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第百五十九話:結集

 「しっかし…防具ってのァ、イマイチしっくり来ねェんだよなァ…」

 「と言ってもォ、ヘレ氷原を目指すならァ看守の洞窟を抜ける必要がありますからなァ。正直不十分にも程があるくらいとォ…思いますがねェ」


 ティムナトからテラービブへと向かう森林の雪道を進む途中、レオは両手の手甲を気にしながら不満を零していた。

 レオが身につけた手甲は討伐した青龍(ブルードラゴン)の骨を切り出して作られた名工の一品だが、今迄まともに防具らしい防具を身につけて来なかったレオにとって違和感しかないようだ。


 「折角用意してもらった手前悪いんだが…外していいか?」

 「これでもォかなり諦めたんですがねェ。本来ならァ全身身につけていただきたい所なんですよォ?」

 「へいへい…と…魔物だ、マクニール」


 生返事を返しながら歩いていると、レオは魔物の気配を感じ取り足を止める。

 姿はまだ見えないが、レオは鼻も耳も、勘も鋭い。マクニールはレオに魔物の接近を知らされると直ぐに棍棒(メイス)を手に取り身構えていた。


 「白狼(ホワイトウルフ)だな…ハァ〜ア、なんだ、つまんねェの…退屈凌ぎにもなりゃしねェ」

 「普通はァ…移動中に魔物に襲われるのは嫌がるモンですがねェ」

 

 あからさまに溜息をついて肩を落とすレオに対して、マクニールが呆れた様に零す。

 二人がそれぞれ異なる理由で溜息をついている間に白狼達は二人を囲む様に姿を現した。


 「ひいふう…多いですなァ」

 「足りねェくらいだよ。…強くなり過ぎるってのも考えモンだなァ…、来るぜッ!」

 「アオォーンッ!」

 「「ウォオォーンッ!」」


 群れのリーダーと思しき白狼が遠吠えを上げると、他の白狼達が一斉に遠吠えを返す。──開戦の合図だ。


 白狼達が周囲を駆けながら次々にレオやマクニールへ飛び掛かってくる。

 それに対してレオは両手の爪で、マクニールは棍棒を振り回して迎え討つ。


 「オラァッ、足りねェぞォッ!もっと来やがれッ!」

 「ほっ、とっ!…よっこら…、せェいッ!」


 レオに飛び掛かればその爪に引き裂かれ、マクニールに飛び掛かれば棍棒を振り抜かれ、森の奥へと弾き飛ばされる。

 二人に襲いかかった白狼達は瞬く間にその数を減らすと、リーダー格の白狼は分が悪いと判断したのか、踵を返して逃げ出そうとしていた。


 「おいおい、そりゃ締まらんだろォがよッ!」

 「レオさん、追う必要はァ…」

 「追わねェよ、でも逃す気もねェ…なッ!」


 レオがその右手に魔力を集中させて振り抜くと、生み出された太く長い氷柱が逃げ出す白狼に向かって飛んでいく。

 氷柱は一直線に逃げる白狼を貫くと砕け散り、雪の様に消えてしまう。


 「…ま、こんなモンだな」

 「おォ見事ォ…」


 リーダーの個体が倒れると、白狼達は一目散に逃げ出す。

 レオは青龍を討伐した後も暫くの間、他の魔物を相手に新たに得た力の使い方を覚え、擬似的に魔術の様に氷を操る力を身につけていた。


 「魔剣士のそれを俺なりに再現してみたンだ、ちったァ様になってんだろ?」

 「全くゥ、驚かされますなァ。魔導器もナシにィ…あんな芸当が出来る獣人族なんてェ初めてですともォ。道理でェ折角用意したァ鉤爪も断った訳ですかァ」

 「へっ、そう言うこった」


 レオの見せた爪による擬似的な魔剣術に驚くマクニールの顔を見て、彼は白い牙を見せて笑う。


 「そういやマクニール、なんでついてきたンだ?」

 「釣れない事ォ言わないでくださいよォ? 言った筈ですがねェ、セオドア殿には以前お世話になったとォ」


 マクニールのついてきた理由を聞いてレオは呆けた顔を見せて虚空を見上げる。


 「あ、あァ、そういやそんな事言ってたなッ!」

 「…完全にィ、忘れてましたなァ」

 「そ、そんなこと無ェよッ!さ、早く行こうぜッ!他の奴らももう着いてるかも知れねェしなッ…って、わぶッ!」


 共に行動する理由すら忘れていたレオにマクニールが呆れ果てる。

 レオはそれを誤魔化す様に先を急ぎ始めるが、足元に倒れていた先程仕留めた白狼の死骸に躓き頭から雪の中へと突っ込んでいた。


 ーーー

 ーーー


 不浄の人花アンクリアネス・マンドレイクを仕留めてからフォルクとクローディアの二人は暫くの間、フォルクの故郷である長耳種の隠れ里に滞在していた。

 不浄の人花を討伐したからと言って瘴気の影響が直ちに消える訳ではなく、滞留していた瘴気は暫く残り続けていた為、二人は黒腐病に冒された人々の世話と後片付けに協力していたのだ。

 フォルクは周囲の調査、残った不死種の魔物の討伐、食料の調達を、クローディアは村の住人達の世話や治療に努め、少しずつ村は復興へと向かっていた。


 「フォルク、今日の治療は終わったわ。もうみんなそろそろ大した影響も無くなってきたわね」

 「ああ、こっちも一通り見回ってきたけどもう瘴気も薄くなってきてる。不死種(アンデッド)も殆ど見かけなくなったかな」


 大魔大陸の西部に広がるグリモア大森林、その一角にある精霊の大水郷はかつての美しさを取り戻しつつあった。

 周囲の枯死した木々はそのままだが、水は澄み、新たな緑が芽吹き、腐った土壌は再び肥え、それまで生息していた魔物達も戻ってきていた。

 荒れ果てていた長耳種の隠れ里もそこに住んでいた長耳種や半長耳種達が黒腐病から回復するとすぐに元の美しい姿を取り戻してゆく。


 「おーいフォルクー!こっちの瓦礫を片付けるの手伝ってくれー!」

 「ああ、すぐ行くよ!」

 「フォルク、私も手伝うわ」

 「クローディアさんもいるなら心強いな!…というか僕たちいらないかも」


 クローディアの闇魔術は力の弱い長耳種や半長耳種達にとっては頼りになる存在だ。

 別の種族にはあまり心を開かない彼らも同じ魔族であるクローディアに対してはおおらかに接していた。


 ーーー


 村の復興が進み、そろそろ集合地であるテラービブに戻る為、旅の準備を進めていると、二人は深夜に長老であるフォルクの祖父に呼び出されていた。


 「フォルク、クローディア殿、この二年余りの間、大水郷と村の復興に協力してくれた事に村を代表して感謝する。二人がいなければ大水郷もこの村も瘴気に呑まれて滅んでいた事だろう」

 「や、やめてよじいちゃん、それにこの村は僕の故郷だ、やるべき事をやった、それだけだよ」

 「そうですわ、エーベルハルトお義祖父様。不浄の人花が吐きだした瘴気、あれこそがかつて大魔大陸の南を死の砂漠に変えた黒腐病の根源。放っておけばこの村だけでは無く、大魔大陸全体を巻き込んでいた筈。私達、淫魔種(サキュバス)にとっても、この大魔大陸に生きる者にとっても無関係ではありませんわ」

 「…それでも、この大水郷で起こった事。二人には感謝しても感謝しきれぬよ」


 エーベルハルトは両の拳をついて深々と頭を下げるが、二人は頭を掻いて困った顔を浮かべていた。


 「…それはそうとじいちゃん、わざわざこんな時間に呼び出してどうしたんだい? ただお礼する為に呼んだって訳じゃないんでしょ?」

 「うむ。実はな、村の守人達がかつて精霊(アプサラス)のねぐらがあった泉の底にこんなものが沈んでおったのだ」

 「紫魔石に…中にあるのは魔術書ね」


 フォルクがエーベルハルトに呼び出した理由を尋ねると、彼は布に包まれた魔術書が封じられた紫魔石を取り出した。


 「見つけたはいいが、紫魔石は瘴気が作り出した魔石故、触れずにおってな」

 「成る程、私の出番というわけですわね。…失礼」


 クローディアがエーベルハルトから魔石を受け取ると、魔石に込められた瘴気を吸い出す。

 瘴気が吸い出されるに連れて紫魔石に亀裂が走り、やがて粉々に砕け散ると、封じられた魔術書だけが手元に残る。クローディアはそのまま魔術書を開き、目を通した。


 「どうだい、クローディア?」

 「…とんでもない魔術書ね。いい方と悪い方の魔術が記されてた。どっちから聞きたい?」


 とんでもない、と前置きしながら尋ねてきたフォルクにクローディアは戯けて見せる。

 魔術書に記されていた内容が内容だけにクローディアからすれば戯けたように話さなければまともに話すのも憚られる様な程だった。


 「…じゃあ悪い方から聞かせてくれるかい?」

 「一つ目に記されていたのは召獄門(サモンヘル)。術者に付き従う悪魔と呼ばれる魔物を召喚する魔術ね」

 「…禁術じゃな。大魔大戦の真の引き金となった魔術、かつて大魔大陸全土を支配していた大魔帝国、その各地を治めていた権力者達が勢力争いの為に濫用した結果、召喚された魔物達が暴走し大魔大陸全土が戦火に見舞われたという…。失われたものと思っておったがこの様な形で見つかるとはな」

 「そ、お義祖父様の話した通り。私も故郷の村で昔話程度に聞いてはいたけど、最終的には創造神様達一行がその殆どを滅ぼして、ごく僅かに生き残った悪魔も今や深く暗い迷宮の奥底って話よ。ただこの魔術書、誰が何の為にそうしたのか強力な保護がされてるから燃やすに燃やせないわ。…だからこそ封印されてたんでしょうけどね」


 話の内容こそかなり重い内容だが、クローディアはあっけらかんとして話をする。

 本来ならば存在すべきでない魔術書だが復活してしまった今、ある意味クローディアは復活してしまったものはしょうがない、そう捉えているのだろう。


 「そして今度はいい方の魔術ね。フォルク、ぶっちゃけた話になるけど、ここからまっすぐにテラービブを目指したとしてどれくらいかかるかわかってるわよね?」

 「ああ、早くて四半年、体良く魔獣車を拾えたとしても五十日はかかるね…約束の三年からは完全に遅刻、大遅刻だ」


 仲間達と約束している集合の日まで既に二十日を切っており、とてもじゃないが確実に間に合う状況ではない。

 フォルクは深刻な表情を浮かべているが、クローディアは真っ白な歯を見せながらニヤリと笑う。


 「そ、大遅刻よ。歩いていけば、の話だけどね。この魔術書にある禁術の一つに便利なやつがあったわ。縮地門(トランスゲート)って魔術なんだけど…」

 「ほう…、頭の中にある場所とを繋ぐ門を開く魔術だな…。かつて大魔大陸で猛威を奮った魔術、門の維持に膨大な魔素を使うものの、知った場所であれば城の中であろうと即座に兵を送り込めたという話だが…」

 「成る程、これならテラービブまで一瞬で着くって事か!」

 「そういう事、幸い魔術としての属性は闇だし、あとは私が完全に理解できれば問題ないわ。目を通した限りだけど今なら多分大丈夫、なんとなく理解は出来てるから十日で習得してみせる」


 クローディアはそう言って袖を捲り上げ、力こぶを作って自信がある事を表してみせる。


 「…そういえばこの魔術書…、最後に変な落書きみたいのがあったわね…」


 クローディアが魔術書を開き、最後の頁にある汚い字で書き殴られた一文を読む。


 ーーー


 この本の封印を解いちゃった人へ


 この本の中身はむやみに人に教えちゃダメだよ!あと封印できるなら読んだ後はちゃんと封印して人目に付かない所に必ず隠す事!守れない子はおしおきだからねっ!


        メルティナ・ブラックウイング


 ーーー


 「…何これ」

 「さぁ…」

 「これを書いた者の名は破壊を司る黒龍の神の名だが…」

 「どうみても子供の落書き…だね…」

 「ええ…でも本の中身が中身だし…、落書きの内容には同意だわ」


 子供が神の名前を騙っているのか、それとも本人の筆跡なのかは彼らにはわからない。

 だが禁術が記された魔術書である以上、その落書きの内容が紛れも無く事実であるのは判断できる。

 クローディアは後日、縮地門の魔術を習得した後に魔術書に封印を施し、人知れず大水郷の奥底へと沈めてその存在を隠した。


 ーーー

 ーーー



 「マリオン・カッパーフィールド五百人長、以下二名ただいま到着しました!…で、任務って?」

 「やあマリオン、それとアンリエッタ君に…ミストラル君だったかな。わざわざご足労頂いて済まないね」

 「なんか…俺の場違い感がハンパないンスけど…」


 マリオン、アンリエッタ、ミストラルの三人はトリスタンに任務の通達という事で騎士団長トリスタンの執務室へと呼び出されていた。


 「場違いなものか、今回君達に頼みたい任務は視察の同行さ。目的地なんだけど、大魔大陸は魔導連邦ルミネシア、その国立魔導学校だ。聞いたことくらいはあるだろう?」

 「そりゃあアタシは向こうの生まれだしね」

 「ま、流石に余程の田舎モンでもなきゃ聞いた事くらいはあるッスね」

 「アンリエッタ君も大丈夫だね?」

 「勿論ですわ。魔導連邦最大規模の魔導学校で諸国からも魔術師のみならず、魔剣士や魔導器技師も集まる学校ですわね。学生は魔導連邦出身者ばかりで無く、諸外国から入学を志願する者も多い。昨今ではマクシミリアン帝国出身の学生も多いのだとか」


 アンリエッタは訓練や任務の合間に大魔大陸の事について色々と調べており、一通りの地理や歴史については調査を済ませていた。


 「うん、よく調べてるね。さて本題に移ろう。今アンリエッタ君が話した通り、ルミネシアの国立魔導学校には帝国の学生も多い。詰まる話が帝国も魔術の研究を急いでいると言う事だ。現在は同盟を結んで共栄をお互いに謳っている訳だけど、王国と帝国の力関係が拮抗してるお陰だと言うのは話すまでもないよね?」

 「ああ、なるほど。帝国の魔術の研究が進めばその力関係が崩壊、帝国が一方的に同盟を破棄して戦争になるかもって話ッスね?」

 「あらミストラル、今日は鋭いじゃない」

 「へっへー、伊達に五十人長やってないッスよ。…とか言いながら、隊長のおかげなんスけどね」


 ミストラルもアンリエッタの副官と言う事で、アンリエッタについて回り大魔大陸の事について調べているついでにヒルデガルダの周辺事情についても個人的に調べていたようだ。

 アンリエッタが上官として配属された当初はそれこそチンピラ上がりと言っても過言ではなかったが、今ではそういった情勢にも明るくなり、彼も一部隊長として立派に務めている。


 「単純に言えばその通り。だから王国からも魔導学校への入学者を輩出したくてね、今回はその前準備としての視察という訳だ。メンバーはここにいる四人とミストラル君、君の部下五十名で出発は三日後だ、しばらく戻れなくなるからそのつもりで宜しく頼むよ、以上だ」

 「「了解ッ!」」


 四人はお互いに敬礼すると解散し、各々がその準備に取り掛かる。


 トリスタンはいつも通りに残っている書類の整理、そしてオスカルに引き継ぎを済ませ、マリオンは不在中の隊の再編成で、ソニアに代理を任せる事とした。

 また半数がいなくなるアンリエッタ隊とソニアが五百人隊長の代理になる関係で隊長不在となる彼女の隊については等分して残りの隊へと配属される方針を取るようだ。

 アンリエッタはと言うと、ミストラルと共にマリオン隊の面々に挨拶を済ませ、各々視察の旅へ臨んでいた。


 ーーー


 視察の旅に出てから大魔大陸への船の中、到着まで数日と言うところでアンリエッタはトリスタンに呼び出されていた。


 「…さて、一応君の父、故イドロシス卿から話は聞いているよ。約束の期日、だったよね。まぁ今回の視察に君をメンバーに加えたのはその為ではあるんだけど」


 トリスタンはアンリエッタが騎士団に戻ってきたその事情については既に故人となった父イドロシスから説明を受けており、今回の視察団にアンリエッタが加わっているのはその為だ。

 丁度到着する頃がアンリエッタが大魔大陸を出て三年、約束の日に間に合う形であり、トリスタンはイドロシスとの約束、アンリエッタの希望に沿う為にこの視察を前々から王国へと進言、提案を続けていたらしい。


 「トリスタン騎士団長、心遣い感謝致しますわ」

 「ああ、気にしなくて構わないよ。もともとは君のお父上と交わした約束だからね、優秀な人材を手放すのは惜しい所だけど、ミストラル君達を一人前の騎士に育ててくれたからそれでチャラさ。ま、かけたまえよ。お茶くらいは付き合って貰ってバチは当たらない、そうだろう?」


 トリスタンは直立不動で立つアンリエッタの肩に手を置き席に着かせると、自身でポットを手に取り紅茶を淹れると、カップを彼女の前に差し出した。


 「さて、と…こうして腰を落ち着けて話すのは初めてかな」

 「そうですわね。父の口添えがあったとは言え、かつて無断で騎士団を抜けた私をすんなりと迎え入れて頂いた事には未だに驚くばかりですわ」

 「はは、確かにね。まぁ団の首脳達も苦い顔はしていたけど、君のお父上には私も随分世話になったものさ。そうだな、その恩はこの場のお茶受け話で返す、って事でどうかな?」


 トリスタンは静かに紅茶を口にすると子供の様な無邪気な笑顔を作って穏やかにそう話す。

 本来、脱走した騎士を再び団に戻すなど極めて異例中の異例であるが、アンリエッタが名門グリーングラス家の出自である事とトリスタンの権限で無理矢理押し通した事は明白であり、彼自身かなりの迷惑を被った事は間違いない。

 それでも彼は実質恩に着せるでも無くアンリエッタを受け入れたのだ。彼女にとっては感謝しても感謝しきれないほどの恩を受けていた。


 「では…何の話に致しましょうか」

 「そうだな…。甥の、セオドア君の話なんかどうだろう? 私の兄、アルフレッドは隠居の身でね。直接会うわけにも行かなくて甥がいる事は知っているけれど実際にあった事はないんだ。それに彼の話なら君も沢山引き出しがあるだろう? 名前は出さなかったけれどイドロシス卿からそういった旨の話で聞いていたからね。彼も本当の所を言えば孫の顔を見たかった、そんな所じゃないかな」


 トリスタンはそう言って紅茶の入ったカップをソーサーに置くと、ニヤリと口を歪ませた。

 アンリエッタはと言うと遠回しに、直接的に、要するに恋話を聞かせて欲しいと言うトリスタンの要求にはにかみながら話を始める。

 ポットの中の紅茶が全て無くなり、一通りを話し終えた頃、船室の扉が開き、マリオンが入ってきた。


 「戦闘じゃ結構思い切った事するのに恋愛については随分慎重じゃない? 団長、遊びに来たわよ」

 「あらマリオン、貴女の場合、恋愛のレの字も聞きませんわ?」

 「まぁまぁ二人とも、全く…折角こうして美女と二人きりでお茶を楽しんでいたんだが」

 「あらアタシじゃ不満?」

 「滅相もない、麗しき五百人隊長殿」


 トリスタンは苦笑いしながら顔を迫らせるマリオンに手を揺らす。

 マリオンは黙ってさえいれば小麦色の肌を持つ可愛らしい少女の容姿であり、彼の表現は強ち間違いでも無いが、気が強すぎる事が災いして恋愛とは縁遠い。


 「ぷっ…フフッ…」

 「あ!アンリ!アンタ今笑ったわね!?」

 「ほら、最近はずっと隊長モードだったろう?アンリエッタ君も久々に君の素顔を見れて安心してるのさ」

 「フフフッ…ええ、その通りですわっ」

 「そりゃ立場が立場だしアタシだって顔ぐらい使い分けるに決まってるでしょ!…ま、でもここ(・・)だけは本当に素を出せるってのは確かかしらね。さて…と、洗いざらい話して貰おうかしら、あれからアンタらの仲がどんだけ進展したのかをね。アンリィ〜?」

 「う…そう迫られると恥ずかしくなって来ましたわね…」


 笑っていたのも束の間、マリオンは話を戻し、アンリエッタにセオドアとの関係について顔を迫らせて訊ねる。

 トリスタン相手では軽く話せると考えていたアンリエッタもマリオンが加わってしまった事で頰を赤らめてしまっていた。


 ーーー

 ーーー


 「まだ来ないわね…」

 

 約束の三年、その十日前からクリスは毎日ギルドに通い、独りで仲間達を待っていた。

 ギルドの中にはクリスを除くと、マスターのゴードン、それに端のテーブルで外套姿の冒険者が一人、安い葡萄酒をちびりちびりと飲んでいるくらいだ。

 

 「ふゥ…やっと着いたな…」

 「テラービブに到着する直前に雪に降られとはァ、…ツいてませんなァ」


 最初に現れたのはレオだった。彼は一緒に連れている男性と外の雪を見ながら二人は愚痴を溢していた。


 「レオさん!」

 「おお、クリスか!三年見ねェ内に随分変わったじゃねェか!」

 「レオさんこそ、一段と大きくなった様に見えますよ!」


 クリスは久しぶりに再会したレオに飛び込むと彼は子供を抱き上げる様にして喜び合う。

 そこでクリスはレオと共にいる恰幅のいい男、マクニールに視線を向けていた。


 「あと…そちらは?」

 「お初にィ、お目にかかりますゥ。私ィ、マクニールゥ・フォンブライトォ、と申す商人でしてェ。クリスティン・ホワイトロックさん、ですねェ? その度はお兄様、セオドア殿にお世話になりましたァ」

 「マクニール…? あっ、赤龍討伐の時の!」


 クリスはマクニールと直接顔を合わせた事は無いが、当時セオドアが彼から預かっていた紹介状に署名されていた名前、それを覚えていた。


 「ええェ。お陰様でドルマニアンでの私の商会の名も売れェ、今では充分軌道に乗りましてねェ。セオドア殿の事に関してはレオさんからァ一通り話は聞いておりますンでェ、是非ィ、協力させて頂きますよォ」


 マクニールは分厚い手を差し出し、セオドアの救出に手を貸す事を申し出てくる。

 彼自身は商人、何かしら打算的な企みがあるのかはわからない。だが少なからず救出に手を貸すと言う点については嘘偽りは無いだろうとクリスは判断すると、その手を握り返した。


 クリスとマクニールが握手を交わして間も無く、ギルドの中の空間が歪み、得体の知れない渦が現れる。


 「なんだこりゃ…?」

 「わかりませんが…異常事態である事は間違いありません。皆さん警戒を」


 クリスは騎士剣を、レオは爪を剥き、マクニールは剣を持って渦巻く空間に警戒する。

 渦巻く空間は徐々に内側から広がると、やがて人が一人通れるくらいの大きさになり、真っ暗な闇が広がっていた。

 そしてその奥からは金髪細身の半長耳種(ハーフエルフ)の男性が通り抜けてくると、その後を追って黒の長髪を揺らしながらグラマラス体系の淫魔種(サキュバス)が姿を現した。


 「…どうやら無事に着いたみたいだね」

 「ええ、みんな、ただいま」

 「フォルクさん、クローディアさん!」

 「新しい魔術か? 粋な登場しやがって」

 「フフッ、驚いた? 縮地門(トランスゲート)って言うの、あっちで覚えた魔術よ」


 縮地門は二人が通り抜けると、すぐにその口を閉じ、空間の歪みと一緒に跡形も無く消え去った。


 「なんだか二人とも雰囲気が変わった様な…」

 「そうかい?」

 「あァ、フォルクの弓が変わったってのもあるけどよ…。特にクローディアの方はなんか色気が出たって言うか…自信が顔に表れてるってトコだな」


 傍目には見た目の差はフォルクの弓意外は大きく変わらないが、フォルクの隣にぴったりとくっついているクローディアからは艶やかな雰囲気が漂っており、特にレオは完全に視線を奪われていた。


 「あ、あぁ、まぁ…色々とね」

 「あら、別にいいじゃないフォルク、いずれみんなにはバレるわ。ならここでちゃんと話した方がいいわ。…何なら私から話すけど…」

 「いや、こういう事は僕から話す事だと思う。けどまだ全員揃ってないみたいだ、それからにしよう。それでいいかい?」

 「それもそうね。じゃあまた後で改めて」


 そんな話をしていると、ギルドの外が少し騒がしくなってくる。

 一糸乱れぬ沢山の足音と金属の擦れる音が近づいてきており、一同は外の様子を伺っていた。


 「今度は何だァ…?」

 「街の衛兵ではなさそうね。衛兵と言うよりは騎士…かしら?」

 「あの紋章は…ヒルデガルダの王立騎士団…? 何でこんな所に…」


 全身を鎧に身を包んだ騎士達、先導しているのは長身の一際豪華な鎧に身を包んだ騎士とかなり小柄な体型に不釣り合いな斧を担ぐ騎士、そしてスラリとした全身鎧(フルプレート)に刻印が刻まれ、さらに魔石が埋め込まれた鈍色に輝く大楯が目立つ騎士だ。


 「行進止めッ!全隊止まれッ!」


 豪華な鎧に身を包む隊長らしき人物の号令で総勢五十名余の騎士達が一斉に行進を止める。

 

 「ああ…あの娘が僕の姪っ子か。成る程成る程、確かに義姉にそっくりだ」

 「ええ、では騎士団長、行って参りますわ」

 「あら、知ってる顔はクリスだけね。アリーシャもいないわ」


 騎士達を先導していた三人の内、二人の女性騎士が兜を取ると、その中からは綺麗な桃色の長いウェーブのかかった髪と色白の肌が現れる。一人はアンリエッタだ。

 もう一人の小柄な女性騎士が兜を外すと、そちらからは金色の長いポニーテールに健康的な小麦色の肌が現れ、クリスだけが知った顔が目に映る。


 「アンリエッタさんに…マリオンさん!?」

 「皆さんお待たせ致しましたわ。アンリエッタ・グリーングラス、只今馳せ参じました」

 「同じく五百人隊長、マリオン・カッパーフィールドよ。クリス、久しぶりね!」


 二人が名乗り敬礼をすると、先頭に立つ隊長である騎士も兜を取る。その顔はクリスの父、アルフレッドによく似た顔だった。

 その騎士はクリスの前にやってくると、一礼の後に手を差し出した。


 「初めましてになるかな、クリスちゃん。僕はブリュンヒルデ王立騎士団の現騎士団長、トリスタン・ホワイトロック。アルフレッドは僕の兄だ、つまり君の叔父にあたる」

 「騎士団長…それに私の叔父…?」


 クリスは父アルフレッドからトリスタンの話は特に聞いてはいなかった為、そう名乗る者が現れて目を見開いて驚く顔を見せていた。


 「あー…やっぱり兄さん話して無かったんだなぁ…」

 「直に会ったからわかるけど『流星』もそういう所はかなり無頓着よねぇ…」

 「…だったらこれで判るかな?」


 トリスタンと名乗る男は腰に挿した剣を手に取るとその鞘に刻印された紋章をクリスに提示する。


 「これは…お父様の部屋にあった紋章…!」

 「漸く判ってくれたみたいだ。改めて…初めましてクリスちゃん、叔父のトリスタンだ。これから甥っ子、セオドアくんを助けに行くそうだね、アンリエッタ君から聞いているよ。本当なら僕も行きたい所だけど僕も仕事でね。部下の二人を君に預けるからそれで勘弁してくれ」

 「二人…? アンリエッタさんと…もしかして」


 トリスタンはクリスに尋ねられると顎でマリオンの方を促す。

 そうするとマリオンは腰に手を当てて胸を張り、鼻から力強く息を吐いた。


 「そう、マリオン君もセオドアくんの救出に向かわせる。一応二人は現在無期限の休職中という扱いだ。彼女達から騎士団の証は外して貰ってるから多少の無茶はできるし…まぁ無茶をしかねない人もいるけどね。まぁそれはそれとして何かあったとしても僕達にこれ以上の支援は出来ない、仮に起きたとして僕達は知らぬ存ぜぬとしか言い様が無い事だけは理解しておいて欲しい」

 「いえ、充分です叔父様。マリオンさんを付けてくれるだけでも心強い」

 「ま、アタシに任せなさい。どんな魔物もアタシがぶっ飛ばしてあげるわ!と言うわけでよろしくね!」


 挨拶もそこそこにトリスタンは再び兜を被り直すと、マントを翻して整列した騎士達の列へと戻る。


 「じゃあ僕達はこれから仕事だから、名残惜しいけれどお暇させて貰う、幸運を祈ってるよ。マリオン、アンリエッタ君、隊の皆は僕とミストラル君で纏めておくから気にしないでくれ」

 「ええ、私が手塩にかけた隊員達ですわ。心配はしていなくてよ」

 「それはアタシも保証するわ、目一杯こき使ってあげて頂戴」

 「ふふ、そうさせて貰うよ。特にミストラル君にはね。ではまた、全隊行進…始めッ!」


 トリスタンを始めとしたヒルデガルダの騎士達は彼の号令と共に行進を始め、その場を去る。


 「はえー…あれが『流星』の娘さん、団長の姪っ子ッスか…。話通りの美人ッスね〜…」

 「口説いてみるかい? 彼女、噂が本当なら大魔術を使いこなす大魔導士だそうだよ。不誠実を働こうものなら骨も残らないかも知れないから覚悟はしておいた方がいい。君にその覚悟があるなら、だけどね」

 「マジッスか…」


 トリスタンとミストラルはそんな話をしながらテラービブの大通りを進み、吹き荒ぶ雪の中へと消えていった。


 ーーー


 「さっきの物々しい連中は知り合いで御座るか?」


 突然現れたのはクリスの師、センゾウだ。

 どうやらピェーチカの仕事を抜け出して様子を見に来たらしい。


 「クリスさん、こちらは?」

 「あ、えっと、私の剣の師匠でワダツミの剣士のセンゾウさんです。センゾウさん、皆さん私の仲間ですよ。さっきの人は私も初めて会いましたが叔父みたいですね。どうもヒルデガルダの騎士団長らしいです」

 「ふむ、中々の手練れで御座った。同じ剣士として一度手合わせ願いたい所…、と、申し遅れた。拙者、センゾウと申す流れ者、今はすぐそこのピェーチカと言う酒場で用心棒をしておる」


 センゾウはトリスタンへの初見の感想を述べると、思い出した様に全員に向けて自己紹介をして一礼をする。

 

 「そう言えばあと一人、アリーシャさんが見当たらないけど…」

 「そうですわね。普段ならクリスさんの後ろにピッタリとくっついている筈ですが」

 「そう言えばそうね。クリスがいるなら絶対いる筈なんだけど…」

 「オイオイ、心配し過ぎだろ…。まァ大方、買い出しにでも行ってて席外してるだけだよな?…な、そうだろ、クリス?」


 仲間達は口々に不在のアリーシャを心配しており、レオは理由があるのだとクリスに尋ねるがクリスは少し俯いたまま黙りこくっている。


 「まさか…」


 レオがクリスの肩を掴み、その言葉の先を発しようとした瞬間、クリスが閉ざした口を開く。


 「…アリーシャは…もう、いません」

 「何…だとッ!?」


 レオの掴んでいた手に力が入り、クリスを引き寄せるが、クリスはその手を振り払うと、乱れた衣服を正し顔を上げてまっすぐにレオの眼を見据えていた。


 「アリーシャは私が殺した様なものです。…ですから、その霊に報いる為にも…必ず兄様を救います…!」


 クリスが涙を堪えながらもレオに、そして皆に向けてそう言い切ると、他の誰もがそれ以上追及することができなかった。

 しかし、そんな中に一人の笑い声が聞こえ、その声の元に視線が集まる。


 「…かっかっかっかっ…!私が殺した様な者、で御座るか。かっかっかっ」


 突如笑いだしたセンゾウにレオが近付き、爪を剥いた大きな手を伸ばすが、センゾウはそれを一瞬でかわすとレオの腕を掴んで床に組み伏せる。


 「かっかっか、まぁそういきり立つでないよ、獣牙の武人、それに皆もだ」


 レオだけがセンゾウに手を出そうとしたが、クリスを除く他の仲間達も同様、鋭い眼でセンゾウを睨み、各々の武器に手をかけていた。

 手を出そうとしたレオだったが、センゾウはレオの伸ばしてきた腕を取ると、軽い身のこなしで背後に回ると、(ひかがみ)を蹴って体勢を崩し、そのまま組み伏せて床に抑え込んでいた。


 「センゾウさんと言いましたわね? アリーシャさんは我々の仲間ですわ」

 「理由がどうあれ、その前で笑うなんて不躾にも程があるんじゃないかな?」

 「笑った理由、聞かせてもらえるかしら?」

 「ぐぎぎ…返答次第じゃ…タダじゃおかね…ぐあっ!」

 「ふむ、各々なかなかに手強そうで御座るが…。まぁ徒らに神経を逆撫でするつもりも御座らんからな…、聞くよりもまずは見て貰うが宜しかろう、アリーシャ殿!」

 「…は?」


 センゾウがアリーシャの名を呼んだ瞬間、全員が呆気に取られる。──すると先程からじっとテーブルについたまま葡萄酒を煽る外套姿の冒険者が立ち上がり、その外套を脱ぎ捨てる。

 皆が呆気に取られている中で突如動きだした冒険者にクリス達は思わず首を回すと、外套の中から現れたのは亜麻色の長い髪に侍従の服を身に付けた女性、クリスの眼にも半年振りに見る顔に全員が驚いていた。


 「アリーシャァッ!」

 「ふふ、ご心配をお掛け致しました、クリスティン様」


 いの一番に飛び込んだのはクリスだ。

 自身の所為で命を落としたと思っていたアリーシャがこうして目の前に現れ、他の言葉もないまま彼女は手をのばして頭からアリーシャの懐へと飛び込んでいた。


 「やれやれ、何があったのかはこれから聞くとして…」

 「ま、何はともあれ…」

 「…これで全員集合ですわね」

 「いででで…!オイ、わかったからいい加減離せってんだ!」

 「…おお、すまぬな」


 死んだものと思っていたアリーシャだったが、彼女が生きている事を知って全員が安堵したのか、いつの間にか全員がベンチに腰掛けていた。

 組み伏せられていたレオも痛む肩を回すと、少しだけ不満そうな顔でセンゾウを睨み、そのまま組んだ両手を頭の後ろに壁へともたれ掛かっていた。

第十章の本編終了です!

あとは断章を挟んで本格的に第十章完結とします!

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