員に伝えて頂戴」
「わかりました、では…」
クリスは予めアリーシャから返して貰っていたセオドアの手紙を広げ、看守の洞窟とその周辺の取り巻く環境について説明を行った。
その内容をまとめるとこうだ。
──洞窟に存在するのはSS級を超える魔物
──魔術としての魔術は使えない
──但し、物理的な攻撃に魔力を纏わせた所謂魔剣術については行使できる
──また、魔導器から放つ魔術に関しても問題なく行使できる
──そうさせているのは反魔石と呼ばれる鉱物が原因
「…以上ですね。何か質問や補足、ありますか?」
クリスが周囲に尋ねるとまたもマクニールが手を挙げる。
「SS級を超える魔物ォ、それについては私もォこの国に生きている為にィいくつか聞いたことがァ…ありますなァ。確かァ…"氷鎧巨人"とか言う魔物ォ…でしたかなァ。なんでもォ洞窟に棲む"氷塊巨人達を従え、洞窟に迷い込んできた者を逃がさないのだとかァ…。詳細は分かり兼ねますがァ、氷を操るとだけは聞いたことがありますなァ」
「ま、だろうな…。だとすりゃァ俺は純粋に殴り合うだけだわな」
マクニールが看守の洞窟に棲む魔物、"氷鎧巨人"の件について話すと、レオは小さくため息を吐いた後に、右手に作った拳を左手でしっかりと掴む。
「正直な所を言えばもっと情報が欲しいところではあるけれど…これだけあれば上々ってトコね。何も無いのに比べたらだいぶやりやすいわ」
「ですわね。次は洞窟に侵入するメンバーですが…」
「そうね…、SS級の魔物相手に対抗でき得る人間、なおかつ魔術以外の攻撃手段がある人間か…、正直に言って頂戴、自信が無い人間は挙手して」
直接的な言い方だがマリオンは声の抑揚を抑えて真剣に訴える。
実際の所、彼女自身も相手がSS級の魔物では戦力にならない人間を護り抜ける程の余裕は無いと言う判断だ。
そして彼女が周りを見回すと手が二つ挙がっているのが見える。──クローディアとアリーシャだ。
「正直前々から考えてたけど私は洞窟までは入れないわ。白兵戦なんて出来ないし、魔術が使えないんなら私はお手上げ。足手まといになるくらいだったら行かない方がいいわ」
「私も正直な所、力の限界と言うものを感じておりまして…、私ではもうお力にはなれないでしょう。出来る事は皆様の無事を祈ることしか」
「ん、わかったわ。私としても自信の無い人間を無理に連れて行って死なせたりしたら寝覚めが悪いからね…。看守の洞窟に侵入するのは私とレオ、クリス、アンリ、フォルク…それとマクニールさん、アンタも行くのね?」
看守の洞窟の攻略を辞退した二人とは別にマリオンはマクニールにも確認を取る。
マクニール自身、戦闘は特別得意と言う訳では無いが、彼は共に攻略に臨むつもりの様だ。
「ええェ、確かに私ィ、皆さん程戦闘に自信があるわけではァありませんがァ…、魔術が使えないと言う事は治癒魔術も使えませんからねェ。それに私の場合ィ、魔砲がありますからァ、皆さんの支援と言う形でェ協力させて頂きますゥ。ま、せいぜい皆さんの足手まといにならん様ゥ、働かせて貰いますともォ」
「あー、それについちゃ俺が保証する。青龍を仕留める時にゃ随分頼りにさせて貰ったからな。マクニールの背負ってる鞄の中にゃ冒険に役立つ道具が色々詰まってるんだ、霊薬にさっき言ってた魔砲、食料もろもろ、自衛もある程度できるから連れて行って損は無ェ筈だ」
レオの推薦もあり、マリオンは"わかった"と小さく頷く。
騎士団にいた時でも彼女は入団当初、まだ部下を従えていなかった頃はまさに力押しで魔物や賊を撃破していたが、部下を従え、さらに部下を動かす立場になった事で弓による射撃や治癒と言った支援の重要性をよく理解していた。
「六人…ですか」
「まぁ多過ぎず、少な過ぎずって所ね。洞窟の攻略なら妥当な人数よ」
「後は隊列ですわね」
攻略に臨む人員が決定した所でマリオンは六個の石を手に取り、隊列通りに並べて行く。
「基本陣形はこう、三・一・二ね」
マリオンが石にペンで各自の名前を入れる。
前衛にはレオ・アンリエッタ・マリオンが、後衛にはマクニールとフォルクが配置され、その間にクリスが入っている。
「まずは前衛ね。中央はアンリ、いつも通り敵の攻撃を受け止めるのが仕事よ」
「心得ましたわ」
「で、次に右翼と左翼がアタシとレオ、アンリが引き受けた敵を捌くのが仕事ね」
「任せな」
「ど真ん中はクリスね。アタシとレオが主立って敵を攻撃するけどクリスはそのバックアップ。討ち漏らしは任せたわ」
「了解しました」
「後衛はマクニールとフォルクが担当よ。マクニールは基本は待機、いつでも動ける様にしておいて。やばい時は躊躇わずにぶっ放していいわ。フォルクは弓で前衛の援護、それと半長耳種の能力を活かして周囲の警戒と索敵を頼むわね」
「承知ィしましたァ」
「ああ、了解だ」
「あとは基本以外の陣形ね、例えば…」
マリオンは事前に一通り、各人の能力や技能をある程度把握しており、テキパキと基本陣形からあらゆる状況に対応できる陣形を全員に叩き込む。
連戦が予想される上に強敵との戦闘も予想できるのならば各人がバラバラに戦うよりも一丸となって動く方が確実かつ安全に戦闘をこなせる。それがわかっているからこそマリオンはリーダーシップを以って騎士団の戦術をこのパーティーに教え込んでいた。
「あとは実際にやってみるだけだけど…これは実際に動きながら覚えるモンね。出発は三日後、その間とあとは看守の洞窟へ向かう途中で仕上げればいいわ」
「それまでに準備も済ませる必要がありますわね」
「その点については私とクローディア様で準備致しましょう。看守の洞窟までも我々もお供致します」
「それに私に関してだけ言えばもしかしたら手伝えるかも知れないしね、とりあえず早速取り掛かるとするわ」
「でしたらァ…、これをォ。大抵のものは揃うはずですゥ。それと一緒に書いたものをォ受け取ってきてェ頂きたいィ、宜しくお願いィ致しまァすゥ」
マクニールがアリーシャとクローディアに渡したものは自身の商会への紹介状と彼が必要なものを記したメモだ。
「赤色魔石弾に…赤色魔晶弾ね。わかったわ」
「では行って参ります」
アリーシャとクローディアがギルドを出て準備に向かうと、残った六人も早速ギルドを後にして陣形の確認に向かう。
セオドアが戻って来るのなら不要な訓練だが、彼が戻って来る保証はどこにも無い。
既に全員、彼が戻って来れない事を前提に考えていた。
ーーー
「準備は済んだか?」
「ええ、一通りは。レシピは置いておきますから、今度はライアンさんが自分で作ってみてください」
「フフ、今後はあれを口にする度にお主の事を思い出す事になろうな」
旅の準備が整い、俺は今まさに三年間、ライアンと共に過ごした小屋を発とうとしていた。
流石に街では無い為、それ程十分とは言えないが、防寒着や寝具、どうにか調達できた武具の手入れの為の道具、野生の薬草を調合した薬、食料などを一通り鞄に詰め終わり、それを背負う。
小屋を出るとライアンは斬空鷹のタニスを肩に乗せて自身も外に見送りについて来る。
「…こうなると名残惜しいものだな」
「ええ…。ですけど、待っている仲間達がいますから。いつまでも此処に居る訳にもいきません。タニスも、今日でお別れだな」
「クェ」
「ふふ、そうだな…。…おっと、一つ忘れておったわ。少し待っておれ」
別れを惜しむ途中、ライアンが何かを思い出して物置きへと向かう。
しばらくすると古びた布に包まった棒状のものを取り出して此方へ戻ってくる。
「セオドアよ、確かお主、二刀を操れるのであったな?」
「ええ、…と言ってもここに流れ着いてからはずっとこの剣一本ですけどね」
「だったらこれは餞別だ、持って行くがいい」
唐突にライアンから二刀を扱えるかと確認され、それに頷くと、ライアンは包まった布を取り、その中身を渡してきた。
ライアンから渡された物は刃渡りの短い細身の十字架の様な突剣、所謂鎧通しと言われるものだ。
鍔と刀身の交差する部分には紋章が刻印されており、鞘から抜くと燻んだ銅の様に鈍く輝く錘状の刀身が姿を現した。
「古びた銅に見えますけど…、違いますね」
「うむ、その刀身は倅、ユークリウスが魔術で生み出した特殊な金属で出来ておってな、魔剣士であるお主とは相性も良かろう」
少しだけライアンから受け取った鎧通しに魔素を注ぐと想像以上に勢い良く流れ込み、俺は慌てて魔素を注ぐのを止める。
「っとと…!確かにこれはっ…!」
「わはは、その剣は儂がここに旅立つ前に倅がくれたものでな、儂にはちと小さ過ぎるから御守りのようなものだ」
「いいんですか、そんなものを」
「剣は使われてこそ、だ。儂よりお主が使うに相応しい。それと、看守の洞窟を抜けてテラービブに向かうのであれば程なくティムナトの街に着くであろう。そこに儂の倅が暮らしておる。もしルミネシアで本当に困った時は頼るといい。気難しい奴ではあるが、その剣を見せればきっとお主の力となってくれるであろうよ」
ライアンはそう言うと南西の空を見上げ、少し感傷に浸っている様に見える。
何か理由があってこの地に留まっている様だが、終ぞその理由について話してくれる事は無かった。
だが話したくない事の一つや二つ、誰にもある事だ。だから俺は彼にそれ以上尋ねる事はせずにいた。
「じゃあライアンさん、俺はそろそろ行きます。三年間、お世話になりました」
「うむ、本当は看守の洞窟を抜けるまで送っていきたい所ではあるが、…儂はこの地に止まらねばならん。息災でな、孫が出来た様で嬉しかったぞ」
「ええ、ライアンさんも、タニスも、またいつか!」
「クェーッ!」
用意していた防寒着を羽織り、ライアンに手を振りながら風雪舞う氷原に足跡を刻んでいく。
腕を組んで手を振って返す大柄なライアンの姿も、羽を散らしながら翼を広げるタニスも、すぐに雪の中へと消えていった。
ーーー
「さて、と…。またここも寂しくなるな、タニスよ」
「クェッ」
「ふふ、"私がいる"、とでも言いたそうな顔だな。だが一つ、お前に頼みたいことがあるのだ」
姿の見えなくなったセオドアを見送り終え、ライアンはぽつりと溢すと、小屋へと戻り、紙をテーブルに置く。
そしてペンを滑らかに走らせると一枚の手紙を認める。
自身の名前、"ライアン=ヨシュア=ティムナト"と手紙に署名すると、その手紙を筒に入れ、タニスの脚に括り付けた。
「タニスや、これを頼むぞ」
「クェッ!」
四枚の翼を広げ、タニスが雪の空へ舞い上がると、ライアンは揺り椅子へと腰掛けて天井を見上げていた。
「…もう一度、お前はこの地に来ることになろう。それまで儂は生きておるかな…。"創造神の神子"よ」




