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第百五十六話:咲き乱れるは不浄の花

 「まだ少し気恥ずかしい気はするけど…」

 「何言ってるのよ…、それを言うなら私だって同じ。でも今更そんなこと、言ってられないわ。そうでしょ?…それよりもアレ見て」

 「成長してる…?」


 不浄の人花アンクリアネス・マンドレイクが寄生した大樹を前に息を呑むフォルクの緊張を拭う様にクローディアが背伸びをして顎にキスをする。

 クローディアはフォルクにキスをした後、すぐに不浄の人花の様子を見るが、撤退する前の男児の姿からいつの間にか成人男性程の見た目にまで成長していた。

 

 「しっかりとした打ち合わせをする暇も無かったけど…」

 「…大丈夫よ、何とかなる。…いや何とかしなくちゃ。さ、行きましょう!」

 「…ああ、そうだね!」


 改めて唇を重ねて二人は同時に木の陰から飛び出すと間髪入れずにフォルクは予め番えていた光の矢を立て続けに放つ。

 不浄の人花は光の矢が自身目掛けて飛んでくるのを認め、大樹の中に隠れて容易く躱すと、寄生した大樹から強靭な蔓を伸ばし、フォルク目掛けて振り払った。


 「うわっと、危ないっ!…なぁっ!」

 「オォ…」


 振り抜かれる蔓をフォルクは宙返りで躱すとその体勢のまま再び矢を放ち反撃する。

 だがこれも不浄の人花は大樹の中に隠れてやり過ごしており、ダメージとはなっていなかった。


 「やっぱり大樹に寄生されたままじゃまともに当たってくれないね…!」

 「だったらどうするの?」

 「大樹を伐り倒すしか…ないね…!」


 大樹に寄生されたままでは恐らく仮に攻撃が当たったとしても不浄の人花は大樹から奪ったエネルギーですぐに再生されてしまう。

 他の魔物に寄生するタイプの植生種の魔物は得てしてそうやって活動をしている事を知っていたフォルクだったが、大水郷を、村を守り育んでいた大樹だけになかなかその結論に踏み切れなかった。

 

 「…本当にいいのね!?」

 「ああ、このままじゃどの道、村も、村の皆も、僕達も!最終的には滅ぼされる。だったら、もう大樹を伐り倒す他に方法はないよ…!」

 「…それじゃあ、手筈通りに行きましょう!"影虫(バグ)"ッ!」


 クローディアの影から漆黒の羽虫が溢れ出ると、その指先に導かれる様に一斉に拡散し、大樹へと群がった。

 不浄の人花はクローディアの放った影虫にたかられると大樹を操り、その蔓を見境なく振り回す。


 「あからさまに嫌がってるわね…!」

 「ああ、草木もそうだけど、貪りに来る虫を嫌がるのは植生種も同じさ、喰らえッ、"衝撃光射(ストライクインパクト)"ッ!」

 「…ヌウゥッ…!」


 フォルクの放った矢が一直線の光の軌跡を残し大樹を捉えると、その幹を小さく抉り取る。

 その時、フォルクは下唇を噛み締め悲痛な表情を浮かべていた。


 「…ごめんね…!…でもこうするしか無いんだッ!」


 続け様にフォルクは強烈な矢を放ち、一点に集中させると先程抉ったばかりの傷痕を更に深く抉る。

 

 「オオォ…!」

 「フォルク、下よっ!」

 「…了解っ!」


 クローディアが魔力の流れを読み取り、フォルクに不浄の人花からの攻撃が来る事を伝える。

 それを聞いたフォルクは直ぐに横に飛び込むと、さっきまで立っていた地面から勢いよく紫色の毒々しい霧が噴き出してきた。


 「まだよっ!今度は前からっ!」

 「ああ、わかってるっ!」

 「ウウゥ…アァッ…!」


 続け様に不浄の人花の両腕から赤黒い毒液の飛沫が放たれると、二人は直ぐに木立の陰に隠れて直撃を避ける。


 「…危ない危ない…」

 「…まだ安心するには早いわ。そろそろこの位置から離れないと…」


 木の陰に入り、ひとまず不浄の人花の三重毒をやり過ごすフォルクだが、クローディアは遮蔽物となっている木の心配をしていた。

 二人が隠れた木は三重毒の毒液を浴びるとすぐに葉が落ち始め、更には徐々に萎れていくと、少しずつ傾き始めている。


 「確かにまずいね…もう持ちそうにない。…僕の合図で一気に走り抜けよう。…大丈夫かい?」

 「ええ、そうするしか無いわ。行きましょう!」


 フォルクは小さく頷き、傾いた木から三重毒を撃ち続けている不浄の人花の様子と周辺のもっと頑丈な遮蔽物が無いかを見回す。

 程なくクローディアが遮蔽物となる大岩を発見し、フォルクの肩を叩き指を差すと、彼は親指を立てていた。


 「じゃあいくよ…。…今だっ!」


 二人が木陰から飛び出すとほぼ同時に隠れていた木が腐り落ちる。

 いくつかの木の後ろを走り、大岩の陰に転がりこむ寸前、クローディアがフォルクの口を抑えて飛び込んでいた。


 「…息を止めてっ!」


 クローディアがそう叫んだ瞬間、安全地帯だと思っていた岩陰の地面から不浄の人花の放った噴毒霧が地面から噴き出す。

 岩陰に飛び込む寸前、クローディアは不浄の人花から魔素の流れを感じ、咄嗟にそう動いていた。

 二人は眼を瞑り、息を止めて、紫煙の様に噴き出す毒の霧をやり過ごしていた。


 毒の霧が晴れ、二人はゆっくりと眼を開く。

 不浄の人花の攻撃は漸く収まり、まず二人はお互いが無事かどうかの確認をしていた。


 「…とりあえずはお互い無事みたいだったね」

 「ええ、でもこれじゃ迂闊に姿を晒せないわね…」


 微動だにせず鎮座する不浄の人花を岩陰から覗き顰め面を見せるクローディアに対して、フォルクは逆に望むところだと言わんばかりの自信に満ちた表情を浮かべている。


 「忘れてないかい、僕は狙撃手(スナイパー)だよ?」

 「そりゃそうだけど…」


 幾らフォルクが狙撃手だとしてもこの場所に居座ってばかりもいられない。

 また、クローディアからではこの位置は射程外の魔術も多く、存分な攻撃手段に乏しい。


 「この距離、そしてこの森の中だ。僕の最も得意な環境、僕が狙撃しながら陽動する、クローディアは僕が作った隙を狙って大樹に攻撃して欲しいんだ」


 フォルクはブーツの靴紐を結び直しながらクローディアへここからの戦闘の進め方を告げると、弓を手に取って不浄の人花の様子を伺う。

 

 「…確かに大樹の中は移動できても大樹からは出られないなら…。わかったわ、やってみる」

 「よし…、じゃあクローディア、奴の注意が僕に向くまではここで待ってて。それじゃあ行ってくるよ」

 「ええ、…その前に」


 クローディアはフォルクの肩に手をかけて引き寄せると唇を合わせる。

 さっきのやり取りの間にクローディアはフォルクの頰に僅かに現れていた黒腐病の兆候に気付き、その治療として。


 「…これで大丈夫、気をつけてね…?」

 「…ああ!クローディアも、あんまり目立たないようにね!」


 接吻けを交わし、フォルクは勢いよく岩陰を飛び出すと木立の隙間を縫う様にして数本の光の矢を大樹に向けて放つ。

 大樹自体には大した傷は与えられてはいないものの、フォルクが傷を与える度に不浄の人花の攻撃はただただ見境いないものからフォルクだけを狙ったものへと変わっていった。


 「…そろそろね…!」


 岩陰に隠れていたクローディアはフォルクがその場所から離れ、鬱蒼とした森に消えると早速行動を開始する。


 黒い外套に身を包み、木立の陰を伝いながら徐々に自身の魔術の射程圏内へと近づいて行く。

 不浄の人花は時折大樹に飛んでくる矢を受けては反撃の魔術をフォルクに向けて放ち、気配を消して接近してくるクローディアの存在には気付いていない様だ。


 「フォルクは上手くやってるみたいね…」


 クローディアがそう呟いた瞬間、木立の先からフォルクの放った強烈な一矢が放たれ大樹の幹を抉る。

 すると、不浄の人花はやや怒った様な表情を見せると今まで見せなかった魔術を放ち始める。

 不浄の人花が両腕に魔力を練り、手を合わせると、土の中から無数の輝く晶石で出来た鋭い弾丸が現れ、フォルクがいるであろう木立の中へと撃ち放つ。


 「金剛晶弾(ダイヤモンドミサイル)…!…でも、仕掛けるなら今の内ね…!」

 

 フォルクが紙一重で次々と放たれる晶石の誘導弾を躱していくのを見届けてから、クローディアは木立の中から飛び出すと、魔力を練った右手を不浄の人花が寄生する大樹へと向ける。


 「強力な魔術を撃った後は隙だらけね、三重毒ッ!」


 クローディアの伸ばした右手から赤黒い毒液の塊が放たれると、放物線を描いて大樹の根元を捉える。


 「植生種型不死種のアンタには効かないでしょうけど、アンタが寄生してる大樹ならどうかしらね…!」


 クローディアの三重毒を受けた大樹は根元から徐々に毒に蝕まれ、それに連れて不浄の人花も苦しむ素ぶりを見せる。


 「オォオ…アァ…!」

 「何かしてきそうね、影虫ッ!」


 不浄の人花は苦しみながらも大樹から伸ばした蔓を振り上げるが、その動きを察知したクローディアは直ぐに影から漆黒の羽虫を生み出して目眩しをかける。


 「オォ…!…オオォ…!」

 「させるかっ!」


 影虫の目眩しを受けながらも構うことなく蔓を振り回そうとする不浄の人花の肩をフォルクが声と共に放った矢が穿つと、簡単に千切れ、地面に落ちると同時に朽ち果て、痩せ細った枝の様になってしまう。


 「…よし、当たった…!…次ッ!」

 「私も早く隠れないとね…!」


 フォルクの矢に穿たれ、千切られた腕を不浄の人花が見つめている。

 その隙にフォルクとクローディアは再び木立の中へと隠れて態勢を立て直していた。


 「直撃を受けて冷静になっちゃったかな…?」

 「動かないわね…」


 不気味な迄に動きを止めたまま動かない不浄の人花にフォルクとクローディアは動き出せずにいた。

 しかし、この状況自体はクローディアとしては悪くない状況であり、直前に与えた三重毒は既に根全体に広がろうとしている。


 「クローディア、僕が仕掛けるよ!いつでも動ける用意を!」

 「…了解よ!そっちを狙ったらこっちに任せて!」


 フォルクが光の矢を番え、クローディアは近くの岩陰に移動し不浄の人花の反撃に備える。


 クローディアが合図として手を挙げると、フォルクは再び強烈な一矢を放ち不浄の人花の身体を撃ち抜く。

 フォルクの矢を受けた不浄の人花は腹から弾ける様に散ると、その半身が千切れて地面に落ちていった。


 「終わった…の?」

 「確実に捉えた筈だけど…、嫌な胸騒ぎがする…!」


 不浄の人花の半身は千切れて落ちたものの、元の花弁は大樹にそのまま残っており、大樹から伸びた蔓も伸びたままで不気味に動いている。


 「いや、やっぱりまだ終わってないみたいだっ!」

 「くっ…!」


 不浄の人花及び、大樹の変化に気付いたフォルクが指を差す。

 クローディアもフォルクが指差す先を見ると、大樹の幹や枝から不浄の人花が生えていた肉の花弁、その蕾が生えてくると一斉に咲き乱れ、今度は無数の蔓を伸ばし始めて周囲の木々を次々に絡め取る。

 更には地震を巻き起こしたかと思えば、地中に伸ばした根を足の様に変えて土の中から抜け出してきた。

 フォルクは森の中に隠れていたが蔓が伸びてきた事ですぐにそこから退避するとクローディアの隣にまでやってきており、気がつけば周囲の木々全てに大樹から伸びた蔓が柵のように逃げ道を塞いでいた。


 「逃がさない、って訳かしらね…」

 「ああ、相当おかんむりみたいだね…!」

 「オ…オ゛オ゛オ゛ォォオ゛…!」


 大樹の幹から顔の横な裂け目が出来ると、不浄の人花は怨嗟の声の様な唸り声を上げ、全身から薄く紫がかった霧を放つ。


 「瘴気…!」

 「うっ…これは急いで倒さなきゃいけなさそうだね…ケホッ…!」


 大樹と完全に同化した不浄の人花は濃い瘴気を常に放っており、逃げ場の無くなったフォルクの顔に出る黒腐病の進行を示す黒斑が急速に広がり始める。


 「フォルク、大丈夫?」

 「…このままだとまずいね…。でも…!」

 「…そうね、私達の愛の炎で」

 「ああ、焼き払ってしまおう!」


 ──本来ならば顔を赤らめたくなる様な言葉だが、二人は至って大真面目だった。


 不浄の人花の根が二人を貫こうと伸びてくる。

 二人は接吻けを交わして直ぐに後方へ宙返りでそれを躱すと、フォルクは走りながら光の矢を文字通り矢継ぎ早に放つと、その逆ではクローディアが影から生み出した羽虫をけしかけていた。


 「オ゛オ゛…!」

 「効いてるッ!」

 「完全に同化したからだね、大樹のダメージは奴へのダメージになるみたいだ!」


 攻撃を受けた不浄の人花の肉の花びらが舞い散る。

 不浄の人花は花びらを散らしながら腕の様になった枝を振り上げると、今度はそれを薙ぎ払う。


 「わっ!」

 「フォルク、黒腐病ッ!」


 飛び込んで起き上がる瞬間に再び接吻を交わしてフォルクを急速に蝕む黒腐病の進行を食い止めると、二人はまた別れて動き、次々に繰り出される蔓の鞭から身を躱す。


 「わっ、とっ、よっ、…ハァッ!」

 「はっ、シッ、それッ、…"影槍(シャドウスパイク)"ッ!」


 蔓の鞭を掻い潜り、フォルクは短剣を取り出し、クローディアは魔術を放ち、蔓の鞭を根元から断ち切る。

 だがそれでも不浄の人花の攻撃はまだまだ止まらない。不浄の人花は今度は身体を揺すりだし、同化した大樹から数多の葉を降らせると、それが剃刀の刃となって二人目掛けて降り注がせる。


 「流石に捌き切れる数じゃないね…!」

 「急所を避けて最小限の被害に抑えるしかないわ、来るわよっ!」


 降り注ぐ木の葉が二人の身体を切り刻む。

 フォルクもクローディアも、ただ身体を丸めて剃刀の様な木の葉の雨をじっと耐えていた。

 

 「ぐっ、うぅっ…!」

 「痛っ…!ああっ…!」


 木の葉の雨が止み、頭と首を両腕で隠して丸まっていた二人は傷だらけになっていた。

 さらに不浄の人花は口の様な大樹の裂け目からいくつかの種を二人の周囲に撃ち出してくる。

 不浄の人花から撃ち出された種は二人の周囲の地面に着弾すると直ぐに発芽し始め、みるみる内に成長してしまうと、小型の木人(トレント)となり、二人を取り囲んでいた。


 「小木人(トレントミニオン)…!これはキツいね…!」

 「ふぅっ…、いや返って好都合よっ…!」


 辺りを見回し、取り囲む小木人の動きに注意を払うフォルクだったが、クローディアは服が破れて出ていた傷ついた黒翼を広げ、両腕に魔力を練りながら白い歯を見せていた。


 「クローディア…さっきから魔術を使い過ぎてないかい…?」

 「…ふふっ、これだけ瘴気が濃い所為なのかしらね、さっきから全然尽きる気がしないのよ。昨日の夜から…調子が良くてねっ…!それに…」

 「…それに?」

 

 迫り来る小木人の前に、クローディアは人が変わった様に笑っている。

 魔素の欠乏を心配していたフォルクがそれをクローディアに尋ねると、最早笑い声を上げるのを抑えているような声で返して来ており、フォルクはクローディアの言葉の続きを聞き返すと彼女はついに笑い声を上げてしまう。


 「ふふ…ふふふっ!アハハハハッ!今この魔術を使おうとして気付いたけれど…、魔素総量も増えてるみたいでねっ、今まで使えなかった魔術も今なら使えるッ!さぁ…私達の糧になって貰うわッ!喰らいなさいッ、"生命接収(ライフディバイド)"ォッ!!」


 クローディアが魔力を練った腕を天にかざすと、周囲を取り囲んでいた小木人から淡く輝く光の玉が抜け落ち、彼女が伸ばした手の先へと集まっていく。

 更にその光が彼女自身とフォルクの身体の中に吸い込まれていくと、二人の傷があっという間に塞がり、それと同時に小木人達は生気を失うと、直ぐに枯れてしまい、土の一部へとなるべく朽ち果ててしまった。


 「す…すごい…!あっと言う間に全滅だ…」

 「ふふ、傷の回復も出来た…、もうこんな小細工は効きはしないっ!全部私が防いであげるわっ!フォルク、そろそろ仕留めるわよ!」

 「…!…ああ!」

 「オォォッ…!」


 生み出した小木人をやられて怒りを露わにする不浄の人花は再び身体を揺すって木の葉の刃を雨の様に降らせてくる。


 「…またっ…!」

 「問題無いわ、木の葉は私に任せてフォルクはアイツを仕留める準備をしてて頂戴っ!」


 回避不能だった木の葉の刃の雨霰にもクローディアは防ぎきる確信を持ってフォルクへ攻撃の準備を行うように告げると一歩前に歩み出す。


 「…わかった!防ぎきったら僕の横へ!とっておきの一発を撃つよ!」

 「…ええ!」


 クローディアが向かってくる木の葉の刃へ右手を伸ばすと、盾が現れたかの様に薄っすらと黒い渦が現れて彼女の前を保護する様に広がる。


 「…これはもう沢山、お腹一杯だからお返しするわっ、"歪送門(ワームホール)"ッ!」

 

 彼女が伸ばした手から魔力を解放すると、薄く黒い渦は実体化したように真っ暗な暗黒の渦となり、飛んで来た木の葉の刃を吸い込んでしまう。

 一枚残らず木の葉を吸い込んだ暗黒の渦は、逆回転を始め、その中から先程吸い込んだ無数の木の葉の刃を不浄の人花へと撃ち返していた。


 「オォ…ウゥゥ…」


 木の葉の刃を返された不浄の人花が怯み、一歩、二歩と後退りする。

 後退りをした先には元々大樹が生えていた泉があり、バランスを崩した不浄の人花は泉に足を踏み入れて大きく蹌踉めいていた。


 「…やるなら今ね」


 弓を番え、狙い澄ますフォルクの側にクローディアが戻る。

 限界の限界まで弦を引き絞り、弓と矢に魔力を注ぐフォルクの腕をその上からクローディアの細い腕が覆い、支える様に手を添えた。


 「フォルク…」

 「ああ、クローディア…!」

 「…んっ…、はぁっ…」


 艶やかな吐息を交えながら二人が深い接吻けを交わすと、唇を通じてクローディアの魔力がフォルクへと伝わる。

 先程からフォルクが構える弓と矢にクローディアの魔力が加わると、今度は矢から黒い炎が滲み出し、放っていた淡い緑色の光を塗り潰す。


 「私の魔力じゃ綺麗な光は…、出せないわね」

 「そうかな?…これはこれで、僕は綺麗だと思うけどね」


 黒い光は二人の表情を隠し、その微笑みを見せずにいた。


 「さぁ、フォルク、決めましょう?」

 「ああ、これでお終いだ…!"冥燈の滅矢(ダークネスルーイン)"ッ!」


 フォルクの手から離れた矢は光を裂いて不浄の人花を大樹ごと穿く。

 フォルクの放った矢が残した傷痕には矢が纏っていた黒い炎が残っており、それは一気に燃え広がると不浄の人花の花びらを次々に呑み込んでゆく。


 「オ…オ……オォ……」

 「"精霊(アプサラス)の寝ぐら"と言われていた大樹ごと燃やす事になるなんてね…」

 「…仕方ないわ、こうするしかなかったもの」


 黒炎に呑まれ、燃え上がる大樹を哀しそうな眼で見つめるフォルクの表情も今は炎が放つ黒い光に覆われて今はそれを見る事は敵わない。

 その心中を察したクローディアは哀しみに暮れ、跪くフォルクの肩にそっと手を置いていた。


 「不浄の人花がもし放置されてたとしたら、その被害は計り知れないわ。私達は大魔大陸を救った、そう…考えましょう」

 「…ああ、そう…だね…」


 フォルクはそう小さく零すと頭を掻き毟り、顔を上げる。

 そしてクローディアの手を取って真っ黒に燃え盛る大樹を背に、故郷の村へと歩み始める。

 クローディアはフォルクがその一歩を踏み出す瞬間、僅かに唇が動き、何かを零しているのに気付く。

 彼女はそれが森を愛するフォルクが謝罪の言葉を発していたのだと気付くと、慰める様にフォルクの手を少しだけ強く握り返していた。


 「…大丈夫、私がついてる。淫魔種らしくない言葉だとは思うけれど、…あなたは私に初めての痛みをくれた…、あなたが私を淫魔種(わたし)にしてくれたの。だからこれからは、私があなたを支えるわ」


 愛おしむ様に、ゆっくりと、優しい声で、クローディアは自身の下腹部を撫でながらフォルクにそう囁いた。

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