第百五十五話:龍の力を宿す獅子
「…ま、あんなモンで終わるとは思っちゃいねェが」
「龍の力を取り込んだァ、と言ってもォ…あちらはァ本物の龍ゥ、ですからねェ。油断だけはしないようにィ、気をォ付けてくださいよォ?」
マクニールの言葉にレオは眼は合わせないまま小さく頷く。
彼が見据える先は青龍が吹き飛んだ先であり、ただの一撃で倒れたとは思えず、起き上がってくるのを待っていた。
「…! マクニール、左に躱せっ!」
「…おォゥッ!?」
レオが何かに勘付き、マクニールに回避の指示を出すと、彼は緊急と考え、すぐ様横っ飛びに雪上を転がった。
そしてその直後にレオを巻き込みながら目の前を細氷が舞う強力な冷気が通り過ぎて行く。
「…全くゥ、化け物ォ染みてきましたねェ。私が受けてたらァあっという間にィ…物言わぬ氷像になっていたァ所ですなァ」
青龍が吐き出した冷気の吐息はレオを直撃していたが、彼はそれを受けた直後、直ぐに服や毛に着いた氷の粒を払い落とすと身震いさせていた。
巣の中で放った吐息とは異なり、卵を奪われた事で怒った青龍の正真正銘、全力の吐息による攻撃。受ければ立ち所に氷像へと変えられてしまう程に強力な冷気の吐息も、龍の力を手にしたレオの前には僅かに寒がらせるだけに終わってしまう。
吐息が通り過ぎた後には分厚く積もっていた雪が完全に凍結し、氷面の様になっていたが、レオだけは凍結する事なくピンピンしていた。
「ふぃー…寒ィ寒ィ…と、流石に卵食う前だったら俺もどうなってた事か…。さァて…来やがったな…!」
「及ばずながら私も援護しますよォ…!」
吹き飛んだ先から吐息を吐き出した後、青龍は追撃の為に翼を広げて冷たい風と共に飛来してきていた。
弾詰まりで魔砲が使用不能となっている中、マクニールもただ黙って見ていた訳ではなく、彼は次なる手を用意して青龍の攻撃に備えていた。
「レオさん、目ェ伏せといてくださいよォ…それェッ!」
「ギャオォッ…!」
「うおッ…眩しッ…!」
マクニールが懐から取り出し、飛来する青龍に投げつけたのは家庭などでも使われている様な光魔石だった。
通常、光魔石は大気中の魔素を取り込み、魔力結晶をあてがうことでそれに反応して光を灯す為、そう強い光を放つ事は無いが、彼は光魔石に小粒の無色魔石を当てがって過剰に魔素を取り込ませた後に魔力結晶をあてがう事で強力な閃光を放たせていた。
視界を失い体勢を崩した青龍が錐揉みしながら雪へと突っ込む。
直ぐに起き上がった青龍は前脚を振り回しているが、そんな事は御構い無しにレオは暴れる青龍に向かって行った。
「どおォりゃあッ!」
「ギャアァオッ…!…ギャアアァッ!」
「チッ、こっちも強くなったとは言え龍は龍かッ…!」
レオが飛び蹴りを浴びせるが、怒り狂う青龍はそれに耐えると今度はムキになって反撃を仕掛けてくる。
レオも当然腕で防御をしていたが、その防御を通り抜けて青龍の爪がレオの頰に小さな切創を作っており、腕の甲にも生々しい裂傷が刻まれる。
「っと、さすがに危ねェが…耐えきれねェ程じゃねェ、か。まぁ俺は良くてもマクニールはまともに喰らえばマズいだろうし…そろそろ仕留めに掛からねェといけねェが…」
親指で頰から滴る血を拭いそれを舐めとると、間合いを取り、首から下げた真魔光珠に手をかける。
「よォし、弾詰まりが取れましたァ!」
「だったら…悪りィがちっと時間稼いでくれや、少しばかり時間食いそうだ」
「むゥ…、幾許もォ持ちませんからなァ、できる限りィ早くお願いしますよォ…!」
魔砲の弾詰まりが解消し、再び構えるマクニール。
視界を取り戻し、明確な殺意を持ち睨み付けてくる青龍を前に彼は奮起してか、恐れてか、微かに身体を震わせていた。
「さァてェ…出し惜しみはナシでェ、ここは一つゥ、派手に行くとしましょうかァ!」
「ギャアオォウッ!」
弾詰まりが解消し、蘇った魔砲が火を噴くと、着弾した弾丸が炸裂し青龍を大きく仰け反らせる。
だがこれでも怒り狂う青龍に対して大きな効果は得られず、すぐに立ち直ると同時に空へと飛び立ち、上空からマクニールを狙う。
「ギャアオォ!ギャアオォウッ!」
「ほッ!ぬゥッ!」
でっぷりと出た腹を震わせながら上空から小刻みに吐き付ける青龍の吐息をマクニールは必死に躱し続けており、彼もまた魔砲で応戦するが、魔砲による攻撃も空中を自由に動き回る青龍に簡単に避けられてしまっていた。
「地上からならァやり過ごす岩もォ十分にあるんですがねェ…!」
雪の上を転がりながら、マクニールは手に持つ魔砲へと弾薬を装填する。
その弾薬は今まで使用して来た弾薬よりも一際大きく、複数の赤色魔石が埋め込まれていた。
「ギャアァオォウッ!」
「ぐぬゥッ…!」
装填が終えた瞬間を狙われ、マクニールの腕に青龍の吐息が浴びせられる。
瞬時にマクニールの右腕が凍りつき、一切動かせなくなるが、マクニールはそんな事は御構い無しに左腕一本で上空を羽ばたく青龍に砲口を向けていた。
「…とっておきのォ一発ですゥ…、とくとォ味わってもらいますよォッ…!」
マクニールの放った魔砲の一発が青龍に向けて放たれる。しかし、左腕一本では狙いが甘く、その弾丸は青龍をやや逸れていた。
「…この弾はァ、障害物さえ無ければァ狙いはァ必要ありませんからァ…!」
弾丸が青龍を通り過ぎた瞬間、マクニールがそう呟くと共に空中で弾丸が破裂すると、幾つもの赤い閃光がそこからばら撒かれる。
そして弾け飛んだ赤い閃光はそこから幾重もの爆発を起こして、瞬く間に青龍を爆炎の中に巻き込んでいた。
「…少しはァ効いてくれればァ…いいんですがねェ…!」
マクニールは弾薬の切れた魔砲を放り投げると、背中の荷物から手斧を取って構える。
強力な弾薬での攻撃に巻き込んだとは言え、マクニールは油断する事無く、攻撃に耐えて爆炎から飛び出してくる青龍を待ち構えていた。
「ギャアアァァァアアァァッ!」
「…まァ仕留め切れるゥなんてェ…、さらさらァ思っちゃァいませんでしたがねェッ…!」
爆炎の中から青龍が錐揉みしながら真下に飛び出すと、再び翼を広げて滞空する。
だが青龍も無傷とはいかなかった様で、爆心地に近かったしなやかな右翼の膜は破れ、鱗や甲殻にも深い傷や火傷を負っており、慌しく翼を羽ばたかせている。
片側の翼をやられ、どうやら青龍はその飛行能力を大幅に奪われた様だ。
「高くは飛べなくとも速さは変わらずゥ…ですかァ、参りましたなァ…!」
「…ギャアアァッ!」
高度は落ちても滑空する分には能力は落ちておらず、一気にマクニールへと迫る青龍。
マクニールは避けきれない事を悟り、左手の手斧を前に身構えていた。
「…ッ、せめてェ、右腕が動けばァ…少しは何とか出来たんでしょうがァ…!
「ウオオォアアァァーッ!」
「…ギャアウッ!?」
滑空してくる青龍が蹴爪をギラつかせてマクニールを引き裂こうとした瞬間、真魔光珠の力の解放を済ませて姿を変えたレオが割って入る。
レオは青龍の蹴爪を受け止めて払いのけるとそのまま青龍の後脚に爪を立て、鱗ごと引き裂いた。
「時間食っちまって悪りィ、後は俺に任せて退がってなマクニール!」
「やれやれェ…流石にィもォダメかと思いましたともォ…。それじゃァお言葉に甘えてェ、私は退場するとォしますかねェ…!」
レオの真魔光珠による人型形態はこれまでの人種に近い姿からは逸脱していた。
たてがみはそのままではあるが、腕や足の一部は鱗で覆われ、そして額から青龍のものと酷似した銛のような角が生えており、さらに全身から冷気を発しては全ての毛を逆立てており、彼の身体は薄ぼんやりと青白く発光していた。
マクニールがこの場を任せて逃げて行くのを見送ると、レオは改めて身構え、その鋭い眼光で青龍を睨み付ける。
「待たせたな、青龍ッ!今度こそ仕留めてやるぜッ!」
「…ギャアアァアアァアアァッ!!」
反転してレオを睨み返し、少し溜めて雄叫びを上げる青龍だが、レオにはそれが苦し紛れの威嚇だということを見抜いていた。
本来ならば銘のある様な剣ですら傷つけるのがやっとの筈の成体の龍の鱗だが、レオはそれをいとも容易く引き裂くと、更にその傷跡を瞬時に凍りつかせ、楔の様に青龍の脚に食い込んでは動きを鈍らせている。
レオは構えを変えて、息を吸いながら右腕を引く。
殴りかかる様に引いた右腕だが、その拳を届かせるには流石に遠過ぎる間合いだ。
「…言っとくが、空中にいるからって安全だと…思うなよッ!」
「ギャアアウッ!?」
引いた右腕、爪先を光らせてレオが右腕を突き出すと、その爪先から打ち出された冷気が氷の刃を生み出す。
突如現れた氷の刃に気付いた青龍はそれを躱そうとするが、右翼の膜が破れている所為で初動が遅れてしまう。
回避し損ねて氷の刃に肩を貫かれると体勢を崩し、立て直す事無く錐揉みしながら積雪へと墜落していった。
「…堕ちたんだったら、畳み掛けるしか無ェよなァ…?」
レオはそう言って青龍が墜落した位置を追って走り出すと、そのまま獣型へと姿を変える。
その姿はまさに角を持つ白獅子そのものであり、その走った軌跡には細氷が僅かに舞っていた。
「グルルララァッ!」
「…ギャアアッ!?」
一気に間合いを詰めたレオが白獅子の姿のまま、青龍の首筋目がけて飛び掛かる。
元々持つ鋭い牙は氷を纏い、更に鋭さを増しており、墜落して藻搔いていた青龍の首の鱗を容易く砕き貫いていた。
「ガァルル…グルルアァラァッ!」
「ギャアアッ、ギャアアウッ!ギャッ!ギャアッ!」
首筋に食らい付き、そのまま食い千切ろうとするレオの牙を振り解こうと青龍は激しく暴れる。
だがレオもしつこく食らい付いており、暴れている青龍にこのままとどめを刺す腹積もりでいた。
そうしている内に暴れている青龍は知ってか知らずか、山頂の端にある急斜面へと近づいており、遠くから見ていたマクニールがレオへと注意を促す。
「レオさァん!そちらのォ斜面は危ないィッ!雪崩が起きますぞォッ!」
マクニールが声を張るも、必死に青龍に喰らいつくレオの耳には届かず、レオと青龍は変わらず急斜面で暴れている。─そしてその時は遂に訪れた。
「…ガルッ!?」
積雪の斜面がずり落ち、地面が急に沈み込んだ様な感覚に襲われたレオは漸く青龍から離れ、一時人獣型へと姿を変える。
「…うおォッ!?」
「レオさんッ!…これはマズいィ、追わねばァなりませんなッ…!」
滑り落ち始めた積雪が崩れ、青龍もレオもそれに巻き込まれると、徐々に身体が雪の中へと沈み始める。
青龍はその体躯故に、完全に飲み込まれず、雪山を雪崩と共に滑り落ちて行くが、レオはどうにか雪に埋もれない様に藻搔いては雪崩から頭を出していた。
マクニールもどうにか凍りついていた右腕を最低限解凍まで済ませており、流されていったレオを追おうとしていた。
「身動きが取れねェ…どうすりゃ…!」
雪崩の中から頭を出す度に周囲を見回し、共に流されている筈の青龍を探す。
すると、少し下に雪崩に巻き込まれ、転がり落ちている青龍の頭が見えていた。
「なるほど…そんだけデカけりゃ頭迄は埋まらねェッてか!…どんだけ持つかわかんねェが…ここで逃す訳にも行かねェッ!…ウオオォォッ!」
青龍の姿を認めたレオは無理矢理雪崩の中から飛び出すと全身を仰け反らせて自身の魔素を迸らせる。
全身を駆け巡る魔素がレオの肉体を強化し、骨格までもを作り変えると、白き霊獣とでも呼ぶような美しく巨大な獅子の魔物の様な姿へと変わる。
「うオォォおぉッ!…こんナもン、屁デモねェッ!」
巨大化した事で地に足が着いたレオは流れ落ちる雪の下にある脚で力任せに地面を蹴ると、雪崩から飛び出して流されている青龍へとのしかかる。
「へへ…、漸ク捕マえたゼ。覚悟しナッ!」
「ギャオォッ…!」
雪山を滑り落ちながら、レオは青龍の上にのしかかった状態のまま何度も何度もその巨腕を振り下ろす。
流れる雪に埋まり身動きの取れない青龍は為す術無く殴られるままだった。
「ギャオォッ…!ギャアオォ…!」
「オらァッ!おラっ…いい加減ッ…倒レやがレッ!」
「…ギャッ…ギャッオォオアアォォッ!」
「何ッ…! ウおァッ!?」
為されるがままだった青龍にレオの渾身の一撃が下された瞬間、一瞬息を止めた青龍が強烈な鳴き声と共にレオの右腕へと喰らいつく。
鋭く並んだ刃物の様な牙が食い込み、レオが怯んだ一瞬の隙をついて青龍が体を入れ替え今度は逆にレオが馬乗りにされる形となってしまっていた。
「グッ…オおっ!」
レオは右腕を噛み付かれたまま、引き千切られない様に青龍の前脚を掴み、力一杯歯を食いしばりながら握り締める。
真っ赤な血が滲み、瞬く間に溢れ出すと、握り締めていた右腕の力が徐々に抜けて行く。
「やっべェ…!血ガ…ッ!」
「…レオさァーんッ…そ、その姿は…!」
倒木を橇代りにその上に立ったまま、雪崩に乗ってマクニールが追いついてくる。
彼は青龍に馬乗りにされている姿に、そしてその容姿に驚いていた。
「…話は後ダッ!血ヲ流し過ぎタ…、ソれに魔素モもう無クなルッ!」
「なァる程ォ、でしたらァとっておきがあります共ォ!」
「何でもイいッ!早クッ!」
「…これをォッ!」
捲し立てるレオへマクニールが背中の荷物から取り出した瓶を放り投げる。
マクニールから投げ渡された瓶を左手で受け取ると、その中には一時として同じ色を留めない怪しい液体が封じられていた。
「…何ダこリャ、ポーション…トは違ウな…。って…ソんな事言っテる場合じゃネェカっ…!」
レオは瓶の中身に一瞬顔を顰めるが、力が抜けていく右腕に目を移すとすぐに意を決し、親指で小さな瓶の蓋を弾き飛ばし、その中身を口に流し込む。
「…お?…おおオおォ!?」
マクニールに渡された薬を飲んだ直後、レオはすぐにその効果を実感する。
血を流し過ぎた事で失った力が蘇り、真魔光珠を解放した事で大量に消費した魔素が溢れ出し、彼は思わず驚きの声を上げてしまっていた。
「…おオォ…、フゥンッ!」
「ギギャッ!?」
唸り声と共に力を取り戻した右腕に力を込めると、筋肉の隆起だけで無理矢理に喰らいつく青龍の牙を振り解く。
まさにレオならではの力技に青龍は驚き、そのままその場から飛び立ち、空へと逃れようとしていた。
「…ここマで来トいテ逃げラレたじゃア…」
「ギャッ!?」
慌しく羽ばたく青龍に跳躍で追い付いたレオが銛の様な角に掴みかかる。
この時、レオの表情はまさに凶悪をそのまま現した様な笑顔だった。
「…締まラネェだロウがヨォぉッ!」
「ギャアアァァ…!」
鋭い刃物の様な角を血を流しながら握り締め、力任せに引っ張ると、空中で一回転し、その勢いでレオは青龍を地面へと放り投げる。
背中から雪崩の中へ投げ込まれた青龍は衝撃に血反吐を吐くと、虚ろな瞳で降って来るレオを捉えていた。
「行けェェーーッ、レオさァんッ!」
「うおオぉオォアァァ!」
身体を弓なりに両腕を振り上げてレオが仰向けになった青龍目掛けて飛び降りる。
そして渾身の力を込めて、振り上げた両腕を青龍の胸殻へと叩き付けた。
「ギャッ…ガ…カ…!」
氷に包み、大槌となった拳が青龍の胸殻を砕き、鱗を弾き飛ばしながら激しく打ち鳴らす。
尤も、その音は太鼓を打つ様な軽快な音では無く、分厚い鱗を圧壊し、骨ごと粉砕する痛々しいまでの鈍い音であったが──。
胸を叩き潰された青龍が大量の青い血を吹き、雨の様に降らせる。
そして雪の斜面を滑りながら、暫く掠れた荒い呼吸を繰り返すと、ゆっくりと息を引き取っていった。
「ハァ…、…ハッ…、ハハッ…!」
「ほ…本当にィ…討ち取ってェしまうとはァ…ハハ…!」
激闘を制し、呼吸を整えながらレオは元の姿に戻りつつ笑い声をあげる。
マクニールもまた、たった二人で白蛇の大顎の主とされる青龍を討ち果たした事を未だ信じられないと言う様子で笑みを浮かべていた。
「ハハッ…、…ってオイッ!マクニールッ!後ろ見ろッ!」
「ハハハ…んン!?」
勝利に酔い痴れていたレオは不意に後ろにいたマクニールを振り返ると背後に更に大きな雪崩が迫っている事に気付く。
マクニールもレオに後ろを見る様に言われて振り返ると目玉が飛び出る様な形相で驚いていた。
「レ、レオさんッ!前ェ、前にもォ崖がッ!」
「うおおおっ!?」
今度はマクニールが正面に崖が迫っている事に気付いて二人は慌てるが、時既に遅く、二人は声にならない声を木霊させながら真っ白に染まった雪の大地へと青龍の亡骸と共に白蛇の大顎の中腹から空へと投げ出されていた。




